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5-14 調査(2)

「では私が色々と言うまでもなく、ディアナ様はベルテセーヌのことに詳しいのでしょうか?」

「小さな頃に少しいたことがあるだけだから、ラジェンナ嬢が色々と補説をしてくれるのは助かるわ。でも多少は知っているわよ。例えばケーリック、先程の問いだけれど」

「あ、はい。ブライノール家ですね」

「セザールの母方と縁のある家よ。王都の郊外には領地持ちの貴族のタウンハウスがあるけれど、別邸が置かれているとしたら王都より北か東側。今いる場所とは真逆だと思うわ。ラジェンナ嬢はご存じ?」

「タウンハウスなら存じていますが、別邸というと私も。ですが私も王都の北東部だと思います。領地の方向ですし、あの辺りは古参貴族の保養地が多いです。我が家のような中興貴族はもっと南寄りですね」


 ふむ、なるほど。マイヤール家の持ち家からも離れているというのはいい情報だ。まぁ、いずれにせよブライノール家を頼る気はないのだが。


「なるほど。王都から近い荘園に館が有るならわざわざブライノール家を、と仰るのは変かとも思ったのですが、()(ちゅう)から遠ざけるという意味では荘園と真逆の場所で、安全ということですね」

「そういわれると、荘園の館とやらが益々気になってくるわね」


 セザールがリディアーヌをそこから遠ざけようとした……なんて風に思えなくもない。

 明らかにセザールの物と知られている荘園を避けたのか、それともそこの荘園には近づいてはならない理由があるのか。

 とりあえず他にも情報を出してから考えてみようと、小屋で見つけたメモも広げた。


「この辺りは上の階で見つけたメモだけれど……どうやら当初の火薬の持ち込みはパンテールの予定だったようだわ。地図にあるこの印が彼らの拠点ね。ククの報告通りだわ」


 見つけたメモを広げ、地図とも確認を取る。パンテールは川沿いに舟運基地がずらりと並び、王都側には舟の荷の出入りを確認する関所も設けられている。だからパンテールから先に物資を運ぶのは難しいが、パンテールに入るだけなら抜け道は多いのだ。このどこかの基地から荷が運び込まれ、ククも言っていた城壁沿いの拠点に運び込まれたというのもありうる話だ。ただこの場合、舟運基地を持っている商会か、一応舟着き場で荷のチェックを行っている役人が買収されている可能性もある。その辺は上手くククが探ってくれているといいが。


「こちらで分かった内容も、まとめてククに送りましょう」

「そうね。整理するから、ケーリック、書いてちょうだい」

「はい」


 久しぶりの公女様の文官らしい仕事にちょっときりりと笑みを見せたケーリックは、相変わらず筆の早い様子で指示された通りに文面をまとめてくれた。やはり見やすい。フィリックが書類整理と書類作成のスキルだけで十分に使えると公女府に連れてきただけのことはある。

 さて。最後に、これからどうするのかなのだが。


「私たちは荘園に向かうから、そっちは宜しく、といった風に書いておいて」

「……」


 おや、どうしたのかしら、ケーリック卿。優秀だったおててが止まっていますわよ?


「書かないなら書かないでもいいわよ? ククには内緒で実行しましょうってことね。ケーリックったら、大胆だこと」

「書かせていただきます……」


 うむ。随分と大胆で逞しくはなったが、こういう所は変わっていないな。安心である。

 手紙を仕上げたところで、ケーリックが預かっていた青い蝋で封をして、ピィと笛を吹く。ずっと近くを着いてきていた文鳥が下りてきたので、教わった通りに干し肉を与え、足筒に手紙を込める。それから、東の町へ、という指示は笛を三度だったか。ピィピピィと鳴らした笛に、文鳥もまたピィと鳴いてすぐに飛びあがった。

 文鳥……だなんて言っているが、あれも多分、竜種交じりのヴァレンティン種の鳥だろう。上昇速度には思わずラジェンナが目を瞬かせたほどで、その姿もあっという間に見えなくなった。口止めすることがまた一つ増えてしまった気がする。


「じゃあ、出立しようかしら」


 そう立ち上がり、まずは馬の積荷を積み替えた。証拠となるような大切な物は皆で分担して身に着け、残りの荷は一頭にまとめて、もう一頭を身軽にさせたまま手綱を引いて森の中へと踏み入る。

 幸いこの辺りの森は迷うことのない森だ。南は開けた街道沿いに出るし、東西も町と村に挟まれていて迷うほどは広くない。唯一北側は山になるが、本格的な山登りになる前に丘の上の荘園領地か、そこに至るまでの道に突き当たるはずだ。なのであまり道にはこだわらず、少しでも歩きやすい道を選んで進んだ。

 馬を二頭も連れているので、決して目立たずに進めたわけではないが、適当に選んだルートがどうやら幸いにして火薬を積んだ男達の通った川沿いからも、はたまた東の山道ルートとやらからもちょうどよく離れていたのか、誰にも会うことはなく順調に進めた。


 そうして一時間少々だろうか。だんだんと山なりの道がつらくなり始めた頃、森の切れ目が視認できた。荘園地に到着である。


  ***


 荘園というくらいだからどれほどの立派なものかと思っていたが、森の木陰から眺めた景観は荘園というより村といった方が(ふさ)()しい様相だった。

 山林の中のやや平坦な部分を開墾したといった場所で、荘園自体が段々と山なりになっており、ほとんどの景観は畑と牧場だ。高低差の中の段々畑の景観は中々綺麗だがいかにも後から領主を持ってきましたというように、民家は点在し、まとまりはない。ただそれでも村の中央には大きな道が敷かれているようで、何人かのご婦人が大きな篭を抱えてゆったりと歩いていた。

 このあたりは麓と違い麦の刈り入れがすでに済んでいるらしく、牧草地の辺りにいる人が多い。分業ではなく、皆で耕し、皆で家畜を世話するような経営をしているのだろう。そんなに人が多いようには見えない。

 家の数はせいぜい、十か、十五か。二十には満たない程度だ。煉瓦の土台の(わら)ぶき屋根で、土台がちゃんとしているせいか、前の村の家よりは少し立派に見えるが、規模は小さい。その長閑な丘の上の村の景色の最も奥、やや高さのある村はずれにあるのが、領主の館だった。

 領主の館というには小さく、村長の家というには立派な、パンテール煉瓦で作られた館だ。後ろの大き目の棟と傍の尖塔の屋根が遠目から見えていた建物だろう。


 本当なら村の中を歩いて川に通じている道もパンテール方面への道とやらも確認したいのだが、この様子だと()()(もの)がいると目立つ。とりあえず身をひそめたまま森の中を移動して周辺を確認した。

 荘園の北と西は深い森で、川に通じている道が有るのかはいまいち確認できない。村の中央には大きな井戸があるので、領民は川は使っていないのかもしれない。東を確認しに行ったケーリックの報告では、多少森に遮られているが、東の斜面からはパンテールの町が良く見えるらしい。もしこの荘園で火薬が使われ火の手でも上がれば、パンテールからはすぐに見え、人が駆けつけてくる可能性があるということだ。


「いかがいたしますか?」

「川に近づくのは危険ね。やっぱり領主の館とやらを直接探ってみたいわ。そこがセザールないしジュードの拠点なら、手っ取り早くお招きいただけるかもしれないわよ。そうでなければ……全力で逃げましょう」

「それはもう、無策と言っているも同然な気がするのですが」


 館の持ち主がセザールないしジュードであったとして、そこを管理している人が味方であるとも限らない。なので名乗りを上げて迎え入れてもらうだなんていうのはほぼ冗談なのだが、ケーリックも領主の館とやらがどういう状況の物なのか気になっているのだろう。館に近づくこと自体については止められなかった。

 リディアーヌには言っても無駄と、諦めているだけかもしれないが。


「でしたら、私を使っていただけませんか」


 そんな中、リディアーヌを引き止めたラジェンナがそんな勇敢なことを言い出した。


「いらっしゃるのが殿下方なら、その殿下は私がディアナ様と一緒に行動をされていることをご存じなのですよね? 逆にマイヤール家の息のかかったものがいるのだとしたら、私は安全です」

「でも貴女がお家を出られた理由は知られているでしょう?」

「それでもお父様が私を殺すとは思いませんわ。お父様に娘は一人しかいないのですもの」


 なるほど。確かに、相手がどちらの立場であったとしてもラジェンナの立場は心強い。


「でも一人では行かせられないから」


 そうキョロキョロと辺りを見回したリディアーヌは、ふと自分に目を止め、いそいそと羽織っていた上等なベストの紐を解き始める。

 驚いたケーリックが一瞬情けない声を上げたが、気にせずに放り出して、スカートに巻いてあった装飾用の布も取り、スカーフをほどいて腰の帯に布巾のように垂らす。宝飾品類もすべて外して腰の革袋に詰めた。念のためにククが持たせてくれていた髪の染料で髪の色を斑に今少し濃くし、手に着いた染料でパタパタと服をはたいて汚す。こうするだけで、随分とみすぼらしさが出たと思う。


「あ、あの。ディアナ様?」

「ラジェンナ嬢のお付きのメイドなんかに見えるかしら?」

「……」


 あら、どうして無言なのかしら? ラジェンナお嬢様。


「ケーリックは……」


 どうしよう。品のいい顔だし体格もいいから、従僕だなんだにはちょっと見えないな。


「荷馬を連れて待機?」

「お嬢さま!」

「だって貴方、何としようもないのですもの」

「だからってお嬢様方だけで乗り込ませたりだなんてできませんよっ」


 そうため息を吐きながら訴えるケーリックは、今度は早々折れてはくれなさそうだ。


「貴女様に何かあれば、この憐れな部下の命が消えるんですからね」

「大げさね」

「大げさ? フィリック様はやりますよ。間違いなく、スパッと。そして私の亡骸は貴女様のお父君によって竜の餌として森に放り捨てられるでしょう」

「……」


 う、うん。まぁ。えぇ。否定はできないけれど。


「分かったわよ……」


 だったらとアルテンの布を差し出してアルテンの水夫達がしていたように頭に巻かせ、きちっと着込んでいる服の襟を多少だらしなくさせて、袖もまくらせる。残った染料で袖や手、服を汚せば、ちょっとは従僕らしく見えるだろうか。

 なまじ顔立ちが上品なせいで違和感が拭えないが、これ以上どうしようもないので仕方がない。もし万が一怪しまれた時は、ラジェンナに全力で庇ってもらおう。


 そうして身なりを整えたところで、ラジェンナを馬に乗せ、ケーリックに手綱を取らせ、リディアーヌは荷馬の手綱を取って森を出た。ひとまずお嬢様方がやってきてもおかしくない方角として、パンテール側の道から集落内に入ることにする。

 道すがら、傍の家を出てきた婦人がチラリとこちらを見た。ラジェンナは緊張した様子で見向きもしないので、代わりに後ろを行くリディアーヌがニコリと微笑んで会釈する。

 集落の真ん中に近づくにつれて少し人が増えてきた。もうすぐ夕方になる。男達が仕事を終えて帰路につき、女達が食事の準備に井戸へ向かってきているのだ。あまり大勢に囲まれて目立つのも何なので、ケーリックと目配せしつつ、井戸のある大きな通りは避けて、刈り取り後の麦畑の間の細道で集落の奥に向かった。

 開けていて単純な村道なので迷うことはない。やがて領主の館もほど近くなってきた辺りで、少し舗装された一本道に出会う。ここを登れば、領主の館だ。


 横目に集落の中心の方を見てみたが、やはり一本道とあって目立っているのだろうか。チラチラと視線が追いかけてきていた。だがかといって、彼らが近づいてくる様子はない。おそらく、領民と領主の距離が近くないのだろう。まぁ、もし本当に持ち主がセザールだったのなら、彼は王城で働いている王子様なので、日頃からこんな場所にはいないだろうから当然だ。

 ほどなく大して立派でもない塀の間に鉄柵の門が見えてきた。王族の荘園には似つかわしくない質素なデザインだが、一応門の脇に赤い旗がかかっている。王族の管理地なのは確かなようだ。だがどうしたことか、門番の一人もいない。


「私、門番のいない館を訪ねたことはないのだけれど」

「私もです」

「私もですわ」


 どうしましょう、とラジェンナが馬上で困ったように首を傾げたところで、馬の足音でも聞きつけたのか、館の扉から一人の中高年ほどの紳士が出てきた。ふむ。使用人の身なりはきちんとしている。


「ちょっとよろしくて。こちらのご主人にお目にかかりたいのだけれど」


 少し緊張した面差しでラジェンナが声をかけると、急いだ素振りではないものの素早く門に向かってきた紳士が丁重に一礼をした。こんな寂れた館にいるのが不思議なほど、よく経験を積んだ所作である。


「恐れ入りますが、主人は不在にしております。どのような御用でしょうか」


 白髪交じりの白髪だが、声が若い。

 執事や家令にしては体格が良くて、けれど武人というほどには威圧的ではない。


 はて? 何やら既視感を感じるのは気のせいだろうか。


「私は……その……」


 チラリとリディアーヌを見てどうしようかと躊躇ったラジェンナの言葉に反応するより早く、思わず「ジュペル卿?」と言葉がこぼれた。

 その言葉は考えるよりも口が先について出たといったもので、リディアーヌも自分で自分の口が呟いた名前に驚いたほどだ。

 だがその驚きも彼ほどではなかったようで、大きく目を見開いた男はほどなく、ガシャンと柵をつかんで、大慌てで門を開いた。


「まさか……そんな、ことはっ……」


 途端、まるでお化けでも見たかのような震える声に、リディアーヌも確信した。

 やはりそうだ。クルノー・ジュペル――それは昔、“王妃宮”に仕えていた侍従だった。






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