5-13 調査(1)
「さぁ、とりあえずこれで、残っているのは山に向かったという二人だけかしらね」
「さすがにこれ以上があの狭い小屋にいるとは思えませんし、いても一人とかでしょう」
だったら今の他に探る時はない。
そうと決まると早々に馬に鞍を乗せ荷を乗せ、いつでも乗れる状態で手綱を取ると、ぐるりと川沿いを進んで三角地に渡るための橋に向かった。
いくつかの橋桁が抜けたボロボロと粗末な物だが、幸いにして川は深くないしそんなに長くもない橋だから怖くはない。それでも馬は橋の手前に繋いでおいて、一応慎重に森の方を警戒しながら渡って、近くの倉庫の傍に身を寄せた。
「お嬢様、これを。ククが置き土産してくれていた薬液です」
そこまできて、ケーリックが思い出したように腰の鞄から細筒を二つ三つ取り出しこちらに寄越した。ついでに、鞄から説明書きらしきメモも取り出す。
「えっと、黒い紐の瓶は手足に痺れがおきる物。赤い紐は辛みの香辛料が入っていて目に来るそうです。白い紐は眠り薬ですが、効果が強いので使いどころに気を付けるようにと。空気に触れると気化して広がるので、狭い建物の中だと危険だそうです」
「赤と黒は皮膚接触性かしら?」
「えっと、黒は皮膚。赤は目や口に入ると効果的と書いてありますね」
「どこで用意したのかしら……こんなもの」
だが武器を扱う手段を知らない身としては非常に扱いやすい部類の武器だ。有難く受け取って腰の鞄に差し入れておいた。
それから怪しくない程度に顔をアルテン風の布で覆って、そっと木こり小屋の側面に向かう。
何だろうか。小屋に近づくと、何か焦げ臭いような、ツンと鼻に着く酸っぱさが気になった。その匂いが一体何だったかと気になりつつも、建物の反対の側面の方に回ってみると、裏手にかけて木箱がいくつも積みあがっていた。
先程運搬されていった物と形は同じで、箱自体は輸送用の野菜箱のようだ。一つ開けてみたが中は空で、しかし箱からはこの妙な匂いがさらに強く感じられた。野菜の匂いではない。
「これ……何の匂いだったかしら……」
「私もどこかで……」
ケーリックがそう言いながら隣の箱を開ける。その箱にはいくつか中身があったようで、ケーリックが摘まみ上げた黒くて丸い小さな何かに、揃って首を傾げた。だがほどなくその形状を見て、「あっ」と声を上げた。
「花火。花火の匂いではなくて?」
口にした瞬間、皆がパッと顔を上げた。
確かにこれは祭典などの際に打ち上げられる花火に似た匂いをしている。だがこんな場所に花火工場があるわけもなく、つまりこれは……。
「火薬?」
ぞっと顔を青褪めさせたのは一瞬のことで、すぐにリディアーヌは腰の革袋を取って、ケーリックの持つ火薬の玉を入れるように促した。これは立派な証拠の品だ。
「まさかさっきの箱すべてにこれが? それを……丘の上の荘園に運んだ?」
どういうことだろう。丘の上の荘園領主の館を狙ったものか。あるいは、まさか丘の上の荘園領主がここで火薬を作らせて謀反を企んでいる……だなんてこともあるのだろうか。それはつまり、セザールが? それともジュードが?
これはうかうかしていられない。今すぐにでも、先程の舟を追わねばならない。
「迷っている暇はないわね。急いで捜索を済ませるわよ」
そう言ったリディアーヌにはケーリックも咎める言葉をかけられず、すぐに川側の裏扉をゴンゴンと叩いた。二度。それから三度。しかし反応はない。
無人であるのならそれに越したことはない。鍵がかかっていたけれど、がたいだけは良いケーリックには粗末な木こり小屋の閂など大したものではなかったらしく、二度、三度押したり叩いたりしただけで扉の蝶番側が壊れた。壊した扉は丁重に傍に立てかけておく。
小屋の中は狭く、中に入ると一層火薬のような焦げた匂いが漂っていた。だがそれよりも目についたのは部屋の端の床で存在感を放っている取っ手だ。道理で、小屋の大きさの割に多くの人がいたわけである。この小屋には地下があるのだ。
少し警戒して、念のため手に眠り薬を持ちながら床の扉を持ち上げる。粗末な梯子がかかっているだけでそんなに深くもなく、人もいない。全員で入って退路を断たれても困るので、ケーリックだけが下りて、リディアーヌは地上の部屋の中を探索し、ラジェンナには表扉側の壁の割れ目から、山に向かった男達が戻ってこないかの監視をしておくよう頼んだ。
地上の方にはいくつかの紙切れの他には汚れたままの木の器や酒瓶などが転がっているばかりだった。だが火薬を扱っているとあってか、竈には薪すら入っておらず、おそらく火は厳禁なのだろう。
見つけた書面には下手なブロック体でいくつかの日付と数字が書かれていた。おそらく運搬を行う日付と箱の数だ。これによると目的地は荘園ではなくパンテールになっている。実際の動きとは齟齬があるようだが、あるいはどこかで計画が代わって、荘園に運び込んでいるのだろうか。
「ディアナ様!」
そうしていると、はっと振り返ったラジェンナが声を上げた。どうやら男達が戻って来たらしい。
「ケーリック」
「今出ます!」
梯子もろくに使わずひょいと飛び上がってきたケーリックは手元に何か紙束らしきものを抱えている。それを一瞥して、リディアーヌも手元の紙をごっそりとかき集め、急いで裏の壊れた扉から飛び出した。
すぐにラジェンナとケーリックも出てくるが、何分、扉を壊してしまったせいで怪しまれかねない状況である。下手に遠くまで行かず、正面からの死角になりそうな橋桁の下に身を潜めた。
するとすぐにも正面の扉の開く音がして、がやがやと二人の男の声がし始める。
「おい、なんだこれは。扉がねぇぞ!」
「はぁ? まさかあいつら、壊したのか?」
ドカドカと入ってきて裏扉から顔を出す男に、きゅっと身を硬くする。
きょろきょろと辺りを見回しているらしい男が、ほどなく壁に立てかけられていた扉を見つけたのか、ガタガタと音がした。
「おいっ、クソッ。こいつ、閂が割れて蝶番が壊れてやがるッ。外からこじ開けられた跡だ!」
「こっちにこい! 地下の“地図”がない!」
なんだと、と声を上げて扉を放り出した男がバタバタと小屋に戻ってゆく。その瞬間、迷いもせずに、ケーリックがリディアーヌが握っていた瓶を掴み、物陰を飛び出した。
それにびっくりとする間もなく、ドタバタガタンと音が鳴り、「なんだ気様ッ」なんて言葉がはかなく遠くへと響いたかと思うと、パリンッドンバタンッと大きな音がした。
それから少しの間、ドンドン、ガタガタと音が続いていたが、ほどなくそれも大人しくなる。それを見て取ってから、リディアーヌも恐る恐る、橋の裏を出て、壊れた裏扉から部屋の中を見た。
そこには、地下への扉の上に乗って、ふぅと息を吐いているケーリックがいた。
「えーっと。ケー……じゃない。フレイ?」
「即効性というのは本当みたいですね。とりあえず二人とも地下に入れて、ククの白い薬を放り込んでみたのですが、この通り、すっかり大人しくなりました」
「……貴方、本当に文官だったかしら……?」
「とりあえずそちらのテーブルとか諸々、いただけますか?」
「あ、はい」
思わず敬語になってしまった。
この旅の間に、ちょっと逞しくなりすぎなのではなかろうか。
とりあえず扉の上に伏せたテーブルを置き、その上にも外から運んできた木箱を積み上げておいた。しばらくは眠り薬が効いているだろうけれど、念のためである。
さて、切り替えである。
「フレイ、貴方が見つけたものは何?」
「地図と図案です。図案はおそらく火薬の製造方法。地図は王都近郊の地図だと思います。しっかりとは確認していませんが、とりあえず持ってきました」
「私の方は船で荷出しをする日時かしら? そんな感じのメモがあったわ。ただ下船場所がパンテールになっていたわ。この辺り、色々と情報をすり合わせたいけれど……」
でもまずはこの場所を離れるのが先だ。
「荘園方面はまだ先程の男達と遭遇する危険がありますが」
「先程の舟に火薬が積み込まれているなら、あまり道を逸れて出遅れたくないわ。遠すぎない場所で、出来れば荘園の方に向かいやすい道筋がいいけれど」
「……少々危険ですが……川から離れすぎない程度に、森の中を突っ切って荘園の方に向かってみますか?」
「まぁ、どうしちゃったの、フレイ。貴方にしては大胆な計画だわ」
「お嬢様が突拍子もない案を出す前にひねり出した結果です……」
「貴方、この半月で随分と言うようになったわね」
「ええ……自分の成長を実感しています」
ほら、これだもの。
「まぁいいわ。そこの川が合流した後の橋の先に小屋が有るけれど、あそこは入れないかしら?」
「あ、入れますよ。小屋ではなくて修理用の木材なんかが置いてある東屋です。少々雑多な感じでしたが」
「とりあえずあの小屋……東屋? の壁の向こうで情報を整理しましょう。上流に向かうのはそのあとよ」
そうと決まったところで、一度村のある方へと橋を渡って馬を回収すると、そのまま村の中には入らずにぐるりと外を川沿いを行き、村人達が製材所に出勤するルートを使って川を渡り、すぐ傍の三方が壁に囲まれた材木置き場を借りて、適当に積まれた板の上に腰かけた。元々村人が小休憩するのに使ってあるのか、ちょうどよく真ん中に大きな切り株が置かれていたのでテーブル替わりにさせてもらう。
そこで、まずはかき集めたものを広げながら情報の整理を行った。
「図面はやっぱり火薬の設計図ね。多分、鉱山なんかで使われている一般的なものだわ。よくもまぁ堂々とあんなところで……」
「私には煉瓦焼きや炭焼きの匂いとの違いがあまり分かりませんでしたけれど」
ラジェンナがそう言ったように、他の焼き物の匂いで誤魔化しもきいていたのかもしれない。それでいて両脇を川に囲まれているから火は避けられる。いざとなれば火消もできる。確かに、そういう意味では悪くない場所だ。
「地図は随分と雑なものだけれど、なるほど、このあたりの川上で荘園領地に通じているのね。問題はここに火薬を持ち込むとして、ここで謀反の支度が整えられているだけなのか、あるいはここにある荘園領主の館を狙ってのことなのか」
「荘園領主とやらが誰かはっきりして欲しいところですね」
「すみません、私も存じていなくて」
「鳥小屋の優秀な情報屋からも得られなかった情報よ。まぁ関心がなかっただけかもしれないけれど、でもあまり人の口にのぼらないよう隠してあるのかもしれないわ」
「ただ王都から近郊ですから、王族かそれに近しい人物であるのは間違いないと思います」
そうね、と頷く。正直ラジェンナの情報は元王女のリディアーヌにとって貴重というほどの情報ではないのだが、ベルテセーヌを良く知らないケーリックには「なるほど」と学びになってくれているようだ。リディアーヌは懇切丁寧に説明するくらいならさっさと自分で何とかしてしまいがちなので、ラジェンナの存在は助かるかもしれない。
「ちなみに昨夜のセザール殿下からの手紙にあったブライノール家というのはどこにあるんでしょう?」
しかしラジェンナの仲間っぷりが板につきすぎたのか、さらりと問うたケーリックの言葉に、「えっ?!」とラジェンナが声を上げ、同時にリディアーヌは額に手を当ててため息を吐いた。
「え? え、えっ。今私、何か悪いことを……」
「いや、まぁ……はぁ」
口を歪ませたラジェンナが、そわそわと明らかにリディアーヌの腰のポーチを見ている。昨夜から気になっていたのにずっと我慢をしていたはずなのだ。それを突きやがって。
だがまぁ、ここまで来たらもうラジェンナも立派に共犯だ。鳥小屋の話も随分と聞いてしまっただろうし、むしろしっかり巻き込んでしっかり口止めとかした方がいい気がしてきた。まぁ、その辺は後日、セザールか誰かに頼むとして。
「ラジェンナ嬢も気になっていたと思うけれど、もう隠しておくのも混乱を招くわね……今フレイが……おバカなケーリック・フレイ卿が口にしてしまった通り、昨夜の赤い封蝋の手紙はセザール殿下からよ」
「っ……」
「あ……」
ケーリックも自分の失言に気が付いたらしい。このことは覚えておいて、後日、しっかり指導官であるフィリックに伝えよう。そうしよう。
「まさか……なんてこと。王子殿下と繋がっておいでなのですか?」
「ちょっとした既知よ。でもこうなると、これ以上無関係のアルテンを巻き込むわけにもいかないわね。もう察していると思うけれど、私たちはヴァレンティン人よ」
「ヴァレンティンッ……」
声を上げてすぐむぐっと口を閉ざしたラジェンナは、一つごくりと息をのんだ。これ以上は明かさない方がいいか。すでに顔が真っ青になってしまっている。
「安心して。貴女の敵ではないわ。貴女がセザール殿下やジュード殿下の味方でいてくれるのであれば」
「み、味方ですっ。私、ジュード殿下をお助けしたいと思ってここまで来たんです」
「ええ、その覚悟は道中見せてもらったから、信頼するわ」
そう言うと、ラジェンナもほっと安堵の吐息をこぼした。
いつの間にか立場が逆転していることに気が付いたのか、ケーリックが苦笑して肩をすくめたが気が付かないふりをしておいた。




