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5-8 クク

 ククの用意してくれた料理は、言いたくないが美味しかった。

 どこから持ってきたのか知らないが、少しの雑穀に森の中で採取したらしい山菜と、臭みのない干し肉。塩だけでなく少しの何かのハーブの香りがする上品なスープだった。付け焼刃で調理という物を覚えたケーリックやリディアーヌよりはるかに上手い。


「もっと早く、顔を見せておいてくれればいいものを……」

「おいしいです」

「ははは。本当はただ見守るだけのはずだったんですが」

「うちのフィルは何と言って貴方を動かしたのかしら?」

「あぁー……えぇっと。それは一応、内密というか、何というか……」

「言っておくけれど、私は彼の上司。私が“主”ですからね」

「そうでした」


 そういいながらガサゴソと腰に沢山ぶら下げている革の鞄から紙切れを取り出したククはそれをリディアーヌに寄越す。何かしらと中を開いて文字を目で追うと、リディアーヌはそれをすぐさま目の前の薪にくべた。


「あ。お嬢さ……」

「はぁぁぁぁ」


 困ったような顔のククに大きなため息をつけば、ククも肩をすくめて、紙に火が広がるのを(あきら)めたようだった。


「お嬢様、何と書かれていたんですか?」

「フレイ、聞いたら貴方、また首が飛ぶ心配をする羽目になるよ」

「……やっぱり聞きたくありません」


 よろしい。


「あ、あの……皆さんは、一体……」


 そんな様子を困惑気に見るジェナ嬢に、再びフゥと息をつく。

 本当ならもっとこのククを問い詰めたいところなのだが、今はそうもいかない。こちらのお嬢さんから事情を伺う方が先だ。


「ちょっと実家であれこれとあって。でも大したことではありませんから、まぁ気になさらないでちょうだい。えーっと? それで貴女こそ、こんな森で一人きりで、何をしていらっしゃったのです?」

「……それは」


 もごもごと口ごもったジェナ嬢は、ほどなく空になったスープの器を置くと居住まいをただした。


「まずは改めて、お助けいただいた御礼を申しげます。私はジュナ……いえ。ラジェンナ・ド・マイヤール。マイヤール侯爵家長女ラジェンナですわ」


 もれなくケーリックが「えっ?!」と声を上げたが、リディアーヌはさほど驚かなかった。ラジェンナという名前の可能性を考えた時、真っ先にその名前が思い浮かんだせいだ。

 赤茶髪に少し鋭い猫のような目つき。会ったことはないが、以前“鳥小屋”の諜報員達が寄越した情報にも合致しているから、彼女がマイヤール嬢であることは見当がついていた。ククにも驚いた様子は無いから、やはり承知していたのだろう。


「マイヤールというと、ベルテセーヌ南東部でも指折りの名家ですわね」


 淡々としたリディアーヌの反応にむしろラジェンナの方が困惑をした様子だったが、それが却って安堵を覚えたのか、ほっと息をついたラジェンナは再び肩を落として背を丸めた。


「私、訳あってこっそりと領地の城を抜け出して……父の手の者に追われているのです。王都に向かおうとしていたのですがここに来る前に馬も怪我をしてしまって、平地では追いつかれるからと急いで山に入ったんですの」

「何の支度もなく山に入るなんて無謀ですよ」


 ククの挟んだ言葉に、今更ながら反省をしているといった様子でラジェンナ嬢は口を閉ざした。まったく、余計なことを。

 もっと気軽に口を開いてもらうには何がいいだろうか。いい考えがないものかと、チラリとケーリックに視線を寄越す。するとすぐに気が付いたらしいケーリックが立ち上がり、荷をガサゴソと探って、ほどなく戻ってきた。

 その手に持たれていたのは山の手前の町で仕入れた甘味……マシュマロである。そんなものが役に立つのかどうか不思議でならなかったのだが、とりあえずそれを見たククの目がきらめいたのを見逃さなかった。どうやらこの鳥男は甘いもの好きのようである。釣りたいのはククではなくこのお嬢様なのだが。

 効果のほどは知らないが、とりあえずケーリックがマシュマロの入った包みを広げて寄越そうとしたところで、しかしククが「駄目ですよっ」と腰を浮かせて止めた。もしやマシュマロを独占する気か、なんて思ったのは一瞬のことで、「マシュマロは火であぶった方が美味いんです」などと、どこからともなく取り出した木串に刺しだしたのだから呆れる。

 だがおかげで、こちらに寄越されようとしていたマシュマロが止められた瞬間、あっと腰を浮かせるラジェンナ嬢の反応が見られた。どうやらマシュマロは十分にお嬢様の口を軽くする材料になるようだ。

 ケーリックめ……やりおるではないか。


「それで、ラジェンナ様はどうしてお城をお出になられたの?」


 じぃとマシュマロを目で追うラジェンナの警戒心が薄れているのをいいことに問うてみたところで、ラジェンナははっとしたようにチラチラとマシュマロとリディアーヌとに視線をさまよわせる。心配せずとも、ラジェンナの分のマシュマロもある。


「それは……その。どうしても、そうしなければならない理由が」


 ふむ。警戒心はおざなりになったようだが、やはり簡単には話してくれないか。どうやったら口が軽くなるか。

 そう考えていたら、目の前でククがにやにやとしながら、じゃじゃん、と何かの小瓶を取り出した。日暮れ時の薄暗さの中でもわかるきらきらとした琥珀色の液体は、蜂蜜だ。


「あぶったマシュマロにはやはりこれでしょう。ささ、ディアナお嬢様」


 火にかざしたマシュマロに、ククが嬉しそうに瓶を傾ける。あまり甘すぎるものは好まないのだが……いや、ラジェンナの目が瓶の中の蜂蜜に釘付けである。これを利用しない手はないか。

 とろりとしたマシュマロに、同じくとろりとした蜂蜜が絡みつく。垂れないようくるくると回しながら蜂蜜を纏わせると、温まったせいか、甘い芳香も漂い始めた。


「そちらのお嬢様も」


 さらにそうしてククが蜂蜜をチラつかせると、ケーリックからマシュマロの串を受け取ったラジェンナの喉が鳴った。

 蜂蜜が一滴。ゆっくり、ゆっくりともう一滴と絡んでゆく。なんというじれったい速度だろうか。


「こんなもの、高貴なお嬢様には珍しいものではないでしょうが」

「とんでもございませんっ。夜にマシュマロと蜂蜜だなんて、なんという背徳感っ。それをまさかこんな山の中の逃亡先で! 私、もう三日も甘いものを口にしておりませんの!」

「事情は存じませんが、大事なお役目に燃えていらっしゃるようですね。これがささやかな手助けになりましたら」

「ささやかだなんて、十分です。あの……ですが私、この通り何の準備もなく。もし可能でしたら、どうか私を山の向こうの関まで連れて行ってくださったら、などと……」


 ゆっくり、ゆっくりと垂れる蜂蜜がもどかしいのか、だんだんとお嬢様の持つマシュマロの高さが蜂蜜の瓶へと近づくべく上がってゆく。だがククの方が一枚上手のようで、マシュマロが上がるとともに蜂蜜の瓶もまた上がってゆく。まさに、完璧な距離感。


「お嬢様の目的地は南西鎮守の辺境軍が駐屯する関所ですか? ですがお嬢様の足では山を越えるのに四日はかかりますよ。途中には虫も蛇も出ますし、水や食料の備えも必要です。それにそのような靴ではろくに進めないでしょう。手足は豆だらけになり(やわ)(はだ)()けて血が出て、さぞかし大変かと」

「っ……ですが。ですが私はこの情報を、なんとしてでも王都にっ」

「おや、目的は王都ですかい? でしたらお嬢様とご一緒ですね」


 そうニコリとこちらを見たククに、ククの意図を察した。

 何てこと……蜂蜜だなんてものを手に、見事な誘導尋問ではないか。


「そうなのですか?!」


 リディアーヌが何者なのか、どうして王都が目的なのか、突っ込むところは多々ありそうなのにまったく気にした様子もなく振り返ったお嬢様に、「蜂蜜が落ちてしまいますわよ」と言ったら、すぐにはっとしてマシュマロに視線を戻した。

 もうじらすつもりはないのか、たっぷりと蜂蜜を垂らしてあげたククに、お嬢様の顔がどんどんとほどけてゆく。十分なほどに蜂蜜が絡んだマシュマロに、夢見心地といった様子で唇を寄せ、やがてパクリと口に含む。熱々のマシュマロに舌を火傷したのか、すぐに「あつっ」と肩を竦めたけれど、しかし一度口に入れたものを出すことは出来なかったのだろう。涙目になりながらももぐもぐと口を動かし、蜂蜜の甘味にうっとりと眉尻を垂らした。


 目元がきついのでわかりにくいが、まだ随分と年若いお嬢さんだ。

 それもそうだ……ラジェンナ・ド・マイヤール。彼女は確か、アンジェリカやヴィオレットの同級生だったはずだ。そしてほかでもない、断罪されたヴィオレットを王都から連れ出し、手を貸してフォンクラークへの逃亡を手助けしてあげた張本人だったはず。

 マイヤール侯爵家はベルテセーヌ五大名家の一つで、十四年前のペステロープ侯爵家滅門後に(しょう)(しゃく)した元伯爵家だ。その領地は広く、今や南東部の大半がその支配を受けていると言っても過言ではない。

 マイヤール領では東西と南北両方の大きな街道が横切っていることもあり、一大商業都市としても名高い土地だ。その権力と財力があれば私兵を蓄え維持することも決して不可能ではないはずで、ヴィオレット派という名の反乱因子の集結を聞いた時真っ先に疑ったのが、“マイヤール家”だった。

 すなわち、リディアーヌの目的地は南東部マイヤール領だったのだ。それがまさか、こんなところでそのマイヤール家のお嬢様を拾おうだなんて。


 もしも彼女が今も変わらず根っからのヴィオレット派なのであれば、ここで拘束して情報を吐かせるのに有益だろう。だがどうしたことか、彼女の目的地は王都であるといい、しかも実家から追手を差し向けられる状況になっているという。どうにも妙だ。

 ククが勝手に段取りをつけたことに思うところはあったが、正直彼女を同行させるのは悪い手ではない。この調子でどんどんと信頼を得て情報を吐かせてしまえたなら、わざわざ自ら危険な南東部に乗り込む必要もないだろう。

 それに何より、彼女は王都を目指しているといった。マイヤール家の手の者に捕まらせずに無事に王都に送り届けることは、もしかすすると今考えている以上の“何か”を誘発する可能性もある。彼女をマイヤール家の手に渡すのは惜しい。

 となると、結論は一つだ。


「もしよろしければ、私達と一緒に王都まで参りませんか? 私も旅には不慣れなので手助けになるかはわかりませんが、貴女のような若い女性が一人旅をするのが無謀であることくらいは分かりますもの」


 もう一つマシュマロを差し出してあげながらできるだけやんわりとなるよう気を付けて声をかけると、待っていましたとばかりにラジェンナ嬢の目が輝いた。


「よろしいの?! あっ……でも私……旅のお方にご迷惑をっ」

「追ってらっしゃる方も、お一人で逃亡なさっている方が急に四人連れになっているだなんて思いませんでしょう? それに聞けばご実家から逃げていらっしゃるのだとか。実は私も実家の者と少々ありまして、黙って家を出てきてベルテセーヌ旅行をしていますの」


 そう内緒話でもするように囁いて見せると、ほどなくケーリックとククがそろって肩をすくめて苦笑した。まったく、その通りです、と言わんばかりの反応だが、これは演技ではなくただの本音だろう。おかげでラジェンナも疑いを抱かなかったようである。


「あの……では、その」

「遠慮はいりませんわよ。代わりに道中、是非色々とベルテセーヌのお話をお聞かせくださいませ」

「そんなことでよろしいのなら、いくらでも」


 よし、落ちた。

 とはいえ確かに、こんな目立つ髪色のお嬢様を堂々と連れて歩くわけにはいくまい。変装なりなんなりさせたいところだが。


「クク、貴方、髪を染めるものを何か持っていないかしら?」

「髪染めですかい? そこらの木の実をつぶして誤魔化す程度なら簡単ですが、そちらのお嬢様の綺麗な赤髪を誤魔化すには頼りないかと」


 ふむ。だったら……。


「髪結いはできる?」

「髪結いから着付けまで、何でもどうぞ」

「ラジェンナ様はとりあえずこのウィッグを使ってください」


 そうスポッと自分の髪のウィッグを取ると、ぎょっとした顔でラジェンナが目を瞬かせた。まぁ、ただの旅人がウィッグなんてしているとは思わないだろう。それにこのウィッグの下は、なかなか他に類を見ないプラチナブロンドだ。今は夕暮れ時なので、幸い夕闇が髪の色を濃く見せていて目立たないだろうが、怪しいことに違いはなかろう。


「あら、驚かせました? アルテンではこういうもので髪型や髪色を変えて楽しむことは珍しくないのですけれど」

「え? あ、そ、そうなのですか……?」


 怪しんでいるようだが、いかに大商業都市のお嬢様とはいえ内陸東部のマイヤール嬢が、南西の島国アルテンの伝統に詳しいなどということはないだろう。多少は(いぶか)し気にしていたけれど、精巧な作りのウィッグを見ると、ほどなくこくりと頷いた。


「それじゃあ、ちょいと失礼しますよ」


 席を立ったククは腰のカバンから革紐を取り出すと、ラジェンナの後ろに回っててきぱきと適当に編んだだけだった髪をくるくるとまとめて固定した。実に手馴れている。

 もともとふわっとした毛束のウィッグだから、少々後ろがごわついてもきれいに覆われて目立たなくなった。髪の色と髪型が変わると、随分と印象も変わる。


「それじゃあこのまま私はちょいと染色用に木の実を集めてきます」

「私も手伝うわ。フレイは先にお嬢様を休ませてあげて。お疲れでしょうから」

「あっ。いえ、私も何かお手伝いをっ」

「構いませんわ。よく休んで明日に備えていただくのが一番です」

「……お世話になりますわ」


 大人しくしょぼんと浮かしかけていた腰を戻したラジェンナに、「お茶を淹れますよ」だなんてケーリックが声をかけている。ケーリックは温厚な性質だから、きっとうまくお嬢様を宥めて休ませてくれることだろう。

 それを後ろ目に見やりつつ、森に分け入ってゆくククを追いかけた。

 だんだんと日が落ちて暗くなる。そろそろ灯りが必要だろうか、なんて思って辺りを見ている内に、突如前を行っていたククが立ち止まったものだから、思わず背中にぶつかりそうになった。


「ちょっと、クク」


 文句を言おうとしたが、文句の言葉が続くよりも早く、くるりと振り返ったククがリディアーヌの手を掴んでドンと木に押し付けてきたものだから驚いた。

 だが怖くはない。不安も恐怖もない。


「愚かですね、“お姫様”。俺が味方という保証もないのにぬけぬけと夜の森に着いてくるだなんて」


 ふむ。これは何だろうか? 脅し? 警告? いや。これはただの注意喚起だ。何しろ、一見手荒いことをして見せているようなのに、ちっともどこも痛くない。手首を掴む手は手触りの良い革の手袋に覆われているという配慮ぶりだし、背中に当たる木の感触も、手荒に押しつけられたわけではなく、やんわりと押し付けられた感じだ。

 荒事に慣れていないどこぞのお嬢様なら恐怖したかもしれないが、それなりに身の回りに危険の多かったリディアーヌにとってみれば、これはただのオママゴトだった。


「私、見る目はあるの」

「はっ? 何です? それは。あっしのことを信頼しているとでも?」

「よく知りもしない貴方みたいな怪しい人を信頼する趣味はないわ。でも貴方は私を害さない。現に、今だって何一つ害されていないじゃない」

「……」

「そろそろ手を放してくれない? あんまり度が過ぎるなら罰を下さざるを得ないわよ」

「……もう少し、警戒してもらいたいんですがね」


 そういいながらも大人しく手をほどいたククに、ふぅと息をつく。


「必要ならそうするわ。でも必要ないでしょう?」

「……困りやしたね。実は青い封蝋付きの命令書で、言葉で駄目なら脅してでも騙してでもいいからお姫様をオトメールに引き返させるように、と命じられているんですが」

「はぁ? 何よそれ。あぁ、さっきのフィリックからの命令書は偽物? いえ、あっちも本物ね。確かに彼の筆跡だったもの」


 困ったように肩をすくめて見せたククに、ちょいちょいと手を出してその命令書とやらも差し出すように求めた。するとすぐに察したククが、先程と同じ場所から同じような紙を出す。

 辺りが薄暗くて見辛かったが、こちらも確かにフィリックの筆跡で、先程ククが言った通りのことが書かれていた。違うのは、最後に『まぁ無理だと思うが』という類の言葉がくっついていたことだろうか。


「まったく。あの子は主を何だと思っているのかしら」

「ちなみに我々諜報員にも得手不得手がありやして。あっしは情報の収集と鳥の世話、多少の獣退治ができるだけで、誰かを宥めすかしたり尋問したりは専門外です」

「その割にはうまくラジェンナ嬢を誘導していたようだけれど?」

「鳥の世話は得意です」

「鳥?」


 つまりラジェンナ嬢を鳥だと思って接していたと?

 いや、まぁいい。この鳥男の生態については深く突っ込まないでおこう。


「貴方はここからでも王都に鳥を飛ばせるのかしら?」

「可能です。正しくは麓のアルメタル領に飛ばし、そこから鳥を変えて王都に運ぶことになりますが」

「結構よ。文を出すから、紙をちょうだい」

「かしこまりまして。でもその前に火をつけましょう。山はすぐに暗くなります」


 そういっている内にも、先程まではまだかろうじて見えていた森の中がほとんど見えなくなり始めていた。すぐにボウとつけられたランプの灯りに辺りがじわりと明るくなる。一体どこから火種を出したのだろうか。腰の鞄には随分と便利なものが詰まっているようだ。


「紙はこちらに。ペンはこちらを」


 受け取った紙を近くの岩場においてさっさと文字を綴る。少々ガタついているが読むのに問題ないだろう。書き終えたところですでにククがランプの火で蝋を溶かしてくれていたので、受け取って封をする。とはいえ、どうしたものか。()すべき印章がここにはない。

 そう躊躇していると、横からひょいと封をした手紙を受け取ったククが、腰に下げていた金属の筒の底を押し当てた。


「それは?」

「鳥小屋からの急ぎの要件の時に使う(なつ)(いん)です」


 見せてもらった封蝋には、四枚羽の鳥が捺されていた。急ぎというには可愛すぎるマークだが、言われてみると見覚えがある。

 確認して頷くと、ピィと指笛を吹いたククの手に先程も連れていた白い鳥が下りてきた。この薄暗闇だと、ランプの灯りの色染まって赤みを帯びて見える。白い鳥だなんて目立って危ないのではと思っていたが、なるほど、これは意外と目立たないのかもしれない。


「王都までどのくらいかかるかしら?」

「四五日か、アルメタルの鳥の足が速いようでしたら二三日といったところです」

「私達がこのまま山沿いを北上して王都に向かうとしたら?」

「そうですねぇ……うちが用意した馬なら六日もあれば着きますが」


 だがその馬は二頭しかない。ここまでその馬のスピードについてきたククには不要なものかもしれないが、少なくともラジェンナ嬢を乗せる馬がないので、今まで通りのスピードとはいかない。


「下山後、近くの町で鳥小屋から追加の馬を寄越してもらいましょう」

「というかこの馬、何なの? まさか()()の国で違法な生態実験なんてしているわけではないわよね?」

「違法な実験をしていたのはこの国のお貴族様ですよ。あっしらはその家が没落した時にちょちょっとお邪魔して拝借し、以後大事に育てているだけで」

「……」


 よし、このことも追及するのはやめておこう。絶対に聞かない方がいい話だ。

 そうしているうちにククも鳥小屋宛ての手紙を書き終えたようで、鳥の足につけた革の筒にリディアーヌの書いたものを包むようにその手紙を入れ、ピィと吹いた。すると指笛に合わせて鳥が飛び立つ。こんなもので言うことを聞くだなんて不思議だ。


「さて、それで他に御用は? お姫様」


 ふむ。ククが現れてから妙に上手くいきすぎていやしないだろうか。それにこの男の“オヒメサマ”が、何やら妙に鼻に着く。決して敵というわけではないと思うのだが。


「そういえば貴方、ずっと私達を追ってきていたのよね?」

「はぁ、まぁ……」

「私達の周りの危険も排除してくれていたのかしら?」

「道中には山賊だなんだもいるというのに、世間知らずなお二人があまりにも無防備で手を焼きました」

「なるほど」


 やはり知らず知らずのうちに世話になっていたようだ。それはまぁいいのだが。


「で、たまりかねた鬱憤を晴らすべく、さっきは私を脅してみせたと」

「……」


 やべぇ、みたいに顔が歪んだのを見逃さなかった。


「以後、貴方の元に届く報告はすべて私に知らせなさい。隠すことは許しません。もし少しでも隠したり誤魔化したり、あるいは騙したり言いくるめようとしたのなら、その時は先程の貴方の無礼な仕草がそのまま過保護な私の保護者達に伝わると覚悟してちょうだい」

「……えーっと。いや、さっきのあれは、その……ただの注意喚起と言いますか、忠告と言いますか、えぇっと、その」

「よろしいわね?」

「……はい」


 よし。これでちょっとは安心である。






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