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1-10 手紙と出立

 結論として、既知ある聖職者――アルセール司祭への働きかけは非常に上手くいった。


 ルゼノール家はリンテン教会領を預かる三伯爵家の中でも筆頭格の家柄であり、本来であれば皇帝の代替わりごとに領主が選ばれるべきところ、もう何代にもわたってリンテンを統治してきた家柄である。

 教会領に携わっていることから子女子息には教会関係者となる者も多く、今代も当主の次男が聖職者として教会の総本山がある聖都ベザリオンで、栄えある枢機卿猊下の腹心となり仕えている。それがアルセール司祭である。

 そればかりでなく、ルゼノール家はヴァレンティン家と代々縁が深い家柄でもある。片や一国の統治者にして選帝侯、片や皇帝直臣とはいえいち貴族という家格の差はあるが、土地柄、リンテン領内を行き来することの多いヴァレンティン家は何かとルゼノール家と交流する機会が多く、長年懇意にしてきた。現に、ヴァレンティン家の分家筋であるアセルマン候の母がルゼノール家の出身で、こうした分家との縁戚関係は珍しくない。

 ましてや、アンリエット・ローベル・フォン・ルゼノール――かつて兄が結婚を望み、しかし約束が果たされるままにこの世を去った義姉が、現ルゼノール女伯の末娘である。つまり現女伯は、フレデリクの実の祖母なのだ。


 リディアーヌとしては、女伯の大切な末娘が未婚の母という不名誉のまま亡くなったことも、兄の遺児を奪われないよう身重のアンリエットを大公家に留め続け、家族を娘の死に目にすら立ち合わせてあげられなかったことも、そしてすべての原因である兄の死がリディアーヌのせいであったということも……そのすべてが申し訳なく、罪悪感を拭い去れずにいるけれど、女伯もルゼノール家の皆も、まるでリディアーヌを実の義娘(ぎじょう)義妹(ぎまい)のごとく迎えてくれる。それがまた心苦しくもあるのだが、同時に信頼のおける人達との確信もある。

 それが、今回ルゼノール家の次男でありアンリエットの実の兄であるアルセール司祭を頼った理由だった。


 アルセール司祭は聖都にあるベレッティーノ寄宿学校の神学教師も担っており、リディアーヌが出生を改竄(かいざん)し、ルゼノール家から引き取られた大公家の娘という体で学校に通い始めた当初にも、随分と助けてもらっていた。

 『選帝侯家に公女が?』と皆が首を傾げるたび、安心安定の聖職者スマイルでリディアーヌの身元を保証し皆を言いくるめてくれたのもアルセールであったし、あるいはリディアーヌを聖女と知る教会関係者が暴走しないよう、牽制や根回しも行ってくれていた。

 リディアーヌが平穏無事に学校生活を送ることが出来たのは他でもないアルセール先生のおかげである。

 頼り慣れているためか、リディアーヌも、後ろめたさのあるルゼノール家自体への頼み事は気が引けてしまうものの、アルセールへの頼み事ならできる。現に誰よりもリディアーヌの立場を理解しているアルセールは、教皇庁とベルテセーヌ教会もがもたつく中、驚くべき速さで聖別の儀を段取りしてくれた。

 多くは頼んでいなかったはずだが、言わずともリンテンを聖別の場に選び、自分が立ち会えるよう根回しをし、ついでにベルテセーヌ教区にも教会本山から『何をもたもたしているのか』というお叱りの手紙が送られたという。きっとこれも、アルセール先生が上に働きかけて画策したことだろう。さすがは、あの曲者だらけの学校で教師を務める司祭様だ。


 かくして直ちに聖別の儀は執り行われる運びとなり、リディアーヌの元にも改めて、正式な招請状が届いた。

 本当なら面倒には巻き込まれたくないのだが、今回ばかりは致し方ない。むざむざとアンジェリカ嬢を断罪され、再び自分がベルテセーヌの王位継承に巻き込まれるわけにはいかない。


「こんな折でさえなければ、フレデリクにリンテンを見せてあげたいのですけれど」

「デリクがカレッジに通う年になるまでの辛抱だ。そう長いことじゃない」


 叔父はフレデリクとルゼノール家とのことを多く語ることはなかったけれど、やはりリディアーヌ同様、フレデリクに母の実家を見せてあげたいと思う以上に、もしルゼノール家にフレデリクが取られてしまったらどうしよう、などという、無意味な不安を抱えているのかもしれない。

 お互い、心が狭いことである。



  ◇◇◇



『我が愛しの戦友、リディアーヌ。

 残念ながら、今日はプロポーズへの返事の催促ではないよ。先日開かれた帝国議会で耳にした、私の二人の友人に関する大変なスキャンダルについての手紙なんだ。

 知っているかい? 我らが悪友トゥーリ皇子は、なんでもヴァレンティンの姫君に悪い遊びを教えられて、公には出来ない関係になっているらしいんだ。変だよね。トゥーリ皇子によからぬ遊びを教えてあげたのは君ではなく私だったはずなのに。

 だから先日“ミリム姫”から、かつてよからぬ遊びを一緒に楽しみ、夜が明けるまで同じベッドで将来について語り合った“アル皇子”の保護者に宛てて、分厚い苦情の手紙を送ってみたんだ。“一体皆、私のことを誰と勘違いしているのかしら?”って。いやぁ、実に見物だったそうだよ。今度会った時にでも是非詳しく話してあげるからね。楽しみにしておいて』


 いつもの軽口が詰まりに詰まったマクシミリアンからの手紙を手に、思わずくすりと顔がほころぶ。

 さすがは三年間、いつ何時もつかず離れず側にいた友人である。噂に踊らされるはずはなく、それどころかおいたの過ぎた悪友にしっかりと仇討ちをしてくれたようだ。


『さて、茶化すのはこのくらいにして。少し真面目な話をしよう。

 最近、そのトゥーリが頻繁に西大陸に出かけていることは知っているだろうか? 行き先はフォンクラークだという。一体、海の向こうまで何事なんだと問い詰めてみたのだけれど、よりにもよってフォンクラークに“気になっている女性がいる”などというんだ。まさかリディ、君と逢引してる、なんてことはないよね? とにかくトゥーリの様子が気持ち悪いから、何か知っていたら教えて欲しい』


 え、何それ……気持ち悪い。

 というか、問い詰めた、って……マクシミリアンはもしかしてアルトゥールに直接会いにいったのだろうか? リディアーヌ同様、大公代理として国許(くにもと)に残る必要があるため、マクシミリアンは帝国議会には参加していないはずだが。


『実は愛憎溢れる赤裸々な手紙の一件でトゥーリ皇子のお怒りを買った私は、クロイツェンの皇城に出頭を命じられてね。いやぁ、さすがに“ザクセオン大公家のミリム姫”からのスキャンダラスな告白は不味かったかな? 皇子が選帝侯家に不貞を働いてしまったのではとクロイツェン皇城を激震させてしまったらしい。もれなくトゥーリから、“ミリムは男で、ただの悪戯(あくぎ)だったと証明しろ”と呼び出されてしまった。あぁ、安心して。謝罪なんて微塵もしていないよ。逆に君にしでかしたことと同じことをしただけだと、(いじ)め抜いてあげたからね』


 よくやった、ミリム!


『それに君も、“皇子の不誠実に身も心も傷つけられて立ち直れない”だなんて手紙を出して、ベニー皇女が心待ちにしている花茶を送らなかったとか。手紙を見つけた姫がひどい怒りようで、“お兄様の()(れん)()”と罵って、目も合わせない絶交状態が続いているようだよ。私の仕返しにも快く協力してくれた』


 思いのほか、リディアーヌの手紙も利いたようだ。意外と兄弟想いなアルトゥールのことだから、すぐ下のベネディクタ皇女の仕打ちにもさぞかし参っていることだろう。

 なのに未だにアルトゥールから謝罪の手紙の一つも来ないのはどういうことだろうか? フォンクラークの“気になる女性”で頭がいっぱいだとか?


「……っ、気持ち悪っ……」


 うん、有り得ないな。

 思わず呟いてしまった感想に、雑務をこなしていたマーサが心配そうに首を傾げたので、急いで「何でもないわ」と制しておいた。


「マーサ、便箋をお願い。いつもの、ミリム宛の」


 瀟洒(しょうしゃ)で気に入っている箔押しの白い便箋に、しばし返事に困って保留にしていた返事を書き連ねる。今回はむしろ書きたいことが沢山ありすぎて、まったく筆が止まらないくらいだ。

 ザクセオン家はヴァレンティンとベルテセーヌの関係同様、代々クロイツェンと蜜月の関係にある同派閥だから、いかに信頼する友といえどもあまり多くの情報を語れはしない。しかし最近“悪友”としか表現し得ない友の奇怪な行動に関して、ヴァレンティンを巻き込んでベルテセーヌを掻き乱したいらしいわ、との情報は与えておいた。


『そういえばトゥーリったら、フォンクラークに気になる女性がいるですって? 初耳よ。そんな状況で、よくもまぁ私を酷い醜聞(しゅうぶん)に巻き込んでくれたものね。噂の真偽を問いに、私の所に皇帝陛下からの勅使がいらしたほどなのよ。でもそれってつまり、私は陛下方へのカモフラージュに利用されたってことなのかしら? いい加減、私は人前でトゥーリに大恥をかかせてもいい頃だと思うのよ』


 次から次へと悪態が思い浮かぶ。けれど思い浮かべながらもつい口元が緩んでしまうのは、マクシミリアンと二人で皇子様をからかってきた過去ののどかな記憶が思い出されているせいだろうか。


『ベニー皇女には感謝をしないといけないわね。花茶を送ってあげたいけれど、直接送ったらトゥーリに見つかりそうだわ。ミリム、貴方に託してもいいかしら? 今年はとても出来がいいのよ』


 せっかくだから、マクシミリアンの弟妹にも一つ、特別によくできたものを包もう。でも彼には花茶よりもこのドゥネージュの森のハーブの方が喜んでもらえるだろうか。


『私はこの一連の騒動で、これからちょっと遠出して、ひと騒動、巻き込まれる予定です。トゥーリのちょっかいのせいで、ベルテセールの問題に私も無関係でいられなくなってしまったせいよ。だから次の手紙は少し遅れるわ』


 冷静で公正なマクシミリアンならリディアーヌが言わんとしていることは察してくれることだろう。つまりリディアーヌ、ひいてはヴァレンティン家は、今なお何ら変わらず国内の問題に関与するほどベルテセーヌと懇意(こんい)であるということだ。そうと知れば、見定める側の立場である選帝侯家の一員として、マクシミリアンも安直にアルトゥールの策に賛同はすまい。その手腕を冷静に見てくれるであろう。


『もしトゥーリに手紙を書く予定があるようなら、全部自業自得。私を抱き込もうなんて百年早い、って言っておいて。今回の件はむしろ私の心証を酷く悪くしたともね』


 自ら伝えるつもりはない。マクシミリアンを通して、遠回しに伝えてもらうことにしよう。弁解の余地なんて与えないよう。


「さて……このくらいでいいかしら……」


 すっかり便箋が分厚くなってしまったが、ふむ。まだ少し、余白があるか……。


『久しぶりに悪友の面倒に巻き込まれてしまったけれど、貴方の相変わらずの書き振りのおかげで気が晴れたわ。その事だけは、振り回してくれたトゥーリに感謝しています。

 追伸。そういえば前回の返事がまだだったけれど、“報われない恋も百回願えば叶う”だなんて迷信、初めて聞いたわ。それは、百一回目の手紙を書く気はない、という意味なのかしら? 酷いわ、ミリム。私はいつも、貴方からの手紙を心待ちにしているのよ』


 それは茶化しているようであり……そしてきっと、本心だ。

 その言葉を果たして届けるべきなのか、否か……逡巡していると、「竜車の準備が整いました」と、侍従長マクスが執務室に顔を出した。

 その言葉にペンを置いて窓の外を見る。ここから城門が見えるわけではないけれど、そろそろ出かける時間か。

 もう、最後の便箋を書き直す時間はない。


「少し待って」


 折りたたんだ便箋を封筒にしまうと、マーサの差し出した最も格の高い紫紺の蝋を垂らし、この季節にふさわしいベルブラウの押し花を添えて印章を捺した。このヴァレンティンの誇るフォレ・ドゥネージュの美しい情景が少しでも届いてくれるといい。


「ヨゼフ、この手紙をマクシミリアン公子宛てに。“聖別より後”に着くよう、送っておいてちょうだい」

「かしこまりました、姫様。お留守の間のことは、どうぞお任せください」


 公女府の一切を預かるヨゼフに任せておけば、ここのことは大丈夫だろう。


「では参りましょうか」


 腰を上げるとすぐに、マーサがかいがいしく上着をかけた。

 同行者は文官と腕の立つ騎士達に、多少なりとも自衛の心得がある侍女を一人。幼い子供のいるマーサは留守番だ。そのためか、表情に何とも言えない心配そうな面差しが(よぎ)っている。


「平気よ、マーサ。そんなに心配しないでちょうだい」

「……心配にもなりますわ。私はずっと昔から……姫様がこちらにいらしたばかりの頃から、姫様を存じているのですから」


 それはつまり、両親を亡くしたばかりだった頃のリディアーヌも、そして兄を失ったばかりであった頃のリディアーヌも、その両方を知っているということ。その原因たるベルテセーヌと、その国の人達を知っているということ。リディアーヌにもまたそれと同じ不安があるから、気持ちは分からないではない。

 でも自分はもう、あの頃と決して同じではない。


「今度の私は一人じゃないわ。お養父様も沢山の護衛を付けて下さったし、エリオット達もいるわ。マーサ、貴女の旦那でしょう? 信じてあげてはどうかしら。それとも旦那を長期出張に連れ出されることにむくれているだけなのかしら?」

「まぁ、姫様ったら」


 そうようやく顔をほころばせたマーサは、扉の前に立つ夫でありリディアーヌの筆頭護衛騎士であるエリオットを見やると、力強く頷いた。


「どうか、姫様をくれぐれもお願い」

「必ず無事に、連れ帰る」


 仕事中はいつも他人行儀な二人が少しばかり家族らしい顔で見つめ合うのを見て、くつりと笑みが浮かんでしまった。いつももっと、そんな風にしていればいいのに。


「休暇だと思ってゆっくり待っていて」


 そう軽口で安心させながら、改めて皆を見渡した。長く離れるのは久しぶりだから、やはりちょっとくらいは名残惜しい。


「それじゃあ、皆……」


 見渡して……ん? 一人足りないことに気が付いた。


「あれ? フィリックはどこ?」

「こちらです」


 文官補佐のケーリックが何とも言い難そうな顔でソファーを見下ろしているのを見て、リディアーヌもそちらを覗き込んだ。

 主君の執務室で毛布をかぶって丸まっている筆頭文官……普通なら有り得ない状況なのだが、彼はリディアーヌに同行するため、膨大な仕事を前もって片付けるべく、この数日寝ずに処理し続けていた。ついに今朝方必要分を処理し終え、リディアーヌが手ずから枕を持ってきてあげるほどに(いたわ)ってあげたばかりなのである。

 だが生憎と、お優しい聖女タイムは終わりだ。


「そろそろ出るから、起こしてちょうだい」


 そう声をかけると、声が聞こえていたのが、むくっと気だるそうに起き上がり、「もう時間ですか?」と立ち上がった。

 立ち上がりはしたが、いつもの侯爵令息としての威厳はなく、何とか目を開いている、という感じだ。


「フィリック、車までエリオットにお姫様抱っこして連れて行ってもらう?」

「姫様。御身のため頑張った臣下に言う言葉がそれですか……」

「……おんぶの方が良かったかしら……」


 いつもなら言葉遊びを楽しむところなのだが、どうやらフィリックにはその気力すら残っていないらしい。ふらふらしている筆頭文官殿を見ていられなくなったらしいエリオットが「肩を貸しますよ」とさりげなく支えた。十分に騎士とお姫様だ。ぷくく。

 今回は、そんなフィリックの補佐と身の回りの世話も兼ねて、侍従長のマクスも連れてゆく。マクスはカレッジにも着いて来てくれていた頼れる側近だ。フィリックとは同い年で気心も知れているし、リディアーヌにも長く仕えているので側近達のまとめ役もこなしてくれるだろう。自衛の手段には心もとないが、その分、侍女には武芸の心得の有るフランカを連れてゆく。

 いつも外向きの仕事を任せており社交にも慣れた侍女なので、今回の件にも適任だ。何よりカレッジ時代にはレイピアの模擬試合で負けなしだったという戦える侍女だ。

 騎士はエリオットを筆頭に、宮付きの従士から五名ほど選抜してもらった。ただこの宮付きの者は若い者が多いので、叔父も熟練の近衛を数名と、伝令などに走れるような身の軽いもの、それに正式な外交官などを付けてくれた。結構な人数となったが、これがベルテセーヌにいいようには振り回されぬようにとのヴァレンティン家なりの万全の態勢である。


  ***


 見送りには、叔父をはじめとして高位高官がずらりと出揃っていた。ベルテセーヌでの問題なんて他人事(ひとごと)くらいに思っても良いものなのに、皆リディアーヌのことを心配してくれているのだ。少しこそばゆい。

 そんな中、少し遅れて城から飛び出してきた小さな塊がリディアーヌの腰にドンッと抱き着いた。つい今朝方まで寂しがってしょんぼりとしていたフレデリクだ。


「デリク、お見送りに来てくれたのね」

「……早く帰ってきてくださいね、姉上。これ、お守りです」


 そう目いっぱいにこちらを見上げながら差し出された銀色のメダルには、つたないながらも立派な狼が彫られていた。ヴァレンティン家の守り神とされるドゥネージュの森の蒼狼だ。

 狼は道の神との別名もあり、この国では遠くへ行く人へのお守りとして狼の刻印されたものを渡すのが慣わしなのだ。


「まぁ、デリク。貴方が作ってくれたの?」

「はい……あまり、上手にはできませんでしたが」

「そんなことないわ。有難う。大切に身に付けますね」


 そう言って後ろに控えていた侍女のフランカに目くばせすると、すぐに察したフランカがメダルを受けとり、リディアーヌの腕にメダルの革紐を巻き付けてくれた。

 昔、ベルテセーヌに向かうリディアーヌにも兄がメダルを贈ってくれた……それを兄の子に貰う日が来るだなんて。感慨深い。


「ルゼノール家の皆にも、デリクの話をしてやってくれ」


 名残惜しそうにしているフレデリクの背をポンと叩きながら言う叔父に、勿論と頷く。


「土産話を持って帰ります。クロレンス姉様の子供達の話も」

「あぁ、そうしてくれ。それからルゼノール女伯にはくれぐれも」

「ええ、お任せください。フォンクラークとの一件に関してもきっちりと。後ろでコソコソしている連中には言い訳をさせる隙も与えず、綺麗にしてまいりますわ」

「お、おう……頼もしいな」


 二人のやり取りに、足元でフレデリクが首を傾げた。

 大っぴらには話せない内容なので濁しているけれど、フレデリクにとってルゼノール家は生母の実家だ。連れて行ってあげられない代わりに、リディアーヌが帰ってきたら、フレデリクには母とその実家の話をしてあげよう、と――そう、叔父と約束しているのだ。


「さぁ、遅くなるといけない。そろそろ行きなさい」

「ええ。デリク、お留守番を宜しくね」


 幼い義弟をそう宥めようとしたけれど、まだ少し寂しげにしている様子がなんとも別れがたい。昔、兄が寄宿学校に戻る時期になるたびに、自分もこうやって叔父の足元で恨みがましそうに兄を見ていたものである。

 だが私は知っている。こういう時、幼い弟妹を納得させる魔法の言葉があることを。


「フレデリク。私がいない間、お養父様をしっかりと監視し、毎日報告書をしたためておくのですよ」

「!」

「おい、リディッ」


 叔父が何を思い出したのか、顔色を濁す。ふふんっ、だが取り消すつもりはない。


「ちゃんと書類を処理したか、お城の中で叔父様を探し回って大臣達が困っていないか、しっかりと監視をお願いします。私が帰ってきたら、報告をしてもらいますからね」

「分かりましたっ! 頑張ります!」


 お兄様直伝、寂しくないようお仕事を与えて、ついでに不安要素(叔父)の監視もできる一石二鳥の策である。兄の言いつけを守ろうと一生懸命叔父に着いて回っていたおかげで、寂しさも紛れた。それに帰ってきたら兄と二人で沢山お話をするんだ、という約束が、幼かった頃のリディアーヌを奮い立たせたものである。

 フレデリクにも効果は覿面(てきめん)だったようで、ぎゅっとこぶしを握ってやる気に満ちた面差しが、なんとも凛々しかった。


「ということですから、叔父様。デリクのお手本となるよう、しっかりなさって下さいね」

「……ハァ。仕方ない」


 多少身の回りにだらしがないとはいえ、叔父は別に仕事をしない人間なわけではないのだけれど、幼い子供の(なぐさ)みに、怠惰者のレッテルを享受してくれたようだ。「私がサボらないよう、しっかり見ておけよ」とフレデリクの頭を撫でる様子にほっとした。これで、フレデリクにも寂しい思いはさせずに済むだろう。

 あとはやるべきことをやって、速やかに帰ってくるだけ。


「そうと決まったら、さっと行って、さっと帰って来るわよ!」

「ちょっと町まで、みたいなノリで言わないで下さい」


 すかさず護衛騎士という重責を担うエリオットに突っ込まれたけれど、「そうしましょう。机が心配なので、早く帰ってきましょう」と真顔で言うフィリックには口を噤まされたようだった。

 書類漬けの日々が相当堪えたようだ。


「それでは、行って参ります」


 さぁ、懐かしき故郷の懐かしき悪党共と、いざご対面といこう。






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