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4-30 帰城と進捗(1)

 バレの離宮からマクシミリアンとクロヴィスを見送って二日。フォレ・ドゥネージュ城に残っていたマドリックから『掃除が済みました』との連絡が来たのを機に、なんだかんだ言いつつ離宮での滞在に寛ぎきっていた養父を連れて帰城の途に着いた。

 エタン元子爵の拘束に始まり、元子爵邸の捜査、後宮内の調査、城下町の探査と騎士達が総出で働き、瞬く間に罪人を捕縛し証拠を収集してくれた。指揮を執ったマドリックの手腕には、大公様から然るべき褒美があるべきだろう。

 公子宮はまだ破壊の痕跡が残っているためすぐには戻れないとのことで、リディアーヌはフレデリクと共にアロア離宮に戻ろうとしたのだが、そこは養父が頑として反対し、結局フレデリクは修復が済むまで養父の大公宮に。リディアーヌは自分の公女宮に戻ることになった。養父はここぞとばかりにリディアーヌも大公宮にと促してきたのだが、未婚の侍女や侍女見習い、アンジェリカのことを理由にすっぱりと断った。


「なんだか久しぶりの公女宮ね」

「やはりこの宮が一番落ち着きます」


 離宮にいた間の荷物を解きながらそう顔をほころばせたフランカに、「私もです」なんて言っているアンジェリカの言葉には、はたして同意していいのかどうか。もはや馴染み過ぎていて違和感すらない。

 ひとまず戻ってすぐは、こちらに溜まっていた手紙類の処理に明け暮れた。

 ほんの数日留守にしていただけなのに、随分な溜まりようだ。とりわけ急ぎの手紙を出していたアルセール先生からの返信や、“鳥”を用いて届いたのであろう厳重な封をされたクロイツェンからの手紙なども届いており、見た瞬間から“後回し”だなんて言葉が消えとんだ。やはり、城を留守になんてするものではない。


「アルセール司祭はなんと?」


 じっくり手紙を読んでいる間から、大人しく“待て”も出来ずにフィリックが急かしてきた。フィリックも城を空けていたことで溜まった情報に、気が(はや)っているのだろう。


「ロドリード司教の件が詳細に書かれているわ。なんてこと……」


 フィリックがソワソワしているので、すべてを読み終わる前から一枚、また一枚と便箋を渡して情報を共有していった。

 教会本山に籍を置くアルセールいわく、突如としてこの春本山に戻って来た直轄領国教局所属のロドリード司教は、先のリンテンでの一件の後、国教局で司法を司る役職にありながら、皇帝の直臣家が教会の指定薬物をひそかに取引していることに気が付きもせず、ましてやその船が皇帝直轄領にも出入りしていて帝国を脅かした……といった理由をつけ、直轄領国教局局長であるバルデレント大司教からの追及を受けたという。

 責任を問うならリンテン教会であるとの反論もあったが、この一件は冬の初めにロドリードは謹慎と修練の処を受けた。だがそれで終わるはずが、(だん)(がい)は拡大と混迷を極め、国教局内の派閥争いに発展。その責を負う形でロドリード司教が国教局の役職を解任されたのだという。

 本山に戻ってくることができたのは本山内に擁護する者がいたからであり、一方で本山でも情報が入り乱れ、解任を妥当とする者も少なくはなかったらしい。そのため本山でも(かん)(しょく)に回された状況にあるという。


「リンテンの一件の後、早々とすべてを投げ出して帰国をしたのは不味かったかしら」

「お気持ちは分かりますが、教会内部の派閥争いとなれば姫様が残っていたところで出来たこともそうないでしょう。アンジェリカ嬢の聖別の直後に聖痕の持ち主だと主張するわけにも参らなかったでしょうし、それはロドリード司教も望むところではないでしょう」

「良くも悪くも、厳格な司法の番人でいらっしゃるもの。その(かたく)なさが、敵を作ってしまったのね……けれど少なからずリンテンでの一件ではお世話になったのだから、申し訳ないわ。アルセール先生にはくれぐれも今後のことをお願いしましょう。こんなことで埋もれさせるには惜しい実直さだもの」

「そのくらいなら宜しいでしょう」


 だがそれよりも気になるのは、そうした教会内の派閥争いの影に見え隠れする存在がいた、との情報だった。


「クロイツェンの皇太子殿下でしょうか」

「ええ、彼でしょうね。私達が直轄領を出た後すぐ、皇宮に入ったと聞いたわ。トゥーリは事件に直接関与していたわけではないけれど、皇帝陛下からの追及は免れなかったはず。どんな手を使ったのかは知らないけれど、教会が薬物関連の取り締まりの強化を皇帝陛下に訴えていることは例年の帝国議会の報告でも耳にしていたことよ。そのあたり、上手くバルデレント大司教を味方につけて問題を拡大させ、ロドリード司教に全責任を取らせる形で“教会”を味方に得る……そんなやり方で、皇帝陛下の信頼を取り戻したのではないかしら」

「見てきたように仰いますね」

「一番トゥーリらしいやり方を考えたら自然とそう考えざるを得ないだけよ」

「あぁ、姫様ならそうする、ということですね」

「……」


 否定したいが否定できない。つまりそういうことだ。


「帰国後のナディアの手紙に、酷く遠回しな物言いで、トゥーリが相変わらず憎くて仕方がない、みたいな言葉が沢山あったのよね。てっきりいつもの恨み言かと思っていたけれど、教会への取り締まり強化の働きかけのせいで、元々薬物指定ギリギリの香辛料を多く出しているフォンクラークも迷惑を被ったのでしょうね。元々取り締まり強化には賛成派とはいえ、ナディアにとっても面白くない展開だったことでしょう」

「そのあたり、教会が新しい方策を提示するのはこの帝国議会の大宣布のタイミングとなるのでしょうが……結局、大宣布はどうなったのでしょうね」

「まったくだわ……」


 アルセール先生からの手紙に次いで急ぎ(めく)って目を通したのは、クロイツェンに駐在する大使からの急ぎの文だった。どうやらヴィオレットの傍に戻ったキリアンはまだ信頼回復に努めているところで、行動を慎重にしているらしい。だがそれでも皇太子が皇太子妃と共に皇宮に出向いて程なく、『予定に変更なし』との鳥が大使館に届いたのだという。大使は何の事だかわからず保留にしていたが、ほどなく皇帝昏倒の噂を聞き、急ぎ本国に知らせを送ったようだ。それが今になって届いたのである。

 つまり、マクシミリアンも言っていた通り、皇帝は昏倒などしていなかった。クロヴィスの様子からしてもそうなのだろうとすでにほとんど確信していたが、しかしこれでより確実になった。

 しかしその昏倒事件も、この通りヴァレンティン大公があっさりと帰国してしまって不完全に終わり、それから収拾が付けられぬまま、今やちらほらと各国の使者や王侯らも帰国の準備をはじめているらしい。これはつい今しがた、皇宮の離宮から届いた報告だ。

 こうしたことと併せて考えてみても、結局“大宣布”がちゃんと行われないまま、今年の議会が終わってしまったことになる。さて……どうなっているのやら。


「ひとまず、トゥーリとヴィオレット妃が皇宮に出向いたというのは無視できないわね。各国へのお披露目の意図なのはわかるけれど、いい機会だから皇宮に残っている文官を何人か留まらせて情報収集を続けることを提案しましょう」

「すぐに鳥用の文と進上書を用意して大公様にお届けします」


 コクリと頷いて後のことを任せると、机に散らばった手紙を丁寧にまとめ直してくれていたマクスから最初のアルセール先生からの手紙を受け取り、リディアーヌも返事の執筆に当たることにした。

 帰って来たばかりだというのに、相も変わらず公女府はせわしない日々である。



  ◇◇◇



 翌日には、騎士団や侍府の者達もろとも養父の元に集まり、ヴァレンティン内で起きた一連の事件の事後処理に当たった。

 本来なら大公殿下が帰城するとすぐに帝国議会の報告会になるが、今回は大公様が外務官達を全員置き去りにして帰ってきてしまった上、外務官達には今少し皇宮で情報収集を頑張っていただきたいので、報告会はまだまだ後回しだ。その代わり、彼らが新しい問題を持ち帰ってくる前に内部の問題を片付けてしまいたかった。


「外務官の一部を皇宮に残す件については既に鳥を出した。いい対応だったな、リディ」

「有難うございます。私からの提案ですので、追加の滞在にかかる費用や補填案も別途用意しています。もう少しお待ちください」

「分かった。そっちは直接外務官に出してくれ。皇宮からの物騒な客の件はザクセオンとクロヴィスに任せたから、これは処理済みでいいな。こっちの下働きの雇用の件については後はリディのいいようにやってくれたらいい。他に承認しておくことはないか?」

「エタン元子爵を免職したので、新たな小府長補佐を()(にん)していただきたいです。ヨゼフに候補者を挙げてもらっていますのでご確認ください。それから公女府と小府を補佐官一人で管理するのは負担が大きいようですから、今後は二名体制としていただきたいです」

「問題ない。候補の方は確認しておく。役職手当は?」

「小府の方から十分に捻出できます。ただ人材は侍府の方からも候補を挙げさせていただいています。小府にはヨゼフの信用に足る人材が少ないようで」

「構わん。だがヨゼフには使える人材を自分でも育てさせておけ。今後も侍府頼りでは困るとも知れんからな」

「ええ、そう指示いたします」


 テキパキと書類を取り交わし、体制変更の承認についてのみ先んじて証印を貰う。


「学校の方はどうだ?」

「まずは寮の新築が始まりました。それから卒業生や在学生の関係者、商業組合などから寄付金が集まっているので、修繕費用と焼けた物資の支給に活用したいと思っています」

「ああ、それでいい。だが使い道だなんだは提案だけしておいて、細かい所は学校側に任せてしまえ。報告と監視さえできていれば、すべてをお前がやることはない」

「それは……そう、ですね」


 何となく自分の机に積み上げられた仕事だからすべて自分でせねばならないような気でいたが、今はただでさえ仕事が立て込んでいる。先頃フィリックにも側近達だけではなく担当官省から人材を出させることの提案を受けたように、自分も今後は適切に仕事を割り振ってゆくということも覚えた方がよさそうだ。


「監視は現地に遣わしてある工兵省などの役人からでいいのでしょうか? それとも第三者を派遣した方がいいですか?」

「今回は国立学校だからな。学校側、工兵省側からの提出とを照らし合わせて()()が無ければそれでいい。確認することがあるようなら小府ではなく侍府の侍官を遣わせ」

「侍府は大公の直轄機関では?」

「リディは内政も担っているだろう? 構わん。外向きの仕事の際は基本的に公女府ではなく侍府の者を使え。侍府長にも言っておく」

「かしこまりました」


 公女府は基本的に内向きの仕事のための人材なので、外の仕事の監査に出すというとピンとこなったが、侍府の侍官を使っていいとなると別だ。実に有難い。


「次は?」

「ベルテセーヌの件ですね。こちらがバタついていたせいで報告だけ受けて置き去りになっていた案件がいくつか。うちに刺客が来ていたのと同じように、ベルテセーヌ内でもいくつか事件が起きていたようです」


 先んじて確認した書類を養父に差し出すと、みるみるその目が険しくなっていった。

 どうやらヴァレンティンで公子宮の襲撃が起きていた頃、同じくベルテセーヌでも“青の館”に賊が押し入る事件があったらしい。狙いは言うまでもない、廃太子リュシアンだ。

 リディアーヌとしては、何かしらあらぬ罪を着せて徹底的にリュシアンを封じ込められる方が問題だと思っていたが、どうやら敵は至極単純な暗殺という方法を選んだらしい。だがそこはセザールが先んじて手を打っていたようで大ごとにはならず、どころかそれを利用してジュードの青の館訪問と警備体制の強化を実現させたという。セザールにしては実によくやったことである。ジュードのついでにエメローラ家から良い参謀が手に入ったおかげだろうか。


 だが悪い情報もあった。クロードの行方不明と王と王妃の不在により、庇護者を欠いている末のザイード王子が国立学院内で貴族の子弟と揉め事を起こしたらしい。相手は重症を負ったらしく、王子は王城内で謹慎処分を受けた。学院にいてもらえれば楽なものを、セザールにとってはお荷物が増えた状態だ。

 さらにこの事件を受けて『王室の管理が成っていない』とブランディーヌ夫人がしゃしゃり出てきて、不在にしているアグレッサ王妃の宮に仕える者達を勝手に解雇したり処罰したりしたらしい。ザイード王子の周囲も同様で、事実上、ブランディーヌの息のかかった者がザイードの周りに増えている状況だという。クロードに引き続き、人質を取られたようなものである。

 これには、後宮に住まわず独立しているセザールにも、同じく城の外にいるジュード達にもどうすることもできなかったようだ。

 気になるのは、反ブランディーヌ派の前ベランジュール公と違い、その息子の現公爵がブランディーヌの動きを後押ししたということだろうか。ベランジュール家はクリストフ一世の弟の家系で、れっきとした現王室の第一分家なので、敵には回したくないのだが。


 とはいえこうした内部の出来事には、ヴァレンティンからできることも無い。眉をしかめても、それだけだ。






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