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4-29 皇宮にて(2)

side ヴィオレット

「廃太子殿下の復権を、なさるつもりなのですよね?」


 ヴィオレットの問いに、王は黙ってこちらを睨んでいる。


「ご心配なさらずとも、私はそれを阻むつもりなどないのです」


 ヴィオレットの知る“ストーリー”において、この王は、なるべき王へと“円滑な譲位”をさせる上において重要な人物だ。今のままの関係ではなく、和解する必要がある。そのため、今ここでヴィオレットがベルテセーヌ王シャルル三世に遭遇したのは、偶然ではなく必然だった。

 昨日こちらに着いて、クロイツェンの離宮で皇王夫妻と面会し、今日は皇帝陛下にご挨拶にお伺いするべき所を、アルトゥールが一人で参内したことを聞いた。

 状況や立場は色々と異なっているが、原作でもこの時期、“婚約”を認めてもらうためにヴィオレットはアルトゥールと共に皇宮に来ていたはずで、やはりアルトゥールは一人で皇帝陛下に謁見したのだ。本来はヴィオレットも遅れて参内して合流するよう言われていたが、その途中、因縁あるベルテセーヌ王に会ってしまうというシナリオだ。

 何故か現実ではアルトゥールに『後で来るように』とは言われなかったが、それは今の状況が婚約を認めてもらう為ではなく、すでに結婚してしまっているという立場の変化があったせいだろう。だがこの通り、予定していた場所で、予定していた通りにベルテセーヌ王に遭遇できた。


 王と最後に会ったのは、ヴィオレットが茶会の開かれていた庭園でクロード王子に断罪を言い渡された後、正式に追放の処分を下された時だ。玉座にいた王はどこか大きく猛々しい権力者であるように見えていたものだが、今はアルトゥールという後ろ盾を得たせいか、臆する気持ちはなかった。あるいはそれは、自分の為すべき目的がはっきりとしているせいなのかもしれない。


「余を呼び止めるほどに偉くなったと勘違いをしておるのか。まこと、(ずう)(ずう)しい娘だ」

「なんと思われようと結構ですが……ですが私はもうオリオール家のヴィオレットでも、貴方の愚かな息子の許嫁でもありません。クロイツェンの皇太子妃です。お忘れにならないでください」

「同じではないか。皇国の皇太子妃は、いつから王を呼び止められるほどに偉くなったのか」

「っ……」


 確かに。いや、確かに? だがアルトゥールは皇帝陛下の孫だ。彼ならきっと、『ベルテセーヌ王などに何故()びへつらう必要がある』と、()()にもかけないことだろう。


「そのような言葉に惑わされは致しません。それに、お話がありますといった私の言葉に足をお止めになったのは陛下ではありませんか」

「思いがけない無礼に驚いて止まった足を、そなたのためにわざわざ足を止めてやったものと勘違いするのか?」

「はぁ……」


 相変わらず、プライドの塊のような王だ。こんな人には何を言ったって無駄だろう。こちらが(した)()に出てやれば丸く収まるのだろうが、そんな気もしない。


「もう、どちらでもいいです。それより答えてください。廃太子殿下の復権のことです」

「廃太子? どの廃太子の事だ。リュシアンか? それともクロードか? それともはるか昔のエドゥアールのことか」


 皮肉がかったように言うまどろっこしい王に、「言わないと分からないのですか?」と挑発する。だが挑発が効いたのか効かなかったのか、王は、「何しろ余は我が姉のせいで後継者が少しとして安定しないのでな」と、なおも嫌味がかったことを言った。

 母のせい……というのは、どういうことだろうか。母が王位に関して口を挟んでいることは想像に(かた)くないが、それに責任転嫁するのは王のすべきことではないだろうに。

 息子が息子なら、王も王だ。


「逆に問おう。そなたはブランディーヌが王位を狙っていることを知らないのか?」

「王位を狙う?」

「よもや知らぬとは言うまいな」


 王はさも当然のようにそう言って鼻で笑ったが、それには首を傾げてしまった。

 違う。確かに母は野心家だが、原作にそんなストーリーは存在していない。


「あぁ、陛下は勘違いをなさっていらっしゃるんですね」

「勘違い?」

「お母様が王籍簿に名を刻むことを悲願となさっている事なら存じていますけれど、王位を狙うだなんて……母は“簒奪者”ではないのですよ。確かに過激な所はある人ですけれど、恥知らずではありません。母が時折苛烈な姿を見せるのは、生母が正妃でなかったという理由だけで虐げられた被害者だからです。母のやり方を正当化する気はありませんが……ですが、自分をそのようにしたすべてに対して復讐したい、見返したいというその気持ちが分からないだなんて。それを知らないのは、殿方達ばかりです」


 本当に、なんて無責任で理不尽な世界なのか。確かに母は言葉で王や周囲を惑わし争いを生ませた人であるが、しかしそうさせたのは先々王クリストフ一世と、レティシーヌ王妃だ。もしもその自覚がないというのであれば、まったく傲慢としか言わざるを得ない。


「母は、そんなやるせない気持ちを微塵も理解してくれないベルテセーヌではなく、クロイツェンで、皇太子妃の母として王籍簿に名を刻まれました。国王陛下、貴方の両親に庶子と蔑まれ、父親に捨てられて、不遇の結婚をした貴方の姉は、すでに王籍簿に名の有る存在になり、悲願を達したのです。なのにこれ以上、ベルテセーヌに何を期待するでしょうか」


 原作ではヴィオレットが復権した廃太子と結婚しベルテセーヌの王妃となることで、母の名もベルテセーヌの王籍簿に()ることになる。父は失脚してオリオール家自体は処分を受けるが、母は“王母”としての待遇を受けるのだ。だから正確に言えば、クロイツェンの王籍簿に名を載せたとしても母の本来の望み通りになったわけではない。だが婚儀の前夜、『これで私は私を捨てた父にざまぁみろと言えるわ』と涙を流した母のことを信じている。

 それこそ、“原作通り”だったのだから。

 だが国王はそうは思わないのか、ハンッと鼻で笑い飛ばしたかと思うと、(おう)(よう)に口端を吊り上げた。


「おめでたい頭をしていることよ。悲願通りにクロイツェンの王籍簿に名を載せる、か。まだセザールから詳しくは報告を受けておらぬのだが、果たして、その王籍簿を見た“王女”はどんな顔をしていたのであろうな。さぞかし見ものであっただろう」


 王女? リディアーヌ殿下?

 よく覚えていないが、他の選帝侯家の代理人達と、ヴィオレットの家名について首を傾げていたことは覚えている。だがいち早く承認を口にしたのが、そのリディアーヌ殿下だったはずだ。王は一体、何を勘違いしているのだろうか。


「まぁいい。つまりそなたはリュシアンの復権に好意的ということか。思いがけず、面白い話が聞けてしまった。礼を言ってやろうか」


 どうしてこういちいち上から目線なのだろう。腹が立つ。


「だがもしリュシアンが王位を得たとして、さて、それであやつは最初に何をするだろうな。くくっ。余の首が落ちるのが先か、それともそなたの母の首が落ちるのが先か。見ものであるな」

「……え?」


 何故だ? どうしてそんな話になった?

 まさか、原作には描かれていなかった“何か”が有るとでも?


「ヴィオレット!」


 急ぎ巡らせようとした思考を妨げた声に、ふと振り返る。

 原作では謁見室からやってくるはずのアルトゥールが、何故か外側の廊下からやって来た。このくらいの原作との違いは……問題ないはずだが。


「アル? どうしてそっちから?」

「陛下との謁見はとうに終わった。君こそ何をしていたんだ?」


 そうベルテセーヌ王を警戒するようにヴィオレットの腕を引いて背に庇う姿に、つい頬が染まってしまったのは仕方がないことだ。

 この関係は契約であるはずなのに、果たしてこれが本当に契約というだけの相手にすることなのだろうか。


「何でもありません。少し、国王陛下と雑談を……」

「雑談? ふっ。皇帝陛下との面会に向かう余を呼び止め、一方的にベルテセーヌの王族を非難したクロイツェンの皇太子妃殿と、雑談などしたかね?」

「なっ!」


 どうしてそんなひどい嘘を吐くのか。

 だがそう(いきどお)ろうとしたヴィオレットを止めたアルトゥールは、「案じずともそんな言葉を信じはしない」とベルテセーヌ王に(ちょう)(しょう)を向けた。


「ふん、面白くない」

「我々は陛下を面白がらせるための道化ではないですから」


 その通りだ。おかげですっかりと口を閉ざしたベルテセーヌ王に、ヴィオレットもほっと息を吐いた。


「まぁ良い。余は敵に塩を送ってやる優しさなど持ち合わせておらぬが、あまりにも憐れなそなたに一つ年長者としての助言をしておこう。クロイツェンの皇太子よ……そなた、そこなブランディーヌの娘の軽々しい口車に精々乗せられぬことだ。破滅するぞ」

「ッ……」

「他愛のない雑談として聞いておこう。私は貴国の()(まい)(ども)と違って、分別があるからな」

「言うておれ」


 クツと口端を吊り上げて謁見室へと歩を進めた王に、アルトゥールはそれに礼を尽くすわけでもなく平然と見送り、やがて後姿が消えたところで、「さて」とヴィオレットを振り返った。

 私もこのくらい、怖いもの知らずに堂々としたいものである。


「相変わらず、冷や冷やさせてくれる」

「ごめんなさい、アル……でもどうしてもここでベルテセーヌ王と会っておきたかったんです」

「ここを国王が通ると知っていて来たのか?」

「はい。そして国王は今から皇帝陛下に帰国の申し出をするはずです。皇帝陛下の“昏倒”というお芝居に巻き込まれて予定が随分と遅れてしまったことの補填として、日頃大型船が出入りできないはずのエレムス公国に船を直行させる許可を得て」


 不思議そうに首を傾げるアルトゥールに、つい得意げになってしまう。


「これによりベルテセーヌは関係が遠ざかって久しいエレムスに対して存在感を見せつけることに成功し、また皇帝陛下はこの時、“この度きり”という誓約を付け忘れたせいで、ベルテセーヌは今後もエレムス港を使い続けることになるんです。それにより、直轄領には必ずリンテンを経由する、というこれまでの常識を破ることになり、また皇帝戦の折には直轄領との行き来の日程の短縮とそれを利用した計略として使われることになります」

「問題だな。デッセル」

「根回しいたします」

「よく知らせてくれた、ヴィオレット」


 褒められると、つい頬が熱くなってしまう。自分は彼の知らないことを知っている。そんな自分の“才能”で、彼の役に立てているのだ。


「君は相変わらず、これから起こることをまるですでに見てきたかのように言うな」

「ええ。私、“見ました”から」


 貴方達は皆、私が知っている小説の中の登場人物で、私はこの先に起きる出来事をすべて読んだ事が有る、だなんて。到底言っても信じてもらえないだろうけれど。でもそのおかげで、こうしてアルトゥールのキョトンとしたあどけない顔を見られるのだ。役得である。


「それはいいんだが……今後はせめて、一言くらい声を掛けてから行動してくれないか? ベルテセーヌ王と立ち話など……驚いただろう」

「ふふっ、ごめんなさい。出来るだけそうします」

「何を笑っている。心配をしているんだぞ」


 だから笑っているんじゃないか。くすくすくす。

 やがてため息をこぼしたアルトゥールは、仕方なさそうに慣れた手つきでヴィオレットの手を取ると、離宮に戻るべく促した。いつ見ても、本当に自然な所作だ。まるでお姫様のように扱われているみたいでドキドキする。まぁ、皇太子妃だから……もう、お姫様なのだけれど。


「そういえばヴィオレット。ここに来るのに、男に道を()かなかったか?」

「え? あぁ、はい。若くてスラリとした、このお城の文官の方ですね」

「この城の?」


 首を傾げたアルトゥールに、ヴィオレットも首を傾げる。

 別におかしなことは言っていないはずだが、もしかして別の人と勘違いしているのだろうか?


「確かに(ない)(こう)(ちょう)の者だったか?」

「まぁっ、私だって馬鹿じゃないんですよ。所属国からいらしている方々は皆そうとわかるように、御印をつけているはずですよね? それがありませんでしたから」

「……あぁ、なるほど……」


 何に納得したのか、「(よそお)われたのか」だとかなんだとか呟いていたアルトゥールはすぐに穏やかな面差しを向けると、「そう、その男だが」と話を続けた。何か()()があったようだが、問題なかったのだろうか?


「聞けば、君の手作りの焼き菓子を渡したとか?」

「え?! どうしてそのことをっ……あっ。やだ、私っ。その、他意はなくて!」


 やだっ。たまたま、後でキリアンにでもあげようとポケットに入れていて、たまたま親切に案内をしてくれた気のいい紳士へのお礼に使わせてもらっただけだったのに。だが夫にもあげていないものな上に、手作りだ。まさか誤解をさせたのではなかろうか。


「まだほかにもばらまいているんじゃないだろうな」

「してませんっ! あれは、その、本当にご親切にしてくださってっ。あの、別に見目に惹かれたとか、いい顔をしようとしたとかではないんですっ。本当にたまたまっ」

「だが誰かにあげるために持ち歩いていたのだろう? 私はそんなもの、貰っていないのだが」

「っ誤解です! あのっ……アルの、は、ちゃんと別に……」

「あるのか?」

「あります!」


 クスリと笑ったアルトゥールに、かっと頬を染めて俯いた。

 あぁ、恥ずかしい。なんだか、“言わされて”しまった。


「ヴィオ。あまり他の者に軽々しく物などやらないでくれないか。嫉妬する」

「しっ……」


 嫉妬? 嫉妬?! そんなまさか。アルトゥールが?!


「返事は?」

「っ……でも。嫉妬、って……私達は、その……契約上の……」

「それでも君は私の妃だろう。嫉妬してはいけないのか?」


 い、いけなくなんて、ない!


「……分かりましたわ、アル」

「いい子だ」


 さらりと頭を撫でていった手が、すぐに離れてしまったのを寂しく思った。

 あぁ、まったく。こんなにも誑かすのが上手いだなんて。そんなのはリディアーヌ王女のためだけの特別じゃなかったのか。

 なのに、なのに。


 もしかしてアルトゥールは本当に、私のことを?






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