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4-24 報告(2)

 考え込んでいる内にも、一度騎士団の取り調べで席を外していたマクシミリアンが騎士に連れられて戻って来た。

 リディアーヌがあれこれ指示するより早く、うちの側近達が「どうぞこちらへ」と席を勧める姿がなんとも複雑な心地である。


「このままご報告して宜しいでしょうか」


 マクシミリアンが座ったところで、連れてきた兵がチラリとマクシミリアンを気にした様子で問う。もはや彼も巻き込まれた当事者である以上、隠しておく必要はない。「報告してちょうだい」と促した。


「襲撃犯は十二名でした。まず、林道の手前で警備兵と衝突していた者が四名と、追尾し襲撃してきた者が四名。いずれも身なりや持ち物からして、先の公子宮襲撃の一件と同一系統による犯行と思われます。また町中の探索に当たっていた班が郊外に諜報活動に用いていたと思われる鳩小屋を発見し、国立学校を放火した例の犯人が送ったと思しき鳩文の燃え残りを発見いたしました。半分ほど欠損していましたが、先の計画の失敗と“次”に関する何かが書かれていたらしいことと、どうやら公女殿下を国立学校に呼び寄せることも計画であったらしいことが読み取れるものでした」

「最初からあの林道を狙っていたのね」


 その可能性を考えていなかったわけではない。だからこその万全の備えであり、それはちゃんと功を奏した。


「ん? なのにどうしてミリムが襲われていたのかしら?」

「まったくね」


 思わず呆れた顔でマクシミリアンも呟くと、報告の騎士は少し申し訳なさそうに肩をすくめた。


「公子殿下は城門通過時に“青札”をお使いになられたかと」

「ん? あぁ、勿論使った。いくらお忍びで国境を越えたとはいえ、他の選帝侯家の公子が正式な身分証を使わず密入国するわけにはいかないだろう」


 そりゃあそうだ。

 青札というのは選帝侯家の持つ略式の身分証である。普通は国境や城門を越える際、戸籍地や商会のある町などで発行される手形を用いて出入りするのだが、貴族は家紋の彫られた石札を身分証として用いる。それに対し、王家選帝侯家の身分証は象徴となる宝石の原石を素材に、国章が刻まれたものを使う。この玉石の色にちなんで、王家の身分証を赤札、選帝侯家の身分証を青札というのだ。無論、リディアーヌも所持している。


「襲撃犯は青札を見て、ミリムを襲ったと?」

「おそらく。門番も青札を持つ者がほぼ単騎で通過したのには驚き、目の届く間は監視していたらしいのですが、ほどなく後を(つい)()する怪しい連中を見て、念のために城門から兵を出していたのだそうです。それが功を奏して、シュルト卿と合流して最初の襲撃の撃退の助けとなりました」


 それで警備兵が早かったのか、と言ったマクシミリアンには、もう少し自分の挙動の不審さを反省してもらいたいものである。門番達はさぞかし困惑したことだろう。


「彼らの目的は私かデリクかアンジェリカでしょう? そこでザクセオンの公子に手を出す理由が分からないわ。いえ、むしろ愚行ではないかしら」

「はい。ですから襲撃犯は何らかの理由で青札を持つ人物であること知ったものの、どこのご家門とまでは知らなかったのでしょう。その……普通に考えて、ヴァレンティン家以外の青札を持つ方が姫様の側近を連れて単騎で城門をくぐるなどとは誰も考えませんので、敢えて確認する必要性も感じなかったのかもしれません」

「……」


 つまり一人飛び帰って来たうちのお養父様か、あるいは青札を許されているアセルマン家の誰それかと、そういう勘違いをされたのか。


「自業自得ね、ミリム」

「返す言葉もない」


 間違われたとはいえ他国の公子様がヴァレンティンで襲撃されたのだ。報告の騎士は戦々恐々としていたはずで、リディアーヌの責任をかぶせる物言いにも、マクシミリアンの寛容な言葉にも、困惑したように目を瞬かせていた。

 案じずとも、マクシミリアンというのはそういう男だ。


「ところで、ミリムを狙ったのが八人だとすると、残りの四人は?」


 何やらどこかで聞いたような違和感に、答えを聞く前から眉をしかめてしまった。そしてその予想は正しかったようで、報告の騎士も「ご想像の通りです」と口を引き結んだ。


「襲撃にかこつけ、馬車の前方よりこれに加わった四名は先の襲撃者達とは恰好も違い、そして先の公子宮での事件の折、襲撃に加わらずに潜んでいた者達と類似していました」

「二度も襲撃のタイミングが重なるかしら? やはり同じ系統の仲間だったとか?」

「いえ……それが」


 さっと壁際に控える侍従に目をやった騎士に、すぐ気が付いたマクスが歩み寄る。そのマクスに、騎士が何かを差し出した。受け取ったマクスがさっと危険が無いのを確かめ、リディアーヌの前に置く。

 石札……いや、似ているが、もっと薄くて小さな金属製の物だ。


「何かしら? これ」

「っ……」


 首を傾げたリディアーヌと違い、隣から金属片を取り上げたマクシミリアンがすぐに眉をしかめ、ぎゅっと掌でそれを握り隠した。


「ミリム?」

「後続の襲撃犯が、これを持っていたと?」

「はい。襲撃前に飲み込んだようですが、死体の検分中、体内より発見いたしました」


 少し気まずそうにチラチラとリディアーヌの様子を窺う騎士の視線に、リディアーヌはマクシミリアンの手を取って、開きなさい、と促す。

 最初は(かたく)なに閉ざされていた指だが、次第に諦めたように開かれると、マクシミリアンは自分の掌の上の金属片を裏返してリディアーヌに見せた。

 ふむ? 鉄ではない。鉛……いや鉛系の合金だろうか。小さなプレートに、何か彫ってあるが潰されていてよく見えない。


「これが何?」

「……皇宮内で用いられる、身分証だ」

「え?」


 思わず顔を上げ、口を引き結ぶマクシミリアンの顔を見て。それからふと口に手を当てて考え込んだ。

 身分証? 皇宮内で用いられるもの? つまりこの刺客は皇宮から来たと?


「……あぁ、そういうこと」


 思わず驚きよりも“納得”と言った様子で呟いたリディアーヌに、「リディ!」と、マクシミリアンがリディアーヌの肩を掴んだ。

 何かを言いたそうで、しかし言葉にならないといった複雑そうな面差しが、逆にリディアーヌを冷静にする。

 この場で報告をさせたのは自分だけれど、こうした可能性を考えるのであればもう少し配慮した方が良かったかもしれない。


「驚くことではないわ、ミリム。言ったでしょう? 皇帝陛下は私を“まだ使える”と思ったから見逃したの。でもそうではなくなった上に、私は貴方まで味方につけてクロイツェンを出てしまったわ。これは忠告……いや、警告か。それとも実際に命を狙われていたのかもしれないわね」

「……」


 リディアーヌが自分のことをマクシミリアンに話したことを皇帝は知らないはずだが、二人が揃って唐突に帰国したことは耳に入っていただろう。あるいはザクセオン大公が忠臣として皇帝に話してしまったとも知れない。

 リディアーヌがザクセオンの公子を反アルトゥール派に引き込んでいるかもしれない。その前に根を摘んでおかねばならない……そう考えたとして、何ら不思議はない。いや、むしろ今までその手の警告が無かったのが不思議なくらいなのだ。

 クロイツェンの帰路はザクセオン大公が一緒であったし、議会が始まるまでは養父であるヴァレンティン大公が傍にいた。その点、今は一人留守を任されていて守りが手薄だ。さらに議会も事実上閉幕して、リディアーヌに何かあっても今年の議会にはもう影響もない。今このタイミングこそが、襲撃には絶好の機会だったのかもしれない。


「やめてくれ、リディ。そんなにも平然と……当たり前のように受け入れていいことじゃない」


 どうしてマクシミリアンが怒っているのだろう? こんなのはいつものことで、驚くことですらないのに。何やら逆にくすぐったいような、気恥ずかしいような、妙な心地だ。

 だがそう苦笑していると、「真剣に聞いてくれないか」とため息を吐かれた。


「ふふっ。だって、ミリム……貴方だって人違いとはいえ襲われた被害者なのよ? なのに私の事ばかり心配するのだもの」

「リディの鈍感さは色恋方面だけじゃなかったんだな」

「ちょっと。なんで今そういう話になったの?」


 ハァとため息を吐いて、マクシミリアンの手から取り上げた金属片を今少し見つめてからマクスに返した。これは騎士団が保管するべき大切な証拠品だ。


「少なくとも先の公子宮での一件を見ても、皇帝からの刺客は傍観していただけ。今回も、後出しのように襲って来ただけだったわ。最初から命を狙っていたのならこんな身バレしそうなものを持ち歩いていなかったでしょうし、それに“いつも通り”なら、白昼堂々ではなく夜間の暗殺を狙ったでしょう。もしかしたらあちらも“青札の通過”を聞いてお養父様の帰国を疑ったのかしら。大公が帰国する前に私をどうにかしないといけない。今しか機会がない、って、逸ったのかもしれないわ」

「……」


 まだマクシミリアンはムスリとしているが、それはポンポンと肩を叩いて軽く宥めておいた。


「こう言っては何だけれど、お手柄よ、ミリム。まさか皇帝陛下も、狙った獲物の傍に自分達の庇護者たるはずのザクセオンの公子がいたとは思わなかったでしょうね」

「はぁ……」

「今更だけど、ようこそ、ミリム。ヴァレンティンは貴方の来訪と、貴方が巻き込まれてくれたことを大歓迎するわ」

「茶化して根本的な問題を有耶無耶にしようだなんて無駄だよ」

「茶化しているつもりは……ないわよ」


 ぐふん、ごほんっ。


「皇帝陛下とザクセオンの間には、“お祖父様”の一件もある。なのに凝りもせず……」


 ぎゅっとこぶしを握るマクシミリアンに、リディアーヌも流石にはぐらかす言葉は吐き続けられなかった。確かに、これはただリディアーヌが命を脅かされたというだけの問題ではない。皇帝の罪によって先代が自ら命を絶ったザクセオンにとっても、思慮せざるを得ない問題だ。


「でもミリム。陛下がそれほどまでに私を恐れてくれるというのは、むしろ光栄なことだわ。あの人が今なお、“クリストフ二世の王女”を恐れているということだもの。皮肉だけれど、きっと世界で一番、あの人が私をベルテセーヌの王女だと思っているのよ」


 そうであれなくした最初の原因のは皇帝だ。だが誰よりも皇帝がそう思っている。それはとても皮肉な話で、そして嘘偽りなく、リディアーヌにとっては光栄なことだった。

 精々、ベルテセーヌの王女の名に脅えると良い。この存在自体が老いた皇帝を焦らせ、警戒させ、疲弊させるのだ。皇帝の首を自ら掻き斬れない以上、それは何よりの仇討ちだ。


「だからミリム。どうか貴方が悲しまないで」

「……」


 マクシミリアンは何も答えなかったけれど、ただリディアーヌの手を取るとじっと何かを考え込み、やがて「ハァ」と憂えに満ちた吐息をこぼした。


「私の友は、何故こうも(たくま)しいんだろうか」

「そういうのが好きなんでしょう?」

「……好きだ。好きだが、何ともやり切れない気持ちだ」


 突然の告白に、扉の前の騎士がドキマギと肩を跳ね上げ視線を逸らしている。

 あぁあぁ。これではまた、城内にとんでもない噂が巻き起こりそうだ。まぁ、もう今更なのだけれど。


「あ、あの……公女殿下。実はもう一つ……大事がご報告があるのですが」


 気まずそうにそわそわしながら口を開く騎士に、パッとマクシミリアンの手から自分の手を引いて顔を向ける。


「もうこれ以上の大事はこりごりなのだけれど……何かしら?」

「今回の一件で、各関所に報告は徹底するよう鳩を送りました。その結果、その……」


 何をそんなに言い辛そうにしているのだろう。道中、マクシミリアンが他にも何かやらかしていたとか? それとも他に何か予期せぬ侵入者でも……。


「恐れながら、昨日……“狼の青札”が、単騎でグレイ公国との国境を越えたそうです」

「……」

「……」

「……?」


 うん? なんかちょっと、意味がよく分からないんだけど。


 狼の青札は、ヴァレンティン大公家の、身分証。

 それを持つのは、リディアーヌとフレデリクと、このフォレ・ドゥネージュ城にいるアセルマン家の人達と……あとは……。


「……」

「……」


「ッ……フィリックっ! 重臣達を至急全員集めなさいッ!!」


 あぁ……皇宮で皇帝が……なんだっけ?

 青札を持っていたマクシミリアンが大公様と間違えられて? 当の大公様と連絡が取れなくて? えーっと?


「……私はそろそろ帰る仕度でも……」

「マクシミリアンッ、ステイ!」


 ねぇ。ねぇ、お養父様。

 帝国議会の宣布は終わっていないはずなのに、どうして貴方が、すでに国境を越えていらっしゃるんですか?






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