表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/400

4-23 報告(1)

 カチコチ、カチコチ、カチコチ……。

 静かな部屋に響く時計の音と、床に正座させられている大の大人が二人。

 カチコチ、カチコチ、カチコチ……。


「それで?」


 やがて低く唸るように零れ落ちた主の声色に、座らされている内の一人、シュルトが肩を跳ね上げさせた。


「まったく。そんなに脅えるくらいならしなければいいのよ」

「姫様……これは私にはどうしようもない不可抗力で……」


 そう青い顔で呟くシュルトに睨みを利かせる。言い訳を聞くつもりはない。

 まぁ確かに、マクシミリアンを突き動かしたのは匿名の手紙とやらであり、シュルトはたまたままだ皇宮にいてたまたまリディアーヌの文官として顔を知られていたというだけでマクシミリアンに取っ捕まった被害者である。一国の公子殿下にリンテンでの事件を根掘り葉掘り問い詰められ、さぞかし怖い思いをしたことだろう。

 シュルトは(かたく)なに口を閉ざして抵抗し続けたらしいのだが、その結果、公子様に拉致され、道案内に仕立て上げられたらしい。だがリディアーヌの側近たるもの、上手く(なだ)めすか何かして公子様の暴走を防ぐくらいの手腕は見せてもらいたいものである。

 それにマクシミリアンに脅されたにしても、事前に何の報告も出来なかったというのは不審だ。一体どのあたりからフィリック達と共謀していたのか。


「フィリック、貴方は何か言うこと無いのかしら?」

「我ながら、こんなにも上手くいくとは思ってもみませんでした。しかもこのように都合の良いタイミングでいらっしゃるとは」

「開き直るのね……」


 はぁ、と吐いたため息に、後ろでソワソワとしているエリオットとマクスに目が留まった。この様子だとあの二人も共犯……いや、状況から見て、うちの側近達全員が共謀していたとしか思えない。潔白なのは、部屋の隅でため息を吐きながら頭を抱えているヨゼフ府長とエステル侍女長という二人の良識人と、隣でおろおろと困惑しているクレーテくらいなものだろう。


「貴方達の処分については、お養父様が帰ってきたら相談することに致しましょう」

「……」


 さすがにその言葉にはフィリックも言葉を失ったようだった。ふんっ。前言撤回はしない。


「それで、シュルト。ミリムからも少し聞いたけれど、帝国議会の様子はどうだったのか、報告をしてちょうだい。貴方の事だから、ギリギリまで情報収集はしていたのでしょう?」

「はい」


 待っていましたとばかりに立ち上がりキリっとしたシュルトは、早速文官見習い達を呼び入れて書類を並べさせ始めた。筆まめな所は相変わらずらしい。


「まず皇帝陛下の昏倒に関する噂ですが、生憎と私も殿下とその情報を聞く前に出てしまいましたので、詳しくは存じておりません。ただリンテンを通過した際、なにやら国境警備が厳しくなるという噂は聞きました。今になって思えば皇宮で発された戒厳令の影響だったのかもしれません」

「なるほど。状況に立ち会えなかったことは残念だけれど、貴方がお養父様と一緒に皇宮に閉じ込められなかったのは幸いだったかしらね。それで? それ以前に調べた情報は?」

「主に収集した情報は四点。ヴィオレット妃の話題、ベルテセーヌ国内の噂、そして教会とブランディーヌ夫人の動向です」

「ブランディーヌ?」


 帝国議会でその名が出てきたことが気にかかったが、ひとまず最初に名の上がったヴィオレットの方から報告を受けることにした。


「ヴィオレット妃の話題の方はすでに公子殿下がお伝えしたかと」

「ええ。相変わらず流行だ何だを発信して噂の的のようね」

「皇太子殿下もそれを利用して上手く皇帝陛下に取り入っているようです。議会中にも皇帝陛下が振舞われる食事に見慣れない物が多く、皆関心を引かれているようでした。この辺りは実際に陛下の晩餐にご出席なされていた大公様がいずれご報告してくださるかと」

「そう。他に目立った噂はなかったかしら?」

「細かな物はいくつも。結婚時期について皇帝陛下が溺愛する孫のために慣例を侵しただの、ヴィオレット妃の(えん)(ざい)について陛下がベルテセーヌに聴取するつもりがあるだの。具体的な接触は議会後の社交期間となるのでしょうが、いずれにせよ皇帝陛下と皇太子殿下との緊密な関係性を誇張するような傾向が強かったように思います」

「帝国議会では当然のように人々がそう認識しているからなのか。あるいは昨今二人の関係が(こじ)れているようだったから、わざと寵愛ぶりをアピールしているだけかもしれないわね。皇帝陛下の意図なのか、トゥーリの意図なのかは知らないけれど」


 そのほかの細かな周囲の言動は事細かに書類にまとめられているようだった。相変わらず、シュルトの目と耳は人一倍鋭い。


「ベルテセーヌの噂の方は?」

「あまり大っぴらではありませんでしたが、リンテンで大公様とベルテセーヌ王が面会したとの噂は多少流れているようでした。クロイツェンで姫様がアンジェリカ嬢を庇ったことも周知のようで、疎遠になっていた両者が再び結びつきを強めているのでは。クロイツェンはこれに対してどう対処するのか、といった噂が主でした。ただ直轄領の直臣達の間では私が思っていた以上に、公女殿下は皇太子殿下と懇意であるから、そんなはずがない、といった雰囲気でしたね」

「毎年のようにトゥーリが帝国議会で私との噂を吹聴し続けていたせいね。大したことじゃないと放っておいたのは間違いだったかしら」

「ですがその分、ヴァレンティンとベルテセーヌの堅固な結びつきは人々にとって衝撃的でしょう」


 口を挟んだフィリックに、シュルトがコクリと頷いた。おそらくシュルトもそういう人々の混乱のようなものを見て取っていたのだろう。


「それで? お養父様は少しくらい、ベルテセーヌに配慮して動いていたのかしら?」


 ただその問いに関しては、シュルトも気まずそうに口を噤んだ。

 うん、だろうと思った。あのお養父様が誰かに配慮したり情勢に考慮したりなんてするはずがない。いつも通りということだ。


「むしろ大公様は珍しくご自分からザクセオン大公に接近していましたから、その方が噂になっていましたね。まぁ、苦言を仰るためであり、友好的な意味での接近ではないと思うのですが……周囲にはうちの大公様が自ら動くというだけでも特別に見えるでしょうから」

「お養父様には困ったものだわ。その上、ミリムまで議会中にヴァレンティンを訪ねたりしているのだから……一体どんな妙な噂になっていることやら」


 そうジロリと側近達を睨んだところで、おろっとするシュルトとは違ってフィリックは平然と無表情だ。まったく。ちょっとは悪びれてもらいたいものである。


「それから?」

「ヴィオレット派については、クロイツェンで姫様が“ヴィオレット派による混乱”とはっきりおしゃったのが効果的だったようですね。ベルテセーヌは元々情報が外に出にくい国ですが、ヘイツブルグ家やダグナブリク家のような選帝侯家から、“ヴィオレット派”という言葉が何度か出てきました。婚儀での出来事の報告を受けていたのでしょう」

「それはいい情報ね。ベルテセーヌとクロイツェンの反応はどうかしら?」

「クロイツェンの方は皇妃陛下が『皇太子妃の意図したことではない』、『ベルテセーヌに対する冤罪の恨みは皇太子妃個人の感情』という方向性で徹底しています。今のところクロイツェンはベルテセーヌに干渉する気はない、といった態度でしょうか」


 シュルトの見解は概ねマクシミリアンの言っていた内容とも合致していた。やはり皇妃様はベルテセーヌとの関係性に配慮しておくスタンスのようだ。ヴァレンティンからの印象のためにも、その必要性があると判断したのだろう。間違っていない。


「ベルテセーヌの方は……どうしたものか。こんなことを言うのは不敬でしょうが、ベルテセーヌ王はそれに調子付いたのか、声高にヴィオレット派という火種を残していったヴィオレット妃を非難していて、大公様も頭を抱えていらっしゃいました」

「あのお養父様に頭を抱えさせるだなんて、シャルルは大物ね」


 冗談のつもりだったのだが、シュルトはもれなく「ええ、本当に」と頷いた。どうやら思いのほか大変な状況だったようだ。


「この辺りの情報はセザールにも伝えておきましょう。リストの中から流していい情報とそうでない情報を選んでおいてちょうだい。実際に見聞きしてきたシュルトの判断に任せるわ」

「かしこまりました」


 受け取った書類の一部をシュルトに返して、それで、と次の情報を求める。


「教会の動きというのは何かしら?」

「姫様は教皇庁国教局所属のロドリード司教様をご存じでしょうか?」


 ロドリード? あぁ、知っている。たしかアルセール先生とも懇意にしている本山出身の司教様で、リンテンでの一件について皇帝陛下と話し合いの席が設けられた際も教皇庁からの見聞役として同席してくださっていた。


「存じているわ」

「そのロドリード司教がこの春より本山に異動となったとか」

「何ですって?」


 思わずパチパチと目を瞬かせてしまった。

 国教局は教皇直属の教会政務機関である教皇庁の皇宮出先機関である。皇宮大聖堂の大司教は国教局の長官を兼ねており、これは各国の教区長に匹敵するものとなる。そして各国の教区長がその土地出身で王家と協調的な者が選ばれるように、国教局長官も皇帝が人事に口を挟むのが通例で、今もクロイツェン七世に協調的なクロイツェン出身の大司教が赴任していたはずである。

 しかし大司教以外の国教局重役の大半は聖都の教皇庁から派遣されてきた聖職者達で、その下は直轄領出身の聖職者達が多い。これが、皇帝が皇宮においても教会との関係に苦慮せねばならない一因になっている。

 ロドリード司教はそんな国教局でも司法を司る職のトップという重職にあり、また本山からの()(もく)でもあった人物だ。中立穏健派といわれる立場で、特別皇帝と敵対はしていないが、かといって皇帝に(そん)(たく)もしない、教会戒律の番人である。


「異動先は?」

「聖都の教皇庁本部と聞いています。しかし国教局の重職が赴任しうるような本部役職の欠員は聞きませんから、あるいは事実上の“放逐”ないし“左遷”なのではとの噂も」

「ロドリード司教は一部の枢機卿猊下とも懇意な敬虔な聖職者だわ。ゆくゆくは教皇庁本部で重職に着くであろう御仁ではあるけれど、不当に国教局を追い出されていい人ではないはずなのに……」


 これは、先のリンテンでの一件でリディアーヌに肩入れしたかのような形になってしまったことが原因なのではなかろうか。それで皇帝、ないし皇帝の信任を得ている国教局長官に睨まれ、本山に送り返されたとも考えられる。


「何てこと……」


 皇宮教皇庁は帝国祭祀を司る機関。皇帝戦が皇宮で行われる以上、皇宮所属の聖職者達の影響力と、彼らによる祝福の影響も馬鹿には出来ない。もし皇帝がじわじわと皇宮から中立的な聖職者を追い出しクロイツェン派で固めにかかっているようなら警戒をしておかねばならないだろう。

 教会とは不仲な皇帝だからと、少々油断していたかもしれない。


「急ぎ、アルセール先生に事情を伺う書簡を出しておきましょう」

「宜しくお願いいたします」


 そうシュルトにも頼まれたところで、手元の書類にその旨をメモしておいた。


「それで、最後にブランディーヌ夫人だけれど」

「はい。実はクロイツェンからの帰路、夫人が皇宮に立ち寄ったのではという噂がありました。皇王皇妃両陛下は否定されていらっしゃいましたが、皇宮の侍従がそれらしい人物を皇宮内で目撃していたようでして、他にもその手の聞こえが収集できました」

「目的は何かしら?」

「生憎と詳細までは。ただ皇宮内で見かけられたということは皇帝陛下に謁見した可能性があります。皇帝陛下の孫と結婚なさったヴィオレット妃の生母としてなのか。あるいは」

「今これから、ベルテセーヌの王座を狙おうとしているクリストフ一世の娘としてなのか」

「はい」


 いずれにしても頭が痛い話であることに違いはない。


「シュルト、ヴァレンティンの後宮にベルテセーヌ東部出身者が襲撃を仕掛けた件については聞いているかしら?」

「はい。先程情報共有いたしました」

「ブランディーヌ夫人が首謀者である可能性が高かったのだけれど……」

「皇帝陛下に先んじて会っていたとなると、益々その確率は高まりますね」


 先んじて答えたフィリックに深く頷いて見せた。

 皇帝が昏倒騒動を起こすことがすでに計画されていて、ブランディーヌもそれを知っていたとしたら。皇帝がどういうつもりなのかは分からないが、実際にリディアーヌは相次ぐ事件で身動きを封じられつつある。


「フィリック、ベルテセーヌ国内の動きに関しての新しい情報は入っていないの?」

「生憎と。こちらも事件が相次いで、外のことに構っていられない状況です。郵鳥局には鳥の分配に気を付け情報収集を怠らないよう言ってありますが、ベルテセーヌの内情の優先度は低くなっていますから」

「見事に相手の術中だわ」


 ジュードの躍進によってヴィオレット派は少なからず鳴りを潜めたようだが、ブランディーヌの耳にもすでにジュードの活躍とマズリエ家捕縛の報くらいは届いているはずだ。

 一方でブランディーヌ最大の持ち札は行方不明のクロードである可能性が高いが、だがクロードを質にされたところで元々アグレッサの子供達と関係が希薄なジュードが躊躇するとは思えない。

 だったらブランディーヌが次に手を出すのは……やはり、リュシアンだろうか。シャルルとは今後リュシアンの復権に関する密約を結んだとはいえ、まだその罪が許されたわけではない。彼は変わらず罪人のままだ。

 リュシアンについては、先んじてロマネーリ教区長が青の館を訪ねたことで、世間の注目も集まっている。もしリディアーヌがブランディーヌなら、この不都合な風潮を逆転すべく、クロードを捕縛させアンジェリカを利用した“反逆を目論んだ張本人”として罪を着せ、王の居ぬ間にリュシアンに量刑を科すだろう。


「参ったわね……」


 自分で考えておいて何だが、そういう傾向に持っていかれると、今後リュシアンの復権に対する周囲の反応が悪くなりかねない。


「今すぐにでも帝国議会が終わって欲しいわ」

「ザクセオンの公子殿下がうちにいらしたとなると、早晩聞きつけたうちの大公様が大暴れして皇宮を逃亡し、お望み通りになるかもしれませんね」

「……そんな不吉な“終了”を想像するのは止めてちょうだい、フィリック」


 前言を撤回する。やっぱり、帝国議会はちゃんと平穏無事に済んでもらった方がいいかもしれない。

 参った。それもこれも、情報が足りずに不安なせいだ。かといって自分含め周囲にまで刺客が張り巡らされているとなると一掃するまでは堂々とも動けない。悔しいが、今すぐにも自ら動くというのは無理だ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ