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4-18 事件の考察(3)

「あの、姉上。“今は”って?」


 そう首を傾げたフレデリクに、聞いたこと無かったかしら? と笑む。


「デリクは今一人で公子宮を使っているけれど、普通は九つまで母の宮で育って、カレッジに入る頃から自分の宮を持って家政の差配を学ぶのよ。私とお兄様が最初にヴァレンティンに引き取られた時、お兄様は十三歳だったから、代々長男が使うことが多い内城から一番近い宮であった“銀陽宮”に入られたわ。でも私はまだ六歳だったから自分の宮を持つには早くて、かといってヴァレンティンには公妃もいないでしょう? だから異例の事ではあるけれど、お兄様の宮に一緒に住んでいたの」

「大公宮ではないんですね」

「あの頃は叔父であるお養父様ともまだ二、三度しか顔を合わせた事のないような関係だったから、お養父様が気遣って、お兄様と一緒にいられるようにして下さったのよ。もっとも当時お兄様はカレッジに通われていたから、“銀陽宮”は殆ど私の宮だったけれど」

「ん? でも内城から一番近い宮は、“(ぎん)(よう)(きゅう)”ではなくて、姉上の“(ぎん)(げつ)(きゅう)”では?」

「ええ、そう。“今”は」

「ん?」


「今の公女宮は、元々“銀陽宮”と呼ばれていたの。その後、私が十歳になるのに合わせて、隣の宮を私の公女宮、“銀月宮”として整備し始めたわ。ヴァレンティンでは、長男の宮を“銀陽宮”、長女の宮を“銀月宮”と呼ぶ習わしだったから」

「あ、元からそういう名前の宮なのではなくて、住んでいる人に合わせて名前が変わるんですね」

「ええ。でも私は十歳でベルテセーヌに戻ったから、結局その宮を使うことはなかった。代わりに間もなくヴァレンティン家に迎え入れられたアンリエット義姉様……デリクのお母様が入られたわ。お兄様の公子妃として」

「母上……?」

「ええ。だからデリクは今の公子宮の、あの宮で生まれたのよ。先ほども言ったように、子供は本来九つまで母の宮で暮らすの。デリクは最初から今の公子宮に暮らしているでしょう? 元々あそこが、デリクのお母様の宮になるはずだったからなのよ」

「知りませんでした」


 皆あの頃のことは悲劇の記憶として刻み込まれているから、中々フレデリクにも話せなかったのだろう。リディアーヌも、何となくそれを話題に出すことはなかった。


「私が二度目にヴァレンティンに引き取られた時、使うはずだった公女宮はアンリエット義姉様のお住まいになっていたから、私は慣れ親しんでいた亡きお兄様の宮に入ったの。その時、お兄様の“銀陽宮”は私の“銀月宮”へと名前が変わって、そしてアンリエット姉様のいらした宮はそのままデリクの宮になったから、長男の宮という意味の“銀陽宮”になった。ちょうど、宮の名前が反対になったのね」

「では、“銀陽宮の姉上”を探していたというのは……」

「私が今住んでいるのが銀月宮だとは知らず、そしてお兄様と一緒に暮らしていたヴァレンティンの銀陽宮からベルテセーヌに嫁いだことを覚えている人ね」

「っ……」


 きゅっとフレデリクが口を引き結んだ。


「それは……誰、なのですか?」

「そうね……」


 ヴァレンティンにおけるリディアーヌの状況を宮の名前まで知っていた人物……それはおそらく、そんなに多くはないはずだ。

 国外に絞るなら、リュシアンは知っていた。些細な日常の会話として、ヴァレンティンでの生活の話をした事が有るからだ。一緒にいたジュードも知っていた。もしかしたらセザールも知っていたかもしれないが、むしろ彼らは皆、“長男の宮を銀陽宮という”という事情ごと知っていたはずで、こんな()(さん)な間違いは侵さない。もっと中途半端に、リディアーヌの住んでいる宮が銀陽宮だという勘違いをしていた人は……。


「何の捻りもなく、ブランディーヌ夫人かしらね」

「断言するのですか?」


 リディアーヌの呟きにすかさずフィリックが首を傾げたが、リディアーヌはそれに迷うことなく頷いた。


「ベルテセーヌで最初に私に宛がわれたのは後宮の王女宮で、でもそこで襲撃事件が……」

「えっ」


 もれなく言葉の途中でフレデリクが声をあげたので、ちょっと肩をすくめた。


「その、今回のような事件があったの。犯人は分からずじまいで、適当な実行犯だけつるし上げられて終わったけれど、まぁ今更、そんな事件を一つ一つあげつらったところで無駄なことよ。ベルテセーヌではそういう事件が日常茶飯事だったから」

「……」


 思わず皆が黙り込んでしまった。ただ心当たりのあるらしいエラニエ卿だけは、「後悔してもしきれません……」と、かつてリディアーヌをベルテセーヌに帰したことを後悔しているようだ。あの王室の恐ろしさは、リディアーヌとエラニエ卿だけが知っている。


「結局私はその後すぐ、結婚前から王太子妃宮に移ったわ。で、その事件の時にブランディーヌ夫人がよく(わめ)いていたのよ。『ヴァレンティンの“銀陽宮”に襲撃を許すだなんて、国際問題です』とかなんとか。私はベルテセーヌの王女宮を銀陽宮だなんて名付けたつもりはなかったから、何を言っているんだろう、としか思ってなかったけれど、あれってつまり、ブランディーヌ夫人は私が銀陽宮に住んでいたことを知っていたという事よね?」

「なるほど……確かあの時は大公様が姫様のためにわざわざ工人を遣わして、ベルテセーヌ後宮の王女宮を改修しています。その時の工人などから、元々姫様が住まわれていた“銀陽宮”に似せて作っただのなんだの、漏れた可能性がありますね」

「実際、昔の銀陽宮のように改修してくださっていたのよ」


 だからブランディーヌも、ヴァレンティンの寄付で改修された宮での事件を国際問題だと王を脅す道具に使った。その時はヴァレンティン側から、『そんなことより警備体制の方が問題だ』と問い詰められて終わったと聞いているが、あれはリディアーヌがベルテセーヌに戻って最初の大きな事件だったので、よく覚えている。


「今回も銀陽宮という宮が使われているという情報があり、すぐにそれが姫様の宮だと結び付けられてしまったわけですね」

「でもフィリック、おかしいと思わない? 普通襲撃をするなら、夜よね?」

「……それは、そうですね」


 夜でも警備に抜かりはないが、帝国議会中の暫定跡取りである公女が、日中に公女宮でのんびり(くつろ)いでいるはずがない。そのくらいは襲撃者にもわかるはず。ましてや数日潜伏していたのなら尚更だろう。

 だから、狙いがリディアーヌだったと言われるとそれはそれでピンとこない。


「まさか……アンジェリカ嬢?」

「あり得るわ。私が不在で警備が手薄になって、でも私が匿っているであろうアンジェリカを狙った……一番しっくりと来るわね」

「日中の公女宮が手薄であったことは事実です。こんなことを言っては何ですが、誤って公子宮が襲撃されたことは不幸中の幸いだったのかもしれません」


 そうチラリとフレデリクを見やったフィリックに、もれなく怪我をしたマドリックが眉をひそめたけれど、当のフレデリクはなぜかぱぁっと明るい笑みを浮かべた。

 フィリックめ。余計なことを……。


「何を喜んでいるの、デリク。今のはフィリックを、無礼者! って叱り飛ばすところよ」

「だって姉上のお役にたったんですから。マドリックが体を張って、エラニエが頑張ってくれたおかげで、姉上の庇護するアンジェリカさんを守れたんですね。嬉しいです」


 姉としてはとても複雑だよ……デリクさん。


「まぁ、いいわ……あと気になるのは、尋問で吐いたのが“公女を何処に”だったことね。アンジェリカの名が出たわけではないのでしょう?」

「そういう混乱を誘う偽りであった可能性もあります。いずれにせよ憶測に憶測を重ねているだけですから、やはり姫様が目的であった可能性、ないし姫様とアンジェリカ嬢両方が目的であった可能性もあります。それに……」


 ドン、ガランッ、ガシャーンッッ……。


「……」

「……」

「……」

「……ッ、エリオット!」


 突然隣の音で響いた大きな音に、思わず一瞬硬直してしまった。

 はっとして叫ぶよりも早く我に返ったエリオットがすぐさま扉を開けて隣に走って行こうとして、扉の前でピタッと足を止めた。その様子に腰を浮かしかけたリディアーヌをすかさずフィリックが抑え、イザベラとスヴェンが前を覆って警戒する。エラニエ卿は窓辺に駆け寄ると、アセルマン達を窓から引き離して外を警戒した。


 だがそんな物々しさとは裏腹に、エリオットが「問題ありません」と振り返った。

 問題がないという音ではなかったのだが。


「一体何が……」

「会議中、申し訳ありません。失礼いたします!」


 エリオットが開けた扉の前からそう声を掛けてやって来たのは、アンジェリカに付けてあった護衛騎士のオルフだ。オルフは小脇にアンジェリカを抱えていて、そのアンジェリカの顔が真っ青に染まっている。


「オルフ……淑女の扱い方が成っていないわ……」


 思わずそう頭を抱えたところ、オルフははっとしたように「申し訳ありません、つい」と言ってアンジェリカを下ろした。だがアンジェリカは腰が抜けているのかふらふらと足元が(おぼ)(つか)ず、同じく隣の部屋にいたフランカが飛んできて手を貸した。


「それで? 今の物音は何事?」

「お騒がせして申し訳ありません。頼んでもいない水瓶を持ってきたメイドが水瓶を取り落としただけです。挙動が怪しかったため拘束させました。ついでに水と陶器片が飛び散ってしまいましたので、ひとまずアンジェリカ嬢をこちらに」

「エステル」


 すぐに振り返ったところで、頷いたエステルが隣の部屋に向かった。公女府に出入りするメイドなら侍女長のエステルが見知った顔かもしれない。そうでないのであれば疑いが強まる。すぐに騎士団に引き渡すべきだ。


「まったく……先日からこの方、慌ただしいにもほどが有るわ」


 とりあえずオルフに下ろさせたアンジェリカを手招きして隣に呼ぶ。強面の重臣達が集まっているせいでアンジェリカは恐々としたのか、リディアーヌの隣に寄り添って座るとぴったりとくっついてきた。相次ぐ事件に脅えているわけではなく、居心地が悪いせいだろう。動きにくいのだが。


「大丈夫ですよ、アンジェリカさん。皆、怖いのは顔だけですから」


 そんなアンジェリカに、リディアーヌの逆隣からアンジェリカを挟むように座りなおしたフレデリクが朗らかに声を掛けてくれる。思わずアセルマン候がゴホンッと咳払いをしたけれど、フレデリクのおかげでアンジェリカも少し気が抜けたのか、ほっとした様子だ。


「えーっと? 何の話をしていたかしら?」

「目的がアンジェリカ嬢であったのではという話です」


 あぁ、そうそう。そうだった。そうだったが……よりにもよってアンジェリカがやって来たタイミングでそんなことを言うなんて。もれなくびっくりと顔をひきつらせたアンジェリカに、相も変わらぬフィリックの(ぼく)(ねん)(じん)ぶりが恨めしい。


「あー……えっと。それで? 何か言いかけてなかったかしら?」

「ええ。どうやら公子宮と公女宮を間違えたようですが、しかしそもそも姫様の動きを封じる事自体が目的なのであれば、最悪目標は誰でも良かったということもあるかと」


 なるほど。アンジェリカが攫われていたら、むしろリディアーヌは率先してベルテセーヌに介入しかねない。もしもブランディーヌ夫人だかヴィオレット派だかが黒幕で、この機にリディアーヌがリュシアン擁立に介入することがないよう阻みたいのだとすれば、アンジェリカを攫うのは逆効果かもしれない。


「窓ガラスを割って入るような強硬手段であったことを考えても、誘拐ではないわね。結果はどうあれ、私に警戒をさせることが目的なのだとしたら、残念なことに大成功だわ」

「分かっているのであれば改善していただきたいところですが」


 フレデリクが巻き込まれている以上、それは無理な話である。


「とはいえ、すべて憶測にすぎないわ。本当にデリクを狙った可能性も、アンジェリカを狙った可能性もあるし、勿論私であった可能性も。そもそもこの事件と皇宮の件との関連性はどうなのかしら? 襲撃犯の侵入が二日も前から始まっていたとして、皇宮の件は今日情報があったばかりよ。ブランディーヌ夫人だか誰だかが皇宮の事を耳にして対処したにしては早すぎやしないかしら?」

「皇宮の件は例の噂があってから大使が情報を送ってくるまでのタイムラグもあります。あるいは夫人は最初から皇宮で事件が起きることを知っていたということも……」


 さて、彼女にそれほどの情報収集力があるだろうか? だがクロイツェンの皇太子妃の母という立場になった今、可能性がないわけでもない。


「正直、その方がしっくりくるわ。皇宮の件を聞いてから刺客を送ったのだとしたら、ヴァレンティンに来るのが早すぎるもの。少なくとももっと前、私が帰国した頃にはベルテセーヌを出ていないと、日数的に合わないわ」


 つまりブランディーヌは皇宮で事件が起きることを知っていて、その期にリディアーヌが(はや)る可能性を摘むべく、こんな面倒な事件を多発させていると。

 流石に考えすぎだろうか。いや、だが偶発的というには色々なことが起こり過ぎているのも事実だ。


「ふぅ……とりあえず、もう少し情報を整理したいわ。先日からの事件の調査もある程度済んでいるでしょう? 報告を聞いてから考えましょう」

「会議室に騎士団長以下と各班班長らを集めております。招集を急がせますか?」

「……いえ」


 急がせると言いたいところだが、彼らが独自に体制を整える時間を与えるべきだ。

 だがその配慮はいらなかったようで、ほどなく「騎士団が集まりました」との報告がもたらされた。早いではないか。


「面倒だから、全部一緒にやってしまいましょう。アセルマン、関係する文官達も集めてちょうだい。それから侍府長、公女府長、公子府長も参加を。マーサ、テティアに聞き取りだけ命じて、ひとまず貴女はこちらに参加してちょうだい。デリクとアンジェリカも一緒に参加しておきましょう。私達がひとところにいた方が安全でしょう。エステル、後宮の使用人達をひとところに集めさせているわ。その監視をお願いできるかしら? オルフと……それからイザベラ。二人はエステルの護衛で、後宮に」


 テキパキと指示を出すと、たちまち皆が慣れたように動き出す。

 パトリックにも外交部署からも人を出すよう指示して、会議室も広い方へ集めさせた。


 誰だか知らないが、このリディアーヌ様に喧嘩を売るとは上等だ。

 受けて立とうではないか。






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