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4-15 公子宮事件(2)

 どうしてこうも次から次に事件が起きるのか。アセルマン候の推察が妙に真実味を帯びてきた。いや、(いま)()(きわ)に皇帝が厄介なリディアーヌの命を狙ったなんてことも有り得る話だ。しかしいずれにせよ、狙われるべきはリディアーヌであるはず。


「目的は最初から公子様でしょうか?」

「……」


 急ぎ歩を進めながらも時間を無駄にしてなるかとばかりに問うフィリックに、リディアーヌも考え込んだ。どうやらリディアーヌと同じことを考えていたようだ。

 だがまだ幼く社交の場にもほとんど出ていないようなフレデリクが狙われる理由が思い当たらない。思い当ってほしくない……ともいう。もしやリディアーヌと間違えられたのか? それとも人質にでもしようとしたのか? だとしたら目論んだ人間はことごとく八つ裂きにしたって許せない。


「いずれにせよ、フォレ・ドゥネージュ城は後方を竜が飛来し護りの狼が住まう山に閉ざされた天然の要害。なのに内城を素通りして後宮に侵入者だなんて前代未聞だわ。とりあえず後宮は全面通行封鎖。使用人達は下働きまで含めすべてひとところに集めて(こう)(きん)。ただちに原因究明に当たってちょうだい。指揮は貴方に任せるわよ、フィリック」

「私は姫様の文官なんですが……」

「だったら私の指示に従うのに何の問題も無いわね」

「公子様の騎士や文官達の仕事だと言いたかったのですが……まぁ、ご指示とあらば従いますが、姫様は相変わらずフレデリク様の事となると判断が狂いますね」

「当然でしょう?」


 だってフレデリクは大切な弟で、そしてたった一人のお兄様の……。

 ピタッ、と思わず止まった足に、フィリックが、そして護衛騎士達が同じように慌てて足を止めた。


「まさか……デリク?」

「姫様?」

「確かにデリクなら、国民からも教会からも支持の厚いクリストフ二世の直系よ。それでいてお養父様も私もヴァレンティンを離れられない以上、ベルテセーヌ内に堅固な後ろ盾もなくて、しかもまだ操りやすい子供……」

「まさか、夫人やヴィオレット派がフレデリク様を擁立せんとしていると? ですが夫人は自分が王位に即く事を目的としているのでは?」

「でも反対する人は多いでしょう? だったら正統なデリクを立てて、その後見人ないし養母のような形で実権力を握るというのも……」

「なるほど。不可能ではないですね」

「でもフレデリクの出生は私以上に秘密にされていて、知る人はほとんどいないはず。いくら何でも(こう)(とう)()(けい)とは思うけれど……」


 だがそれはかつて、十二歳のリディアーヌが最も恐れたことだ。

 だからリディアーヌは、兄と王女の死と同時に、自分だけでなくフレデリクの出生の記録についても(かい)(ざん)させた。クリストフ二世の血を絶やし、利用させないために。


「個人的には、今こうして姫様を大いに悩ませ心配させていること自体、目的を果たしているようにも思いますが」

「襲撃犯がデリクを私の弱点だと知っていて起こしたと?」

「少なくともヴァレンティンにそれを知らぬ人はいませんし、実際、姫様は今他のすべての仕事を差し置いてでも公子様を優先しようとなさっておいでです」

「……」


 確かに、と思わず口を噤んだところで、「姫様」と呼びかける声に顔を上げた。後宮との連絡路側からやって来たのは腕を布で吊り下げたマドリックだった。


「マドリック。怪我をしたと聞いたわ。大丈夫なの?」

「この通り、問題ございません。それより何故こちらに? 私の方からご報告に参る所でしたが」


 そうチラリと非難するように弟のフィリックを見やった視線には、リディアーヌが自ら「私がデリクの危機を聞いてじっとしているとでも?」と言ってやった。


「お前と父上がついていながら……」

「公子様関連で姫様を止めようだなんて、父上が十人いても無理ですよ」

「はぁ……確かに」


 この兄弟……本人の前で口を噤むということを知らないのだろうか。


「それよりマドリック、フレデリクは?」

「ご心配には及びません。勝手ながら、ひとまず隣の公女殿下の宮にお移りいただいております。公子宮の方は原状復帰に時間がかかりそうですので」

「分かったわ」


 アセルマン候に報告に行くというマドリックと別れると、フレデリクがいるという公女宮に向かった。ここでリディアーヌの居所を選んだというのは中々賢明である。

 後宮に入ると、いつにない物々しい様子で警備が敷かれていた。公女宮の周りにも公女宮付きだけではない後宮の従士達が鼠一匹漏らさぬ様子で固めており、見知った顔の班長を一人捕まえると、フィリックがリディアーヌの指示通りに後宮の封鎖と使用人達の招集を命じた。なんだかんだ言いながらも指示通りに動いてくれるのだから、流石はフィリックである。


「デリク!」


 二階の応接間にいるというのでまっすぐその場所に向かって扉を開け放つと、ソファーにチョコンと座ったフレデリクがマグカップを手に無事な姿で座っていた。それを見た瞬間、たちまち駆け寄って抱きしめた。


「わっわっ。姉上、危ないですっ。熱い蜂蜜湯を持ってますっ」

「そんなことどうでもいいわ。よかった……怪我はない? 良く見せて」


 ほっと手を解き、足元に膝を突いて掌で丁寧に頬を、肩を、手をと確認してゆく。それがくすぐったかったのか、クスクスと笑った緊張感のないフレデリクが、「本当の本当に大丈夫ですよ」と言った。


「でも……あっ。ほら、袖に血が!」

「え? あ、本当だ。でも大丈夫ですよ。これは窓ガラスが割れて……私じゃなくて、多分私を庇ってくれたマドリックの血です」


 確かに、袖口の小さな血の沁みの周りにそれらしい怪我はない。それを見てようやく、ほっと吐息が零れ落ちた。

 そうか……マドリックが庇ってくれたのか。体の小さなフレデリクが割られた窓ガラスを浴びていたらと思うとぞっとする。そんなに手荒な進入をしたということは、やはりフレデリクをベルテセーヌの王にすべく誘拐しようとした、なんて理由ではなかったということだろうか。


「すみません、姉上。お忙しいのに、私のせいでお時間を」

「何を言うの、デリク。いつも言っているでしょう? 私にとって、貴方ほどに大切なことは無いのよ。むしろ次から次へと事件の起こる状況に目を奪われて、貴方を後宮に一人にしてしまったことを後悔しているわ。マドリックがいてくれてよかった」

「マドリックは大丈夫ですか? 少し手当てしてすぐ、姉上の所に行くと行ってしまったのですが」

「ピンピンしていたわ。途中で会って、今はアセルマン候のところよ。私もすぐに行かないといけないから、とりあえずデリクを安全な場所に……」

「リディアーヌ様」


 そこにコソリと遠慮がちに声を掛けてきたのは、少し離れた椅子に腰かけていたアンジェリカだ。アンジェリカは日頃公女宮の客室で暮らしていて、最近は日中、勉強がてらリディアーヌについてきて公女府で過ごすことが多かったのだが、フレデリクと同じ理由で今日は公女宮に留まってもらっていた。

 だがまさかそのすぐ隣の公子宮で事件が起きようとは思ってもみなかった。念のため公女宮にも騎士を残していたが、ひとまずアンジェリカの方には何事もなくて安心した。


「差し出口ですけど……気丈となさっていても、公子様も不安だと思いますよ。ご自分というより、リディアーヌ様が心配で。私にはその気持ちがよく分かります。もしよければ、一緒にいて差し上げることはできないですか?」


 いつになく消沈している様子を見ても、今彼女の頭に過っているのはクロードのことだろう。心配なのに傍にいられないことの不安……確かに、説得力がある。

 見たところフレデリクは少しそわそわと、「姉上の足手纏いになるつもりはありませんから」なんて言っているが、こんな様子を見ると猶更傍から離しがたい。例えそれが、リディアーヌの機動力を奪う目的であったとしてもだ。


「そうね、そうしましょう。デリク、私から離れてはいけませんよ」


 なのでそう即決した。もれなくアンジェリカが肩をすくめて苦笑したけれど、知ったこっちゃない。リディアーヌはいつだって弟ファーストである。


「いずれにしてもデリクはしばらく公子宮には戻れないわね」

「公女宮も公子宮とは繋がっていますから、避けていただきたいところですね」


 口を挟んだフィリックが、確認を取るように扉の前に立つエリオットに視線を寄越した。これについてはエリオットも思うことがあったのか、「そうですね」と頷いた。

 だが困った。公子宮も公女宮も駄目となると、どうすればいいのだろう。後宮は広いといっても、すぐに使えるような建物は他にほとんど無いのだ。あるとすれば……。


「今宵は大公宮にお泊りになっては如何(いかが)ですか?」

「うぅん……」


 そう。留守にしている養父の宮くらいなもの。

 だがフレデリクはいいとして、いくらなんでも成人している娘が父親の宮で寝泊まりするというのはどうなのだろうか。リディアーヌの側近には未婚の女性もいるし、何より、アンジェリカがいる。


「公子宮の検分報告を聞いてから考えましょう。目的がアンジェリカであった可能性もあるし、できれば一緒に行動させたいわ。でも流石にアンジェリカをお養父様の宮に入れるのは不味いでしょう?」

「あぁ……それは確かに」


 フィリックと違い、アンジェリカはよく分かっていないのか、キョトリと首を傾げている。まぁそうなるのも仕方がないが。


「うちのお養父様はあれでも一応、未婚の成人男性なのよ。クロードという婚約者の居る貴女をそんなお養父様の宮で寝起きさせるわけにはいかないでしょう?」

「あっ」


 たちまちに頬を染めて恥じらったアンジェリカに苦笑する。

 うちの大公さんは娘と息子を溺愛している“パパ”なので、自分と不貞の疑いをかけられる可能性なんて考えもしなかったのだろう。気持ちは分かるが、それでも体面は大事だ。クロードが聞いたらいい気はしないだろうし、そのせいでベルテセーヌに(わずら)わしく口を挟まれるのは御免である。


「滞在場所の相談は後回しよ。取り合えずエリオット……は私の方についておいてもらいたいから、オルフ、引き続きアンジェリカの護衛を徹底しておいて」

「かしこまりました」


 オルフはリディアーヌの護衛騎士の中で最年長の男性だ。エリオットより少し年上な程度だが、日頃リディアーヌに付き従うエリオットに代わって公女府付きの騎士や従士達の指導や監督などを受け持っている。従士達との連携が一番取れるのもオルフなので、日頃は公女府と公女宮全体の警備を任せていた。アンジェリカともすでに顔見知りであるし、それにニカッと口端を上げてアンジェリカを安心させようと気を回す様子を見ても、オルフが適役だ。アンジェリカも彼なら気負わずに済むだろう。


「それからケーリックは公女宮の書類の整理を指揮してちょうだい。重要な物は全て公女府か裏書庫に。エリオット、作業の文官達に十分な護衛と手伝いの従士を付けて」

「はい」

「私はひとまず公子宮と後宮の状況を確認してくるわ。その間、デリクは……」


 どうしようか。傍にいるようにとは言ったが、流石にショックな出来事に遭遇したばかりの弟を襲撃現場だなんだにまで連れまわるのは酷だ。アンジェリカだって近付きたくないだろうし、それに護衛対象が増えすぎると騎士達も困るだろう。


「エラニエ卿、デリクの護衛騎士を全員集めて守りを厳とし、私が戻るまで内城の公女府で待機していてちょうだい。アセルマン候達も公女府にいるから、いっそそのまま護衛対象を公女府に集めておいて欲しいわ。事件の捜査は私の方で持ちます」

「しかし姫様……」


 ベルテセーヌ時代から、元々兄の護衛騎士でもあったエラニエ卿は人一倍フレデリクやリディアーヌに心を砕いてくれている騎士だ。こんな事件が起きてしまった以上、自分の手で事件を取り調べたかったはずである。だがリディアーヌにとってはそれ以上に、信頼できるエラニエ卿にフレデリクの傍についていて欲しかった。フレデリクも生まれた時から傍にいるエラニエ以上に信頼できる騎士はいないはずだ。


「優先するのはデリクの安心と安全よ。一番信頼できる貴方にデリクの傍にいてもらいたいのよ。それに心配せずとも、私が捜査に手抜かりをするようなことは無いわよ」

「……そうでございますね。どうか不甲斐ない私に変わり、お願い申し上げます、殿下」

「不甲斐ない騎士は突然の襲撃に無傷で撃退なんてしないわよ」


 呆れた顔で、乱れ一つない騎士の装いのエラニエ卿に苦笑する。襲撃者は十人を超えていたと聞いたはずだが、ガラスの破片で怪我をしたマドリック以外に負傷者がいないというのだから、よほど迅速に鎮圧したのだろう。エラニエ卿の功績である。


「姉上……ただでさえお忙しい日々が続いているのです。姉上も無理をしないで、しっかりとエリオット卿に守ってもらってくださいね」

「大丈夫よ、デリク。うちの騎士達は皆優秀ですからね」

「……」


 あれ? どうして『そうですね』って言ってくれないのかな? デリクさん。


「ご心配なく、公子様。二度とリンテンの時のような失態は犯しません」

「絶対ですよ?」

「公子様に誓って」


 あ、そう……リンテンでのことのせいなのね。


「姫様、公子宮の検分に当たっていた騎士が報告のための謁見を願い出ております」

「ちょうどいい。すぐに向かうから、現場で待たせて」


 まだエラニエ卿はソワソワと気になるそぶりを見せていたけれど、「後でちゃんと報告してあげるわ」というと、しかと頷いた。

 不穏な状況に加えて血なまぐさい話まで舞い込んで来るなんて……まったく。去年からこの方、厄が去らないのは何故だろうか。神々がリディアーヌを(たた)ってでもいるのか。


「……あ」


 そういえばクロイツェンから帰国してこの方、まだ一度も一番目の聖典のことを調べていないんだった。

 祟り……うん。有るかもしれない。できるだけ早く目先の問題をどうにかして、こちらも片付けねばならない。


 あぁ、やれやれ。あれもこれもと、頭が痛い……。






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