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1-7 悪友のやり方

『卿。どうせすぐにわかることです。一体、“私の悪友”は何をしでかしましたの?』

『……殿下はただ……ただ……』


  ◇◇◇


「はぁぁぁ……」


 面会を終えてすぐ、執務室に(こも)ったリディアーヌはため込んでいたため息を一気に吐き洩らした。

 同席していたフィリック以外のすべての側近達が首を傾げたけれど、正直、懇切丁寧に説明してあげる気にはならない。

 結果、皆の視線はフィリックを向いた。


「一体何事があったのですか? 困り事ですか?」

「いえ。ただ姫様の悪友は、なるほど、姫様の悪友だったというだけのお話です」

「ちょっとフィリック?」


 苦言をこぼしつつ顔を起こすと、そのフィリックが目の前に紙とペンを置いた。大公への報告書を書くよう求められているのだろうが、生憎と筆がちっとも進まない。それもこれも、すべてアルトゥールのせいだ。

 ゼーレマンいわく、うちの困った友人殿は噂の真実を問われるや否や笑顔で、『私の友人は私に悪い遊びを教えるのがとても得意だったんだ』と触れて回ったらしい。

 それではまるで、リディアーヌがアルトゥールを襲っていたかのようじゃないか。

 どうりで根も葉もない噂が否定もされず広まるはずだ。叔父が噂に踊らされたのも、よりにもよってリディアーヌの方が積極的だったかのような噂だったせいかもしれない。

 そもそも悪い遊びを教えるのが得意だった友人はマクシミリアンであって、むしろリディアーヌも教えられた側だ。悪い遊びというのも不埒(ふらち)な遊びなどではなく、立ち食いや間食、授業のサボり方に寮の抜け出し方、側近達を振りまく方法などなど、実に下らない皇子様らしからぬ遊びのことだ。

 アルトゥールめ……絶対に分かっていて(もてあそ)ぶ物言いをしたに違いない。


「そんなことより姫様。急ぎ、報告したい議題が幾つか溜まっております。さっさと報告書を仕上げて、ご政務のご処理お願いします」

「この状況で良くもぬけぬけと……フィリック、少々父親に似てきたのではなくって?」

「光栄です」

「まったく褒めていないわよ?」


 はぁと今一度ため息をつきながら、仕方なく面会の内容を書きなぐり、差し出された書類を受け取った。

 叔父の留守中にも報告の上がっていた、北方諸国からの新規商団に関する調査報告書だった。


「例の、東大陸の物品が安く入ってきている件ね」

「ある程度の調べがつきました。どうやら、教会領リンテンの港を通じて入ってきている様子。船団の掲げる旗は、“赤い蛇”です」

「フォンクラークですって?」


 一気に悪友の悪戯など頭から抜け落ちた。

 ヴァレンティン大公国は、西大陸の中でも北西の隅、山の多い高地にへばりつくように存在しており、幸いにして豊穣な大地と豊富な資源とに恵まれてはいるものの、平地は少なく、民の生活には外からの物資の仕入れが欠かせぬ土地柄である。

 面する国も多くはなく、東には帝国の属国で準正規国扱いである北方諸国群、南にはベルテセーヌ王国が面するのみで、必然的に西大陸一の国土を持つベルテセーヌが貴重な物資の提供国となってきた。古くからベルテセーヌとの交易路は活発で、以前は遠い東大陸の品々も、ベルテセーヌの交易路を経由して豊富に入って来ていた。

 ただし、ベルテセーヌは西側にこそ大きな港を要するものの、東側の内海には国土を面しておらず、東大陸の物品を直接仕入れるのは難しい。代わりに東大陸との窓口を担ってきたのは、ベルテセーヌの南東に横たわるフォンクラーク王国だ。皇帝輩出権を持つ七王家の一つであり、ベルテセーヌにも並ぶ古い血統を受け継ぐ南の強国である。

 純粋な国力で言えばベルテセーヌが上を行くものの、フォンクラークは東大陸や外海を隔てた他国との交易により流通の拠点として目覚ましく繁栄しており、今や西大陸の覇者たるベルテセーヌをも上回る市場の賑わいが噂されるほどである。

 つまり、東大陸の品々は本来、フォンクラークから陸路でベルテセーヌを経て、ヴァレンティンへと入って来ていた。


 しかし先の皇帝戦以来、このフォンクラークとベルテセーヌの関係は史上最悪なまでに冷め切ってしまった。

 原因はほかでもない、次期皇帝に最も近いと言われていたベルテセーヌ王暗殺が、当時のフォンクラーク王の企てによって起きたものだったからだ。この事実は公的には秘匿されているが、当時の皇帝戦に関わっていた者には周知の事実である。

 以来、両国の間では小競り合いも絶えず、交易も激減。ベルテセーヌの先にあるヴァレンティン領でもフォンクラーク経由の東大陸の品物は手に入りづらくなった。

 それがここ最近、ベルテセーヌではなくリンテン教会領という内海の北の領地から北方諸国経由で物品が、しかも格安で入ってくるようになってきたのである。


 リンテン教会領は、西大陸と東大陸の結節地点に当たる皇帝直轄領に面する。立地的にも直轄領の港へは必ずリンテンに一度寄港してから向かうことになるため、リンテンは教会領でありながら、さながら城塞都市のような堅固な構えをしており、領地も事実上皇帝の直臣貴族が統治をしている。

 またリンテンの港に至る海路は現皇帝を輩出しているクロイツェン皇国が掌握しており、七王家の一つフォンクラーク王国と雖もその海路を無断で侵し、身勝手に交易をすることは出来ない。下手をすれば皇帝への謀反をも疑われない。


「なのに、フォンクラークがリンテンに船を着けているですって?」

「間違いございません。東大陸の物品と共に南方の物品が増えていたのも、フォンクラークの影響でした。幸いにして北方諸国群は行商の難所であるためフォンクラーク系の行商は多く入ってきていませんでしたが、既存の商団にも影響力が広がっているようです」


 何ということだ。ベルテセーヌというかつて繁栄していた国を(あざ)(わら)うかのごとく、その存在を無視して、フォンクラークがヴァレンティンにすり寄ってきているということか。


「しかも何ですって? アルトゥールがフォンクラークで目撃されているですって?」

「表向きは貿易航路に関する協定の更新のためとなっていますが、リンテンにフォンクラークの船が行き交いだしたのもほぼ同時期です」


 考えられることはたったの一つ。クロイツェンが、フォンクラークにリンテン航路の使用許可を出し、しかも、クロイツェンの皇太子が自らその商談を率いたということ。

 あのアルトゥールのことだ。クロイツェンが独占していた航路への介入を無意味に許すはずがない。当然、親愛なる友人の健やかな生活のために、ヴァレンティンへの交易に便宜を図らってくれた、なんて可愛らしい理由が原因であるはずもない。何か、絶対によからぬたくらみが有るに決まっている。


「フィリック。私、友人を疑いすぎかしら?」

「まったくそんなことはないかと存じます」


 即答ですね、フィリックさん。


「入ってきている物品の価格を見ても、従来、クロイツェンからリンテン経由で入って来ていた物品よりさらに安価になっているわ」

「どうしてでしょう?」


 ちょうど手元に東大陸産の高価な砂糖瓶があったせいか、マーサがコテリと首を傾げた。


「マーサ、クロイツェンの港からリンテンに船を向かわせる場合、潮目(しおめ)的にどうしてもフォンクラークを経由せねばならないことは知っているでしょう?」

「ええ。聖都ベザの大聖堂を臨む湾頭に交易船を乗り付けるわけにはまいりませんから」

「それを利用して、従来フォンクラークに寄港する交易船には重い関税がかけられていて、それがこの西大陸で売買される東大陸の物品の価値を跳ね上げているの。以前トゥーリも言っていたけれど、荷を下ろすわけでもないのに寄港地であるフォンクラークで膨大な関税を取られるから、フォンクラーク以外と交易するのは割に合わないのですって。でも今の状況を見る限り、この関税に関する何らかのやり取りがあったのだわ」

「さしずめ、フォンクラークの交易船がリンテンに入ることを許可する代わりに、リンテンに持ち込まれる東大陸の物品の関税を落とすか、一部免除か、そうした類の協定が結ばれたのではないでしょうか」


 フィリックの補説に頷き、担当部署に今少し具体的な価格調査を行わせるよう指示する手配をしておいた。

 本来、ヴァレンティン領にとっては、親交ある北方諸国が潤うことも、流通が戻ることも、ましてや安価に東大陸や南方の品が流れてくれるようになることも、なんら悪いことではない。だが本来ヴァレンティン選帝侯家は皇帝戦においてベルテセーヌの後ろ盾を担ってきた家柄だ。現国王への個人的な悪感情はあれど、派閥という意味ではベルテセーヌと同じ政治理想を持つ間柄である。なのにこれまでベルテセーヌが一手に担ってきたヴァレンティンへの貿易権利を侵す所業。まるで強引にヴァレンティンをクロイツェンやフォンクラークの派閥に抱き込むようなやり方……これではただでさえ昨今緊張状態にあるヴァレンティンとベルテセーヌの関係を、益々悪化させるではないか。


 クロイツェンは先の皇帝戦以来、保守派や教会派と言われる一派からの支持を悪くしているため、それら派閥を多く抱えるヴァレンティン選帝侯家を味方に抱き込むことに苦慮している。手っ取り早くヴァレンティン家のリディアーヌを嫁として取り込めればよかったが、アルトゥールはそれが不可能であることをよく知っているため、そこで考えたのがこのなんとも嫌らしい、強引にヴァレンティンとベルテセーヌとの仲を悪化させて保守派や教会派を抱き込む作戦なのではあるまいか。

 実際、手に入りにくかった東大陸やフォンクラークの品が簡単に流れ込んできて、我が国はかつての潤いを取り戻しつつある。正直、表立って交易をはねつける理由がない。

 以前報告を見た時には東大陸の物品が流通してくれるようになった上にベルテセーヌにとってもザマァで、非常に良い気分だったのだが……一気にその気が失せた。相変わらず、なんて有能で意地の悪い親友なのか。殴り飛ばしてあげたいくらいだ。


 しかも何か? 東大陸の皇子が自ら西大陸のフォンクラークを訪問し、リンテンへの航路を許すほどの間柄になっているだと?

 かつてのフォンクラーク王の凶行が忘れ去られるほどの年月はまだ経っていないはず。それなのに、なんという不快な話なのか。


「いい加減、調子に乗りすぎなトゥーリ姫にはお仕置きが必要だと思うのよ……」

「期待しております、殿下」


 叔父に言い放った未来永劫の友人という件については、どうやら早くも修正が必要なようである。







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