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4-4 ザクセオン(1)

 竜を使い潰す気かという早さで南下した一行は、すっかりと夜も深まった頃、(こう)(こう)と灯りの灯る国境の町へとなだれ込んだ。

 すでに閉門時間を過ぎていたが、流石に二つも選帝侯家の旗が掲げられているとなると、町の外に締め出すわけにはいかなかったのか、わらわらとクロイツェンの兵や役人が群がる中を通過した。

 あとはザクセオン側の門が公子の帰還に開門しないはずもなく、町を突っ切ってザクセオン側の町に入ったところで、ようやく一安心である。だがまさか、本当に一日半でクロイツェン領内を突っ切るとは思わなかった。

 その夜はザクセオン側の関から少し行った所にある砦に滞在し、翌日は遅めの時間から出立した。人というよりは、竜を休ませるための時間である。ヴァレンティンの早駆け竜でもないのに、品種を疑う勢いで走り続けていたのだから当然だ。

 次に滞在した小さな村はまだクロイツェンとも似通った雰囲気があったが、翌日到着した大きな町はどちらかというとヴァレンティンとの既視感を感じる古風な“ベザリウス様式”の建物が目立つ町だった。おそらく帝国初期からある古い町なのだろう。これだけ距離が離れているのに似ているというのは、何ともおかしなものである。


「それでもヴァレンティンより開放的な作りをしているわ。気候の違いね」

「この辺りはまだ正統派ベザリウス様式だけど、首都に近づくと南方風の様式になるね。窓も吹き通しだったり、壁が少なくて、民家も天井が高くなる。熱除けと風の循環にね」

「材質も違うわ。うちは石材が多いけれど、こっちは思ったより木材が多いみたい」

「高温多湿対策だね。この辺は雨も多いから」


 新しい町は、いつでもわくわくする。

 青と白の細かな石材が敷き詰められた瀟洒な道。背の高い建物のなだらかな屋根と大きな窓は、どちらも雪国のヴァレンティンでは珍しい作りだ。建物の色も白や明るい色に塗装されたものが多い。日差し対策だろうか。


 そうして町を見ながら至った大きな館には、門前にすでに多くの騎士達が馬を引き連れ、あるいは地竜が放されていた。ここで合流するザクセオン大公がすでに来ているのだろう。

 竜車が着いたところで出迎えてくれた紳士に続き、館から出てきたのがその大公様だ。リディアーヌは成人式の時以来、四年ぶりにお目にかかることになる。

 会うのは三度目。一度目は“王女の葬儀”の日で、二度目が成人式だった。直接話した機会は多くないから、よく知る友人の父ながら、あまり知っている人物でもない。

 それに大公の後ろからゆるゆると現れたドレスの貴婦人は後妻のトルゼリーデ妃だ。マクシミリアンの継母であり、記憶が正しければ、母子などといった空気は微塵も感じない間柄であったはず。


 マクシミリアンは日頃から弟妹を可愛がっていて家庭の難なんて微塵も感じさせないのだが、決して何もない家ではない。大公の前妻ヴィンデガルト妃はマクシミリアンが小さな頃に亡くなっていて、ほどなく迎え入れられた後妻がトルゼリーデ妃だ。他にも妾妃がいる。

 前妃の長女次女が他の弟妹達より年長であるおかげで、特に長女ペトロネッラ公女がみずから分家の筆頭に嫁いで同母弟のマクシミリアンを後見していたからこそ、マクシミリアンは嫡子であり継嗣という立場を確立できた。それでも後妃トルゼリーデが自分の息子こそをと思わないわけもなく、そういう後継争いが長らく水面下で続いているのだと聞いている。

 マクシミリアンの誰にでも嫌われない処世術は、きっとそうした環境の中で(つちか)われたのだろう。それが功を奏しているのか、それとも実際に弟妹が可愛いだけなのかは知らないが、トルゼリーデの子供達とも親しくしているマクシミリアンは今の地位を盤石としている。だがそのためにどれほどの苦労を重ねたのか。それが分からないリディアーヌではない。

 だからここで振舞うべき優先順位は決まっている。一番に大公殿下。その次は前妃の嫡子であるマクシミリアンで、最後がトルゼリーデ妃だ。この場は、“ヴァレンティン”がそういう認識であることを示すにもいい機会である。


「ミリム。私、貴方を優先していいのよね?」

「リディは本当に……話が早いというのか何というのか。そんなに気にしてもらわなくてもいいよ。昔はともかく、成人してからは特に実害もなく上手くやっているんだ」

「兄弟が多いのは羨ましいけれど、それはそれで大変なものなのね。ミリムはいつも私の愚痴ばかり聞いてくれるでしょう? 少しは返したいのだけれど」


 そう言ったところで、「だったら思う存分ベタベタしよう」なんて茶化すように言うだけの彼に、呆れた顔で苦笑をこぼした。ずかずかとこっちに入り込んで来るくせに、自分は入り込ませてくれないのだから、水臭い。

 カチャリと開いた竜車の扉に、さっさと降り立つマクシミリアンがエスコートの手を差し伸べる。


「まぁ正直、本当にこれだけで十分なんだよ。リディってうちでは思っている以上に影響力が強いから」

「何故?」


 首を傾げつつも手を借りて竜車を下りる。


「うん、何故……って。つい二日前まで、私もそう思っていた」

「……あ」


 なるほど。あぁ、なるほど……。


「ようこそ、ザクセオンへ。ヴァレンティン公女」


 降りたところで、颯爽とやって来たこの国の国主に、リディアーヌも外向きの顔を張り付けながらニコリと微笑んでドレスの裾を掴む。


「ご無沙汰しております、ザクセオン大公閣下。このような形で再びお会いできるとは」


 西大陸風に挨拶をしたところで、大公様はさも当然のようにリディアーヌの片手を取ると、甲にぎりぎり触れない程度の挨拶のキスをした。やはりこういうところは東大陸の男性だ。マクシミリアンにそっくりで、思わず笑ってしまいそうになる。

 とはいえ、ザクセオンの大公はうちの養父より一回り年上で、すでに五十代。貫禄のある紳士だから、東大陸の所作に多少は慣れているとはいえ、そんな大公様にそんな最上級のレディへの挨拶をされるのは流石に戸惑う。


「思った通り、実にお美しくなられた。これではうちの愚息もまた一層、惚れ直したことでしょう」

「こちらのお言葉ですわ。ミリムったら、とても素敵になっているのだもの」

「光栄だよ、リディ」


 仲良くして見せる、って、こういうことでいいのかしら? なんて思いつつ挨拶を交わしたところで、「私からもご挨拶を」と妃殿下が進み出てきた。


「お久しぶりですね、公女様。急ぎの旅でお疲れになったでしょう」

「急ぎ旅でしたが、こちらのご領地に入ってからというものの見たことのない景色を楽しんでおりますわ」


 妃殿下とは軽く肩を抱き合って挨拶を交わした。普通は親しい間柄で交わすものだから、さりげなくその所作を求めた妃殿下も妃殿下なりに、リディアーヌの支持を得たいのだろう。確かに、今更だが大公夫妻の態度がまるで身内に相対するかのように親し気である。リディアーヌのことを特別に見ているのは確かなのかもしれない。


「この度は私まで道行に便乗させていただいて、大公様にはご迷惑をおかけします」

「いや、願ってもないことだ。短い道中だが、このザクセオンの旅も楽しんでもらいたいと思っている。なぁ、マクシミリアン」

「そうだね。秋じゃないのが残念だけど」

「私が、秋のザクセオンが見たいと手紙に書いたことを覚えてくれているのね」

「金色に染まった野山が綺麗なのは本当だから。でもこの季節は北方育ちのリディには暑くて居辛いんじゃないかな。こっちは多湿だし」

「暑さは平気だけれど……でも確かに。もうすっかり夏の気候のようだわ」

「ははっ。今日はむしろ春にしては涼しすぎるくらいだ」


 なんてこと。まだ暑くなるのか。確かに、ザクセオンの皆はまだ着ている物がリディアーヌ達より厚手な気がする。

 この纏わりつくような重たい湿気を肌に感じていると、なるほど、アルテンレースなんかはこういう気候の中で発展する布なのだと納得する。薄手のサラサラとした袖が心地よい。

 そんな雑談を交わしながら館の中に入る。外観はわりと既視感のある作りだったが、さすがに内装は全然違う。すでに夏に向けての(しつら)えになっているのか、レースの縫い付けられた涼し気なカーテンや涼し気な白い花瓶の黄色い花々。こざっぱりと清潔感のある小物の数々に、優しい木の風合いが壁や窓枠を覆っていて、どこからともなく香る木の香りが落ち着く。

 田舎の離宮だからこその雰囲気だとは思うが、居心地のいい館だ。


「さて。ひとまずここからの行路の話をしていいかね」

「ええ、是非」


 姫君にお茶を勧めるわけでもなくすぐ建設的な話を始めた大公に妃殿下が「あなたったら」と困った顔をしたが、しかしリディアーヌには大公の態度で正解だ。大公の方もリディアーヌが“姫君”ではなく“公女”であることをよく分かっているのだろう。逆に好感が持てた。

 フィリックとマーサだけを連れて案内された会議室に入り、広げられた地図の周りに着く。東大陸側の詳細な地図はあまり見たことがなかったので、それだけでも興味深かった。


「私、南東諸国群には詳しくないのです。たしか複数の属国と、いくつかの直臣の自治国とが混在しているのですよね?」


 地図を見ながら呟いたら、すぐにもマクシミリアンが細かく分割された土地の一つ一つを、ここが自治国、ここが公国と説明してくれた。

 帝国内には主に三ヶ所、こうした小国家群が固まる地域がある。ヴァレンティンの東の北方諸国群と、ベルテセーヌやフォンクラークの南にある南西諸国群。そしてこのザクセオンとセトーナ、リンドウーブの三国に挟まれる形になっている南東諸国群だ。

 南東諸国群には属国の他に二つの公国があり、どちらも昔七王家から分立した独立国だ。今は皇帝の直臣扱いで公国としての自治を認められているが、一応直轄地扱いになる。そしてこの二つの公国の内、内海に面する港を有するエプトラ公国が今回の経由地の一つであり、そしてトルゼリーデ妃の故国である。

 そんな場所にマクシミリアンを連れて行くのはリディアーヌの経験としてあまり本意ではないのだが……。


「ザクセオンはいつもこのエプトラ経由で帝国議会に向かうんですか? てっきり、クロイツェンのロレック経由なのだとばかり」

「エプトラを使い出したのは私の代からだ。父の代まではクロイツェンだった」


 大公はそう言ってすぐに話を切り上げ船の話などを始めたが、その言葉は少なからずリディアーヌの関心を引いた。

 エプトラ出身の妃を(めと)ってからではない。現大公が家督を継いでからとなると、前妃時代から。エプトラとの縁ができるより前からだ。そしてその代替わりがあったのは……先の皇帝戦の直後。


「大公殿下」

「ん? どうした。何か不明な点でも……」

「先日マクシミリアンに、“王女の死”についての話をしました」


 ぴくりと眉をあげ口を噤んだ大公は、チラリと息子の顔を、次いでリディアーヌを見てから、やがてゆっくりとか細く息を吐いた。


「全員、部屋の外へ。公女と、それからマクシミリアン。お前だけ残りなさい」


 そう言われて妃殿下が少し躊躇うように視線を寄越したが、夫と義息がぴくりとも視線を寄越さないのを見ると、静かに一礼をして出ていった。

 パタンと扉が閉まり部屋に静けさが訪れると、まだしばらく考え込むように沈黙していた大公が、やがてどっさりと椅子に腰を下ろしながら、深い、深いため息を吐いた。

 話してしまったのか、と、そう言われているようだった。


「これまで、硬く口を閉ざして下さっていたのですね。王女の死に疑いをもたれてもおかしくないのに、これまでミリムがそうと信じなかったのは、貴方のおかげでしょう」

「あぁ……ゆえにカレッジで息子が貴殿と親しくなったなどと聞いた時には、一体どのような“計略”を仕掛けられているのかと、冷や汗を流したものだ」

「まったくそんな素振りは見せなかったではないですか」


 マクシミリアンがそう苦笑すると、「当たり前だ」と言いながら、大公も顔をあげた。


「少し、腰を据えてお話ししましょう。どうぞおかけください、殿下。お前も座りなさい、マクシミリアン」


 口調を変えて促した大公に、「今まで通りにしてくださいませ」と言いながら、マクシミリアンの引いてくれた椅子にエスコートされながら腰を下ろす。これは元王女だからとかそういうのではなく、ただのいつも通りのレディへの気遣いだ。


「では公女、と呼ばせていただくが……一体うちの息子には、どこまで」

「ほとんどすべてです。私が亡くなった王女と同一人物であることと、皇帝陛下と取引して王女を殺したこと。最初は推し量るつもりで皇帝の孫に接していたつもりだけれど、いつしか(ほだ)されてしまったこと」


 そう苦笑したところで、「絆す、か」と大公も苦笑した。


「それから先のザクセオン大公が人知れず隠居し亡くなられたことを知っていること」

「……」


 ぎゅっとこぶしを握って口を噤んだ大公は、やがて「それが聞きたいことか」と呟いた。


「聞きたかったわけではないのですが、気になってしまいました。エプトラとの関係を聞いて、つい」

「あぁ、察している通り。父は選帝侯として、自分の立てた皇帝候補のしでかした凶事に己を恥じて亡くなった。身内を庇うわけではないが、父は父なりに、先のベルテセーヌ王を買っておられた。うちはうちの利権のためにも東大陸から皇帝を立てたい派閥ではあるが、歴史の浅いクロイツェンに思う所もあれば、皇帝候補の擁立に消極的なセトーナにも思う所がある。ヴァレンティンが、才と人望だけでなく歴史まであるベルテセーヌの王を擁立したことに、父はよく嫉妬していた」

「初めて聞くお話です。養父は先のザクセオン大公のことを、その……悪口のような言い方でしかお話ししませんでしたから。まぁそれがうちの養父なりの、親しい相手に対する憎まれ口なのは知っているのですが」

「ははっ。さしずめ、頑固じじぃだの説教じじぃだのだろう? 先の皇帝戦の折、二人はしょっちゅう喧嘩をしていた。何しろ選帝侯家の中でも最年長と最年少だったからな。だが父はヴァレンティン大公を気に入っていたよ。選帝侯と呼ばれるには若すぎるくせに、あれほどに王に信頼される小僧が羨ましくて憎らしいと」

「……そうですか」


 当時のことは聞きづらくて、養父にもあまり聞いたことがない。だからそういう話が聞けるのは珍しいことで、リディアーヌの知らなかった話だ。実父と養父……二人がどんな関係だったのかも、ずっと聞けなかったから。


「お祖父様は、ベルテセーヌ王暗殺に関与していたんですか?」


 そんな祖父について直球に聞いたマクシミリアンに、大公は少しの迷うこともなく、首を横に振った。


「だが身内の言葉では信じてはもらえんだろう。それに私も、何もかも知っているわけではない。私は父に小僧どころか未熟者扱いされていたからな。だがその凶報に父が怒りをあらわにしていたことも、皇帝の即位式の後、祝宴にも出ず離邸に引きこもって誰にも合わなくなったことも、己の立てた皇帝に裏切られたせいなのだろうと思っている」


 それは養父も言っていたことだ。だからリディアーヌも静かに頷いた。


「それにな……これは身内にすら口外していないことだが……」


 チラリとマクシミリアンを見た大公は少し言葉を濁してから、薄く吐息をこぼした。


「父の死は病ではなく自害なのだ。病んでいたのも事実だが、死因は毒死だ。自室から毒を調合した痕跡と、いくつかの失敗作も出てきた。父なりのけじめだったのだろう。父は……先の選帝侯は、クロイツェン王の凶行に憤りながら、それでもクロイツェン王に票を投じ、皇帝の冠をかぶせた。それに対するけじめだ」


 黙って話を聞きながら、いつしか机の下で、マクシミリアンとぎゅうと手を握りしめ合っていた。

 多分、私達が聞きたかったのは“過去”の話じゃない。これから起こるであろう、“可能性”の話だ。遠からず、皇帝戦は起こる。少なくともリディアーヌとマクシミリアンのいる内に。

 そしてリディアーヌが今この場でその話を切り出したのには、もう一つ、理由がある。


「大公様。その方の墓所に、詣でてもいいですか?」

「……私の、父の。先のザクセオン選帝侯のか?」

「こうして私がザクセオンの地を踏んだのも何かの縁です。叶うならば、今後のささやかな慰めに」

「……情を掛けられたところで、私は絆されたりはせんぞ」

「ふふっ。計略なんてありませんわ。ただ、私がそうしたいです」


 そう願ったリディアーヌに、静かに息を吐いた大公は、「ついてきなさい」と席を立った。






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