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3-30 三人の時間(2)

「お前に“とっくに許嫁になっていてもおかしくない”と思う感覚があったことに驚いている。その言葉をそのままお前に言ってやりたいんだがな」

「ちょっと待って、トゥーリ。今自分で自分の言葉に反省中よ」


 そう素直に促したなら、もれなくマクシミリアンに笑われた。


「こほんっ。ええ、なるほど、分かったわ。先入観は止めましょう。で? ベニー皇女の嫁ぎ先はザクセオンじゃなかったの? と、改めて問うわ」

「まぁ、そうなればうちの両親は喜ぶだろうな」

「私はともかく、うちの弟という意味なら、まったくない話でもないのかな」


 二人はそう答えたものの、しかし別段、前向き、といった様子ではない。


「でもリディ。正直、私は今朝皇王陛下から突然皇女との縁談を持ちかけられて、表情を取り繕うことも忘れるほどに驚いた。そのくらい、青天の(へき)(れき)だった」

「そんなに?」

「何となく前からリディの感覚は少し違ってるな、と思ってたんだけどね。リディ、うちとクロイツェンは、実はそんなに血縁関係は深くないんだよ」

「そうなの? そういえばこの間、そんな感じのことを言ってたわね。私のところは“濃い”とかなんとか」

「濃い?」


 首を傾げたアルトゥールに、マクシミリアンが頷いて説明をしてくれた。


「勿論うちもクロイツェン皇室とはそれなりに血縁はあるし、縁ができるならそれを喜ばないことはないよ。でもどちらかというとザクセオンは国内か南と縁を結ぶ方が多い」

「そうなの?」

「理由は多分色々あるんだけど……ほら、クロイツェンって今でこそ権勢を誇っているけど、七王家の中では新興国家でしょう? いや、そろそろ新興でも無くなってきたけれど」

「まぁそうね。初代皇帝陛下の直系は、今はもうベルテセーヌとフォンクラーク、セトーナの三国だけ。他の四国はいわゆる傍系や婚姻で血筋を取り込んで起きた国ね」


 クロイツェンは直系三国に次ぐ古い国ではあるが、元々小競り合いの絶えなかった二国を制圧平定して、当時の皇帝の妹姫を正妃に迎えて建国された後発国家だ。その後、傍系家門が分立して、北方にカクトゥーラ王国を建国した。

 クロイツェンの建国に当たっては、最も近い場所で権勢を誇っていた選帝侯家であるザクセオン家が後見について建国の承認を行ったから、ザクセオンとの関係はその頃からだ。


「でもザクセオンは元々その前の直系王朝を庇護していた上に血縁も濃かったから、新しい国の後ろ盾にはなったものの、そう簡単に正統性は認めなかったんだよ。だからか、その頃からクロイツェンとの血縁関係は希薄だ。多分クロイツェン側も、前の王国と血縁の深かったザクセオンと血を交えたくはなかったんだろう」

「当然、今はそんな考えもないが、名残りというやつだな」

「現に、うちとセトーナの王族とは今も昔も変わらず血縁が濃いから、血縁を重視していないわけじゃない。でもクロイツェンとの関係だけは特殊かな」

「クロイツェンも同様だ。選帝侯家との血縁は望んでいるが、ザクセオンに関してはその必要がないと思っている。そういうものだからな」


 なるほど。当時の事情がごく普通の慣習に変わって、今に根付いた結果なのか。そう言われると納得できる気がした。


「うちの公女は国内の有力貴族に嫁いで、貴族の手綱を握る役目を担うことが多い。あと、そういう降嫁のあった貴族からクロイツェンの貴族に嫁ぐ人はなぜか多い」

「昨日紹介してもらったクロイツェン籍の侯爵夫人はミリムの大叔母に当たると言っていたわね」

「そう。曾祖母の降嫁先の娘で、ザクセオン本家に嫁いできた祖母の妹に当たる。うちはクロイツェンの皇族との縁は深くないけど、貴族間にはわりと血縁がいたりする。本当に、クロイツェン皇室との関係だけが違うんだよね。それが普通、という感覚なんだけど」

「妙な感じだわ」


 ヴァレンティンとベルテセーヌとの関係とは随分と違っている気がする。


「まぁ、ベニー皇女とうちのレヒトが同い年なのは確かで、身分も釣り合うから、そういう話が過去に持ち上がらないこともなかったと思うんだけど」

「でもあの二人は性格がな……」

「合わない」

「あぁ、合わないな」

「そう……?」


 どっちもお兄ちゃんっ子同士で気が合いそうだと思ったのだけれど、そうでもなかったらしい。


「大体うちの妹は昔からミリム一筋だぞ」

「えっ?!」

「ちょっと。リディにそういう話、止めてくれる? トゥーリ」

「いや、聞きたいわ」

「リディ……」

「今になってミリムにそんな駄目元の打診があったのは、父なりに娘のことを思っての事だったんじゃないのか? その証拠に、母ではなく父からの打診だったんだろう?」


 皇王様の政治的手腕に一切期待していない冷淡な息子の態度に、何と反応したらいいのか……だが妙に説得力があった。


「うちの母なら答えのわかり切っているそんな無謀な打診はしない。むしろ最初からレヒト公子狙いだろう。だが生憎と、ベニーにとっての理想はミリムだそうだからな」

「ほほぅ?」

「……ちょっと」

「というか、“理想の兄”なんだったか? 俺はミリムと違って態度も表情も冷たい上に女性の感情への配慮がなってなくて、あと妹への優しさが足りないところが特に駄目らしい」


 思わずぷふっと吹き出してしまった。


「おい……」

「確かに。そういう意味ではミリムの方がはるかに優秀ね」

「どこがだ。笑顔の裏でこいつが何を考えているのかを思うとぞっとするぞ」

「その表向きの優しい笑顔というのが大事な兄要素なのよ」

「君達、私の笑顔がなんだって?」


 心外だよ、なんていうその顔が、もう笑っているのに笑ってないのだ。


「まぁ、私からしてみれば二人とも理想のお兄様からは程遠いけれど」

「ほぉう?」

「リディの理想の兄ってどんなの?」


 あ、しまった……思わず口が軽くなった。

 思わずきゅっと口を引き結んで、「まぁ、それは色々と」なんて誤魔化しながら席を立ち、二杯目のお茶を淹れるべくカートの前に立つ。

 彼らに背を向けながら息を吐き、酔いに眩んだ頭に冷静さを促した。

 少し濃くなったお茶をティーカップに注いでいたら、「私にもちょうだい」とマクシミリアンが言うものだから、二人のカップにも二杯目を注いであげた。

 そうしてティーカップを置いたら、「有難う」といって代わりに何かがずいっと口元に差し出された。それに躊躇もなく思わず口を開けてしまったのは、もはや“慣れ”というほかない。


「お前たちなぁ……」


 呆れてため息を吐くアルトゥールの声と、口の中一杯に広がった甘苦いビターチョコレート。それに奥歯でしっかりとした歯ごたえと同時に広がったこの香りはオランジェットに違いない。リディアーヌが一番好きなチョコレートだ。


「おいしい」

「まだあるよ。ビター、ミルク、ホワイト。残念ながらオランジェットは一つしか持って来てないんだよね。リディは甘すぎるのが好きじゃないから、ビターがいいよね。こっちはほろ苦いカラメル風味。こっちはクリームブリュレ風。最近のおすすめはこれ、ラムレザンとグリオッティーヌ。リディはナッツ入りのも好きだったよね」

「今は……カラメルの気分?」


 ポケットの中からゴロゴロと出て来るチョコレートの包みの数々。そのあまりに多さには、思わずアルトゥールと揃って(どう)(もく)してしまった。


「ちょっとミリム。貴方のポケット、どうなってるの? 昔から不思議だったんだけど」


 別段お菓子に膨らんでいる様子なんてなかったのに、なんでこんなに沢山仕込んであるんだか。


「ふふふ。商会秘密だよ」

「どこの商会よ」


 思わず突っ込みながら、カラメル風味の他に一つ二つ、オススメをいただいた。

 お酒が進んだ後のすっきりとしたお茶と苦味の強いチョコレートがよく合う。


「この“チョコレート”って、南大陸が原産なのよね? 確か今はシドニール島で作られてるとか。うちでは湯やミルクで溶いて飲む珍品扱いで、あまり入ってこないのよね」


 久しぶりのチョコレートを舌でじっくりと味わっている内に、そわそわしていたアルトゥールが手を伸ばしてテーブルの上からマクシミリアンのオヤツを物色し始めた。その顔が学生時代みたいに幼く見えたものだから、つい苦笑を堪えてしまった。


「リディが好きだって言ったら、なんかうちの親父殿が奮起してね。昔は私が個人的に買い漁ってたんだけど、最近はうちの領内に専門店が出るくらい広まってきたよ」

「え、何それ、羨ましい」

「うちは婚姻による同盟を重視しないけど、これに関しては大公が海商大臣の息子に強引に南大陸の豪族の娘を嫁に押し付けた。いやぁ、おかげで種類が豊富になったよ」

「そこで大公家の人間ではなく臣下に押し付けるあたりがまた変な所よね……」


 なるほど、ベルテセーヌやヴァレンティンとは違う。ザクセオンのそれは、ある意味、ザクセオンの血筋を出し惜しむほどに重要視していることの反証なのかもしれない。


「美味しいものを誘致したからか、最近弟妹からの評判が爆上がりだ」


 実に嬉しそうなマクシミリアンに、「お前、物で釣ったのかよ」なんてアルトゥールが呆れた顔をした。でもそんな感想が漏れてくるあたり、アルトゥールもどうしたら弟妹の支持が上がるのか、気にしているのではなかろうか。

 物で弟妹の関心を釣ろうなんて、くくっ、中々微笑ましい。

 そういえばリディアーヌの場合は、あまりそういうことは無かった気がする。

 兄はカレッジに出向いたり城下に出向いたりするたびにリディアーヌにお土産を買ってきてくれたけれど、それは歓心を得るためというより、あげたくて仕方がない、みたいなものだった。我ながら兄馬鹿評価だとは思うけれど、そのくらい、兄はリディアーヌを甘やかしていた。


「ミリムの場合、弟妹の評価が上がったのは、兄が下心なく美味しいものを広めてくれたからよ。お兄様すごい、っていう感動があるからこそ釣れてくれたのではなくて?」

「実感がこもってるね」

「リディの理想的な兄がそうだったのか?」

「いや、あれを理想と言っていいのかどうかはちょっと……」


 そう苦笑したところで、ふと何か胸に引っ掛かるものを感じて口を噤んだ。

 そうだ。彼らが当たり前みたいに、リディアーヌが“兄”を語ることに疑問を持たないことが引っかかったのだ。

 リディアーヌは彼らに自分の事情については何も話していないけれど、彼らもヴァレンティン大公がかつてベルテセーヌの先王の遺児達を養子女としていたことは知っているのだ。それはつまり、リディアーヌの“義兄”と“義姉”ということになり、そして彼らが無惨な事件で亡くなっていることも、王侯の常識として知っているはずだ。リディアーヌはかつて一度としてその存在について彼らに話したことは無いけれど、もしかしたら彼らがそう気を使っていた聞かなかっただけなのだろうか。


「確かに……まるで、“実の兄妹”だな。あぁ、そうか。それも、“濃い”ということか」


 ただ思わずポツリと呟いたアルトゥールの言葉に、リディアーヌの身体は一瞬硬直した。

 何事もなかったかのようにティーカップを取って平静を装ったけれど、アルトゥールの頭によぎっているのがリディアーヌの義兄と義姉……つまりベルテセーヌ王室から養子となった元王子と元王女の事なのだとしたら、それには複雑な感情を抱かずにはいられない。


「リディ。今しか聞く機会もないだろうから聞くが。先程言っていた求婚云々の話はどういうことなんだ?」


 できる事なら、このままベルテセーヌの話なんてしたくなかった。

 折角の楽しい時間が終わることが寂しくて、無意識に避けていた話題だ。だがそれを避けて通ることはできない。

 とても……とても、残念なことに。


「どういうことって何? 貴方が聞いた通りよ」

「君は大公家の唯一の成人した後継者として、(くに)(もと)を離れられないからという理由で俺達の求婚を断ったのだと思っていた」


 なのにベルテセーヌには嫁ぐのか? という質問なのだろう。

 まぁ、そんなつもりは毛頭ないのだけれど。でもそんなことを言われる筋合いはない。


「その通りよ。でもそうしていられなくしたのは貴方だわ、トゥーリ」

「何故だ? 何故、ベルテセーヌ王室の混乱に君が関係する」

「本当に分からないの? 私の伯母も、従伯母も、曾お祖父様の妹も、皆ベルテセーヌ王室に嫁いでいて、さらにその逆もあるのよ?」

「……」


 あぁ、駄目か。やはりそもそもの感覚が違っている。

 クロイツェン王室とザクセオン選帝侯家の関係は、血縁ではない別の関係によって築かれてきた。今となっては革新的な考えを重んじるクロイツェンらしいやり方であり、実際、直接的な血縁が薄いながら、アルトゥールとマクシミリアンの関係は理想的な王家と選帝侯家の協調関係だ。

 だがベルテセーヌとヴァレンティンはそうじゃない。この帝国でも最も保守的といっていいベルテセーヌは、昔からの古風なやり方……つまり婚姻によって、ヴァレンティン家の後ろ盾を得てきた。

 “聖女”というものが血縁で継承されている以上、それを(たっと)ぶのは仕方がないことだろう。

 聖女は、両親ともが王公家の濃い血筋である場合に生まれやすい。ベルテセーヌはそんな聖女を以てヴァレンティン家と教会派の支持を得てきたし、ヴァレンティン家がベルテセーヌ王室の血筋を貴ぶのも聖女の存在があるからだ。その感覚は、実際にその国に身を置いていなければ理解し得ない。

 ヴァレンティンとの血縁があるからこそ、ヴァレンティンはベルテセーヌの庇護者である。そしてヴァレンティンに庇護されているからこそ、ベルテセーヌは過去多くの皇帝を輩出してきた。それにそういう両家の深い縁戚関係が有ったからこそ、リディアーヌはかつて両親が亡くなった時、ヴァレンティン家に保護してもらえた。そうでなければ、とっくにベルテセーヌで死ぬか操り人形になっていただろう。


「ベルテセーヌ王室において、ヴァレンティン家の支持を得ている王子はそれだけで特別な意味を持つわ。トゥーリ、貴方はきっとヴァレンティン家にベルテセーヌを見限らせたくて色々と画策していたのでしょうけれど、でもそんなのは逆効果なのよ」


 ヴァレンティン家は、とっとと家も国も見限ってアルトゥールに嫁げる恥知らずのヴィオレットとは違うのだから。


「貴方が民衆を扇動してクロードを廃太子に追い詰めた。それについては、まぁいいわ。面倒を(こうむ)ったことに腹は立つけれど、貴方がヴィオレット嬢を妃にする以上、必要なことだったのだと納得するわ。いえ……納得はしないけれど。貴方にとって必要だったのだろうと理解はするわ」


 そしてそれが“他国同士”の駆け引きである以上、そこにリディアーヌが口を挟む権利はない。だからこそアルトゥールも、何故リディアーヌがこの件に激怒しているのかが分からないのだろう。それについては間違っていない。


「でもその結果ベルテセーヌはクロードの同母弟の擁立にも反対意見が出て、大人しかったはずの分家までしゃしゃり出始めて、その上ブランディーヌ夫人のあの態度……貴方も彼女とは話したはずよ。まさか何も思わなかったなんてことは無いでしょう?」


 リディアーヌの言葉には、アルトゥールではなくマクシミリアンが、「何しろ娘が、ベルテセーヌの王子の前で堂々国批判をしながら、涙を浮かべて拍手してみせるような人だからね」と嘲笑した。まったく、その通りである。それでいてヴィオレットはリディアーヌに、セザールと親しくした方がいいなんて言うんだから、思慮が浅いとしか言いようがない。


「ブランディーヌ夫人が煽るから、余計に混乱も膨らんで。結局、最も王位から遠く身を置いていたはずのセザールに白羽の矢が立ざるを得なくなった。でも彼はずっと野心から身を遠ざけてきたから、生まれは良くとも後ろ盾に乏しいのよ」

「だからリディ。君がセザール王子に嫁ぐと?」

「……彼とは、そういう関係ではないわ」


 ポツリとこぼした言葉に、あからさまにアルトゥールが安堵に肩を緩め、息を吐いた。そんな資格はなんてないというのに……ずるい。


「縁談の件は……個人的には驚いたけれど、でも国としてはちっとも驚くことではなかったわ。ただヴァレンティンには今、私と弟しか直系がいないから、私が外に出なくて済むよう……つまり、婚姻以外の方法でベルテセーヌを支えるつもりだった。だから、“アンジェリカ”を後見したの。なのにそれをぶち壊したのは貴方とヴィオレットよ」

「……アンジェリカ、か。だが、“偽物”なのだろう?」


 その言葉には、一瞬言葉を飲んだ。

 そしてすぐに、そうか、ヴィオレットだ、と気がついた。

 てっきり何も話していないかと思ったが、話すことは話しているのだ。そして何故なのか理由は知らないが、ヴィオレットはアンジェリカを“偽物”だと思っている。“知っている”わけではないはずだが……いや、ヴィオレットが何者か分からない以上、それもあり得なくはない。


「偽物って? 何が? 何の?」

「クロード王子に箔をつけ教会の支持を集めるために聖女を称させ、その上でヴィオレットを追放するための芝居だった。そうなんだろう?」

「もう一度言わないといけない? 私はリンテンで、この目で、彼女がベルテセーヌにおいて“聖女”と呼ばれるものであることを確認し、公証を行った当事者なの。つまりヴァレンティンは、聖女アンジェリカと、彼女を未来の王妃として選んだクロード王子を支持していたの。それを偽物というのであれば、トゥーリ……それはベルテセーヌだけでなく、“私”に対する侮辱だわ」

「……理解しかねる。賢明なるヴァレンティンが、何故そんな浮ついたものを公証するんだ? それはヴァレンティンが意思を定め得るほどに大事なことなのか?」


 だとしたら実にしょうもない、とでも言わんばかりの様子に、リディアーヌも口を噤んだ。

 そういうものなのだろうか? クロイツェンがいくら聖女信仰が希薄な国とはいえ、歴史の授業で初代聖女と呼ばれたベルベット・ブラウ妃の事績については習っているはずだ。そのブラウ妃と同じ称号を冠することを皇帝や教皇が認めているのだから、十分に大したことだと思うのだが。


「第一、ヴァレンティンに後ろ盾までしてもらいながら、ヴィオレットがクロイツェン皇室に入るという事実をだけでろくに自分の地位の確立にも対処もできなかった王子だろう? なのにそこまでしてヴァレンティンがベルテセーヌを支持する理由は何だ?」


 アルトゥールが多少苛立つように言った言葉には、そうなる理由が分からないではなかった。

 確かに、ヴァレンティンにとってベルテセーヌがただの王家の一つであったなら、到底それは支持するに値しないレベルだ。アルトゥールが、そんなものは見限ってさっさと自分に着くべきだと思うのは、決して傲慢でも慢心でもなく、事実だろう。

 現に、先の皇帝戦でベルテセーヌに同情的だったヘイツブルグもダグナブリクも、今回のアルトゥールの結婚に選帝侯から比較的近い立場の、そして聡明として知られる身内を送り込んできた。彼らが今後もベルテセーヌへ同情し続けるのか、それとも聞こえの高いアルトゥールに着くのか、見定めにかかってきた証拠だ。


「正直、言葉も無いわ。トゥーリの言う通り。今のベルテセーヌの王室では、あのセザールが一番まともなくらいだもの。貴方になんて遠く及ばないわ」

「だったら何故」

「でも知っているでしょう? 皇帝戦は、ただ聡明であればなれるというものではないわ」


 それは派閥と派閥。伝統と改革。ありとあらゆるものを引っ提げ、利害というものによって左右される戦いだ。


「少なくとも私達はこれまでクロイツェンに対して、ベルテセーヌに手を出すな、と警告するように振舞ってきたつもりよ。なのに二度も三度も、ことごとくこの苦労を踏みにじられて、それで私が、何度やってもどうしようもないからもう止めた、トゥーリに付こう、なんてなると思っているの? 貴方はどうして私達がベルテセーヌの現王室をそこまで庇護するのか、考えなかったの?」

「理由があると? だから、両家の関係を絶つ目論見など最初からできるはずがないと?」

「ええ。少なくとも当代の間は決してできないわ」

「何故そう断言できる。大公閣下は、ベルテセーヌ王室に身内を殺されているだろう?」


 その無神経な言葉には、ドンと机を叩きたくなる衝動を抑えるために、硬く手のひらを握りしめねばならなかった。

 分かっている……アルトゥールは知らないだけだ。自分がちゃんと話していないから、自分のせいで彼の無神経な言葉を聞く羽目になっている。自業自得だ。だがそれでも、そんな言葉を“身内を殺した皇帝の孫”に言われて、平静でいられるはずもない。


「リディ?」


 なのに自分の言葉が何か不味かったのだろうかと困惑したように名を呼ぶ友人が、憎らしいはずなのに憎み切れない。日頃冷たいくせに、彼がリディアーヌを友として気遣うことは、ただただ自然なことなのだ。

 その複雑な感情を飲み込むために、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐く。


 きっとアルトゥールにとってベルテセーヌの先王夫妻の死は、フォンクラーク前王の凶行とベルテセーヌ国内の王位争いに終始している。彼にとって、現大公がベルテセーヌの現国王を恨む方が自然なことなのだろう。それは決して、間違ってはいない。

 だが真実は決して、それだけではない。






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