社交パーティーのくまさん
ある~日、パーティーで、くまさん(注:男の人)に出会った♪
婚約者にほっとかれ~、くまさん(注:十八歳)に出会った~♪
今日は私、ルミリアのデビュタントですが、残念ながら一人ぼっち。
お父様は領地で発生した地震の対応に忙しく、お母様は風邪を引いたので不参加。
両親から私のことを頼まれていたはずの婚約者様も、会場に着くや否やボンキュッボンな他の女性のところに行ってしまいました。
無理もありません。
私は婚約者様よりも七つ下の十二歳。
おまけに、同年代の子よりも小柄ですからね。
キャラメルブラウンの髪とはちみつ色の瞳も、婚約者様の好みではない様子。
両親の前では非常~に上手く猫を被っていますが、私と二人きりの時は目も合わせてくれません。
思うところはありますが、貴族として政略結婚は当たり前。
婚約者様の言うとおり、私が黙っていれば丸く収まるのでしょう。
せっかくなのでなにか甘い物をと、テーブルに近づいたその時でした。
なにやら視線を感じ、振り向くと目の前にくまさんがいました。
...いえ、くまさんじゃなくて男の人ですね。
真っ赤な髪と瞳、右の頬には大きなひっかき傷があるコワモテのお顔に、倍くらいの身長の筋肉ムキムキの大男が、私を見下ろしています。
『ヒイッ』、『子供ガ襲ワレテイルゾ!』、『オイ、アレナントカシロ!』、『イヤ、無理ダッテ!』
「...」
騒がしい周りとは対照的に、男の人はずっとだんまりしています。
埒が明かないので、こちらから声をかけることにしました。
「お初にお目にかかります。私はセルゲイ侯爵の三女、ルミリアと申します。失礼ながら、貴方様はアイヴェーン家の方でしょうか?」
「...ああ、嫡男のエルフマンという」
「まあ!」
...当主のほうだと思ったのは内緒です。
たしか、私より六つ上の十八歳でしたよね。
北の辺境にあるアイヴェーン領には、狂暴な魔物が多いと聞きます。
当主らが日々、先頭に立って戦っているとも。
髪と瞳が真っ赤なのは魔物の血で染まったから、なんて不躾な噂もあります。
『野蛮ナバケモノニ、声ヲカケルナンテ...』、『アイツ、勇者ダ!?』
「...野蛮なのは、嫌か?」
「いえ、慣れていますから」
庭師のじいやはもともと傭兵だったとか。
今も筋肉ムキムキで、幼いころはよく肩に乗せてくれたものです。
「...そうか」
それだけ言うと、エルフマン様は近くのテーブルからあれこれ皿に盛り始めました。
「...食べるか?」
「ありがとうございます!」
皿の上にはデザートが所狭しと。
私では少し手が届かなかったので助かります。
まずは小さいケーキを一口。
これはいちご味ですね。
「おいしいです!」
「...よかった」
『ヒイッ』、『ナント恐ロシイ』、『アノ子ヲ食ベルツモリカ!?』
...失礼な方々ですね。
アイヴェーン家の方々が戦っているからこそ、この王都の平和は保たれているのではないですか。
「...飲み物は、水か? それとも、ジュースにするか?」
「では、水を」
どこぞの婚約者様に比べれば、エルフマン様のほうがよっぽど紳士的です。
「...ルミリア嬢は、一人か?」
「...いえ、婚約者も一緒なのですけどね」
「...」
あれ? エルフマン様がとても悲しそうな表情を...。
『ヒイッ』、『ナント凶悪ナ』
『オイ、アレオ前ノ婚約者ダロ? ドウスンダヨ?』
「ばか! 俺まであのバケモノに目をつけられる!」
「...」
「ちょっ、エルフマン様!?」
今度は憤怒の形相になったかと思うと、エルフマン様は私を抱きかかえて婚約者様のもとに向かいました。
「ヒイッ!?」
尻もちをついた婚約者様は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。
おまけにズボンが濡れていて、情けないったらありゃしないです。
「お前は彼女の婚約者だろう? こんなに愛くるしい令嬢がなぜ一人でいるんだ?」
エルフマン様、怒ると饒舌になるんですね。
あと、私が愛くるしいだなんて...。
「...く、く、く、来るな! こんなちんちくりん、欲しいならやるよ!」
婚約者様は捨て台詞を吐くと、這う這うの体で帰ってしまいました。
置いてけぼりになった私のために、エルフマン様が代わりに送ってくださることになりました。
「...すまない。俺が、でしゃばったばかりに...」
「いえ、少しすっきりしました。私はあの方の好みではないようで...」
「...俺は、可愛いと思う。...ふわふわな髪も、ぱっちりとした瞳も、美味しそうに、デザートを食べる姿も」
「...ありがとうございます」
結論から言うと、婚約は解消になりました。
両親曰く、無理をしてまで続ける必要はなかったとのことで、これまでのことを話したら泣かれました。
元婚約者様は勘当されたそうですが、両親を騙せるほどの演技力を生かし、とある劇団の花形になったそうです。
ただ、女性関連のゴシップネタが絶えないとか。
そして、私はエルフマン様...エルと婚約し、四年後に嫁ぎました。
多少は伸びたとはいえ小柄な私は、アイヴェーン家の好みにドハマりしているらしく、皆さんには可愛がられています。
私は魔物と戦えませんが、せめてもと治癒魔法の猛特訓をした甲斐あり、周りからは聖女なんて呼ばれるようになりました。
「エル、そろそろ下ろしてください!」
「ダメだ、ルミィ。危ない」
妊娠が発覚してからというもの、エルの過保護っぷりには少し困ってしまいます。
「もう、お医者様が言っていたでしょう? ある程度の運動は必要なんです!」
「うう...」
魔物と戦っている時は勇ましいのに、シュンとしょげているところは犬みたい。
そんな可愛い旦那様に愛されて、私は幸せです!