第3話 夜の聖者②
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「いや無理だよ。何言ってんだよ」
「……ああ、私は……童貞保持者のまま死んでゆくのか……死ぬ前に一度だけでもいいから壽賀子さんと、致したかったというのに、その夢も叶わずして……」
「だから死なないって言ってんだろう!そもそも脱童貞がしたいってんなら、相手は私でなくても、いくらでもいるだろうが!聖者様ならモッテモテ!相手選びたい放題!よりどりみどり!引く手あまたの入れ食い状態じゃねぇか!」
「私は壽賀子さんがいいんだよ!壽賀子さんじゃなきゃ嫌なんだよ!壽賀子さんとだから、致したいんだよ!」
し、真剣な表情だ……。
どうやら本気らしい。
「そうは言っても無理があるよ。私だって、聖者様の力になれるんなら、自分にできることならいくらだって協力したいし、なるべく優しくしてやりたいと思ってるよ。でもなぁ、この案件だけは無理なんだよ」
「この案件?」
そう、この案件。
だって私は、喪女だからだな。
「だって私、喪女だぞ?まったくの初心者なんだよ、経験がないんだよ。聖者様の求めてることはできそうにないね」
「えぇ?まだだったの?グエンとは……どこまで進んだの?」
「どこにも進んでねぇよ!」
「えっ、まだ何もしていないの?男女の肉体関係に、一切及んでいないっていうの?」
「していねぇし、一切及んでいねぇよ!」
「まさか、接吻すら、まだとか?」
「なんだよ!まだだよ!」
なんなんだよ、あんたは!
異世界遠距離恋愛なめんなよ!
一応、抱擁を交わすくらいはできたよ!
手を握るくらいは!
肩を抱かれるくらいのことは普通にできてたさ!
しかし接吻は……!
さすがにキスは無理だよ!
たとえ、この先順調に交際が続いたとしたって、あと何年かかるかなんて、到底わからんわ!
あああ、もう!
「想定外だったよ……まさか君が、まだ処女のままだったとはね」
なんだよ、しつこいな、うるせぇぞ!
喪女で悪いか!
「君はなぜ、そう頑なまでに純潔を貫こうとするんだい?貞操の喪失くらい、私たちの世界に来てからなら、相手も機会もいくらでもあったはずなのに」
「いいか、私はなぁ!もう人生何十年と喪女として生きて来てんだよ!いまさら喪女以外の生き方なんてできねぇよって話なんだよ!たとえ会うヤツ会うヤツ老若男女問わず、私のことを好きになってくれて溺愛されてモッテモテになったとしてもだ!はいそうですかと、急に性に積極的な阿婆擦れ女になれるわけがない!そんな器用にスタンス切り替えできるもんでもないんだよ!!」
あ、ああああ、一旦落ち着こう……。
私は深呼吸をして息を整える。
そうして、フローリングに座り込んで、そっと膝を抱えた。
「━━わかってくれた?たとえ私が、聖者様に同情して性交渉に同意してベッドをともにしたとしてもだ、私、何もできないんだよ。たとえやりたかったとしても、経験ないからできないんだよ。期待してるような快楽は得られないと思うよ」
「……いや、そんな。私への奉仕行為なんて、そんなことは期待していないよ……」
「えっ」
私、夜伽分野に関しては、何の技術も技能も一切身についてないんだが。
「私なんか、何もできないよ。何もせず、ただ一晩中ベッドに寝転がってるだけだぞ」
「それでいいよ、十分だよ」
「え、それでいいの?それで性交渉って成立する?それで面白いの?それで満足できるの?そんな相手で愉しめるもんなのか?」
「壽賀子さん、それ、書物で得た知識なんだろうけど……片方の性別にばかり都合のよいように編纂されたものだよね。きっと色々偏っていて誤解や問題もある、一方的でよくない情報だと思うよ……」
「なにおう!何をえらそうに!聖者様だって童貞で初心者だろうが!机上の空論でしかないんだろうがよ!本で得たり講座に通ったり動画で学んだり、人づてに聞いた、間接的な性知識でしかないんだろうが!私のほうがまちがってるとか、よく言えたもんだよな!」
大体、異世界人同士で、そもそもの常識やルールやマナー、性観念そのものがズレてるとかの問題だってあるだろう!
「壽賀子さん……私はね、君を愛したい、ただそれだけなんだよ。君は受け入れてくれればいい。難しいことなんて何もない。寝台で横になって、楽な姿でいてくれればいいんだよ。私の愛を感じているだけでいいんだ」
え、ええええ!
そ、そんな!
そんなこと言ったって……!
「君を悦ばせたい。愉しませたい。君の嬉しそうな表情が見られれば、私はそれでいいんだよ」
え、ええええ。
「君の甘い声が聴ければ、それでいいよ。私は、もう一生、その声を忘れないよ。毎晩思い出すよ。私は、その表情と声を胸にしまって北部地方へ旅立つよ。死ぬまでにあと何夜過ごせるかはわからないけども……夜毎、1人寝のたびに自分を慰めるために思い起こすからね」
な、何を言ってるんだ、こいつは……誰かわかりやすい俗語に翻訳してくれ。
「ねえ、こっちへ来てよ、壽賀子さん」
「おおおお断りだぁぁ!私は床で寝る!フローリングで寝れるから!おかまいなく!聖者様がベッド使っていいから!」
「わかったよ、そんなに嫌なら何もしないよ。何もしないから、こっちに入って。そんなところで寝たら体が冷えちゃうよ」
な、なにも、しない、だとぉ⁈
私は、ごくりと息を呑み、彼の動向を見守った。
シングルサイズのパイプベッドは、すでに手狭そうだった。
ベッド上に大の字に寝転び、仰向けになっていた聖者様。
薄めの掛け布団、タオルケット生地は、彼の胸あたりまでを覆っていた。
そこで私は見た。
見つけてしまった。
掛け布団の中央部分付近が、少々隆起しているのを、だ。
「………………っ!!」
驚愕と戦慄の感嘆符。
反射的に、思わず近寄った。
間近に視界に入れてしまった。
驚き慄いた。
こ、これは!
この位置は!
隆起!
まさか突起部⁈
掛け布団の布地に覆われていて、シルエットでしか判断できないが!
しょ、書物には書かれていた!たしかに!
こういうふうに盛り上がり隆起し、突起部となる器官だとは書かれていたが!こんなかんじなのか!
タオルケットの生地に覆われた、彼の下半身像。
掛け布団の布地を通して、イメージされていく、男性器、という未知なる存在!
せ、生殖器官!異性の!
そうか、これがそうだ、きっと!
これが、そうなのか⁈
我ながら、好奇心、探究心、知的欲求を拗らせていることは自覚している!
歪んだ知識欲!
私は、書物での知識を検証したい、調査したい、という欲望に勝てなかったのだった!
硬い、固い、堅い⁈と、書いてあった!
硬度がある、と!
裏付けを取りたい!
精査すべく、私は右手を振りかざした。
「いたっ」
ゴツンという打撃音。
私の手の甲が、硬い物体に当たった音だった。
掛け布団の上から、軽く小突いてみた。
「ひどいよ、壽賀子さん、何するの」
たしかに岩のように硬かった。
骨も入ってない部位なのに⁈
普段は軟体生物のようにふにゃふにゃしているとも書いていて、第一形態、第二形態と、その形状はめまぐるしくトランスフォームしていくという!
なぜ硬い?
なぜ!
なぜだ⁈
血が集まるから硬くなる、とか書いてあったが、なんで血が集まると硬いんだよ?
わああああ理科が苦手ぇ!
生物は赤点!
理系が無理ぃぃぃ!
「く、くそぉ!こうなったら!」
軽く眩暈を起こしているようだ。
脳内は、ちょっとしたパニックというか、うん、おかしい。今、私は明らかに挙動がおかしい、ということは自覚があったが、不思議なことに止められなかった。
私は、思い余って、とうとう掛け布団をめくる暴挙に出ることになってしまった。
バサァッ!
という、豪快に布地が舞いひるがえる音。
掛け布団は、取り払われた。
そうして、彼の下半身はあらわになり、隆起していた物体は、私の眼前にそびえることになったのだ。
視界に、目の前いっぱいに広がる、驚愕の部位。
「…………ひ、ひざ……!」
膝だった。
聖者様は、左脚を折り曲げていたのだった。
硬かったのは当然だ。
骨だった。
膝頭だった。
膝の皿、膝蓋骨だった。
「ひ、ひざぁぁぁぁ!ひざじゃねぇか!ばかやろぉおぉぉ!」
「壽賀子さん、あの……さっきからどうしたの?」
「わぁぁぁぁぁ!私の緊張を返せぇ!ふざけるなぁ!」
正体が判明し、詐欺にあったような気になる私。
なんだか無性に腹が立つと同時に、しばらくすると深い安堵もあった。
冷静さといつもの自分らしさを取り戻した私は、ほっとして、胸を撫で下ろす。
安心したと思ったら、急に体の冷えを思い出したかのように寒さを感じ、ぶるっと震えが来た。
就寝準備を終えた薄物の寝巻き姿で、ずっとフローリングの床に座っていたから、さすがに冷えたんだな。
「あー、もう!なんだよ!もういいよ!寒いんだよ!寝るよ!ほら!そっちもっと詰めて!枕は平等に半分ずつだぞ!境界線越えるなよ!わかったな!はいじゃあおやすみ!」
強引にぐいぐいと、聖者様を壁側に押して、私はあたたかいベッドに潜り込んだ。
こうして。
私たち二人は、狭いシングルサイズのベッド上に、なんとか横に並んで寝ることになったのだった。
同衾……。
二人以上が一つの寝具で寝ること。
共寝。同衾共枕。同じ布団、枕で寝ること。
男女が同じ夜具で仲睦まじく寝ること。
恋人や夫婦間で、同じ布団を使って寝る行為。
ベッドイン。
恋人同士や、夫婦の間柄でしかしないようなことを、してしまった。
結果的に、私は、聖者様と同衾をしてしまったのだった。
「………………壽賀子さん」
触れては来ない。
彼は、何もしないという約束を守った。
ただ一言、優しく私に投げかけた。
「おやすみ壽賀子さん、いい夢を……」
そうして、夜は更けていった。
背中越しに彼の温もりを感じながら、意外にも、私はぐっすりと眠ることができた。
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翌朝。
次に私が目を覚ました時、聖者様の姿は、なかった。
私のワンルームには、もう聖者様はいない。
「帰っちゃったのか……」
私は、独り言を口に出した。
自分が発したそのセリフが、思いのほか、寂しく聴こえる。そこで自らの心情に気づいた。
そうか、私は、寂しく感じているのか、今。
六畳一間のワンルーム。
そこに一人、ぽつんと佇む、起床後の自分。
もう。
挨拶くらいしていけよな。
昨夜のあれが、私たちの最後の会話かよ……。
いや、ちがう、別れの言葉じゃない。
きっとまた会える。
生きて帰ってくる。
また遊びに来てくれるよな、きっと。今度はみんなで。大勢で。全員は入りきらないかもしれないけどさ、交代制で招待したりとかしてさ……。
うん、その時に向けて、少しは客の居心地がよくなるような部屋作りも考えてみるかな。
私は、前向きに検討することにし、室内をきょろきょろと見渡し始める。
えーと、全体的に明るくなるように、賃貸物件でもOKの壁紙や、張り替えDIY用品とか、ホームセンターに見に行ってみようかなぁ。
……なんて考えていた、その時だった。
「━━ん?」
私は、室内の異変に気づいた。
部屋干ししていた私の洗濯物である。
洗濯ハンガーの一角に、空間が生じている。
「せ、聖者様め……!」
洗濯物が、減っていた。
ブラトップが、一枚なくなっていた。
「せ、聖者様!ま、まさか本当に……!私の肌着……ブラトップ……!」
異世界に帰っていってしまった聖者様。
今頃、懐に私のブラトップを忍ばせ、戦地へ赴くシリアスな心情を吐露したりしているのだろうか……。
ふざけるなぁぁぁ!!
下着ドロボー……じゃない、肌着ドロボー!!
肌着ドロとかいう、なんというグレーゾーン感!
下着ドロボーよりかは、まだマシに思えてくるという、犯罪の重みや緊迫感が薄らぎ和らいでしまうという、わけのわからん印象マジック!しかし却って、生々しさや変態さ加減が増しているのも事実という皮肉!!
返せよ!私のブラトップ!
絶対!生きて帰って来いよ!わかったな!聖者様!!
━━━━━━━【ワンルーム聖者】終わり
⭐︎シリーズはまだ続きます!次作品は、【喪女虜囚のすてきな冒険】です!




