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「ワンルーム聖者」 〜【喪女囚のすてきな冒険 後日譚】〜  作者: しょうりショウゲン
第3話━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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第3話  夜の聖者①


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「だけど……まさか、こんな事情で実現するなんてな……少し、複雑だよな。会えたことを、もっと喜びたかったんだけど、ごめん、今、俺、余裕なくて……正直、北部行きのことで頭がいっぱいで……」

「グエン……」

「俺は、生きて帰って来れないかもしれない。フューリィ様のことは、なんとしてでも、俺の命に替えても守ってみせるよ。盾になってみせる。使命はまっとうするよ。それは約束する。でも……」

 俯いたまま、言葉を紡ぐグエン。

 

「おまえのことは、幸せにはできないかもしれない……死んだら、おまえのそばには行けない……」


 彼らしい。

 彼の考えていそうなことだった。

 別にそれでいい。

 そんなかんじだからこそ、私は、彼を好きになったんだもの。


「もー、しょーがないな」

 私は、肩にかけていた布片を引っ張って、彼に差し出した。


「これは、貸しておいてやるよ」

 女装姿のグエン。そのウィッグの上から、クルクルとストールを巻いてやった。

 UVカット仕様の、通勤時によく愛用している、ヘビロテ使用頻度高め、私のストール。

「壽賀子……」

「似合うよ、綺麗だよ」

 うん。これでぐっと、女性らしい印象になった。

 変装の完成度も上がったぞ。


「北部から帰ってきたら、必ず私に返せよ?待ってるから」

「壽賀子……」

「大丈夫だよ、みんな無事に帰れるから。私、このストール戻ってくるの、ずっと待つからな?約束だぞ?それからさ」

「…………」

「ええ、おいおい!」

「……うん、うん、借りとくよ……」


 私が色々言い終わる前に、グエンは泣き出した。

 大粒の涙が、ぼたぼたとこぼれた。

「ああ、そんなに泣くと、アイライナーが滲むぞ!」

「……必ず返すよ……ありがとう」

「ははは、せっかくのメイクが台無しだよ、化粧直ししないと」


 私は、手持ちのウェットティッシュや、卓上のペーパーナフキンを手に取り、彼の顔に触れた。

 目や頬、唇に。

 彼の肌。体温は、相変わらず高くて、生命力を感じてしまう。

 ああ、懐かしい。

 思い出すのは、彼の、高めの平熱。

 手を握ったりしたこと、彼の頰に触れたこと。抱きしめられたり、抱きついたり、彼と交わした抱擁の数々。

 それらを思い出す。

 

 まったく……。

 もう、グエン……しょーがねぇなぁ、もう。

 まあ、大丈夫だよ……私、待ってるからさ。

 うん、絶対、また会えるから。

 私、幸せにしてもらうからさ。


「あっ!やば!!」

 ミュリュイちゃんの慌てた声が轟いた。

 ミュリュイちゃんは、おかわり用のホットメニューを片手に、席に戻ってきたところだった。

 別働隊で待機していたらしき組からの、合図があったのだと言う。

「聖者様が、今、店から出てきたって!やばい!撤収!ちょっとグエンさん!早く!早く隠れなきゃ!!」

 慌ただしくバタバタと撤収作業に入る、ミュリュイちゃんwith私服警護兵たち。

 このような事態にもかかわらず、テーブルの上を片付けて行こうとするミュリュイちゃんたちだった。

 ゴミの分別処理まできっちり細かく行ってから退店しようとする、行き届いた倫理観念と社会性。

 こちらの世界で活動するにあたって、現地での常識や行儀を徹底的に頭に入れて学習したんであろう兵団員たちの研鑽、勤勉っぷりと、その民度よ……。

 氷の飲み残し処理に、プラ、紙類、トレイや食器類の置き場所ルールまで把握して、定位置ぴったりに返却する念の入れよう。

 

「あー、いいよいいよ、ゴミくらい。私、片付けとくからさー」

「わぁん、ごめん壽賀子ちゃん!」

 聖者様に姿を見られてはいけないんだものなぁ。

 コッソリ警護というのは大変だ……。

「じゃあね壽賀子ちゃん!あたしたちはこれで!壽賀子ちゃんちの近所にも拠点作って、みんなで潜んでるから!警護のほうは心配しないでね!」

 立ち去りながら、そんなふうに言い残していくミュリュイちゃんとグエン。

 そしてみんなは、大慌てで逃げ隠れたり退避して行った。


 私が見送っていると、グエンの大きな背中が一旦止まった。振り向いて、小さく手を振ってくれたのだった。

 私も反射的に、手を振り返した。

 目線が合って、笑顔を交わす。

 こんな些細なコンタクトが、私には、とても嬉しかった。

 こちらの世界で叶った、彼とのささやかな交流。


 こんな小さな出来事でも、深く胸に刻み込まれ、きっとこの先何年経っても思い出すのだろう。

 うん、きっと、忘れない。


 

━━━━━━━━━━━━━━━━



「はぁ〜やれやれ、ただいま〜っと。やっと家に着いた〜おうちが一番〜」

 自宅玄関で靴を脱ぐなり、私は開口一番、つい、いつもの口癖を出してしまう。

 インドア派の本音は、やっぱりこれなのだ。


「そうだね、街も楽しかったけど、壽賀子さんの香りでいっぱいの、この素敵な独房……いや、お部屋がやっぱり最高だよね」

「いいよ!もう独房で!!」

 私たちは、ようやく家に帰り着いた。

 足ツボマッサージを終えて機嫌良く帰ってきた聖者様と無事合流を果たした後は、ショッピングモールの閉館時間ギリギリまで店内をウロウロして、混み合った電車で揉まれまくり、そうしてやっとのことで帰路についたのだ。


 さすがに疲れたぜ……。

 慣れないことはするもんじゃねぇな。

 弱ってる聖者様を元気づけるためとはいえ。普段しないような行動を無理して頑張ってしまった。

 どうだ、見たか。郊外のショッピングモールで飯食っただけとはいえ、インドア派で人混み嫌いの隠キャラな私にしては、リア充寄りなアフターファイブの過ごし方だったろう。

 

「なあ聖者様、ちょっとは元気出たか?」

「うん、街を一緒に歩く私たち、まるで恋人みたいだった。すてきな思い出ができたよ、ありがとう」

 聖者様は満足気に答えてくれた。

「ああ、そうだ、それでね壽賀子さん」

 そして、思い出という言葉を口に出したことがきっかけになったのか、昼間の話を蒸し返し始めるのだった。


「それでね、昼間に言ってたあれ。何か記念に壽賀子さんの持ち物をくれないかっていう、あのこと、覚えてる?」

 あー、なんか言ってたね、そういえば。

 あ。

 グエンにはストール渡したんだった、そういや。


「えーと」

 うーん、何か、渡せるもの、他にないかなぁ。

 なんかあったかなぁ?

 ハンカチとかキーホルダーとか、そういう小物系が適してるよなぁ。


「だからね、あれでいいんだよ。あの干してある衣類」


 彼が指差したのは、洗濯物干しだった。

 ラウンド状のステンレス製、ピンチハンガー。

 洗濯物を干す際に使う、四角の枠に洗濯ばさみがジャラジャラついているやつ。

 そこに吊るされた下着類が、大変に見苦しかった。

 ああ、夕方に取り込んで、とりあえずカーテンレールのとこに引っ掛けたままにしてたんだったな……。


「だから!ブラジャーとかパンツはダメだって言ってんだろ!そんなもん(ふところ)に忍ばせてたら、さすがに向こうの世界でも、職務質問受けて所持品検査された時に恥かくだろうが!」

「じゃあ、あれは?」

「あれ?」


 ブラジャーとパンツに挟まれた隙間には、ひらひらと吊るされた一枚の衣類があった。

 あれを指し示しているようだ。


「あー、あれは、ブラトップ」

「生地が軽やかで、輝くように白くて艶々していて、綺麗だなぁ」

「素材はポリウレタンとかナイロン、レーヨンだよ。安価な化学繊維でできた量産品だ。聖者様の世界でよく見かけた綿織物とか絹とかのほうが、よっぽど手間暇かかってて出来も着心地もよくて高価なんだぞ」


 私のブラトップ。

 キャミソールの胸部分に、簡素なブラカップが内蔵されているやつ。

 ブラとインナー肌着がフュージョン……融合し、一体化されたラクラク!ズボラ下着である。

 締め付けがゆるいので、これ一枚では胸元が心許ないため通勤時などには使えないが、普段使いや部屋着として絶賛リピート買い中の愛用品であった。


「あれが欲しいな。ねえ、いいよね。折り畳んでいればただの布地にしか見えないし。下着とは思われないですむよ」

「いいかげんにしろよ、私の肌着だよ!自分の下着だのインナーだのをプレゼントに贈るやつがいるかよ!」


「壽賀子さんのいい匂いが染みついている品。私にとっては、それがすてきな贈り物なんだよ。ああ、あれがあれば、私はなんでもできそうな気がしてきたよ。戦場の過酷な環境でもあの裾を握りしめるだけで、無限に勇気が湧いて恐怖に打ち勝てるんだろうなぁ。目を疑うような悲惨で残虐な光景を見ても足がすくむことなく、使命を全うできるんだろうなぁ。ああ、きらきらとしていて眩しい白さだ。なんだか希望の光が見えてきた気がするよ。うん、私、あれを貰えれば、元気になれると思うんだ。北部地方でも怖れずに行進していける気がする。ねえ、いいだろう壽賀子さん、君のあの白い肌着を私に授けてくれないかい?」


 な、何を言っているんだ、こいつは……。


「却下却下ぁ!ブラトップはあきらめろ!何か別の贈り物を考えておくから!」

「えー」

「さぁ寝るぞ!もう夜も遅い!話は明日聞くよ!明日、朝早く起きて、どこか出掛けよう!どこか私と一緒に行きたいって言ってたろう!ほら、そこ行くからさ!」

「…………」

「さあ、とりあえず今日はもう寝ようぜ!」

 

 ユニットバスを交代で使い、メイクを落としたりシャワーを浴びたり着替えたり、バタバタとした時間が過ぎていく。

 畳みかけるように、勢いよく就寝準備を始める私。

 だったが。だが。

 だが、その勢いがピタリと止まる事態が発生する。 

「なん、だと……⁈」


 寝具が、一組しかない。

 ベッドも一つ。枕も一つ。

 お客様用マットレス付き敷き掛け高級羽毛布団セットなんてものが、うちにあるはずもなく。

 客人が泊まりに来ることなど、およそ想定されていない趣きの我が住まいなのですもの……。

 

 うーん、困った。


「一緒に寝ようよ」

 聖者様が、事態を察して、そんな声を掛けてくる。

 彼は、さっそく我先にとベッドに入り込み、ちゃっかりベッド上を陣取った。

 腹から下にかけて、タオルケット生地の掛け布団をふんわりと載せる。


 それから仰向けに寝て、天井を眺め始めた。

 我が物顔で、よそんちの寝床を占領した挙げ句、恩着せがましく、こう、のたまう。


「おいで」

 掛け布団の端っこを持ち上げ、誘ってくる。

「来て、壽賀子さん」


 その一連の言動に対して私は……。


「いや、行かねぇよ!!」

 当然ながら、全力拒否をした。


 同衾はまずいだろう!

 これまでの旅で、やむなく何度か、一つ屋根の下で夜を過ごすことは、あったけども!!一線は超えなかったろうが!


「壽賀子さん、お願いだよ、一夜の思い出を私にくれないかい?」

「一夜の思い出ってなんだよ。何言ってんだよ。だから、死ぬの前提で話すのやめろよ」

「君との繋がりが欲しいんだよ。君と、つがいになりたいんだ、今夜だけでもいいから……私に夢を見させてよ」

 

 繋がり、って。

 つがい、って。

 夢、って。


 せ、性行為をさせてくれ、って、言ってるのか、こいつは⁈

 おいおいおいおいおいおい。

 何を馬鹿なこと言ってるんだ。


 つづく!  ━━━━━━━━━━


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