第2話 午後の聖者③
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「もー!グエンさん変装のクォリティ低すぎ!即効でバレちゃってるじゃないですか!私服警備兵の意味がないでしょう!」
ミュリュイちゃんの声が響いた!
う、うわあ!やっぱり!
「グエン⁈ミュリュイちゃん⁈」
「壽賀子ちゃぁん!久しぶりぃ!」
勢いよくこちらへ向かってきてくれる、私に抱きついてきてくれる、こんな私を必要以上に慕ってくれる、相変わらずのミュリュイちゃん!
「やっぱりミュリュイちゃん!どうして⁈」
「えへへ、あたしね、無事刑期終えて出所して、今は警護兵団の見習いやってるんだぁ」
わあ!
そうだったのか!
ああ、ミュリュイちゃん、すごく活き活きしてる。
以前は、明るく振る舞って見えても、どこか影があったり儚さも見受けられる繊細そうな子だったんだよな。
それが今では、ポジティブな方向性でハツラツとしている。天真爛漫な笑顔を見せるその様は、輝くようだった。
ミュリュイちゃんの後ろには、どうやら変装に失敗してしまったらしき女装中のグエンが、遠慮がちに佇んでいた。
僧兵のグエンは、警護兵団のみんなとは仕事仲間だ。
現在、ミュリュイちゃんとグエンは、2人1組体制での任務をともにこなす、バディ、相棒といった関係性なのだろう。
よかった……!ミュリュイちゃん!
仕事も合っているようだし、職場の同僚にもあたたかく見守られて、充実した社会人生活を送っているようだった。
ああ、よかった。
よかった、幸せそうで。
ミュリュイちゃん、よかったなぁ。
私は、目頭を熱くさせて、うんうんと大きく頷いた。
涙がこぼれ落ちそうになるのを必死に堪えながら、まるで祖母が孫娘でも見守るかのような目線でもって、彼女の再出発を心の底から喜んでいた。
「現在の任務はねぇ、異世界にお忍び旅行中の聖者様を、こっそり私服警備することなの〜」
「俺たちは、こっそりのつもりだったけど……フューリィ様、実はもう気付いてるんじゃないかな……」
グエンが、ぽつりと呟いた。
ミュリュイちゃんの後ろに佇んだまま、静かに会話に加わった。
あー、そうかぁ。
そうだった……。
聖者様が実はもう気付いてるにしても、ないにしても、護衛をする僧兵と警護兵団は、聖者様と一心同体。聖者様が行くところには、必ず同行しなきゃならない役目なんだった……。
聖者様が異世界に来たんなら、彼らもこうして異世界へ来ることになるし。
北部地方、危険な場所へ向かうことになったとしたら……死地へ赴けと言われたら……聖者様だけじゃない。
彼らだって、行かなきゃならないんだった。
「そうか、話、聞いたよ。北部地方への遠征のこと。グエンやミュリュイちゃん、警護兵団もついていくわけか……」
そうか。
そうだよなぁ……。
聖者様に同行するんだよな、二人も。
危険な北部地方に、一緒に行くんだ、この二人も、兵団のみんなも。
死を覚悟しなきゃならないのは、聖者様だけではなかった。
お供の者たちも、だった。
「俺は、全力でお守りするつもりだよ……大丈夫だ。兵団のみんなも精鋭揃いだし、ミュリュイちゃんさんも仲間に加わって、さらに戦力も増強したものな」
「あたしは北部地方なんて、全然まったく怖くないですけどね〜」
ミュリュイちゃんは、明るい返答をし、頼もしく受け流してくれたが、グエンのほうは表情が固いままだった。
張り詰めた緊張と余裕のなさが、見て取れた。
異世界での道中でも何度かあった、彼の頑なまでの職業意識から来る、このピリピリした苦々しい緊張感。
こんな事態にも、懐かしさを感じるのは、不謹慎だろうか。
快活に笑むミュリュイちゃんの美少女フェイスっぷりといい、真摯に僧兵の仕事に向き合おうとする職業意識の塊グエンといい。
一気に思い出が溢れる。
私の胸には、懐かしさと、爽やかな感情が蘇っていた。
「あ!あれ美味しそう!あれ飲みたい!」
ミュリュイちゃんが、壁に貼ってあるポスターを指さす。
ポップで色鮮やかな、可愛らしいドリンクの写真。
期間限定フラッペのことかな?
盛り盛り追加ホイップクリームに、ベリーのソースがカラフルに円を描くような彩りを見せ、砕いたナッツのトッピングが、香ばしそうだ。
「ねえ、おそろいのもの注文しようよ!あたし壽賀子ちゃんとカフェでお茶したーい!いいよね?聖者様が帰ってくるまで、ちょっとだけ!」
私たちがいるのは、コーヒーショップ前の立て看板周りだった。
「あ、活動費はこのカードに支給されてるんで、経費で落ちるんだぁ〜」
ミュリュイちゃんは、さっそく屋外のテラス席を3人分確保すると、嵐のような素早さと行動力で注文カウンターの列に並びに行ってしまった。
グエンは、止めに入りたそうだったが、彼女の勢いに押されたまま、テラス席に座らせられるに至る。
ほどなくして3人分のドリンクをトレイに載せて帰ってきたミュリュイちゃんと、私、そしてグエン、こんな3人でのカフェでのお茶タイムが始まったのだった。
「ねえ聞いてよ、壽賀子ちゃん!あたしね、なんだか好きな人に冷たくされてるのかもしれないの!団長さんったらひどいの!そっけないったらないの!もしかしたら避けられてるのかなぁ⁈」
お、おう。
ああ、恋バナ……。
ミュリュイちゃんの好きな人、って、警護兵団の団長さんのことか。
いやあ、そんなん相談されても、恋愛の話なんか、私わかんないよ……。
気持ちわかってあげて安心させてあげられそうな共感力とか、ないんだよなぁ。
役に立ちそうなアドバイスとかも、してあげたいのは山々なんだが、私じゃ無理だよ。
だって私、喪女だし。
こうして私が、オロオロした返答や対応ばかりを見せていると、
「大丈夫だよ、ミュリュイちゃんさん、団長はさ、歳の差を気にして積極的な交流を控えているだけなんだと思うよ」
グエンが、口を挟んできてくれた。
おお!助かった!
「けっして嫌がってるとか迷惑がってるってわけではないと、俺は思うな。脈がないってわけじゃないよ。はたから見れば、多少の年齢差っていっても、そこまで違和感のある組み合わせでもないし、気にしなくてもいいと俺は思うんだけどね」
お、おお、恋バナが継続した!
なんと見事なコミュニュケーション能力!流暢な恋バナ会話!恋愛話交流が成立しとる!
すげぇグエン!
ミュリュイちゃんについていけるくらいの恋愛達者レベルだ!
「あとさ、一緒にどこかへ出掛けようって誘うのはいいんだけど……団長からしてみると、職場の上官と部下っていう立場もあるし、あんまりみんなの前でぐいぐい迫られても、他の部下の手前、いい返事はしにくいんだと思うな。じっくり様子を伺って、一人になる隙を狙うといいと思うよ。それから、出掛ける先の提案にしてもさ、若い女の子の集う可愛い雑貨屋さんっていうのは……ちょっとね……団長みたいな硬派な男性にとっては居心地悪くて行きづらいよ、やっぱり。だからさ、たとえば、丘の見える高台の公園とか、緑豊かな遊歩道とか、まずはそういう無難なところから始めて、そこでゆっくり会話を交わしてから、団長の好みそうな場所を探っていけばいいんじゃないかなぁ。あ、あとさぁ……」
「ちょっとグエンさん黙っててー!!」
ひ、ひい。
ミュリュイちゃん、グエンに怒鳴る。
「間に割って入って来ないでー!あたしは壽賀子ちゃんとおしゃべりしたいの!恋のお話したいの!!」
「う、うん、ごめん……俺、黙ってる……」
「それでね、壽賀子ちゃん!聞いてる⁈」
い、いやいやいや!
恋バナとか恋愛の話なんて、私じゃ、スマートな話し相手になれないよ!
グエンのほうが、よっぽど的確な交流しとったがな!
「それでね〜!聞いてよ!壽賀子ちゃん!」
「……う、うん、俺は黙ってるよ」
「ウ、ウン」
ミュリュイちゃんはそうして一頻り、恋愛対象先への思いの丈や恋愛論を捲し立てるように限界まで語り尽くしきった後、ようやくひと心地ついたのか、満足気に目の前のスィーツドリンクを飲み干した。
「あー美味しかった!おかわりしよっと!次はあれ!あったかいやつ飲みたい!」
はしゃぐミュリュイちゃん。
店内用マグカップに注がれるらしき、ホットの限定の美味そうなやつを頼みに行くと言う。
ルンルンしながら席を立ち、足早に、注文カウンターの行列に再度並びに行ってしまう。
「………………」
「…………元気そうで、よかった」
取り残された、私たち。
二人きり。
ウッドデッキに置かれた、屋外ガーデン仕様のテーブルを挟んで、向かい合った私と、グエン。
「ミュリュイちゃんも、もちろん、グエンも……またこうして会えて、嬉しいよ」
「……うん、久しぶりだな」
ゆっくりとした、ぎこちない会話が続いた。
二人きり。
私たち。私とグエン。
遠距離恋愛、で、いいのかな。
異世界遠距離恋愛……。
遠すぎ。距離ありすぎ。乗り越える障害大きすぎ。
「ごめんな、俺、今、暗くて……しかも、こんなおかしな格好までしてて……」
グエンは、完成度の低い変装をした自らの姿を恥じているようだ。
私に正面から覗かせないように、濃い化粧を施した顔面は、背けたままだった。
「……俺、おまえに会いたくて、なんとかしておまえの世界に行く方法を、ずっと探してたよ」
あれから。
向こうの世界に渡れる日を夢見て、私も、自分なりにできることを地道にやっていた。
まず、異世界に自由に行き来できる日が来たとして、海外旅行以上に、莫大な渡航費がかかるだろうからなぁ。
旅行にせよ留学にせよワーキングホリデーにせよ。
異世界に行くには、ある程度の資金が必要だ。
貯金に励むべく、以前にもまして、地道にコツコツ働いていた私だった。
つづく! ━━━━━━━━━━




