第2話 午後の聖者②
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聖者様は、ジュドーと一緒にうちに来たと言っていたが、まだ夜明け前のことだったらしく。その時点では人目につくこともまずないだろうから、セーフだったんだろうけども。
今は、就業就学を終えた、帰宅中の人々の群れができて人混みが発生しているし、注目されることは必須。警戒はしておいたほうがいい。
━━となると、女装しかない。
女性の服を着て、女性っぽく振る舞うしかない。
さっそく私の手持ちの服を総動員して、駆使してみた。
首元を隠して、体の線が出にくい大きめゆったりサイズなら、男とバレにくいだろう。
オーバーサイズのパーカーや、大判サイズのストール、ウエスト部がゴムになったロングスカートなんかを聖者様に着せてみたのだ。
すると彼は、女ものの服を違和感なく着こなせていた。
ああ、そういや。
いつも着てた民族衣装みたいな聖者服も、ワンピースというかロングスカートっぽい、ズルズルした長ったらしいボトムスだったしなぁ。
外へ出て人混みに紛れてみると、案の定、男だという事実はバレはせず、女装は完璧に成功していた。
まあ、聖者様は、男女の枠にとらわれないレベルの中世的な美形の人だし……。物腰も上品でお行儀もいいし、そこらの女、ていうか荒っぽくてガサツな私なんかよりも、よっぽどお淑やかで、女性だらけの街に溶け込めるのかもしらんなぁ。
あと、最近はすごく自由で、性別にこだわらず、男っぽい格好した人も男っぽく振る舞う人も、たくさん見かけるようになってきたしなぁ。
はあ、よかった。
ひとまず、これで安心して出歩けるな!聖者様!
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こうして無事に、ショッピングモールのレストラン街まで辿り着いた私たちだった。
明るく華やかな街並みを模した、レストランストリート。
小洒落た外壁や、石畳。
街路樹にささやかに巻かれた、色とりどりのイルミネーションの数々。
仕事を終えた身に染みる。
自由で開放的、爽やかな雰囲気が演出されているなあ。
初夏の空気がなんとも心地いいぜ。
「何食べようか?パスタがいい?」
「パスタ?」
「麺類だよ、小麦粉……小麦、穀物を粉にしてから、細長く、糸みたいに形成しててさ」
「穀粉か、それなら大丈夫」
あ、聖者様は宗教家だった。
正直めんどくせぇ食事制限や意識高い系ルールを守る人々。ダイエッターやら筋トレ民やらよりも、さらに、より本格的な。
厳しい戒律とも正攻法で共存しようとする、ガチ勢な菜食主義者だったな……。ベジタリアン、あ、ヴィーガンていうのか。
肉食っちゃダメな掟があるんだった。
ボロネーゼも、チキンまぶした前菜も、だめか。
あ、魚も?え、魚介もだっけ?そうか、ツナも貝も魚卵もダメか。ツナのアラビアータも、ボンゴレビアンコも、明太子パスタも駄目なんか。
え、卵もダメ?カルボナーラも食えないのか。
そ、それは辛いな。あんなに美味いものを。
「ジェノベーゼはどうかな。これなら、ハーブ……香草とオリーブオイルまぶしてるだけだから大丈夫だろ」
「ふふふ」
「ん?何?」
外へ出たことが幸いしたのか、聖者様は、すっかり元気を取り戻していた。
「壽賀子さんと一緒にこうして過ごせて、すごく愉しいよ。私、今、幸せだよ」
ショッピングモールへ来てからというもの、終始、にこにことした幸福そうな笑みを絶やさない。
そうして聖者様は、こちらの世界での料理に舌鼓を打ち、機嫌よく腹ごしらえを済ませたのだった。
店を出て、ウィンドウショッピングがてら、モール内の散策をする私たち。
吹き抜けになった広めのフロア。
両サイドの店を眺めながら、ともに歩いていると、聖者様が、こんなことを言い出した。
「今の私たちって、恋人みたいだよね」
「ええ?」
「恋人同士の時間を、過ごしているみたいだ。こちらの世界の用語では、デートって言うんだったっけ、こういうの」
こ、恋人同士?
デート、みたい、だとぉ?
「壽賀子さんと一緒にこんな時間が過ごせて、私、とても嬉しいよ。夢のような時間だよ。私、この時を一生忘れないよ。死んでも悔いはないと思える。この思い出を胸に最後の瞬間まで、命燃え尽きるまで。壽賀子さんに恥じない自分であり続けたい。誇り高く志を貫くと誓うよ」
う、またなんか、不穏なこと言い始めたぞ。
思い出、思い出って、いちいち噛み締めなくてもいいっての!
死なないから!
ちゃんと老衰まで生きれるから!
天寿全うできるから!
残りの人生長いんだから!
このくらいの経験、この先また、いっくらでも何度でもできるから!
……そんなかんじのことを、どう語れば彼の心に響くのか、どういうふうに伝えようか、と私が思案している時のことだった。
吹き抜けになった広めのフロアを、両サイドの店を眺めながら、ともに歩いていた私たち。
聖者様が、ふいに二度見をした。
何か、興味のあるものが目に留まったらしい。
「ねえ壽賀子さん!あれ!あれは何?」
指差したものは、ある店の看板だった。
それは、足裏を、両手で揉まれている写真だった。
「フットケア⭐︎足ツボ足裏角質ケアコース30分から!足疲れスッキリ!末端冷え改善!むくみ解消!ガチガチかかとがツルツル&ふわふわに⭐︎……って、書いてあるよ」
「わああ……」
「フットマッサージの店だね」
「洗足の儀だ……!」
せ、せんそくの儀ぃ?
あ、あー、あったね、そんな儀式。
洗足の儀。
足洗うやつなぁ。
「こちらの世界にもあったんだね!洗足の儀!異世界の儀、見てみたい!一体どんな作法なんだろうか!」
「30分コースか、いいよ、行って来なよ。じゃあ私は、向かいのカフェでお茶して待ってるから」
「うん!行ってきます!待っててね!」
うきうきして入店していく聖者様の背中を見送る。
しばしの別行動が始まった。
私は一人、カフェの店前に置いてある大きなメニュー立て板に目をやる。
うーん、何を飲もうかなぁ。
けっこう冷えてきたし、あったかいホットのがいいかなぁ。
こっちの、ホイップが盛り盛りになった、ヘーゼルナッツtoクリーミィショコララテにしようかなぁ。
そんなふうに迷ったのち、ようやく注文するものを決めて、ふと顔を上げてみると。
すると、視界の端に、ある二人組の姿があったのだった。
二人組のうちの一人は、ものすごく可愛らしいクラシックなドレスを着込んだ女の子だった。裾の広がったパニエを下に履くことでボリュームを出したフレアスカートをひらひら翻す。
ツインテールで、頭には大きなリボンを乗せていて、ニコニコ微笑んで、こちらを見ていた。
いわゆるゴシックなロリータというファッションに身を包んでいる。
わー、お人形さんみたい。
すごい美少女だなぁ。
ミュリュイちゃんを思い出すなぁ。
ちょっとミュリュイちゃんに似てるかも。
一方。
ミュリュイちゃん似の美少女の隣に佇む、二人組のうちのもう片方。その人は、とても大柄な女性だった。
派手な色合いのジャケットを羽織り、長め丈のニットワンピースに身を包んではいたが、とにかく体格がよいのは遠目からでもよくわかる。
服の上からでも、筋肉質な体つきが見てとれた。
カットソーのサイズが合っていないのか、脇のステッチの部分が今にもはち切れんばかりにパツパツに食い込んでいる。
どこか違和感を醸し出す、イエローゴールドの大ぶりなアクセサリー群。
ウィッグとおぼしき巻き髪ヘアスタイルに、濃いめの化粧。アイブロウもアイラインも涙袋もチークもコンシーラーも、なぜか浮いて見える。すべてが馴染んでいない、と思わせる。
誰かに似ている。
グエンに似ている。
化粧を落としたら、きっと、グエンにそっくりかもしれない。
何より、あの体躯、筋肉美……一度見たら忘れられない。
グエン……。
「えっ、うそ⁈」
え、まさか?
まさか、本当にグエン⁈ミュリュイちゃん⁈
つづく! ━━━━━━━━━━




