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「ワンルーム聖者」 〜【喪女囚のすてきな冒険 後日譚】〜  作者: しょうりショウゲン
第2話━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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第2話  午後の聖者①


━━━━━━━━━━


 聖者様は、私の手を取り、そっと握りしめた。


「正直、怖いよ……」

「うん、わかるよ。そうだよな、嫌だよなぁ」

「壽賀子さん、言ってくれたよね、私に……たまには聖人でなくてもいい、ただの人間でもいい、って。君には、弱音を吐いてもいいんだよね……ふつうの人間として感情を吐き出したって、いいんだよね……」



 私は、彼に諭したことを思い出していた。


【いいんだ、たまには。聖人でなくていいんだよ、ただの人間で。弱くても、ずるくても、だめなところも、あっていいんだ。フューリィ様、大丈夫だよ。私は、そんなあなたも、いていいと思ってるよ。】


 私はたしかに、彼にそう言った。


 弱音を吐ける相手。

 弱い自分を曝け出せる相手。

 弱っている時にすがりつける相手。 


 きっと彼は、それを求めていただけだ。

 私は、自分でよければ、存分に、彼を甘やかしてやろうと思えた。彼が私を求める限り。

 

 そう思った。

 だから。

 あの時、たしかにそう言った。


「ああ、言ったよ。いいよ、泣きついてくるくらい、愚痴吐くくらい、全然いいよ。そんな、いつでも完璧な聖者様でなくってもさ、全然いいんだよ」


 そうして、その考えは今でも変わっていないし、まちがってるとは思ってない。


「うん、たしかに言ったよ。話はわかったよ、聖者様。よく来てくれたね、私を頼ってくれて嬉しいよ。こんなとこでいいなら、しばらくうちにいなよ。私、いくらでも話を聞くからさ」

「……ありがとう、壽賀子さん!ああ、やっぱり好きだよ、私の壽賀子さん!」


 聖者様は、私の指を握っていた手に、ぎゅうっと力を入れた。

 てのひらの熱とともに、素直な嬉しさの感情と謝意とが、伝わってくる。

 うんうん、わかったわかった。


 うーん、それにしても。


「しかし、平和の使者って立派な仕事なんだけどさ。まあ、個人的にはー、そんなに無理しなくてもいいんじゃないかって思うよ。別に断ったっていいんじゃないの?」

 そうも言ってられない立場上の責任とか、崇高な使命感とか、そりゃあ色々あるんだろうけども……。


「そうだ、聖者様は、教団上層部から大事にされてる金ヅル……いや、ドル箱……いや、お布施や信者ホイホイ……い、いや、とにかく大切な存在なんだからさ。そう無碍に扱われることはないはずだろうに。死地に赴くような役目を与えられるものかね?北部地方って、実はもうすっかり政情も安定してて、本当はわりと安全で勝ち確な、ラクな交渉だったりするのでは?」


 彼の所属する教団の内情が、闇も業も深いシステムの上に成り立っている複雑なものだとは理解していたつもりだった。

 だが、まだまだ私の理解の及んでいない範囲に踏み込んでしまったようだ。


 聖者様は、下を向き、目を伏せてしまった。


「…… 教団にも派閥があってね」

 私に目を合わせもせずに、床下に視線を落としたまま、ぼそぼそと語るのだった。


「……私以外にも、聖者職は各地に何人かいるのだけども、その中では私が一番の年少で、位も低いんだ……拒否権は、ないに等しいんだよね」

 あ、あー。


「現在、聖者職に就いている私たちはね、次代の政治……最高指導者の後継候補に挙げられるようになるのだけど……最近、筆頭に躍り出たある方が、私とは敵対する一派にいてね……」


 え、え〜と。

 えー、てことは、ライバル?

 え、まさか。

 うちの聖者様は、民衆からの人気も高いし、影響力もある優秀な実力者だから?

 早いうちにその芽を摘んでおこうってこと?

 

 わざと危険な任務に就くように、仕向けられた?陥れられた?

 ハメられたってこと?


「……いや、いいんだ、もう」

 悲壮感を漂わせて、聖者様が静かに首を横に振る。


「平和の使者として死ねれば、聖者としての威厳も名も轟き、廟だって立つよ……聖者として本望だよ。壽賀子さん、また向こうの世界に行くことがあったら、私の廟に巡礼しに来てね……私、聖廟で待ってるから……」

「い、いやいやいや!」

 

 聖廟に祀られる……って!

 廟のいたるところに乱立する、聖者様の姿をイメージして彫られた像やらオブジェやらを、つい想像してしまい、私は慌てた。


「ま、まあ待てよ!聖者様には不思議な能力、法力だってあるんだしさ!ほら、人心掌握の魅了術!ある程度、相手を誘導してコントロールしたり洗脳したりできたろ!少なくとも危害を加えられるような目には遭わないだろうよ!殺されたりまではしないって!大丈夫だよ!」

「いいかい壽賀子さん……北の大地には、何があるかわからないんだよ。私の能力が通用しない土地柄や人種といったものも、あるのかもしれないんだよ……なにせ私は、北部地方には行ったことがないのだからね……」

 

 う!

 く、暗い……!

 ネガティブ思考!


 こ、これは深刻だ。

 聖者様、寒いの苦手だしなぁ。北の大地、たしかに寒そうだしなぁ。

 弱気になるのも無理はない。

 うーん、どうしよう……。


 そうこうしているうちに、昼休憩の時間が終わる。

 午後の仕事を開始せねば。

 とりあえず、話は就業を終えてから、ということになった。


 私はひとまず切り替えて、目の前の仕事に集中し、ノートパソコンに向かい合うばかりだった。

 聖者様はその間、食後の食器を洗ってくれたり、窓掃除や床の雑巾掛けなんかをしてくれた。

 それでも時間を持て余し気味で、退屈そうにしだしたので、風呂掃除を頼んでみた。

 すると、浴槽を洗うついでに、ユニットバスで半身浴を愉しみ始めた。


 それからは、風呂上がりに、冷蔵庫のよく冷えたミネラルウォーターを飲んで嬉しそうにしたり、文明の利器ドライヤーの存在に驚いたり感動したりと、しだいに元気と笑顔を取り戻しつつあった。

 そうして風呂でさっぱりしたその後は、ベッドに入り、優雅にも、お昼寝をキメるのだった。


 う、うわあ、なんだ、これ。

 不思議な感覚だ。

 自分の部屋に、風呂上がりの聖者様がいる……。

 自分のベッドで、聖者様が寝ている…。


 風呂上がりの着替えに、私の部屋着を貸してやったのだが。

 丈長めで、ゆったりめのルームワンピースが、ギリギリ間に合った。

 女物だし、特に肩あたりがキツそうだけど……さすがに美形は、なんでも着こなすものだなぁ。

 ラフな部屋着着て、ただベッドでダラダラ寝転んでいるだけでも絵になるとは。


 昼寝中の聖者様を見ていて思う。

 う〜ん、なんか、不思議な気分だなぁ。


 一緒の部屋で二人っきり。寝室が同じ、ベッドが同じ、距離感近く過ごす、一緒に生活する、

 家族、

 ペット、

 同棲相手、恋人、夫、結婚相手、

 ってこんなかんじなのかな。


 結婚するって、こんなかんじなのかな……。


 私には、理解できない感覚だ。


━━━━━━━━━━━


 やっと夕方になった。

 私は、なんとか無事に一日の仕事を終え、ほっと一息をつく。

 聖者様もちょうど目を覚まして、身支度を整え始めていた。


「壽賀子さん、私、君と一緒に行きたいところがあるんだ」

 タオルケットを几帳面に三つ折りに畳んだ後は、枕やベッドシーツの乱れを直しながら、聖者様が言う。

「うん、どこ?」

 

 しゃーないな、つきあってやるか。

 聖者様の一大事だ……幸い、明日から土日休みだし、足りなきゃ月曜日からは何日か有給使ってやるよ。

 貯金も崩して、交通費捻出してやるよ。

「いいよ、キョヲト?ウォーサカ?どこだよ?」


「パルミュラ遺跡」

「ぱ、ぱるみゅらいせき?」

 ど、どこだよ、それ……。

 なんか遠そうだな。さすがに今日は無理か。

 あとで調べとくかな。


「と、とりあえず、もう夕方だし、今日は近場でいいか?ショッピングモールでも行ってレストラン街でメシを食おうぜ。その後は、そのへんブラブラして、なんか土産でも見ればいいよ」 


 せっかく、こっちの世界に来てくれたんだものな。

 とりあえず、こっちの美味いもの食べたり、観光でも楽しんだりしてもらってだなぁ。

 それでちょっとでも、気分が明るくなってくれればいいんだがなぁ。

 

 こうして私たちは、電車で数駅離れたショッピングモールへと、足を進めることになった。

 ……とは言っても。

 困ったことが一つ。

 聖者様は、男性なのだった。


 こちらの世界は、男女比がいびつで、女性だらけなのだ。

 男性はほぼ見かけない、希少な存在なのだった。

 男がそのへんウロウロしていたら、ものすごく目立つし、ちょっとした混乱、パニックが起こる。

 それは困る。

 なんたってお忍び、なわけだし。

 不用意に騒ぎを起こしたくないよな。


 

つづく!  ━━━━━━━━━━

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