第1話 午前中の聖者②
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「それにしても、下着をこんなに堂々と干していて、盗まれたりしないものなの?」
「ははは、こっちの世界は、男がほぼいないもん。いたとして、私のような凡庸な喪女の下着なんて誰も持っていかないよ」
「では、私がいただくよ」
「い、いただいてどうすんだよ……」
「御守りにして大事にするよ。いつも懐に忍ばせて、何か辛いことがあった時に、そっと取り出して、壽賀子さんの姿を思い起こすことにするよ。きっと勇気づけられて元気が出てくるよ」
な、何をまた言っているんだ、こいつは……!
御守り、って……!
懐に忍ばせて、そっと取り出したり、癒しを与えてくれる小物やモチーフとして、絶対、適当ではないだろうが!そのチョイスは……!
ふつうは、ハンカチとか?髪飾り?
キーホルダーとか、ストラップとか?
指輪とかネックレスとか、アクセサリーの類い、とかじゃないだろうか?
そうこうしてる間に。
なんと本当に、実際に、彼は私の下着類を、いそいそと物干しハンガーから取り込み始めたのだった。
「ま、待て待て!触んな!パンツやらブラやらはやめろ!おい!衣の懐に忍ばすなぁ!」
「じゃあ、何ならいいの?」
「え、えええええ」
「何か記念になるような物をもらえないかなぁ。壽賀子さんのことを身近に感じられるような、すてきな品が欲しいんだよ、私は。そういうものを、ぜひ、贈り物にしてくれないかなぁ」
えええええー……贈り物……だとぉ?
うーん、プレゼント、ねぇ。
う、まあ、あっちの世界では、世話になったといえば世話になったし。
餞別というか、礼の品を贈りたいという気持ちは、たしかにずっとあったしなぁ。
「ちょっとしたクッキーとか、焼き菓子の詰め合わせみたいなギフト、可愛くラッピングした紅茶とお菓子のセットみたいなんじゃダメかね」
「思い出でもいいんだよ」
「ええ?」
「こちらの世界で壽賀子さんと繋がった思い出……それがあれば、私は……」
ん?
何言ってんだ?
「壽賀子さんを抱ければ、私は……死んでもかまわない……」
「ええ?なんか変だぞ、聖者様、何があった?」
「私、死ぬかもしれないんだ……もう、壽賀子さんに会えないかもしれないんだ……だから、死ぬ前に、最後に、想いを遂げてから死にたい……」
「おいおい、何言ってんだよ?」
「北部地方に行くことが決まってね……」
ほ、北部?
聖者様の世界のほうの地図を、思い出してみた。
「あー、大陸の北のほうな〜」
南部地方の聖都をスタートして、東に回って、それから中央の観光立国を経て、北寄りの中央近辺ウロウロして、西部地方を回って聖都に帰った……。
うん、そういう行程だったな、前回の旅は。
えーと、北部地方に立ち寄れなかったのは、たしか……。
えーと、戦火が激しい警戒区域が続いてたから、だったかなぁ?
「北部地方は、行ったことなかったね」
戦争中、真っ只中の地方。
ん?それって?
「和平交渉、仲介役だよ……平和のための和平使節団…… 私は聖者として、その一員に選ばれたんだ」
「あー……」
「戦が収まる流れになるのは、私だって望むところだよ。使節団の一員に選ばれたことだって、誇らしいことだし名誉なことだとも思ってる……でも」
とても、暗い表情だった。
「……行くからには、死の覚悟はしておかなければね」
北部地方の荒っぽい雰囲気や、恐ろしい逸話や、噂。
聞こえ伝わってくるのは、野蛮で好戦的な民族性。
戦闘狂とまで呼ばれる軍事国家が乱立する、常に戦乱の渦に呑まれた、群雄割拠な土地柄。
統一されたり内乱起こったり分裂したり、また統一されたら、今度は少数民族が暴れたり、それで粛清したりされたり、少数民族のほうに征服されてしまったり、という。
ただならぬ、とにかく慌ただしい歴史があったという、そういった地。
「和平の使者、かぁ……。仕事とはいえ、大変だなぁ」
私だったら、やりたくない。
和平交渉の使者なんてさ。
こっちの世界の戦国時代とかにもいたらしいけども、籠城してる敵方の城内に、武器も持たずに丸腰で入城しなきゃならないんだよな……。
んで、最悪、交渉決裂したらば……。
使者の首が切り落とされ、それが返事だ!とばかりに、その首が無惨にも城外へと放り投げ出されたとかなんだとか。
殺されないまでも、耳だの鼻だのを削ぎ落とされて帰ってきたとか、さんざん痛めつけられて命からがら逃げ延びてきたとか、怖い話ばかり伝わってくる。
わー、ぞっとする。
わー、やりたくない、使者なんか。
たしかに、平和の使節団は、命懸けだった……。
死を覚悟して臨むもの。
北部地方に赴く聖者様。
死ぬかもしれない、というのは、おおげさな訴えではないのだった。
「……聖者様」
そうか。
それで、こんなふうに突然、私に会いにきたのか……。
つづく! ━━━━━━━━━




