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「ワンルーム聖者」 〜【喪女囚のすてきな冒険 後日譚】〜  作者: しょうりショウゲン
第1話━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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第1話  午前中の聖者①


━━━━━━━━━


 私は、異世界から帰ってきた。


 あれから。

 私は、再びOLとして働き始めた。

 真面目に、堅実に、地に足つけた平穏な日常を送る毎日。

 まあ、たまには酒を呑みすぎることもあるけども。

 基本は、清く正しく、足を踏み外すようなこともなく、この六畳一間のワンルームで暮らしている。

 

 こっちの世界では今、学生が主導となった革命政府が頑張ってくれている。減税も進み、以前よりかは暮らしやすくなった世の中である。

 政敵が異世界に流刑されていた頃のことが嘘のように、穏やかだ。


 平穏な日常を送るうち、聖者様たちとの交流や諍いやあれやこれや異世界での出来事を思い出すことは、少しづつ確実に、減りつつあった……。


 ……そんな折であった。

 


「ああ、また君に会えて嬉しいよ、壽賀子さん」

「なんで、どうやって⁈どうやったら異世界からこっちの世界に来れるんだよ⁈」

「お忍びで。ジュドーに頼んで、こっそりね」


 ジュドー!

 ニセ荒神(あらがみ)様!

 あああ、あの、裏社会組織のパチモン荒神様ヤロウのしわざか!


 そういやあいつ、異世界内だけでなく、こっちの世界の裏社会にも通じていて、コネや人脈があるって言ってたっけなぁ。

 大金の用意があったり、その気になれば、こっちの世界での偽の戸籍を用意できるし、裏ルートでの異世界間の往路復路も可能みたいなことも匂わせていたっけ。


「はっ!やばい!もうこんな時間⁈」

 私は、置き時計の表示画面に目が止まり、ざっと青ざめる。

 

「わああ、遅刻する!と、とにかく話は後で聞くから!今は会社!仕事ー!」

 ばたばたとユニットバス兼洗面所に駆け込み、部屋着のブラトップと短パンを脱ぎ捨て、着替えを開始。

 朝の支度を高速で済ませようとする。

「おい聖者様!着替えを凝視してんな!のぞくな!扉を閉めろ!後ろを向いてろよ!」

「はぁい」

 もう!物好きだな、こいつ!相変わらず!


「あああ、もう間に合わない!やばい!快速に乗り遅れる!」

 やっとのことで通勤スタイルの濃紺スーツ一式に身を包むも、ギリギリ余裕がなかった。

「しょうがない今日はリモートにする!話はあとだ!昼休みに聞くから!ちょっと待ってろ!聖者様、いいか?おとなしくしてろよ?一人で外へ出るなよ⁈どんな危険があるかわからないんだからな⁈聖者様にとっては未知の探訪!異世界なんだからな!」



 こうして……。

 午前中、聖者様には、おとなしく待っててもらうことになった。

 六畳一間のワンルーム。

 そんな私の部屋で、リモート勤務の私の傍らで、彼は一日を過ごすことになったのだった。


 

 パソコンのキーボードをガチャガチャ打つ私。

 そのすぐ隣で、フローリングの床に寝そべって、ゴロゴロしている聖者様。

 私の部屋で、聖者様が寛いでいる……。

 それは、妙な光景だった。


 聖者様は、私の本棚代わりのカラーボックス内を物色すると、世界地図帳を取り出し眺め始めた。

 学生時代の、もう十何年も前の古い地図帳ではあるが、彼はそれを興味深そうにして眺め、静かにページをめくっているのだった。


 そうして時間が過ぎていく。

 お昼になり、私はノートパソコンの蓋を閉じて、ようやく昼休憩に入ることができた。

 はあ、やれやれ。

 これでやっと、彼の話が聞ける。


 「ほら、昼メシだよ聖者様、食べなよ」

 ほうじ茶を淹れて、冷凍していた雑穀米おにぎりをレンチンして、レトルトの生姜スープにお湯を注いだ。

「こうして一緒に食事をするのも久しぶりだね!ああ、この感じ、懐かしいなぁ、ねえ、壽賀子さん!」

「もー。びっくりしたよ、何やってんだよ聖者様……」


「それにしても……私はジュドーに、壽賀子さんのいるところに連れて行ってほしいと頼んで、そうして、ここに連れてきてもらったのだけれども…………」

 聖者様は、室内を遠慮がちに見回しながら、こう続けた。


「…………ここは、独房?」

「私の家だよ!」

「こちらの世界は平和になって、壽賀子さんも釈放されて……囚人じゃなくなったはずだよね?それなのに君はなぜ、こんな無機質で簡素な……監獄みたいな小部屋に住んでいるの?」

「監獄じゃねぇよ!私のおうち!自室!私の城!単身OLが家賃60000円のワンルームで清く正しく慎ましく暮らしてんだよ!」


「修道院のようにも見えるよ……壽賀子さんって無神論者で無宗教なはずなのに、暮らしぶりは質素そのものの……修行中の宗教家のようなんだよね」

 いや特に、断捨離やらミニマリストやらの精神がそうさせてるわけではないのだけども。

 まあテレビやテレビ台はもとより、ドレッサーやらソファやらの類いもない。

 家具も雑貨も必要な物以外は、ほぼ皆無な、私の独房……いやちがう、監獄……いやちがう、自宅。


 見渡してみると、目につく家具類といえば、ベッドと本棚代わりのカラーボックス、折り畳み式の小さなテーブルくらい。

 寝具やカーテン、壁紙も、ベージュなどのナチュラル色味で、無地。

 たしかに、安ビジネスホテルというか……病室というか。

 修道院だの宗教施設だの独房だの監獄だのと揶揄されるのも無理はない、シンプルすぎる小部屋であった……。


 そんな小部屋内で、聖者様はおもむろに、深呼吸をし始めた。


「ああ、壽賀子さんはここで毎日生活しているんだよね、はー、壽賀子さんのいい匂いがするー!部屋中に、壽賀子さんの甘くてとろけるような香りが充満しているよ!」

「やめろぉ!部屋の空気を嗅ぐんじゃねぇよ!」


 私は、さすがに恥ずかしさに耐えられず、たまらず席を立つ。

 窓を全開にして、部屋の換気をおこなった。


「ほら!ここから外の空気が吸えるだろう?」 

 窓を開け放し、こっちの世界での景色と空を見せてやる。

「聖者様の世界のほうが、空気は美味しかったけどね」


 聖者様の世界……。

 ああ、あの世界を思い出す。


 当時は、そりゃあ旅での辛さや過酷さばかりが目について、常に辟易していたわけだがさ。

 いざ旅を終えて帰路に着いてみると、楽しかった思い出や美しい景色の記憶だけが蘇るのだから不思議なものである。

「うんうん、特に西武地方はのどかでよかったなぁ。ああ、モフ蔵、神獣たち……元気にしてるかなぁ。また会いたいなぁ」


 ああ、思い出すなあ。

 可愛かったなぁ、モフ蔵、神獣たちってば。

 異世界での出来事、様々な人たちや動物たちとの出会い。

 私が、その思い出を胸に、しみじみ想いに耽っていると……。


「わぁ、これが異世界の女性用の胸当てと下穿きかぁ」

 うおぉぉぉい!


「おい!私のブラとパンツ!洗濯物をガン見するなよ!」

 窓を開けた先には、洗濯物が干してあった。


 す、すっかり忘れていた。

 ランドリーハンガーに吊るされた下着類が、ぷらぷらと風にたなびいていたのだった。


 数十個の洗濯バサミが、ラウンド状に配置された、物干し用具。

 ステンレス製である。



つづく! ━━━━━━━━━

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