プロローグ
━━━━━━━━━━
「起きて、壽賀子さん……朝だよ」
清らかな響きの、まぎれもない美声が聴こえる。
「さあ、目を覚まして……素敵な一日の始まりだよ」
聖者様の声に似ている。
あの美しい声を思い出す。
ああ。
聖なる印象を与えてくる、この清い美声といい、落ち着いていて静かで厳かな喋り方といい、発声法といい。
完全に、聖者様の台詞そのものなんだが。
ああ、夢か。
夢だな……。
だって、ここは私の部屋。
聖者様がいるわけない。
だって私は、異世界から帰ってきたのだから。
「━━━ふぁーぁっ、と」
もう朝かよー。
うーん、あと5分……。
私は安物のベッドに寝ている。
ホームセンターで買った、組み立て式、市場最安値の白いパイプベッドだった。
ここが私の家である。
みすぼらしくて、質素で簡素な、六畳一間のワンルーム。
畳んでない洗濯物の山や、通勤バッグや化粧ポーチ、今日出す予定の一般ゴミの袋やなんかもそのへんの床に散らばった、生活感溢れる、単身OL庶民の住まい。
カーテンの隙間から差し込む、朝陽の光が眩しいぜ。
うーん、あと5分だけ。
あくびと伸びをした後は、二度寝の体勢へと入る。
私は薄手のタオルケットを頭から被り直し、枕に顔を埋め直した。
ああ、眠い。
あー、寝起き最悪。
あー、会社行きたくねぇな。ああ、昨夜呑み過ぎた。二日酔いと、つまみの食い過ぎで、胃もたれが……。
あーあー。あー。
「壽賀子さぁん、起きてってば」
また夢かよ。
「ねえ、君に会いたくて来ちゃったんだよ。早く顔を見せてよ、ねえ、壽賀子さん、早く起きてー?」
まだ聴こえるよ、聖者様の声。
えー、なんだこれ、しつこい夢だなぁ。
「ねぇねぇ、壽賀子さぁん」
え、幻聴?
やばい、アルコールの影響か?
昨夜の酒がまだ残ってるのか?
嘘だろう?そこまで度数強いものは呑んでないぞ?
「そんなにぐっすり眠ってるなら、今のうちに触っちゃおうかな。布越しなら多少は許されるよね……えーと、太腿はこのあたりかなぁ……」
「う……っ、うおおぉぉぉい!」
私は、そこでやっと、目が覚めた。
「あ、起きた?壽賀子さん!」
「聖者様ぁぁ⁈な、何してんだ、あんたぁ⁈」
目を覚ましてタオルケットを跳ね飛ばし、起き上がった私の視界に入ったものは……。
聖者様だった。
私の部屋……みすぼらしくも質素で簡素な六畳一間のワンルーム。
畳んでない洗濯物の山や、通勤バッグや化粧ポーチ、今日出す予定の一般ゴミの袋やなんかもそのへんの床に散らばった、生活感溢れる、単身OL庶民の住まい。
そこに、聖者様が佇んでいたのだった。
驚くべきことに、こんなロケーションを背にしていても、彼は相変わらず煌びやかに神々しく、後光でも背負っているかのようにきらきらと輝いて見えるのだった……。
「壽賀子さん、久しぶり!君に会いたくなっちゃってね、つい、来ちゃった!ああ、元気そうでよかったよ!変わらないなあ、その声の荒げ方、がなり方!耳に心地いいよ!もっと激しく罵ってくれていいんだよ!」
うわああああ!
何を言ってるんだ!こいつはもう!
相変わらず!!!
つづく! ━━━━━━━━━━