向日葵の君へ
その子と出会ったのは偶然だった。
人のいない、神社の裏手の小さな野原で、
僕はとてもとても明るくて可愛い女の子と出会ったんだ。
「…だぁれ?」
「あ、ぼ、僕は鈴木優希。君は?」
「私は、陽葵。よろしくね」
ニッコリと笑いかけてくれたその子の笑顔に、僕はしばらく目を離せなかった。
そんな僕を不思議に思ったのか、その子…陽葵ちゃんはこてんと首を傾げる。
「私の顔になにか付いてる?」
「ううん!なんでもない。ごめんね」
「そっか…優希くんはこの辺の子…じゃないよね?」
「うん。おばあちゃんちに泊まりに来たんだ」
「そうなんだ。お家は何処なの?」
「家は東京だよ」
「東京!?東京ってどんなところなの?」
そんなにはなれているわけじゃない、東京のことを聞きたがるなんて不思議な子だと思ったけど、キラキラとした瞳に負けて、色々と話してみる。流行りのアニメ、皆がやってる遊び、何を話しても、陽葵ちゃんは面白そうに歓声を上げたり、話の続きをせがんでくる。
「うちの学校の女子たちがよく行ってるのは、渋谷の109ってとこなんだ。名前くらいは知ってる?」
「ううん。聞いたこと無いかも。なにがあるの?」
「洋服屋さん。あとは、美味しいお菓子が売ってるって」
「美味しいお菓子?」
「ほら、屋台でさ、りんご飴とか売ってるでしょ?」
「りんご飴…うん、売ってるね。それが売ってるの?」
「ううん。そうじゃなくて、ああいうかんじで、いちごとか、マシュマロとかに飴をかけたお菓子が売ってる。あとはタピオカかな?」
「たぴおか…?」
タピオカすらこの田舎にはないのか?そんなことはないと思うけど、真っ白で汚れ1つ無い、陽葵ちゃんのワンピースを見る限り、もしかすると、陽葵ちゃんはあまり外に出たことがないのかも知れない。
「タピオカっていうのは、ミルクティーの中にもちもちした小さいお団子みたいなのが入ってる飲み物のことだよ。きっと大きい駅とかになら売ってるだろうし、陽葵ちゃんも飲んでみたら?」
「…うん!探してみる!」
なんだかんだで話しているうちに、門限の時間が近づいてきた。慌てて立ち上がった僕を不思議そうに見ている陽葵ちゃんに理由を説明する。
「ごめんね、もう帰らなくちゃいけないんだ。陽葵ちゃん、明日もここにいる?」
「うん!明日も来てくれるの?」
「陽葵ちゃんが嫌じゃないなら…」
「じゃあ来てほしい!!明日もいっぱい聞かせて!」
「わかった、じゃあね!」
「ばいばい」
陽葵ちゃんは僕が神社の敷地から出るまで手を振り続けてくれた。
おばあちゃんちに戻ると、おばあちゃんはちょうどご飯を並べているところだった。
「おかえり、優希。ご飯できたから、手、洗っといで」
「うん!」
「今日は優希が好きだって言ってたカレーだよ」
「わ〜い!いただきます!」
「どうぞ召し上がれ」
僕の好物のカレーを半分くらい夢中で食べた頃、おばあちゃんは僕に今日の出来事を聞いてきた。
いつもこの時間におばあちゃんに一日の出来事を話して、日記に書くのが僕の日課なんだ。
「今日は、神社の裏で、女の子と遊んだよ」
「神社の裏?」
「そう!陽葵ちゃんっていうんだけど、おばあちゃんは知ってる?」
「…知らないねぇ」
「あれ?じゃあここらへんの子じゃないのかなぁ…」
「どんな子だったかい?」
「う〜んと、髪は長くてサラサラしてて、ニコニコ笑ってて、明るくて可愛い子だった」
可愛い子だった。と言ったときになぜだかわからないけど、顔が赤くなるのを感じる。それをごまかすようにカレーを口いっぱいに頬張った。
「そうかい。優希と同じで帰省してきてる子かも知れないねぇ」
「そうかもね。でも、タピオカも知らなかったんだよ?テレビでもいっぱいやってるのに、なんでだろう?」
「そう詮索するのはおよし。じゃあ、明日はアイスでも持っていってその子とお食べ。暑いんだから気をつけてね」
「うん!ありがとう、おばあちゃん」
「どういたしまして」
おばあちゃんは明日のお菓子を準備しなくちゃねぇと言いながら、僕が食べ終わった食器を片付けに行ってくれる。僕はその間にお風呂に入って、そうして、出てきた後に日記を書くのだ。
『今日は、陽葵という女の子に会いました。陽葵ちゃんは笑顔が可愛い子です。どうやら東京のことはあまり知らないみたいなので、色々とお話しました。楽しかったです』
次の日、おばあちゃんに用意してもらったお菓子を持って、神社に行くと、陽葵はもうそこにいて、僕を待っていた。次の日も、その次の日も、僕がお菓子を持っていくと、陽葵は神社の裏で、僕を待っていたんだ。
でも、しばらくして、僕は家に帰らなきゃいけない日がきた。
「ちゃんと、陽葵ちゃんに伝えてくるんだよ」
「うん。いってきます、おばあちゃん」
「はい、いってらっしゃい」
いつもより多めにお菓子をくれたおばあちゃんは、僕の頭を撫でてくれる。その暖かさにホッとして、僕は神社の裏に駆けていった。
「おはよう、優希くん!」
「おはよう、陽葵」
「あれ、今日はお菓子いっぱいだね」
「うん…」
「どうしたの?」
「あの…ね…僕…」
うまく言葉が出てこない僕が喋りだすのを、陽葵はゆっくり待っていてくれた。
「僕、今日、帰らなきゃいけないんだ」
「そっか…もうお盆も終わっちゃうもんね」
「うん…ごめんね、陽葵」
「ううん。優希くんが悪いわけじゃないよ。私、今年の夏、優希くんと過ごせてよかったもん」
ちょっと落ち込んだ声だったけど、陽葵はいつもみたいに笑ってくれた。そしたら、なんだか悲しくなってきちゃって、僕の視界が潤んでいく。
「え、あ、優希くん!?ど、どうしたの!?」
「ご、ごめっ…な、んか、悲しくて…」
「大丈夫だよ。大丈夫」
陽葵は優しい声でなだめながら、そっと背中を擦ってくれる。しばらくして、落ち着いた僕は、いつもみたいに陽葵とお菓子を食べて、お話をして遊んで。そして帰り際に尋ねてみた。
「来年も、会える?」
陽葵はいつもの笑顔で笑うだけで、答えてくれることはなかった。
東京の家に帰った後、おばあちゃんから届いたはがきには、色鮮やかなの向日葵の花が一輪、描いてあった。