婚約…継続?
(びっくりした)
同じ学園に通っているのだからいつか出会うと思っていたけど、まさかあのタイミングでだとは思わなかった。
(それにしても、やっぱり綺麗な男の子だったな)
以前夢の中で見た12歳の頃より、当然背も高くなっていて顔付きも大人っぽくなっていた。今さらになって話をした事にドキドキする。短い間だったが、ヴィンセントの婚約者だった事は、嫌がらせされた事を含めいい思い出になるだろう。
とその時は本気で思っていた。
「……お父様、今何て仰ったんですか?」
その日の夜、もう寝ようと思っていた頃にお父様は帰ってきた。今までヴィンセントの家、ランフォード侯爵宅に行っていたそうだ。さすが仕事が早い。
お酒をご馳走になったらしく、ご機嫌なお父様が再度私に告げた。
「婚約は解消しない、これからもよろしくと言っていた。よかったな、ニーナ」
………よかった、のかな?その場にいたお母様と顔を見合わせて苦笑する。お母様も複雑な表情だ。
「ルークも言っていたが、ニーナの魔力もその内元に戻るかもしれないだろう。まあ心配せずこれからも仲良くやっていったらいい」
元々無かった魔力は戻らないしこれからも仲良くと言われても、これまで仲良くしていた記憶もない。と言いたいが言える筈もなく……
「分かりました」
私は頷く事しか出来なかった。
ランフォード侯爵は私の魔力が戻る事を期待しているのだろうか。いずれ戻らないと分かり婚約解消になるならお互いのために早い方がいいのに。
(婚約者がいたら当然、他の人と恋愛なんて出来ないよね。今のところ私にそんな人はいないけど……ヴィンセントだって困るんじゃないかな)
私は本日何度目かの溜息をつき眠りについた。
翌朝、学園に着き自分のクラスへ向かっていた。
昨日の事は一旦置いておいて今日もがんばろう、と意気込む私に後ろから声がかかる。
「おはよう、ニーナ」
振り向くとヴィンセントだった。何でもう関わる事もないだろうと思った途端にこうも出会うのだろうか。
「おはよう…ございます」
「あれ、今日は敬語なんだ?」
ヴィンセントが可笑そうに笑う。こっちは婚約者続行となった事でどう接していいのか分からないので察してほしい。
「昨日父が話をしに伺ったそうで……」
「ああ、婚約はそのままになったよ。これからもよろしくニーナ」
手を差し出しながら、お父様と同じ事を言うヴィンセント。彼は自由に恋愛したいと思っているのかいないのか。とりあえず、差し出された手を放っておくにはいかない訳で……
「よろしく…お願いします」
私も手を差し出して握手する。
「うわっヴィンス、朝から女の子口説いてんの?」
「………」
ヴィンセントの友達らしき人に見られてしまった。ここは教室に向かう途中の廊下だ。朝早いこの時間はまばらだけど生徒達が通る。よく考えると、ここでこのやり取りは恥ずかしい。
「俺の婚約者だから口説いていいの」
「婚約者?それマジで言ってんの?」
「嘘言ってどうするんだよ」
「やっぱりヴィンス様ともなると、可愛い婚約者がいるんだな」
2人は楽しそうに話をしているが、そろそろ教室に行きたいし繋いだままの手を離してほしい。
「ねえ、名前はなんて言うの?」
「ニーナ・フローレスです」
「ニーナちゃん。俺はアロン・ウィルソンね、アロンでいいよ。よろしくね」
またもや手を差し出された。私はアロンの手を取るためヴィンセントの手を離そうとしたが、逆にギュッと強く握られ引っ張られたのでそれは阻まれた。引っ張られた私はヴィンセントにくっつきそうになる。
「ちょっと!」
「アロンと握手なんてしなくていいよ」
「えっ?」
「えっお前独占欲強くない?」
(独占欲?一昨日までニーナとは赤の他人の様だったのにそんな事がある?)
魔法が最弱になった私に興味でも持ったんだろうか。ドキドキしてきた心臓に顔まで赤くなってきそうな私はヴィンセントの手を振り解く。
「私もう教室行くから!」
「そう?もうちょっと話したかったんだけどな。残念」
「っ!」
「またね、ニーナ」
手を振るヴィンセント。彼のキャラが全く掴めない。12歳で婚約者となった後は2人共それを拒否するでもなく、かといって好意を向けるでもなく、お互い無関心だったのに。
(ああ、心臓に悪い…)
元々、ヴィンセントの顔は新菜好みだったのだ。あんな至近距離で見てしまっては心臓が持たない。
(落ち着け。落ち着け…)
私は自分に言い聞かせながら教室へと向かった。
「……俺、ヴィンスの意外な一面を知ったわ」
「俺も今、自分にびっくりしてる」
ニーナが去った廊下では、2人がそんな会話をしていた。