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戻ってきた日常

 目を開けると見慣れた天井が視界に映った。どれくらい眠ったのか部屋はすっかり明るくて外では生活音が聞こえる。


 あの事件から昨日まで、まるで()()()の夢を見ているかのように現実味の無い日を過ごした。


 ヴィンスが男達を拘束した後は、レオが先生や学園の警備騎士を連れて現れ王家直轄の騎士団も駆け付けた。私は情けない事に暫く震えが止まらず、ヴィンスに付き添ってもらいながら事情聴取を受けた。


 何を質問されて何を答えたのか覚えていない放心状態での会話。その後は迎えに来てくれたお兄様に連れられて家に帰り、スカーレット伯爵が失脚した事を知った。


 私を襲った人達はスカーレット伯爵に多額の投資をしていたらしい。スカーレット家の令嬢がヴィンスと婚約をして、スカーレット伯爵の信用が増せばそれ以上の対価が戻ってくると信じていたそうだ。なのに中々婚約に至らず、それは私がいる所為だと私を傷物にして婚約破棄させる為にあの事件を起こしたとの事。その日に伯爵が失脚する事も知らずに。


 次の日にはヴィンスのお父様と皇太子殿下――エリザ様のお兄様が自ら謝罪に屋敷に訪れて恐縮した。

 スカーレット伯爵や悪事に加担していると思われる主な人物に監視を付けていたが、全員を把握しきれていなかったそうだ。


 お父様は私が危険に晒された事を怒っていたけれど、私自身も人気のない時間帯に一人で行動した事、ヴィンスがすぐに助けに来てくれた事もあって渋々謝罪を受け入れていた。


 その日の夜、色々終わって緊張の糸が切れたのか私は熱を出した。そして何日か寝込んでしまって今に至る。


 コンコンっとノックの音がする。


 「お嬢様、起きられましたか?」

 「起きてます。どうぞ」


 部屋に入ってきたのはサラだ。顔が隠れてしまいそうな程の花束を抱えてベッドサイドの棚に置いた。


 「わあっ立派な花束!」

 「ヴィンセント様からのお花ですよ」

 「そうなの?」

 「はい、こちらに飾りますね」


 ヴィンスも先日の謝罪の場にいたものの、2人きりで話す時間はなかった。もう会ってもいいと思うのだけれど、私は寝込んでしまっていたしヴィンスも事後処理を手伝って忙しくしてると聞いていてまだ会えていない。


 「お加減はいかがですか?」

 「もうすっかりいいみたい。看病してくれてありがとうサラ」


 「いいえ」とにこにこしながら紅茶を淹れてくれる。やっと日常が戻ってきたんだなあと、穏やかな気持ちでそれを飲んだ。


 「それで、ヴィンセント様がお見舞いにいらっしゃっていて下で奥様と話されてからこちらに来るそうです」

 「っ!」


 サラの言葉にゴホゴホと咳き込む。びっくりして紅茶が変なところに入ってしまった。


 (ヴィンスが来てる!?)


 「大丈夫ですか!?」

 「っ今、来てるの?」

 「はい」

 「………サラ、それ早く言ってほしかったな」

 「一息ついてからと思いまして」


 サラが背中をさすってくれる。ヴィンスにはもちろん会いたい。会いたいのだけれど熱を出して何日もお風呂に入れていない。サラが体を拭いてはいてくれたけど、その状態で会いたくない。


 「……今日は会えないと伝えてもらえる?」


 そう言った時、コンっとドアをノックされた。


 「…俺は会いたかったんだけど?」

 「ひぇっ」


 ドアは全開していて、そこにはヴィンスが立っていた。


 (うそっどうしよう!?)


 髪も顔も服さえも整っていない状態で逃げ場もない。

 ヴィンスはこちらに歩きだし、入れ替わるようにサラが部屋から出ていく。私は思わず両手で頬を覆い顔を背けた。


 「わっ私今、全てがすごい格好で…」

 「かわいいよ」

 「それにお風呂に入ってなくて汗もかいてるし…」

 「気にならない」


 何を言っても止まってくれない。ベッドまで来たヴィンスは私の横に座り私の手を取って顔を覗きこんだ。


 「ニーナ」


 名前を呼ばれ観念してヴィンスを見ると、泣きそうな顔の……凄く会いたかった、大好きな人の顔がそこにあった。


 「……っ」

 「会いたかった」


 そう言って優しく包み込むように私を抱きしめる。私もヴィンスに応えるように手を回すと、涙で視界が滲んだ。


 「私も、会いたかった………会いたかったよ」

 「うん」

 「それに……寂しかった…っすごく…」

 「うん…ごめん」


 ヴィンスの腕に力がこもるのが分かる。ヴィンスが悪いわけではないのに。


 「ちがっ」

 「寂しい思いも怖い思いもさせたくなかった」

 「…………っ」


 ヴィンスの思いに胸がきゅっと痛む。寂しかったけど私の事を想っていると伝えてくれていた。怖かったけどすぐに駆けつけてくれた。『寂しかった』なんていうのは私の我儘だ。ヴィンスの優しさに涙が溢れてくる。


 「う、く…………」


 我慢できずに嗚咽が漏れる。


 「でも、もう離さないから……」


 言葉にならず、返事の代わりにぎゅっとヴィンスにしがみつく。もう離れたくないという思いを込めて。


 私が泣き止むまでヴィンスはずっとそばにいてくれた。




 「…………」

 「落ち着いた?」

 「………うん。ごめん……服が濡れちゃった」

 「いいよ」


 私の涙を手で拭ってくれる。久しぶりだからかこの至近距離でヴィンスの顔を直視出来なくて俯いていると、手で上を向かされた。

 目と目が合って、ヴィンスの顔が近付いてくる。何をされるか分かって慌ててヴィンスの口元を押さえた。


 「ちょっ………と待ってっ」

 「なんで?」


 止められて不服そうだけど私だって困る。


 「私ずっと寝込んでて、お風呂入れてないし唇は…カサカサしてるし本当なら近くに寄られるのも遠慮したいくらいで」

 「気にならないよ」

 「〜〜っ」


 手を避けてリベンジしてこようとするヴィンスにたじろいでしまう。


 「次にっ次に会う時にする!」

 「ははっ次に会う時、ね」


 (ああ、なんていう約束を…)


 次に会う日にどんな顔をして会えばいいのだろう。ヴィンスは口元を押さえていた私の手にキスをすると少し体を離した。


 「〜〜っ」


 「…聞いたかもしれないけど、一通りの調査が終わってスカーレット伯爵の悪事に関与していた人物は全て捕らえられたよ。外に出てももう大丈夫だろうと思ってる」

 「そう、なんだ」

 「しばらくはまだ護衛を付けさせてもらうし、学園内でも注意が必要だけどね」

 「うん…」


 ヴィンスは私の耳元を触る。恐らくピアスを触っているのだろう。そういえば私はまだお礼を言えてない事を思い出した。


 「ヴィンスありがとう。助けに来てくれて。また魔法石の魔法にも助けられたよ」

 「ああ…新しく魔力を込めておくよ。外すね」


 ピアスを外して魔法石に魔力を込めてくれる。何回見てもその神秘的な動作に惚れ惚れしてしまう。


 「ニーナ」

 「うん?」

 「…前回魔法石に魔力を込めた時、魔法を使ったらニーナが何処にいてるのか分かるようにしておいたんだ。勝手な事しててごめん」


 (そうなんだ。だからあの時ヴィンスはすぐに助けに来てくれたんだ)


 「ううん。ヴィンスは私の為にしてくれてたんだよね。ありがとう」

 「俺の婚約者でいるのが………嫌になってない?」


 思わず目を見張ってしまう。ヴィンスは、自分の婚約者であるが故に私を巻き込んでしまったのだと思っているのかもしれない。


 「嫌になんてなってないよ。そんな事言わないで………私はヴィンスでなきゃ嫌だよ」

 「俺も…ニーナでなきゃ嫌なんだ」


 「ありがとう」とヴィンスは私の手をぎゅっと握って笑顔になった。



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