お兄様達の目論見
「……………………」
薄らと重たい瞼を開く。辺りは暗くてカーテンの引かれてない窓から入る月明かりが、ほんのり室内を照らしている。
いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。泣いたからか頭が少し痛い。誰かが毛布を掛けてくれたようで、温かくて何も考えずにこのままもう一度眠ってしまいたくなる。
「制服…皺になっちゃう」
どうでもいい事を呟いて起き上がる。今は何時なんだろうか。魔法でランプに火を灯し着替えようと立ち上がると部屋のドアがノックされた。
「……はい」
「ニーナ、起きた?入ってもいい?」
お兄様の声だ。お兄様も領地から帰ってきてたようだ。慌てて手櫛で髪を整えて、どうぞと声を掛ける。
「今起きたとこかな?」
「私、お兄様に挨拶もせずに…ごめんなさい」
「いいよ」と頭を撫でてくれるお兄様。毛布もお兄様が掛けてくれたのかもしれない。優しさが心に沁みる。
「それよりお腹空いてない?」
「そういえば少し……今何時なんですか?」
「22時過ぎだよ」
「えっ」
私はそんなに寝てしまっていたのか。夕飯の席にも顔を出さずお母様も困らせてしまったに違いない。
「軽食を持ってきたから食べるといいよ」
「ありがとうございます」
お兄様は私と話したい事があるのだろう。サンドイッチと紅茶をテーブルに用意してくれて一緒に席に着く。
「ニーナ食べながらでいいから聞いてくれる?」
またあの噂の話かなと思うと気が重くなるが、お兄様に聞きたくないとは言えない。こくんと小さく頷いた。
「うちは鉱山資源が豊富に採れる広大な領地を保有していて、国に最も貢献し影響力のある資産家とも言ってもいい」
「??」
思ってたのと違う話が始まって、思わず首を傾げてしまった。
「対してランフォード侯爵家は代々魔力を多く保有していることから、余程な事がない限り王家直属の魔法騎士という地位が約束されている」
ヴィンスの家の話になりドキッと心臓が跳ねる。お兄様が私に何を伝えたいのかまだ分からない。
「うちやランフォード侯爵家と関係を持ちたいと思っている家は多く、言い方は悪いけど隙あらば近寄ってくる。先日うちの領地まで『ランフォード侯爵家はニーナと婚約破棄して魔力の多いスカーレット伯爵令嬢と婚約する気だ』と言いにきた人がいたんだ」
「えっ」
わざわざ領地まで噂を伝えに行ったのか。余計なことをしてくる人がいたもんだ。
「ご丁寧に自分の息子とニーナを婚約させようと、見合いの釣書まで持参してね」
「ええっ」
噂の段階でそんな事する人がいるのか…驚いて口に食べ物が入っているのに声を上げてしまった。
「その件に関しては父様が断りを入れている。けど噂が本当かどうかを確かめるために、いつもの予定より早く王都に帰ってきたんだ。それが今朝の話」
領地からここまで休憩なしで丸一日かかるのだ。きっと昨日の朝に向こうを立って、今朝着いたのだろう。
「お兄様疲れてますよね?」
「大丈夫だよ」
私が起きるのを待っててくれたんだ。軽食まで用意してくれて……。「ありがとうございます」というとお兄様は微笑んでくれて話を続けた。
「移動中、初めは父様も怒っていたんだ。真偽は不明だけど噂が立つような事があったのかってね。でもよくよく考えると、ニーナの魔力が少なくなってうちが解消を申し出た時に『最初こそ魔力の高さで婚約を決めたけど、息子の意志でどうするか決めさせてもらいたい』と言われたんだ。それでヴィンセントくんが『ニーナでないと嫌だ』と言ってくれて婚約継続に至っている」
「ふぇ」と変な声が出る。そんな話は初耳だ。お父様が侯爵家に解消の話をしに行ったのは、私がヴィンスと初めて会った日の夕方だったと思う。
その時に『ニーナで無いと嫌だ』なんて言うのは、ヴィンスはやっぱり元々ニーナに好意を持っていたのだろうか。それを思うと少し複雑な気持ちだ。
「そこまで言ってくれてたのに侯爵が今更それを覆すなんてしない筈だ、と父様と考えてね。今朝こっちに着いてから侯爵家へ噂の事を聞きに行ったんだよ。侯爵の返事はうちとの関係はこのままでいたいが、スカーレット伯爵家と繋がりを持つことを容認してほしいとの事だった」
ヴィンスから聞いた話と同じだ。
「スカーレット伯爵家と繋がりを持ちたい何かがあるのですね?」
「……スカーレット伯爵は野心家で最近は事業もいくつか失敗してるし、いい噂は全く聞かない。そこと懇意にしているなんて侯爵家の評判も落ちる」
「じゃあなんで…」
「侯爵家は王家から諜報活動も任される事があるんだ。スカーレット伯爵は事業失敗の穴埋めに何かを始めたという噂があって、それを調べる為に侯爵は動いているんじゃないかと思っている」
「『思っている』という事は推測なんですね」
「諜報を依頼されている事もその内容も誰にも話せないだろうからね。全部推測になる。けど、俺と父様は十中八九そうだろうと思っているよ」
なんとなく理解できた。でも納得できない事もある。
「お父様はそう思っているのに、なんでヴィンスに私と交流を控えるように言ったんでしょう?」
「スカーレット伯爵にあの噂は本当で侯爵家とうちの関係が崩れてきていると思わせる為だよ。向こうもすぐに侯爵家に心を許さないだろうからね。それを手助けする為にうちは侯爵家と少し距離を置こうと決めたんだ」
「そうなんですね……」
演技……だけどしばらく距離を置くことになるのは辛いな、と自分勝手にも思って小さく溜息を吐いた。
ふっとお兄様が笑う。
「本当は信憑性を持たせる為にもこの事をニーナに話すつもりは無かったんだ。けど落ち込んでるニーナを見て、ニーナにも話そうと父様と決めたんだよ」
「あっ……」
知らなかったとはいえ、自室に篭って泣いていたのだ。少し恥ずかしくなって目を伏せてしまう。
「父様は父様でニーナに嫌われたかもしれないって落ち込んでたから、明日にでもフォローしてあげて」
「………はい」
「それと、父様にも言われたと思うけど明日は学園を休んでね」
「えっ何でですか?」
(私とヴィンスが接触しなければいいのでは…)
「スカーレット伯爵は自分の娘をヴィンセントくんの婚約者に、と考えているのに中々婚約破棄されないとなると……ニーナに危害を加えてくる可能性もあるんじゃないかと思ってる」
「そんな……」
「それくらい黒い噂のある人なんだ。これから道中はニーナに護衛をつけるつもりだからそのつもりでいてね。明日は手配が間に合わないから休んでもらうよ」
「………護衛……」
何だか大層な話になっている。ただ楽しく過ごしたいだけなのに、普通の生活を送ると言うのはこんなにも難しい事だったのか。
「護衛を付けるのは万が一の為だよ」
お兄様に励まされたけど、これからの事を考えると溜息しか出てこなかった。




