レイラの胸中
リリー達と一緒に勉強する約束をした休日。待ち合わせの図書館に着くや否や、ヴィンスはリリーに問い詰められている。
「ねえ、婚約破棄ってどういう事なの!?」
リリーもあの噂を聞いたみたいだ。悪意のある噂が広まってるのはいい気がしない。
「リリーが婚約破棄されるみたいだな」
レオは知っていたのか驚いてもいない。軽口を叩いているが、その方が深刻にならなくて助かる。
「噂を聞いたの?その噂は事実無根だよ。俺はニーナを手放すつもりはない」
「……そうだよね」
「リリーの耳にも入るなんて、本当くだらない噂は広まるのが早いな」
本当に…しばらくは学園内で色んな人から視線を浴びそうだ。
「リリー、心配かけてごめんね」
「ニーナが謝る事じゃないよ。もうっ誰なの!勝手な噂流して」
「言い返すと余計悪化しそうだから、噂が収まるのを待つしかないな」
「ニーナ、私に出来ることがあったら言ってね」
「ありがとう。側にいてくれるだけで心強いよ」
私の言葉にリリーがぎゅうぎゅうと抱きしめてくれて不安も飛んでいく。こういう時信頼のおける友達が側にいてくれてよかった。
「俺にも困った事があったらいつでも相談して」
「レオもありがとう」
「ま、そろそろヴィンセントの嫉妬も怖いから中に入るか」
レオの言葉にリリーは「はーい」と私から離れ、レオと先に図書館の中へと入っていってしまった。
ヴィンスは私の手をとり、いい友達がいてよかったねとヤキモキは少ししか妬いてないよと言うので笑ってしまった。
―――――
週明けに声楽の授業を終えて馬車へと向かう途中、見知った顔を見つけて、深い溜息が出る。
向こうは私を見るなり近づいてくる。私を待ち伏せしていたのだろうか。取り巻きがいなかった事は褒めてあげてもいい。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう……何か御用ですか?」
レイラ――相変わらずの黒髪美人だ。普通にしてたら淑女の鑑と言ってもいいのに。
そもそもヴィンスに婚約者がいるのを知っていながらアプローチするのも、その婚約者の私に不釣り合いだから身を引けというのも嫌がらせをするのも非常識すぎる。
そこまでしてヴィンスが好きなのだろうか。
「噂はもうご存知かしら」
「………悪意のある噂なら存じております」
「あら、いずれ真実になるのに悪意も何も無いのでは?」
「何が言いたいの?」
まだ話し始めたばかりだけど、この話し方も回りくどい質問も面倒になってしまった。
もう単刀直入に聞いてさっさと終わらせてしまいたい。
「レイラはヴィンス…ヴィンセントの事が好きなの?」
「な、貴女……」
「だから私に身を引かせようとしてるの?でも私達が婚約破棄してもヴィンセントが貴女と婚約するとは限らないよね?」
私の口調も態度も変わったからかレイラは驚愕の顔で放心している。けど、ひとしきり頭の中で整理できたのか口を開いた。
「私はこの髪色で生を受けて、小さい頃からお父様にヴィンセント様の婚約者になるんだと言われていたのよ。なのに貴女が現れて、今は魔力が秀でてる訳でも無いのにずっとその座に居ついているなんて…………」
レイラの言い方だとヴィンスが好きだからというより、お父様に言われて自分こそが婚約者になるべきだと思っているみたいだ。
「貴女が身を引けば、そこは私のものになるとお父様に言われてるわ」
私が辞退したとして何故レイラと婚約する事になるのかその思考が理解できない。でも今言いたいのはそこでなく……
「お父様に言われてるからという理由でヴィンセントに固執してるんだったら、貴女こそこういう事をやめたら?」
「もちろん私自身もヴィンセント様をお慕いしてるわ。貴女よりも私の方がヴィンセント様を支えてあげられる自信もあるわ」
はっきり言い切られて反論が出来ない。ヴィンスを支える自信?貴族社会において私はヴィンスの支えになってあげられる自身はまだ無い。
「私はこの黒髪の所為で周りからずっと期待されてきたのよ。魔法は出来たら当たり前。出来なかったら黒髪のくせにと言われる気持ちが貴女に分かる?どんなに努力しても成果が現れなければ認められない辛さを味わった事は?」
レイラの突然の告白に胸がドキッとする。以前、ヴィンスも黒髪であった為に苦労があった事を話していた。レイラも同じ様に辛い事があったりしたのだろうか。
「ヴィンセント様は私と一緒でずっと期待を背負って辛い思いをしてきた筈よ。だから私達はお互いを分かり合えるいい関係になるわ」
「それは…違うと思う。同じ境遇を経験して分かり合えるのは確かにいい関係かもしれない。でも辛い思いを共有するより、楽しい事を共有出来る相手と結ばれる方がずっと幸せだと思うよ」
レイラは何か言おうと口を開くがそのまま言葉にならず、視線は私の横へと注がれた。
「?なにが……」
レイラの視線の先を――後ろを振り返ろうとするとトンっと肩がぶつかった。ぶつかった相手は――
「………ヴィンス!」
「っいつからそちらに………」
ヴィンスは私と目が合うと一瞬微笑んでからレイラに向き直った。
「俺も傷を舐め合う相手より一緒にいて安らげたり楽しく過ごせる相手がいい。悪いけどその相手は君じゃない。俺はニーナと婚約破棄するつもりはないし、ましてや君と婚約する気もない」
ヴィンスの言葉にレイラは顔を顰める。もし私がレイラなら好きな人からはっきりと告げられて、ショックで倒れてしまいそうだ。
「ああそれと、ニーナに手出ししたら許さないから覚えておいて」
釘を刺すヴィンスはやっぱり嫌がらせされている件を知っているのだろう。レイラは暫く顔を顰めていたが、ふっと笑みを浮かべて口を開いた。
「ヴィンセント様。私は父の行動までは制限出来ません。それをお忘れなく……」
そう言い放つとヴィンスに礼をとり立ち去ってしまった。
「ヴィンス………」
「ニーナ、大丈夫?」
「……うん」
私は大丈夫……だけどレイラにはっきりと拒絶を口にしたヴィンスの方が辛そうな顔をしている。
「レイラ嬢にはああ言うしか伝わらなかったと思ってる。けど俺にニーナ達がいてくれる様に、彼女にも辛い時に側にいてくれる誰かがいたらいいなと願うよ」
「………そうだね」
手を差し出してくれたヴィンスの手をギュッと握る。
なんともすっきりしないけど、レイラの件は一先ずこれで解決したと思いたい。
「彼女の最後の言葉が気になるな。来週の試験が終わったら休暇に入るし、彼女の父親がニーナに直接何かしてくるとは思えないけど気を付けておいて」
「うん、ヴィンスも気を付けて」
「ああ」
そうだ、レイラは意味深な台詞を残していった。一難去ってまた一難になりませんようにと祈る。
「ニーナ、休暇に入ったらまたデートしよう」
「うん!デートを楽しみに試験も頑張るよ」
少し元気が出て、ヴィンスと共に笑顔になる。
(願わくば、このまま笑顔が続きますように……)
この時はまた別の一難がくる事を、私はまだ分かっていなかったのである。




