魔法習得の目的
「どうぞ」
客室のドアをノックすると返事があり、ドアを開けるとヴィンスの姿がある。分かっている事なのに、ここに彼がいる事がまだ不思議な感じがして気持ちがふわふわする。
「お待たせしました」
部屋に入るとヴィンスはこちらを見た後、口に手を当て驚いた表情をした。
「ニーナ…いつもと雰囲気が違うね」
そんなに?と思うけど、王都にいた時はデートの時でさえシンプルなワンピースに髪も下ろしっぱなしのまま、全く着飾らなかったのだ。この気合いの入った格好にヴィンスはどう思っているのか気になる。
「変、かな?」
「いや…似合ってるよ。すごく…かわいい」
「っ!」
少し視線を逸らして頬を赤く染めるヴィンス。そんな顔を見てしまったら私までつられて赤くなる。
「…ありがとう……」
(うれしい…でも、恥ずかしい…)
お互い向かい合い顔を赤くしている空気に耐えられない。恥ずかしさに、わー!っと大声をあげて逃げ出したくなるのを堪える。
とにかくこの空気を変えたくて何か他の話題を、と頭の中をフル回転させる。
「えっと……勉強終わったんだよね?どんな魔法を習ってたの?」
「えっ……ああ、見る?」
振り絞った話題にヴィンスは応えてくれた。魔法上級者であるヴィンスが習った魔法、そんなのもちろん…
「見たい!」
「いいよ。見ててね」
ヴィンスはぎゅっとを拳を作って眼を閉じると、その一瞬でヴィンスの姿が消えてしまった。
「っ!ヴィンス?!」
消えてしまった事にびっくりしてしていると背後から声がかかる。
「ニーナ」
「きゃあっ」
後ろを振り向くとヴィンスがいる。いつの間に移動したのだろう。思いがけない所にいて驚いてしまった。
「び、びびびびっくりした。透明になる魔法?」
「ははっ『び』が多いな。ごめん怖かった?透明になる魔法じゃないよ。転移魔法なんだ」
「転移魔法?」
「今はまだ短い距離しか移動出来ないんだ。もうちょっと効率良く魔力を使って遠い所まで行けるようにするつもり」
転移魔法というのを初めて見た。こんな魔法が自在に使えたら移動時間も少なく色んな所に行けそうだ。ヴィンスは何でこの魔法を習得したかったんだろう。
「ヴィンスは転移魔法で行きたい所があったの?」
質問を投げかけると、ヴィンスはじっと私の顔を見つめてから口を開いた。
「そうだな…強いて言うなら、ニーナのところかな」
「えっ」
(私のところ……?)
折角話題を変えたのに、またうずくまってしまいたくなる様な答えをくれる。
今度は赤くなる私を見てヴィンスもつられて赤くなる。
(もっと転移魔法について詳しく聞いてみたいのに…)
言葉が後に続かない。ヴィンスは何を思って私の所へ行きたい、と言ったのだろう。
「ニーナ」
ヴィンスが私の名前を呼んだと同時に、ドアをノックする音が聞こえた。
「はいっ!」
思わずうわずった声でドアの向こう側へと返事をする。
「テラスに昼食の用意を致しました。奥様がお二人でどうぞと」
「分かったわ。すぐ行きます」
「…行こうかニーナ」
ふぅっと溜息を吐いたヴィンスが私の手を差し出す。頷いた私はヴィンスの手を取りテラスへと向かった。
テラスには私達2人分の昼食が用意されていた。夕食はお父様達と一緒に取ることになるから昼食くらいは気を遣わずゆっくり出来る様に、とお母様が取り計らってくれたそうだ。
私もお父様とヴィンスが揃った晩餐の為に余力を残しておきたいのでお母様の配慮が有難い。
テラスで食事をしながら転移魔法で『行きたい所』以外の事を聞いてみる。
「私初めて転移魔法を見たよ。凄く難しそうな魔法だね」
「そうだね、もっと早く習得したかったんだけど思ったより時間が掛かったよ。今使える人がいなくて、専門家から説明を聞くしかなかったんだ。今までで1番難しかったな」
「えっ」
(今使える人がいない。という事は)
「この世界でヴィンスしか使える人がいないって事?」
「大袈裟に言うとそういう事になるかな。けど『出来る』人はいるけど『使える』人がいないというのが正しいかも」
「どういう事?」
私の頭では理解に及ばない。ヴィンスの知識を少し分けてもらいたい。
「転移魔法は魔力が沢山必要になるんだ。だから魔力の量が多ければ『出来る』人は他にもいる。俺も使うのは1日に1回が限度かな」
「そうなんだ」
(ヴィンスの魔力はやっぱり規格外なんだ。それでも1日1回が限度の魔法があるなんて…)
「でもまだ短い距離しか移動出来ないからあまり意味が無いんだ。長距離を移動出来る様にもっと精錬しないと…ね」
ヴィンスの言う『長距離を移動出来る様にする』目的が知りたい。でも質問して『私の所へ行く為』と言われてしまったらまたあの空気になるだけだ。私は「頑張ってね」としか言えなかった。
「ところで」と今度はヴィンスから話題をふられる。
「ニーナはお兄さんと仲が良いんだね」
ニーナは元々お兄様と仲が良かったし、私もこの領地でかなり仲良くなれた気がする。
食後の紅茶に口をつけながら深く考えず返事をする。
「うん、お兄様は優しくて色々教えてくれるし仲が良い方だと思う」
「そうなんだ…」
ヴィンスはそう言って向かい合っていた席を立つと私の隣へと座る。肩と肩が触れ合いそうなくらいの近い距離に座られて戸惑ってしまう。
「何故隣に…」
「ここの方がニーナに近いからね」
「…そうだね」
「お兄さんがお兄さんでよかった」
「…どういう事?」
このやり取りも私の理解に及ばない。ヴィンスの心理を読み取れたらいいのに。
「優しいお兄さんで良かったねって事」
それは本当にそう思う。お兄様はもちろん私の周りには優しい人ばかりで、この恵まれている環境にお礼を言いたい。
「そういえば午後からも予定あった?ごめん、本当に突然来たから…」
「ううん、午後はお父様とお兄様は仕事に行ってしまうから、いつもお母様とお茶したり本を読んだり特に予定もないよ」
「そっか、よかった」
魔法を習得した後すぐに来てくれたんだろうか。私は領地で勉強もせず遊び呆けて、今朝まで皆の事も忘れていたのに。
せめてこの領地で好きな事を目一杯して、楽しい休暇を過ごして欲しいと思う。
「この後はヴィンスの好きな事して過ごそう。私なんでもするよ」
「……そのセリフ、あまり俺以外の人に言わないでね」
「えっなんで?」
「なんとなく」
「…………」
以前もこんなやり取りしたなぁと思いながら、否定する理由も無いので「分かった」と返事をする事にした。
―――――
昼食後はヴィンスの希望で近くの川へと来ている。木陰に敷物を敷いてその上に座るとヴィンスはそのままゴロンと横になった。
「実は凄く眠くて…ニーナの家で昼寝する訳にもいかないから少し寝てもいいかな?」
「うん、もちろんいいけど…ここで眠れる?」
「川の音って心地良いよね。ニーナも側にいるしよく眠れそう…」
そう言うともう寝息を立てて眠っていた。余程眠たかったのだろう。そういえばと気付く。
ヴィンスが到着したのは朝だった。王都から領地までは馬車で休まずに走っても丸1日かかる。恐らくヴィンスは昨日の朝発って休まずにここへ来たのだろう。
(忙しい中急いで来てくれたんだ…)
目が覚めるまで本でも読んで待っておこうかと思ったが、自分も横になってヴィンスの隣に並んでみた。
(眠っていてもキレイな顔)
起きている時にこんなに凝視する事は出来ないので、ここぞとばかりに眺める。サラッとした黒髪に長い睫毛に通った鼻筋、女の子の格好をさせても似合いそう、という感想を抱く。
そんな事を考えていると私の意識も段々と遠くなっていった。




