突然の来訪者
「サリーおはよう!」
朝起きて先ずお兄様と厩舎へ行くのが日課になっている。サリーの体を綺麗にしてあげて一通りお世話が終わった後、顔をくっつけて頬ずりする。
(うーん、癒される)
瞳を真っ直ぐ私に向け、話す言葉に耳を傾けてくれるところはリリーに似ていて癒される。馬に似ているなんて言ったらリリーに怒られそうだけど。
(そういえばみんな元気かな)
思った以上に領地生活が楽しくて皆に会えず寂しいと思う事が無かった。私は自分で思うより薄情な人間なのかもしれない。
物思いに耽っているとサリーが鼻先でくいっと体を押してきた。恐らく「どうしたの」と聞いているのだと思う。
「ごめんごめん、考え事をしてたの」
「もうすっかりサリーと仲良しになったね」
お兄様に仲良しと言ってもらえた。私だけで無く周りから見てもそう思われているのは嬉しい。
「はい、段々とサリーの思っている事が分かってきた気がします」
「ははっ、それは凄いね。そうだな……今日はサリーに乗って少し遠くまで行ってみようか」
お兄様が提案してくれる。領地に来てから10日、サリーに乗り常歩は出来る様になった。お兄様と一緒にジュリーに乗って速歩も。私1人でサリーに乗って走れるだろうか。
「行ってみたいな。…サリー乗せてもらえる?」
サリーは頭を私に擦り寄せる。恐らく「いいよ」という事だろう。
(かわいいっ)
「ありがとうサリー!」
「よかったねニーナ」
広大な緑の草原を颯爽と走り、木々が生い茂り川の流れている山の麓へ辿り着く。
「そこの川辺でサリー達を休ませよう」
「はい。結構遠くまで来ましたね」
「ニーナすっかり乗りこなせているね。つい遠くまで来てしまったよ」
お兄様はひょいっとジュリーから降りる。対して私は左足を引っ掛けたまま後ろ向きに降りようとするが、足が届かないのもあって今もこれまでも上手く降りれた試しが無い。
「乗り降りはまだ難しいか」
そう言って私を後ろから軽々と持ち上げて降ろしてくれた。手の掛かる妹にお兄様も嬉しそうなのでこのままでもいいかな、なんて思う。
「ありがとうございます」
「いいよ。ニーナは疲れてない?俺たちも休憩しよう」
サリー達にまざって手で掬った川の水を飲む。淀みのない綺麗な川のせせらぎに深緑の森に広がる青い空。
さっきまではサリーに乗るのに必死で景色を見る余裕なんてなかったけれど、立ち止まって見るこの景色に心を奪われる。
見渡す限りの大自然が続くこの景色に心の中まで澄み渡っていく。
「綺麗……」
「王都の景色とは違った感動があるよね」
「壮大な自然の中に身を置くと…自分の悩みなんて小さく感じますね」
「何か悩んでるの?」
「…多少は……」
嫌がらせ、レイラの事、それに……以前のニーナでない事を皆に言えない事。
何も言わない私にお兄様も何も聞かないでいてくれる。
「悩んだ時はサリーに乗ってまたここに来たらいいよ」
「そうしますね」
笑顔で応えるとお兄様も笑顔になってくれた。いつか、こんな事で悩んでたんだなぁと思えるようになりたい。
―――――
川で休憩した後、私たちは帰路に着いた。
厩舎に到着し、サリーから降りる私をまたお兄様が抱き上げて手伝ってくれる。小さい子供になって甘えているようで、甘えるのが苦手だった私は幸せな気分だ。
「ありがとうございます」
お礼を言ったその時、ジュリーとサリーがふいっと同じ方向を見てソワソワしだした。
「サリーどうしたの?」
「……お客様が来ているみたいだね」
「お客様?」
お兄様がお屋敷の方を見て言う。誰だろうと私も同じ方を見ると、よく知っている黒髪の男の子がそこにいた。
「……ヴィンス?」
本当に?と自分の目を疑う。まさかこれもまたリアルな夢だろうか。そんな事を思っているとヴィンスが近くまでやってきた。
「ニーナ久しぶり」
「ヴィンス?本当に?」
私が信じられないという目でじっとヴィンスを見ると、「偽物の俺がいるの?」と笑っている。どうやらこれは現実のようだ。
「久しぶりだね!もしかして勉強がもう終わったの?」
「ああ、思ったより早く終わって……ニーナ、そちらは?」
ヴィンスがお兄様の方を見る。びっくりし過ぎてお兄様がいた事を忘れていた。私が紹介するよりも先にお兄様が口を開く。
「はじめまして、ヴィンセントくん?ニーナの兄のルークです。」
「ニーナの…お兄さん…」
ヴィンスは何故か驚愕した顔で呟くと、今度はハッとした表情で挨拶をした。
「はじめまして、ヴィンセント・ランフォードです。突然の来訪をすみません」
「全然。ニーナに会いに来てくれたのかな?自然しかないところだけどゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
ヴィンスとお兄様が話をしているのが不思議だ。2人も仲良くなってくれたらいいなあと思っていると、お兄様から声を掛けられた。
「ニーナ、サリー達は俺が連れて行くから彼を案内してあげてね」
「はい、お願いします。サリー乗せてくれてありがとう」
サリーを撫でてお礼を言い、後はお兄様にお願いした。
私はまだヴィンスがここにいる事が夢のようでじっと彼を見つめてしまう。
「そんなに見つめられると穴が開きそうだな」
「っ!ごめん、ヴィンスがここにいる事が信じられなくて…」
「…迷惑だった?」
「全然!来てくれてうれしい」
本当にそう思って思わず笑顔になる。こんな遠いところまでわざわざ来てくれたのだ。精一杯おもてなしをしたい。
「……ニーナは本当に…」
「えっ何?」
「何でもない。それより、ニーナのご両親には先に挨拶させて貰ったんだ。でニーナが乗馬をしていて、もうすぐ帰ってくるだろうとここを教えてもらって来たんだ」
「そうなんだ」
先にお父様達に会っていたんだ。ヴィンスの来訪にお父様が上機嫌になっている様子が目に浮かぶ。
「どのくらいここにいられるの?」
「用事があって明日の昼過ぎには発つ予定だよ。本当は近くの宿に泊まろうと思ってたんだけど、伯爵が是非と言ってくれてここに泊まらせてもらう事になったんだ」
凄いハードスケジュールだ。そこまでして領地に来た理由はなんだろうか。
(私に会いたかった…とかではないよね)
「…お父様がごめんね」
「いや、突然来たのに歓迎してもらえて有難いよ。ニーナとも一緒にいられる時間が長くなるしね」
「そういえば、移動で疲れてるよね?家に戻ってゆっくり話そう。私も着替えてくるね」
家への中へ入りヴィンスは用意された客室へ、私は自室で着替えてからヴィンスのいる部屋へ行く約束をした。
「あの、いつも通りでいいんだけど」
自室へ戻ると侍女の皆さんが髪の手入れや着替えを手伝ってくれる。…まではいいんだけど、普段しない編み込みにハーフアップ、ワンピースもいつものシンプルなものでなく、持ってきた中で一番華やかな花柄の刺繍がスカート全体にありチュールが幾重にも重なったものに着替えさせられる。
「こんな時くらい着飾ってください」
「ええっ」
これじゃあ私が気合いを入れているみたいで恥ずかしい。ピアノやバイオリンの演奏会に出るような装いだ。
「とても素敵ですよ」
「ありがとう……」
確かにこういう格好には憧れもあったので褒められて素直に嬉しいとも思う。ヴィンスがどういう反応をするのか気になりながら彼のいる部屋へと向かった。




