バカンスの始まり
ニーナのお母様の名前が出てきます。
お母様はダリアです。
「ニーナ、もうすぐ着くわ」
馬車に揺られてうとうとしていた私はお母様の言葉に目を覚まして外を見た。
「わあ…」
王都の邸宅よりも立派なお屋敷が馬車の行く先に構えている。ニーナの夢を見ていた時にも見ているが、実際に見てみるのとではまた迫力が違った。
「大きなお屋敷ですね」
「ふふっそうね。私も初めて来た時はびっくりしたわ」
「お母様も…」
お母様の実家も同じ伯爵位の家系なので、そのお母様がびっくりする程の大きさとは相当なのだと思う。鉱山で有名なフローレス伯爵領は、エネルギー資源が採れる鉱山の他に宝石や魔法石も採れる鉱山があるという。まさに資源の宝庫である。
「ダリア、ニーナ、待ってたよ」
お屋敷に到着するとお父様とお兄様が出迎えてくれた。お父様はお母様の手を取りエスコートする。
「馬車の移動で疲れたんじゃない?サロンに飲み物を用意させるから行こう」
お兄様は私の手を取りエスコートしてくれる。この世界は紳士な男の人ばかりでそれに慣れつつある自分が恐い。
以前お父様達と会った時はニーナとして違和感を持たれないよう距離を取っていたが、今回の帰省ではもう少し距離を縮めたい。
「ニーナ、選択で剣術を専攻したって聞いてびっくりしたよ。授業はどう?」
家で読書をしている事が多かったニーナが剣術を選択したのだ。お兄様がびっくりするのも無理はない。
「最初は体力が無くて授業についていくのがやっとで…でも今は大分体力も付いてきたので楽しくなってきた所です」
「凄いな。あの授業についていってるのか。ニーナと手合わせしてみようと思ったけど、負けてしまうかもしれないな」
「お兄様と手合わせ!是非してみたいです」
「お手柔らかに頼むよ」
お兄様は1年で馬術を2年からは剣術を選択していたそうだ。通常は履行してからの変更は出来ないが、その授業内容を修得したと先生が認めた場合に限り変更可能らしい。
馬術を修得したとはどのようなものかよく分からないけども、お兄様もハイスペックな人なんだという感想を抱く。折角なので、お母様が言っていたように乗馬も一緒にしてみたい。
「お兄様、乗馬も時間があれば教えて頂きたいです」
「いいよ。仕事は調整するからニーナがこっちにいる間はニーナのやりたい事に付き合うよ」
「うれしい!ありがとうございます!」
「ニーナは感情が豊かになったね」
つい嬉しくてテンションが上がったところを突っ込まれた。続けて「いい事だよ」と言ってくれて、私もいつまでもこの性格を隠し通せる訳ではないので徐々に自分を出していきたいと思う。
それにしても私の為に時間を割いてくれるなんて、お兄様も甘々だ。3週間の領地生活も充実したものになりそうな予感がした。
―――――
「ん……」
いつもと違うシーツの香り、カーテンの隙間から差し込む柔らかい光、チチっと小鳥の囀りまで聞こえる。ここは何処だったかな、と微睡みの中で考えてみる。
田舎のお婆ちゃんの家に来ているような、何処かの旅行先での旅館にいるような、それとも…
(……あっ……領地だ………)
昨日から領地に来ていた事を思い出す。移動の疲れが余程あったのか、ベッドに横たわった後すぐに深い眠りに入ったようだ。手入れされたふかふかのベッドがまた眠りを誘ってくる。
まだ朝早い時間なのだろう。廊下では人の動きが少しし始めたかなというような物音がしていた。
「んーっ…………起きよう!」
起きようかまだ寝てようかと葛藤があったけど、領地で色々見て回りたいという気持ちが勝つ。大きく伸びをして起き上がった。
昨日案内してもらった自室は、やはりニーナらしくシンプルで必要最低限なものだけのさっぱりとしたものだった。
窓を開けて外の空気を感じ再び伸びをすると、視界の端に人の影を見つける。
(お兄様?)
使用人達も動き始めたばかりのような朝も早い時間だ。どこに行くのだろうかと気になる。慌てて脱ぎ着が簡単な服に着替えて部屋を出る。
「お嬢様?!お早いですね。身支度されますか?」
「ううん、ちょっと散歩に行くだけだけで…すぐ戻るから後でお願いするね」
「承知いたしました。あまり遠くへ行かれませんように」
「はーい!」
途中、侍女の1人に見つかり声を掛けられた。走っている淑女らしからぬ私を見てお転婆認定したに違いない。私は構わず走ってお兄様のいた方へと向かった。
(なんか…わくわくする!)
お兄様はただ散歩していただけかもしれないし、そもそも楽しい事も無いかもしれない。けれど、こちらの世界に来てからずっとニーナとしてやっていくのに頑張り過ぎてたのか、小さい頃から夢で見知った人達しかいないこの領地での解放感に満たされていた。
探検をするような冒険をするようなそんなわくわくした気持ちでお兄様を探す。
(私の部屋から見てこっちの方へ向かっていったから…)
お屋敷を出て少し離れた所に小屋があるのを見つける。小屋と言っても小さなものではなく、例えるなら体育館くらいの大きさだ。この辺は動物がいる匂いがする。
(……厩舎…かな?)
中に足を踏み入れるとやはり厩舎だった。いくつかの部屋に仕切られており、その一画にお兄様もいた。
「ニーナ?びっくりした。朝早いな、もう少しゆっくりしていていいんだよ」
「窓からお兄様を見つけたので、気になって追いかけてきました。厩舎に来ていたんですね」
「時間がある時は来るようにしているんだ。相棒がいるからね」
「相棒…?」
お兄様は目の前にいる綺麗な毛並みの馬を撫でる。馬も気持ちよさそうに目を細めている。
「ジュリーだよ」
「ジュリー、おはよう」
私も一緒になって撫でてみる。私の挨拶にも目を細めて応えてくれているようだ。こんな近くで見るのも撫でるのも初めてだけど凄くかわいい。
「ニーナ、こんな近くまで来るなんて始めてだな。もう怖くなくなった?」
そうだ、ニーナは大きい動物を怖がっていた。馬車をひく繋がれた馬ですら近づかなかったのだ。
「可愛さに気付いたので…」
それらしい言い訳をしてみる。
「ああ、可愛いよね。乗馬もしてみたいって言ってたね。ニーナにはこっちの子が合うと思うよ」
納得してくれてほっとする。お兄様に手招きされたところへ移動する。そこには少し小柄な馬がいた。
「サリーだよ。乗馬するなら馬とも仲良くなっていた方がいい。信頼関係ができたら振り落とされる心配がないからね」
「振り…落とされるの!?」
「ははっサリーは優しい性格だから大丈夫だと思うけど、仲良くなっておくに越したことはないよ」
「サリーよろしくね」
サリーにも挨拶をする。顔を撫でてあげるとサリーも目を細めて返事をしてくれているようだった。落馬したら大変だ。ここにいる間は通い詰めて仲良くなろうと思う。
「そろそろ皆起きてくる時間だ、戻ろうか。ニーナも着替えてきた方がいい」
「はーい」
お兄様に教えてもらってサリーの体を拭いてあげたりブラッシングしたりしていたところに声が掛かった。
「サリーまたね」
サリーに挨拶をしてお兄様の方へと駆け寄る。
「…懐かしいな。昔もよくニーナが後を追いかけてきてて、俺が学園に入学したあたりからさっぱりついてこなくなったなら、ニーナは大人になったんだなぁと思ってたよ」
その通りだ。ニーナは小さい頃からお兄様の後をよく追いかけていた。
もしかしたら、お兄様の入学したタイミング辺りで自分の力が周りと違う事に気付き、周りとも距離を取るようになったのかもしれない。――後に別れがある事を想定しての行動だろうと思うと胸がきゅっとなる。
「…私はまだ子供です。なのでお兄様が嫌がっても後について行きますね」
「いいよ、俺もまだニーナの面倒をみれて嬉しいよ」
お兄様も妹がいきなり兄離れをして寂しく思っていたのかもしれない。
縁があって家族になったのだ。大人になるまでのこの家族の時間を大切にしたいとそう思った。




