仲直りとお願いと
ヴィンセントはそう言うとパッと手を離した。
私はヴィンセントに向き直りその瞳を見つめる。
ヴィンセントに会えた嬉しさと、抱きしめられていた恥ずかしさと、喧嘩をしていた悲しさと、仲直りしようと緊張していたのと、とにかく色んな感情が混ざり合って泣きそうになる。
その中で1番に思うのは
「会いたかった……」
ぽろっと、自然と言葉が出る。
「俺も……会いたかった。朝から中々掴まらなくて、ニーナも会いに来てくれてたって聞いたよ。2人で鬼ごっこしてるみたいだったな」
そう言って笑うヴィンセントに私も思わず笑みが溢れる。
「……ニーナ、この前はごめん。一方的に俺の気持ちを押し付けた。練習してた事を知らなかったのとレオに教えてもらっていたのが悔しくて、ニーナの気持ちを考えていなかった」
ふるふると首を振る。練習してた事を伝えなきゃいけない訳じゃない。けど自分にとって大した事じゃないと思っていても、相手からするとそれを教えて貰っていないと悲しい気持ちになるのは身を持って実感した。
「この前言った事は気にしないで、練習頑張って」
「……うん。ありがとう」
本当はこの言葉だけでも嬉しいはずだ。だけど、ヴィンセントがレイラとパーティーで会っていた事を知ってしまった。ヴィンセントにとっては些細な事で私に言わなくてもいい事かもしれない。でもヴィンセントの口からその言葉を聞きたい。偶然会っただけなんだと言って欲しい。
(ヴィンセントに何も伝えてない私が、伝えて欲しいなんて言える訳ない……)
「それと…」
「うん?」
ヴィンセントが話を続ける。
何故か私の耳元を探るように触れ、私はくすぐったさで少し身を捩った。
「俺の事、ヴィンセントで無くヴィンスって呼んでくれない?」
「えっ」
思ってもみなかったお願いに驚いてしまった。ヴィンスとは親しい人が呼ぶヴィンセントの愛称だ。
「ヴィンス…」
「うん」
私が復唱するように呟くとその呟きに返事をしてくれた。私はその特別な呼び方をした事が恥ずかしくなって顔が熱くなる……顔が赤くなっていくのが分かる。
ふっとヴィンセントが笑った。
「そんな名前を呼ぶのに赤くならなくても」
「っ!」
顔が赤くなっている事をスルーしてはくれなかった。
「でも…その顔を見れただけでも満足かな」
ヴィンセント、もといヴィンスの言葉の意味は分からない。私も特別な呼び方をして欲しいと言われた事で心の中が満たされていく。レイラとの事がどうでもよくなるくらいに。
「帰ろうか」
「うん」
ヴィンスは私の手を取り歩き出す。私はヴィンスの馬車で一緒に帰る事になった。
「ニーナ、さっき図書館にいた?」
「うん。もうすぐ試験だから、勉強しながら…ヴィンスが終わるのを待ってたんだ」
やっぱり図書館で目が合ったのは気の所為じゃなかった。遠くから私の事に気付いてくれたヴィンスが凄い。
「そっか、待っててくれてありがとう。今日中にニーナに会えてよかった」
「私も」
明日は休日だ。休みにまで喧嘩を持ち越さなくてよかった。
「明日は予定ある?リリーと…レオと街でご飯食べてその後図書館で勉強する約束してて、一緒にどうかな?」
「俺も行っていいの?」
「リリーの事も紹介したいしよかったら来て欲しい」
「うん、じゃあ一緒させて」
「うん!」
「ニーナ、試験が終わったら2人でデートしよう」
「っ!うん、行きたい!」
「約束ね」
そう言ってヴィンスが小指を差し出す。私も小指を出してお互いの小指を絡め、指切りをした。ふふっと嬉しくなる。小指がぽかぽかと温かい。
「ニーナもしかして眠い?手が温かくなってる」
「うん?そう、かな。なんか急に眠たくなってきたかも」
寝不足だったからか仲直りも出来て安心したからか、急に眠気に襲われる。
「着いたら起こしてあげるから寝てていいよ」
「ありがとう」
私が寝やすいようにと肩に寄り掛からせてくれる。私は恥ずかしさよりも眠気が勝ってそのまま眠りに落ちていった。
『ニーナが好きだよ』
――馬車に揺られながら、私はヴィンスに告白される幸せな夢を見たのだった。
見ていただきありがとうございます。
ブックマーク、いいね、評価嬉しいです。
次回は閑話を挟みます。
19話の『ニーナがレオの事を意識していない』件の話です。
読まなくても本編に影響ありませんが興味のある方はぜひ。