新菜の日常
「えーーーーー!」
私は叫びながら飛び起きた。もちろんニーナの方ではない。新菜の方だ。
(あんな所で目が覚めるなんて!続き、続きは!?)
もう一度寝たら続きが見られるだろうか。なんて思いながら、時計に目をやった。今日は学校がある。いつもより早くに目が覚めたが、残念ながら2度寝が出来る時間はなさそうだ。
(婚約者だって!カッコいい男の子だったなぁ)
学校へ行く支度をしながら、朝ご飯を食べるためにテーブルへと向かう。いつも通り、自分で食パンをトーストし、インスタントスープにお湯を注いで席に着く。
「いただきます」
1人での食事はいつも通りの光景だった。新菜の両親は共働きで、2人共出張も多く朝が早い。顔を合わせるのは、新菜が夜寝る前のほんの僅かな時間だけだった。
夜ご飯は週に一度、お手伝いさんがきた時に作り置きをしてくれたものを食べている。寂しいと言ったことがあるが、仕事だから仕方がないでしょう、とため息をつかれてしまった。それ以来、寂しいと言った事はない。
新菜は学校へ行くのが好きだった。学校へ行くと寂しいと感じることがなかったから。
放課後は塾へ行き、家に帰ってきてその後の楽しみといえば寝ることだけだった。寝てしまえば、ニーナがいる。内気だけれど穏やかなニーナは新菜にとって家族のように心落ち着く人他ならなかった。
いつも、読書をしたり家庭教師からマナーや魔法を教わったりしているニーナ。新菜はまるで自分もそこにいて、姉妹のように一緒に過ごしている感覚になるのだ。
だからこそ、今朝の夢は新菜にとって衝撃的なものだった。もちろんニーナにとってもそうだろうと思った。ドキドキしながらその日も眠りにつく。
なのに、予想に反してニーナはいつもと同じ日常を送っていた。
(あの後はどうなったのかな?いつも朝から夕方くらいまでのニーナしか見られないのが悔しい)
ドラマをいつも中途半端な所で切り上げなきゃいけない感覚と同じだ。あーあ残念、と思いながら、それでも今夜も夢の中でニーナの世界を堪能するのだった。
………その年も、次の年も、特に変化はなく。
変わった事と言えばニーナの誕生日にヴィンセントの名前で花束が贈られてくることだけ。新菜の日常もいつも通り。そして15歳になる年の春になった。
(今日から魔法学園に通うのね!)
夢の中の世界では魔法という概念があり、魔力に関しては個人差があるものの皆保有しているらしい。そして、その力が強くなる頃―――15歳になる年から3年間、正しく魔法が使えるよう学園へと通う事が義務付けられていた。
ニーナは小さい頃から魔法の才能があるらしく、本人も意識せずに魔法を使う事があった。散らかした部屋を魔法で片付けたり、転んで怪我してしまった足を魔法で治したり……それに気づいた父親が学園へ通う前から家庭教師をつけていた。
(私も魔法を使ってみたいなぁ)
新菜は魔法を使う真似をした事がある。当然、使えないのだが。
悔しいけど、新菜の世界においては魔法が使えたら大騒ぎになるだろう、それでいいのだと納得する。そのかわり、ではないけれど、ニーナが学んだ文字やマナーの知識は一緒に得ることが出来た。
(知識があっても披露する場所はないけどね)
心の中で自嘲する新菜は、もうすぐこの知識が役に立つ事をまだ知らない………