交わらない想い
学園での授業に加え、放課後の練習の成果もあって火の魔法も上達してきた。次のステップは、風と火の魔法を組み合わせて濡れたものを乾かせるようにする事だ。
「ニーナはまだ恐る恐るしてる感があるな」
「やっぱり分かる?」
「バレてるよ。もっと自信持ってやってみて」
自分にその魔法をかける勇気はまだ無い。
「洗濯物かき集めて順に乾かす練習してみるのもいいかもな」
「そうだね。やってみるよ」
「リリーはどう?」
「私、家で薪オーブンの火加減が上手く出来る様になってきたよ!」
「すごいじゃん」
レオは根気強く私に教えてくれるし、リリーはもう目標に達しているのに私に付き合ってくれている。2人には感謝しきれない。
今はお風呂の後、侍女のサラに髪の毛を乾かしてもらっている。私が自分で出来る様になればサラも早く仕事を上がれるはずだ。彼女の休息時間確保の為にも早く習得したいところだ。
「今日もありがとう!また明日ね」
2人に挨拶をして帰ろうと、馬車へと向かう。
「ニーナ」
不意に名前を呼ばれて見るとヴィンセントだった。会えると思っていなかったので嬉しくて駆け寄る。
「ヴィンセントも今帰り?今日は体術だよね。おつかれさま」
「…ニーナは何してたの?」
少し低いトーンの声だ。何かしてしまったかな、とたじろぐが心当たりがない。
「中庭で魔法の練習してたんだ」
「さっきレオの姿があったけど、一緒にいた?」
「うん、レオに魔法を教えてもらってて」
「何で?」
「何でって…」
ヴィンセントが怖い。悪い事をしていないのに怒られている気分だ。
(もしかしてレオと2人でいたと思われているのかな)
レオが婚約者がいるのに男女2人でいるのは良くないと言っていた事を思い出す。噂になるとヴィンセントも当事者になってしまうから外聞が良くないと思っているのかな、と。
暗に2人ではない事を伝えてみる。
「苦手な火の魔法をリリーと一緒に教えてもらってたの」
「言ってくれたら俺が教えるよ。レオとの練習は終わりにして」
「えっ今上手くなってきてるとこだから」
「俺も教えられるからいいよね」
「……強引すぎない?」
レオは異性だけど仲の良い友達だ。婚約者とはいえ交友関係をあれこれ言われたくない、と思うのは我儘なのだろうか。
「友達と練習したらいけないの?」
「そうは言ってないよね」
「私にはそう聞こえるよ。練習は続けるから」
「俺は許してない」
「何でヴィンセントの許可が必要なの?」
訳が分からない。ヴィンセントが何にそんなに躍起になっているのか知りたい。
「とにかく今日で終わりにして」
このままだと、私が言ってる事を聞いてもらえず押し切られる気がする。
(この場にいたくない…)
「…私もう帰る」
泣きそうな顔を見られたくなくて、そう一方的に言うと走ってその場を離れた。思いが行き違う事が悲しい。
(なんでこうなっちゃったのかな……)
―――――
いくら気持ちが沈んでいても次の日は来るし、学園も休みにはならない。
(行きたくないな)
学園に行きたくないなんて思うのは初めてかもしれない。嫌がらせがあっても、魔法を学ぶ事が楽しかったし友達にも…ヴィンセントにも会えるから。
けど、今はヴィンセントに会いたくない。
「ニーナ元気ないね」
「最近練習も頑張ってるからな。無理するなよ」
優しい2人に心配もかけたくない。
「ありがとう」
今日は剣術の授業もある日だが逃げても仕方がない。両手でパチンと頬を叩いて気合いを入れた。
「ニーナ、ヴィンセントと喧嘩でもした?」
「…うん」
剣術の時はいつも一緒にいたのだ。今隣にいないという事はそういう事だと、レオにはバレバレなのだろう。
「あまり落ち込むなよ」
「…うん」
「自分の思いを相手に理解してもらうって難しいよね」
「…そうだな。けど、理解してもらえなくても伝えないと始まらない。拗れる前によく話あったらいいと思うよ。早く仲直り出来たらいいな」
「うん、ありがとう」
レオの言う通りだ。ヴィンセントが何故あんな事を言ったのか聞いてみて、私も思ってる事を伝えなきゃいけない。
「次は剣を受け流す稽古するぞ。1年生は2年か3年と組んで」
私はいつものようにエリザ様と組む。エリザ様は相変わらず見た目は凛として隙のない方だ。なのに話を始めると可愛らしい。
「ニーナ、今日は騎士と一緒じゃなかったわね。喧嘩でもしたのかしら?」
エリザ様にもバレていた。
「言い合いをしてしまったんです」
「言いたい事を言える仲なのは良い事だわ。でも仲直りは早めにね」
レオと同じ事を言われた。皆自分の事のように親身になってくれて、胸がじんと温かくなる。
「元気なニーナじゃないと私も元気になれないわ」
それは大変です、と笑って返す。逆にエリザ様から元気を貰えた。
―――――
「レオ、俺と組んで」
「…1年は先輩と組めって言ってたけど?」
「向こうでやろう」
「ヴィンセント、聞いてる?」
レオの言葉は無視して、皆とは少し離れた場所へ移動する。
「で、何?」
「レオからやっていいよ」
一応授業中だ。レオからするように促すとレオは、はぁっと溜息を吐き俺に向かって斬りかかる。
「っ!」
受けた剣の衝撃で手が痺れる。何とかギリギリ受け流せるように仕掛けてるとしか思えない。レオは絶対経験者だ。
「何か話があるんじゃないの?」
全て分かってそうなのに聞いてくる感じも嫌だ。
「ニーナと魔法の練習してるの、止めてくれない?」
「何で?」
「俺が教えるから」
「それ、ニーナに言ったら?もしかして言って断られた後か」
次は俺から仕掛ける。小さい頃から教師を付けて剣の稽古をしてきたから他のやつより強い自信はある。
「!」
なのにレオは難なく剣を受け流す。
「じゃあ無理かな、途中で放棄出来ない。ニーナ頑張ってるからね」
「お前っ!」
「俺にも断られるって分かってるのに聞いた?余裕ないんだな」
頭にカッと血が昇るのが分かる。冷静になれない。レオからの剣を受け流してそのまま打ちかかる。
「……っ!」
レオは防御の姿勢が遅れるが、ギリギリの所で剣をかわした。
「あっぶな!」
レオの表情からも余裕さが無くなる。俺に向き直り剣を振り下ろしてくる。太刀筋をよく見ていないと簡単には受け流せなさそうだ。と、その時…
「そこの1年何してる!」
「………」
先生からの一喝で俺たちの動きが止まる。
「稽古は遊びじゃない、指示通りに動け!…怪我は?」
「…ありません」「ないです」
「罰としてグラウンド10周だ。次は反省文書いてもらうからな」
「…はい」「はい」
「他の生徒は今日の授業終わり!」
少し冷静になった俺はニーナを見つけて側へと行く。
「…今日は先に帰ってて」
「……うん」
ニーナは悲しそうな顔で応える。こんな顔をさせたい訳じゃないのに。
(本当に、何やってるんだろうな)