皇女様との交流
第一回目の魔法の練習は、先生の許可を得て中庭で行う事になった。
「よろしくお願いします!」
リリーと声を揃えて挨拶をする。レオと私に加え、リリーも空いている日に一緒に練習を行う事になった。婚約者がいる身で男性と2人きりになるのはあまり良くない、というレオの計らいだ。私はそういう事に疎いので気を回してもらって有難い。
「2人共、火の魔法でよかった?」
「うん、私火傷してから苦手意識があって…」
「私も火を起こす時の力加減が難しくて、そこをお願いします!」
火傷してから火の魔法が怖くて、一瞬火を起こしてはすぐ消す、というのが精一杯だった。リリーの言う通り力加減も難しい。
「学校ではさ、理屈を説明してその通りにしてみましょうっていうやり方だよな。それが悪い訳じゃ無いけど、その説明通りにしようと考えてたら頭がこんがらがって訳わからなくなる奴も多い」
「うんうん」
リリーと頷く。
「魔法を上手く使える奴は、理屈を考えずにイメージで魔法を使う事の方が多いんだ。火を点けるイメージ、風が吹くイメージ、水が湧くイメージ、自分が思い浮かんだイメージだったら何でもいい」
「確かに、風魔法の授業でリリーと手から風が出るイメージしたら上手くできたよ」
「ならそのやり方で良さそうだな」
「なんだけど、火魔法の授業では同じようにイメージしたのに勢いよく炎が上がってしまって…」
火魔法の時も、同じく指先から火が出るイメージをしたのだ。何がいけなかったのかは分からない。
「うーん、そうだな。効果音も付けてみるか」
「効果音」
リリーとハモる。
「火を灯すんだったら『ポッ』ていう音とかかな。一緒にイメージしてみて」
「なるほど」
「出来たよ!」
「えっすごい!」
リリーが早速出来ていた。即実践する行動力とその吸収力に尊敬する。
「リリーやるじゃん」
「レオ先生のお陰です」
「ニーナもやってみようか」
「…うん。ちょっと、怖いな」
「力が強かったら俺が抑えるから」
レオの頼もしい言葉に、勇気を出してやってみる。
(指先にポッと火を灯してゆらゆら持続させるイメージ…。)
「わっ出来た」
「ニーナやったね!」
「………」
(うれしい!私にも出来た!)
喜ぶ私とリリー。けど、レオの反応がない。
「レオ?どうしたの?」
「あっああ…2人共すんなり出来たからびっくりしてた。ニーナも出来てよかったな」
「うんっありがとう!」
その後も、出来た感覚を忘れないようにリリーと練習を続けた。その姿をレオが真剣な表情で見つめている事には気が付かずに……
―――――
剣術の授業では準備運動、走り込み、素振りのルーティンに加えて今日から対人稽古が始まる。初めての授業ではヘトヘトだったが、あれから何度目かの授業に大分体力が付いてきた。
「1年生は必ず2年か3年と組んで、交代で軽く打ち込んで」
(先輩に知り合いはいないし、誰と組もう)
近くにいる誰かに声を掛けようと思った時に、後ろから声を掛けられる。
「ねえ、よかったら一緒に組まない?」
透き通る様な声に振り向くと、皇女様だった。
「はいっよろしくお願いします!」
「ふふっ元気ね。名前は……」
「あっニーナと言います。殿下」
「ニーナね。私の事はエリザでいいわよ」
エリザ様と適当な場所に移動する。こんな汗をかくような事しかしていないのに、思った通りエリザ様からはフワッと花の様な良い香りがしていた。
打ち込みをしながら会話をする。
「ずっと話をしたいと思っていたのよ。いつも騎士が2人貴女の側にいたでしょう。黒髪と銀髪の。特に黒髪の男の子が周りに威嚇してたから、やっと話が出来たわ」
「えっ」
全然気付かなかった。ヴィンセントは一体なにをしているのだろうか。
「知らなかった?でも彼が守ってくれてよかったわね。でないと、貴女可愛いし他の男の子にしつこくされていたかも。剣術の授業は女の子が少ないから気を付けないと危ないのよ。で、どちらが貴女の本命なの?」
「ほ、本命……」
エリザ様は瞳をキラキラさせて尋ねてくる。私は苦手な恋バナに一瞬固まるが何とか返事をしてみる。
「実は、黒髪の男の子は私の婚約者なんです」
「そうなの?!婚約者が敵から貴女を守ってくれてるのね。素敵だわ」
物凄く楽しそうに話されてるので否定はしないでおくが、話が飛躍している気がする。凛としていて隙のない皇女様は実は恋バナ好きの乙女だったのか。ギャップが可愛い。
「クラスは一緒なの?」
「いえ、違うクラスです」
「あまり会えないから同じ剣術を選択したのかしら?ここが交流の場なのね」
それにしても軽い打ち込みを交代でしているとはいえ、かなり息が上がってきた。対して私と違ってエリザ様はまだまだ余裕な様子だ。
「彼とはどんな話をするの?」
「どんな…あまり深く考えた事ないです。その時思った事を話しているので」
「そう、良い関係を築けているのね。私は全然ダメで…。貴女達は仲が良いのね。羨ましいわ」
「エリザ様?」
「もっと色々話をしたいけど、もう時間ね」
エリザ様の言う通り稽古終了の合図が鳴る。
「ニーナ、楽しかったわ。また話を聞かせてね」
「はい。相手をしていただいてありがとうございました」
ほとんどエリザ様の妄想で話が進んでいたが、私も皇女様の意外な一面を見られて楽しい時間だった。
私は全然ダメで…と言っていたのは、エリザ様にも婚約者がいて上手くいっていないのだろうか。立場的にこちらからはあまり踏み込んで聞けないので、上手くいく事を願うばかりだ。
「皇女様に誘われてたね。大丈夫だった?」
帰りの馬車ではヴィンセントに今日の事を心配された。剣術の後に一緒に帰る事はもう定番になっている。
「大丈夫だよ。凄く可愛らしい方で、色々話してくれて皇女様も女の子なんだなあって、恐れ多いけど親近感が湧いちゃった」
「ニーナは誰とでも仲良くなれてすごいな。それと、ニーナの方が可愛いよ」
追加でびっくりする事を言ってくる。
「それは、ありがとうございます……」
ヴィンセントはカッコいいですよ。と心の中で言っておく。エリザ様から聞いた、私が知らない間に守ってくれていた事なんて本当に騎士の様だ。
「そういえば、ヴィンセントは皇女様に婚約者がいるかどうか知ってる?」
「皇女様は確か… ロズウォール公爵令息と婚約してたな」
(やっぱりいるんだ)
「うちの学園にロズウォール姓を名乗る生徒はいなかったから、違う学園に通っているんじゃないかな」
「そんな事まで分かるの?」
「うちの学園に通っている貴族の名前は一応把握してあるんだ。社交デビューしたら必要になるかもしれないしね」
「すごいね…」
私も俄か伯爵令嬢であり、未来の侯爵夫人予定でもあるから覚えておいた方がいいのかな、と悩むところだ。
「皇女様の婚約者が気になる?」
「皇女様、婚約者の方と仲良くしたそうだったから」
「…ニーナ、稽古中に何の話してるの?」
「…本当にね」
ははっと笑い合って、ヴィンセントが言う。
「俺たちは仲良くやっていこうね」
「……はい」
(私と仲良くしたいと思ってくれているんだ)
うれしいのと恥ずかしいのとで顔が熱くなる。
後日、この時の気持ちとは裏腹にヴィンセントと喧嘩になるのである。