2つのフラグ
「ごめん、遅くなりました」
「いや、俺もさっき来た所だよ。帰ろうか」
ニーナの家の御者には伝えておいたから、とヴィンセントの家の馬車で一緒に帰る事になった。馬車での座り位置は、安定の隣同士だ。
「体大丈夫?疲れたんじゃない?」
労りの言葉をもらう。昨日今日と本当にハードだった。明日ももれなく違う箇所が筋肉痛になっていそうだ。
「うん、ちょっと疲れたかな。もっと体力付けなきゃと思ったよ。ヴィンセントは大丈夫?」
「俺も疲れたな。走り込みが一番辛かった」
「あっ分かる」
他愛も無い話をして、ヴィンセントが聞きにくそうに尋ねてきた。
「…レオとは仲良いの?」
「レオ?うん、仲良いよ。レオはあんな感じだから私だけじゃなくクラスの皆と……ヴィンセント!?」
話してる途中でポニーテールにしている髪先をヴィンセントに触られ、クルクルと弄ばれている。
「気にしないで続けて?」
「ちょっと、気になるんですが…」
髪先は神経が通ってないはずなのに、なんかこうくすぐったいし恥ずかしい。「そう、残念」とヴィンセントは触るのを止める。
「えーっと。何の話してたかな」
「…ニーナの仲の良い友達の話」
「あっそうだね。レオはクラスの皆と仲良くて、面倒見がいいから頼りになるお兄ちゃんって感じかな」
「そう。お兄ちゃんね…」
「私が一番仲が良いのはリリーっていって、優しくてお菓子作りも上手な子だよ。私の癒しなんだ」
仲の良い友達がいて良かったね、と嬉しそうにされて私も嬉しくなる。今度是非リリーも紹介したいと思う。
「やっぱりクラスが違うからか、ヴィンセントとは学園であまり会わないよね。魔法の実習は何クラスなの?」
「俺は最上級クラスだよ」
「えっすごい」
そうかなと思った事はあるが、やはり最上級クラスだった。軽々魔法を使いこなす所を見ているからそれも納得がいく。もしかしてあの人も…と頭をよぎる。
「もしかして、レイラって人もいる?」
「レイラ……レイラ・スカーレット嬢の事かな?いや、同じクラスじゃないよ。実習クラスも通常クラスも別だな」
(違うクラスなんだ。なのにヴィンセントがレイラの事を知ってるのは、黒髪で有名だからなのかな)
何となくモヤっとしてしまう。
「…ニーナもクラス違うよね。彼女を知ってるの?」
「彼女は黒髪だから」
「ああ…」
前に直接嫌味を言われた事は伏せておいた。ヴィンセントに責任を感じてほしくないし、心配もかけたくない。ヴィンセントは顎に手を当てちょっと考える仕草をしてから口を開いた。
「出来ればあまり彼女に関わらないでほしいな」
「………」
すごく理由が気になる事をお願いされてしまった。しかも、ニーナは望んでないのにレイラ側から関わってきている。もう既に関わってます、と心の中で返事をする。
「それは何で?」
「なんとなく」
「……なんとなく」
なんとなく関わらないで欲しいらしい。私はよく分からないのに「分かった」とだけ返事をした。
そういえば、ここ数日は嫌味を言われてなければ嫌がらせもされてなかった。
(このまま本当に関わりが無くなったらいいのに…)
―――――
(フラグだよね)
最近は平和な学園生活を送れていると思った矢先、久しぶりの水攻撃を受けた。水を掛けられた後すぐに上を見るが、やっぱり誰の姿もない。
今は選択授業の時間だ。私は今日選択授業が無い日なので帰り支度をして外へ出た所だった。こうも一人でいる時を狙われるなんて、いつも見られているのかと少し恐怖を感じる。
(まだ乾かす魔法はつかえないし、着替えるしかないかな)
ヴィンセントに魔法博物館へ連れて行ってもらって以来、基本の魔法は前より使えるようになってきた。けど乾かす魔法は風と火の魔法を組み合わせたもので、私にはまだ難しい。火の魔法も火傷してから苦手意識があり、あまり積極的に使いたくなかった。
「うわっどうした?水浴び…じゃないよな?」
「レオ……」
同じく帰ろうとしているレオに見られてしまった。この嫌がらせを受けた姿を知ってる人に見られるのは気まずい。大事にもされたくないし、何を言えばいいのか戸惑ってしまう。
「…もしかして、誰かに故意に掛けられた?」
「……」
「言いにくい?掛けた奴が誰か分かる?」
「…ううん」
「ちょっと触るよ」
返事をする間も無く腕の濡れた部分に触れられる。濡れた状態は変わらない為、乾かす魔法を掛けてくれた訳ではなかった。
「一体、何を…」
「魔法にもその人によって癖や特徴があるからな。魔法を使って水を掛けたなら、水に魔力がのこってるだろうから誰が掛けたのか調べようと思ったんだけど…水自体は魔法で生み出したものじゃないみたいだ。分からなかった」
そう言って再び私に手をかざし、今度は乾かす魔法を掛けてくれた。
「ありがとう」
「掛けた奴の心当たりは?」
「…あの人かなっていうのはあるけど、確証が無いから言えない」
「この前、絡まれたって言ってたよな。これもヴィンセント絡みなんじゃない?度々こういう事あるの?」
レオは核心をついてくるが、私は返事が出来ない。
「沈黙は肯定だよ。どうせヴィンセントにも言ってないんだろうけど、多分本人はこういう事は相談して欲しいと思うな」
「でも、レオなら言いたくない私の気持ちも分かってくれるんじゃない?」
「その言い方は狡いな」
そう言って、いつに無く真面目な顔をしていたレオはいつもの調子に戻っていた。
「で?ニーナはどうしたい?」
「出来れば犯人にこの行為を反省させて謝らせたい。けど犯人の確信が無い今はそれは難しいから、濡れても自分で乾かせるようになりたい」
「ははっいいね。先ずは魔法の練習からか」
乾かす魔法の練習から。地味だけど、度々こういう事をされるのなら自分で対処できるようになりたい。
「練習付き合うよ、ニーナ」
「えっいいの?!」
「その代わり、俺が困った時は助けてもらおうかな」
「うんっもちろん!ありがとう!」
レオの申し出は有難い。自分一人で練習するより、上級クラスのレオに教えてもらった方が上達するのは格段に早いはずだ。
練習は2人共選択授業の無い放課後に行う事にした。
私はこの時、水を掛けられた事とその対処について頭がいっぱいでもう一つのフラグがあった事に全く気付けていなかった。
「そういえば、顔合わせ以来ヴィンセントと会った事無いって言ってたけど、仲良さそうじゃん」
レオに指摘されてドキッとする。それは私も思っていた。ニーナとは全く交流が無かったから、今のこの関係は不思議でならない。
「実は、前回水を掛けられた時にヴィンセントに遭遇して、何故かそこから今のような感じになって…なんでだろうね」
上手く説明できない。出会った日はともかく次の日からヴィンセントに好意を向けられている気はするが、それが何故なのか分からない。レオには恥ずかしくて言えないが、手を繋いだり髪に触れられたりとスキンシップもある。
(誰にでもあんな感じなのかな?ううん、それはないよね)
もしかして元々ニーナに好意があったのかな、とも考えた事もあったが、だとしたら今までにもっと交流がありそうだし、もしそうだったらそれはそれでニーナでは無いので辛い。
「いずれ結婚する事が決まっているなら、仲が良いに越した事はないよな…」
「そうだね」
自問自答するようなレオの呟きを疑問に思いながら同意する。
私はまだヴィンセントの事を良く分かっていない。
(もっとお互いの事を知って今まで以上に仲良くなれたらいいな)
そう思うのだった。