波乱?の選択授業 1
帰りの馬車では、また絶対に動いてはいけないゲームを一人開催していた。そしてやっぱり気を紛らわせる為に話し掛ける。
「そういえば休み明けから選択授業が始まるね。ヴィンセントは何を選択したの?」
(ヴィンセントも頭が良さそうだから、ニーナみたいに難しい科目にしたのかな)
「俺は剣術と体術にしたよ」
「えっ!」
まさかの武闘派だった。華奢そうな見た目に反して意外過ぎる選択だ。びっくりして目を見開いてしまう。
「そんなに驚かなくても。うちは代々魔法騎士をしているから武術系は必須なんだ」
リリーに続き、ヴィンセントも家の事を考えての選択だった。私は本当に自分の好きな科目を選んでしまった事を少し後悔する。
「ニーナは何にしたの?」
「……私は剣術と声楽を」
「えっ!」
(そうよね、その反応は合ってると思う)
「お母様に相談したら好きなものを、と言ってくれて自分のしたかった事を選んだのだけど、やっぱり家の為になる科目を選択すれば良かったかも」
「いや、好きなものを選ぶのはいいと思う。ただ…」
「ただ?」
「剣術を選ぶと思わなかった。一緒だな」
「一緒だね。ヴィンセントと対戦できるかも、と思ったらすごく楽しみだよ」
「それは絶対に負けたくないな」
前の世界では私は剣道部に所属していた。こちらの世界での剣術とは違うかもしれないけど、同じ剣術として興味がある。
「私も負けないようにがんばるよ」
「…ニーナはケガしそうで怖いな。気を付けてね」
心配されてしまった。危なかしい感じがするのだろうか。
「……気を付けます」
「もしケガしたら俺のところに来て。治すから」
「うん」
(妹に甘々なお兄ちゃんみたい)
そんな感想を抱いていると、家へと到着した。
「今日は本当にありがとう。すごく楽しかったよ。ヴィンセントがどんな人かも知れてよかった」
「どんな人と思われたのか気になるな」
「……秘密です」
「そう、残念。いつか教えてね」
そう言った後、私の耳に顔を寄せる。
「俺も楽しかった。またデートしよう」
「!」
耳元でそう囁かれて、私は息を飲んだ。耳がくすぐったくて思わず手で覆う。顔が熱くなるのを感じる。
「また学校でね」
ヴィンセントは手を降り馬車に乗り込むと行ってしまった。私は固まって返事が出来ないまま見送った。
家に入ると出迎えてくれたお母様に「楽しかった?」と聞かれ「楽しかったです」と答えるのが精一杯だった。恐らく、しばらく熱を持って赤かったであろう私の顔を見て、お母様は色々察してくれたのか微笑んでそれ以上は聞かないでいてくれた。
その夜はヴィンセントに耳元で囁かれた言葉を反芻しては、中々寝付く事ができなかった。
―――――
「おはようニーナ」
「おはよう、リリー」
休み明け、学園が始まる。このやり取りにも慣れてきた。
「ニーナ、デートどうだった?手ぐらい繋いだ?」
「〜〜っ!」
ここにも心を読む人がいた、と焦る。恥ずかしいので手を繋いだ件には触れず当たり障りのない回答をしたい。
「魔法博物館に行ってきたの。楽しかったよ」
「わっいいね!デートっぽい。他には?」
「えーっと。あっそうだ!かわいい雑貨屋さんを教えてもらったの。今度一緒に行こう」
「本当っ行く行く!」
話題を変えることに成功して内心ほっとする。他人の恋バナはともかく、自分の恋バナには慣れる気がしない。
「ニーナは今日選択授業ある?私は製菓の授業があるんだ」
今週から始まる選択授業は、通常授業が終わったあとの放課後に行う。前の世界でいう部活の感覚だ。
「リリーもあるのね。私今日は声楽の授業があるよ。明日と明々後日が剣術だって、どれも楽しみ」
「本当楽しみだね!私製菓で作ったお菓子、あとで持っていくね」
「わっうれしい!今日も1日頑張れるよ」
と、この時はそう思っていた。
「ニーナさん!もっとお腹から声を出して!」
「ニーナさん!呼吸が乱れてます!」
「ニーナさん!」
「先生、ちょっと…休憩を……」
「…10分間休憩にします。休憩が終わったら再度各自ウォーミングアップから行いましょう」
(声楽の授業受けるの楽しみ、と言っていた数時間前の私に教えてあげたい)
声楽はスポーツか、というくらい練習がハードだった。腹式呼吸のし過ぎで明日は腹筋が筋肉痛になっているに違いない。
「すみません。私皆さんにもご迷惑をお掛けして…」
「大丈夫大丈夫。1年生の内はみんなそうだから」
先輩方がフォローしてくれる。けど、1年生の中でも主に8割方注意されてるのは私だった。
「ニーナちゃんは歌手目指してるの?」
「えっ?いえ、歌うのが好きなので声楽をとったんです」
(この質問、まさかとは思うけど…)
「もしかして皆さん、プロ目指してます?」
「そうだね、演劇と一緒に選択してオペラ歌手や舞台俳優目指してる人が多いかな」
「…そうでしたか」
やはりプロを目指す集団だった。私みたいに軽い気持ちで選択したらダメだと誰か教えて欲しかった。とにかく出来る事を頑張るしかない。
「秋にある学園祭では、1年生はどのクラスも演劇をするんだよ。声楽と演劇を選択した子中心になって行うから頑張ってね」
「そうなんですね」
プラスアルファの情報に戸惑う。辺りを見回すと、同じクラスの子で声楽を取っているのは私の他にウィルくんがいた。
(よかった、一人じゃなかった)
彼と一緒にがんばろう、勝手にそう思った。そして一抹の不安がよぎる。もしかして明日の剣術もこんな感じなのかな、と。
選択授業も終わり、リリーと落ち合う。
「リリーおつかれさま。製菓どうだった?」
「楽しかったよ。今日はクッキーを作ったの。よかったら食べてね」
「うれしい!ありがとう」
リリーはやっぱり私の癒しだ。リリーの笑顔とかわいいクッキーに疲れがとれる。
「ニーナはどうだったの?」
「うーん。このままいくと、私は歌手になってしまうかもしれない」
「ニーナすごいじゃない」
楽しいひとときを過ごして帰路に着く。その日は明日に備えて早く就寝する事にした。