人生初めてのデートは 3
ジオラマでの歴史が現在まで来たところで次の展示へと移る。
「こっちは何の展示かな」
「魔法の属性と種類の紹介みたいだな」
学園でも習ったような火や水などの基本の属性と、その派生した魔法の図解が展示されている。その奥には高度な魔法の図解があった。
「時の魔法……派生した先に治癒魔法?治癒魔法って時の魔法なの?」
治癒魔法はニーナも使っていたから聞いたらおかしく思われるかもしれない。けど、疑問に思った事を聞かずにはいられなかった。
「そうだな。例えば、ケガした所を元の状態に戻す時に時を遡る魔法を、逆に治った後の状態にする時に時を進める魔法をかけるから、時の魔法を使ってる事になるな」
「知らなかった。じゃあヴィンセントは私の火傷にどちらかを使ってくれてたの?」
「ニーナの火傷には…元に戻すイメージをしてかけたから時を遡ってる事になる」
(知らなかった…少なくともヴィンセントは時を操る魔法を使えるんだ)
「ヴィンセントや他の治癒魔法を使える人は時を操れるって事?」
気になって直球で聞いてしまう。さっきの歴史の話からいくと、治癒魔法を使える人は時の魔法を使えるって事で、過去を変えてしまうと危険視されるのではないだろうか。
「操れると言っても、ごく狭い範囲でその一部分の時間しか動かせないから問題ないかな」
ヴィンセントは私の聞きたい事の意図を汲んで答えてくれる。
「それに治癒魔法を使える人間は限られていて、素質が無ければ魔力が多くても使えない。学園に入学した時に能力測定を受けた時点で誰がその素質を持っているか国に把握されているんだ。学園では1年生で俺とニーナの2人、2年生で1人、3年生に至っては使える人がいないと聞いてる」
「知らなかった……」
知らない事だらけだ。当然、夢の中で見た事だけでは情報が完全ではないから仕方がない。
「私はもう使えないから学園では2人だけなのね」
「うーん、どうなんだろうな。治癒魔法の素質があったのならまた使えるようになりそうだけど、そうなったらいいな」
ヴィンセントは笑ってそう言ってくれた。
「あっここからまた展示が変わるね」
さっきまでは皆割と静かに観覧していたが、ここは賑わっていた。
「ここは魔法の疑似体験ができるんだ。ニーナが魔法の感覚を取り戻すのにちょうどいいかもしれない」
「疑似体験!楽しそう!」
火、水、風、の区画に分かれていて、皆黒い石のようなものを配られている。
「私してくるね。ヴィンセントも一緒にする?」
「うん、俺もしようかな」
(一緒にやってくれるんだ)
見るからに、主にまだ魔法を上手く使えない子達が疑似体験をする場所だ。それに付き合ってくれる彼の事を、そろそろ無関心な人だという認識を変えてあげなくてはと思う。
それと……
「あの。そろそろ手を…」
「ああ、繋いだままじゃ出来ないか」
そう言って繋いでいた手を離す。手が離れてほっとする。と同時にちょっと寂しいな、なんて思うのは…どうかしている。
「寂しい?」
「!」
まさかの心を読まれたのかと思い、赤面してしまう。彼なら本気で読めそうで怖い。ぶんぶんぶん、と頭を横に振る。
「そう、俺は寂しいけど」
彼の方もどうかしている。その言葉を素直に受け取っていいのか真意が分からないので、答えが出ない今は考えない事にする。
「風!風のコーナーが空いてるよ、行こうっ」
半ば強引に話を逸らして風のコーナーへ行く。そこには大きな風車があり、案内のお姉さんに黒い石を渡された。
「この魔法石を持って、あの風車に向かって反対の手をかざしてくださいね」
「こう、かな?」
ヴィンセントと一緒に手を風車の方へかざす。すると、石を持ってる手から反対側の手へと何かが流れていく感じがし、その瞬間、フワッと手から風が発生した。風車がくるくる回る。
「わっ出来た!」
「出来たね」
学校で習った時より簡単に魔法が使えて喜ぶ私に、ヴィンセントに続いてお姉さんも「上手に出来ましたね」と褒めてくれた。うれしい。
「魔法石にはあらかじめ決まった魔法の力が込められていて、上手く魔法を使えない人でも持つだけで簡単に発動できるんだ」
私が聞こうと思ったことを質問するより先にヴィンセントが教えてくれる。またもや私の気持ちを読んでいて流石としか言いようがない。
「ただ、魔法石は高額で込められる魔力の量も決まっているから常用は難しいんだ。何かあった時のためにお守り用に持っている人が多いかな」
「なるほど」
分かりやすい説明が有難い。私は今日一日でかなり賢くなったのではないかと思う。
その後、火と水のコーナーも体験した私たちは外にある庭園で休憩する事にした。
「はい」
「ありがとう」
庭園の一角にあるオープンカフェでヴィンセントが飲み物を買ってきてくれた。
「体験すごく楽しかった!魔法を使う感覚を掴めた気がするよ」
「よかった。次の授業が楽しみだな」
「うん。勉強にもなったし、連れてきてくれて感謝しかないよ。ありがとう」
ヴィンセントは本当優しい。今日一緒にいてそれを実感した。思い切って、彼の為にも例の件を切り出してみる。
「ヴィンセントは婚約の事、困ってない?」
「……どういう意味?」
「私と婚約してたら、好きな人できた時に困るよね?それに私の魔力が高かったから婚約に至ったのに、そのまま魔力が戻らなかったら結局解消する事になるんじゃないかと思って。それだったら早めに解消した方がいいんじゃないかなって……」
そこまで言って気付く。空気が張り詰めている。何故か怖くてヴィンセントの顔が見れない。
「ニーナは好きな人がいるの?」
ヴィンセントの声のトーンが低い。
(怒ってる!?)
「ううん、いない…けど」
「なら、今はこのままでもよくない?魔力の事も、それが婚約のきっかけになっただけで戻らなくても問題ないよ」
「ええっでも……」
「それに俺と婚約解消になっても新たに婚約の話が出てくるんじゃない?なら俺と婚約したままにしておいて、好きな人ができたら解消する方がニーナにとっても得策だと思うな」
(私にはこの後婚約の話は来ない気がする……けど、ヴィンセントにとっては何回も婚約解消になるよりその方が都合がいいのかな)
それにしても圧が強い。ここで婚約解消を推し進めても敵う気がしない。
「分かった……このままで。よろしくお願いします」
「まぁ、他に好きな人なんて作らせないけどな」
「えっ?今なんて?」
「いや、なんでもない」
小さい声で聞き取れなかった。再度言ってはくれないらしい。
「ニーナは悪女だな」
「ええっなんで!?」
そしていきなりびっくりする事を言いのける。
「悪女って、私の中では『美人で男の人を弄んでる』っていうイメージなんだけど」
「合ってるじゃん」
「……ヴィンセント、感覚ズレてるって言われない?」
「ひどいな」
そう言って笑い合う。さっきまでの空気が元に戻り私はほっとした。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
いつの間にか庭園が夕陽に照らされてほんのり赤く染まっている。
(もうそんな時間なのね)
ヴィンセントといる時間はあっという間だった。馬車までは当たり前のように手を繋がれて向かう。
当初の目的、『円満に婚約解消する事』は叶わなかった。
もう一つ『好きになってしまう前にあまり関わらないようにする事』も然り。
ヴィンセントは『私の魔力が戻らなくても問題無い』と言っていた。それが本当なら…
(ヴィンセントと一緒にいてもいいのかな)
繋がれた手を見ながら、そう思ったのだった。




