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数々の行事を終えて



 そんなこんなで、練習と課題漬けの夏休みはあっという間に過ぎていった。

 文化祭が近くなってきて、しばらく途絶えていた有門くんとのやり取りが復活する。

 チア部は公演をするので、音響を放送部に依頼するのだ。

 文化祭の前々日、音源を渡しに放送室へ行くと、夏休み前とちっとも変っていない有門くんが出迎えてくれた。


「久しぶり、有門くん。夏休みはどうだった?」


 心なしかげっそりした顔で、有門くんがこぼす。


「夏期講習の記憶しかない」

「わあ……」

「淡島は?」

「ひたすら練習」

「だろうな。ちょっと焼けた?」

「うそ」


 ショックで固まる私を前にして、有門くんが慌てた。


「え、悪い、今の嘘」

「嘘なわけないでしょ。うわー気のせいだと思い込もうとしてたのに……」

「……」

「なんか言ってよ」

「音源、預かる」

「ふーん。まあいいけど」


 音源をチェックしながら、有門くんは横目でちらっと私を見て、少し迷ってから言った。


「足、どう?」

「え? ……あ、もう全然平気」

「そっか」


 有門くんが、ふわっと笑った。

 途端に落ち着かない気持ちになって、音源チェックが終わったのを確認したら、私は逃げるように放送室を後にした。






 文化祭最終日、チア部は体育館ステージを使う部活の中で一番最後の順番だった。放送部へのお礼がてら、私は片付けに残ることにする。


「先輩たち引退して人数減ってるから、正直助かる」


 前に教えてもらった巻き方でコードを回収していると、有門くんが近くに寄ってきてそんなことを言った。


「放送部、来年はもっと入ってくれるといいね」

「そうだな……」


 放送部のパーカーを着た人たちは、確かに四月の部活紹介の時よりかなり少ない。

 体育館の片づけを終えたら、次は各クラスの片づけがそろそろ始まりそうな時間だった。なんとなくそのまま一緒に二年生の教室がある階へ向かう。


「今日も見てたけど、やっぱり淡島かっこいいな」

「え! なに、急に」

「いや、怪我してたから始まるまでちょっとはらはらしてたというか。それで気になってつい見てた」


 言い訳のように早口で言われた内容が、ちょっと聞き捨てならない。


「チア部的には見てる人にはらはらされてるのってまずいんだけど」

「始まる前だけな。パフォーマンス始まったら全然だったから、かっこいいなって話」

「そ、そう」


 かっこいいと思ってもらえるのは、素直に嬉しい。






 文化祭が終われば、めぼしい学校行事はもうほとんどない。この学校の修学旅行は三年の四月という珍しい時期にある。年内は定期試験くらいしか行事?がないという悲惨さだ。

 飛ぶように過ぎていく日々の中、私は二週間に一回くらいのペースで放送室に遊びに行っている。下校放送で流す曲のレパートリーを増やしたいという有門くんのリクエストにお応えして、その時々で気に入っているアーティストや曲を布教するためだ。


 そんなある日、少し前に話題に上ったバレエ同好会の公演が先日あったことを思いだして、放送室から教室に帰る途中、聞いてみる。


「バレエ同好会の公演はどうだったの?」


 バレエ同好会は今年の夏ごろできたばかり、ほやほやの同好会だ。そんなバレエ同好会の初の校内公演、案の定放送部が音響をやることになったらしく、着替えないらしいから男子でも大丈夫と安心していたのが記憶に新しい。

 私の問いに、有門くんはよくぞ聞いてくれましたとばかりに話し出した。


「女神がいた」

「……」

「部長が女神だった。終始腰が低くてにこやかな対応、丁寧な指示書、お礼としてお菓子までくれた」


 とんでもなく好待遇だったみたいだ。


「……ふーん。バレエ部の部長さんって確か1組の内山さんだっけ」


 チア部の友達が、確か同じ中学だったはずだ。前髪なしの大人っぽい髪型が似合う美女である。女神という形容も、頷ける。


「そうそう、内山さん」


 だけど、嬉しそうに肯定する有門くんを、ついジト目で見てしまう。べつに内山さんは何も悪くないんだけど。

 噂をすればなんとやら。

 たまたま廊下を件の内山さんが通りがかったので、有門くんの腕をぱしぱしと叩く。


「あ、内山さんだ。ほら有門くん、女神様だよ」

「うわ、聞こえるだろ。なんで急にチアの時の発声になんの」


 表情筋を駆使して、にこっと笑ってごまかす。


「たまたまだよ」

「絶対わざとだろ」

「あ、このお菓子あげるね」


 お弁当袋に常備しているチョコ菓子の存在を思い出して、有門くんの手に置く。

 有門くんは非常に困惑していた。


「どうしたんだよほんと……」

「いらないの?」

「もらうけど。ありがとう。これうまいよな」

「ね」


 私もついでに一粒頬張る。

 甘くてほろ苦くて、美味しいんだけど。

 自分でもよくわからない自分自身の言動と、くるくる移り変わる感情は、どうしてか少し、苦味が強かった。






 最初は、二週間くらい前。同じクラスのダンス部の子だった。次は先週、チア部の後輩。そのくらいの頃から、メッセージの返事とか、廊下で会ったときとか、今まで通りにできていない気がする。そして今日、とうとう琴音にまで、結構真剣なトーンで聞かれてしまった。

 そんな日に限って、帰りの電車が同じだなんて。ホームでばっちり目が合ってしまって、思わず目を逸らす。

 最低だ、私。

 自己嫌悪に陥っていると、いつのまにか有門くんがすぐそばに来ていた。

 彼は、初めて会った翌日、私のクラスにやって来たとき以来の不機嫌顔だった。

 何か言わなきゃと思うけど、言葉が出てこない。そのまま黙って顔を見つめていたら、うるさいはずの駅の喧騒がどこか遠くに聞こえる。

 有門くんが迷うように口を開くのを、他人事のように見ていた。


「別に、淡島の勝手なんだけど、気になるから聞く。なんか俺のこと避けてる?」

「ご、めん」


 口をついてでたのは、謝罪の言葉だった。

 有門くんが目を伏せる。


「……避けてるんだな」


 沈んだ声に、胸がぎゅっと押しつぶされたように感じた。

 私が、傷つけたんだ。

 これを本人に言うのは、勇気がいる。大きく息を吸って、意を決して話し出した。


「……最近、よく聞かれるんだけど」

「なんて?」

「…………有門くんと、……」

「俺と何」


 別に怒っているわけではないんだろうけど、険しい表情で矢継ぎ早に聞かれて、ますますその先を言いづらい。でも、このままでいていいわけないと、勇気を振り絞る。


「付き合ってるのかって」


 声が、震えた。


「……そういうことか」


 有門くんは、驚いてはいなかった。きっと予想できていたんだろう。


「やっぱり、よく一緒にいるのって、付き合ってるのが自然なのかな。そうじゃないと変、かな」

「……別に、友達でも変じゃないと思うけど」

「でも……何人もに聞かれて、急にどう接していいのかわからなくなって。あの、上手く言えるかわからないんだけど」

「……どうぞ?」

「友達は友達、なんだけど。有門くんは、ちょっと違う感じがするんだよね。……あ、待って、ごめん。ほんとに変なことばっかり言ってる」


 つまるところ、私は自分の感情に自信が持てない。好きか嫌いかで聞かれたらもちろん好きだけど、それが恋愛的な好きなのか、友達としての好きの範囲内なのか、ちっとも判別がつかないのだ。

 こんなこと、かまととぶってると言われるかもしれないけど、わからないものはわからない。恋なんて思い込みだって言う人もいるけど、思い込める決め手って、一体なんなんだろう。

 そんな、言語化できない私の不十分な発言に、有門くんはいつものあっさりとした調子でこう答えた。


「いいよ、謝らなくても。付き合ってると思われるのが嫌で避けてたんじゃないなら、なんでもいい」


 そしてすぐに、ちょっと首を傾げる。


「なんでもいいは違うか」


 有門くんは、考え込むように目を伏せた。

 電車の到着を知らせるアナウンスが、唐突に流れた。

 それにせかされるように、有門くんが口を開く。


「あの、さ」


 見たことがないほど真剣な表情に、鼓動がはねた。


「うん、なに?」

「あー……」


 言葉を探すように声を漏らして、黙り込む。

 彼が再び口を開いたとき、それを遮るように電車がホームに滑り込んできた。

 思わず二人、肩を落とす。


 帰宅ラッシュの時間帯と言うこともあって、電車は混みあっていた。黙って揺られている間、有門くんはずっと悩んでいるような表情を浮かべていた。

 最寄り駅についてからも、しばらく黙って歩く。改札を抜けて、駅舎を出て、いつも別れるあたりまできて、有門くんは急に立ち止まった。

 振り返った彼は、私を見おろして、意を決したように言った。


「さっき、言いかけたことなんだけど」

「うん」

「……あー……」


 返事をすると、途端に目が合わなくなる。

 ふーっと大きく深呼吸をした有門くんが、とうとう口にした言葉は。


「俺が、淡島のこと好きだって言ったら、困る?」


 周囲の音が一瞬消えた気がした。

 言われたことに混乱して、それでもそれが質問だったことに思い至って、一生懸命考える。

 有門くんが私を好きだと、困る?


「困ら、ない」


 消えそうなほど小さな声で答えたけれど、有門くんはちゃんと聞こえたみたいだった。ばっと目が合って、また合わなくなる。

 有門くんが、片手でメガネをくいと直す。


「困らないなら…………なんかこれはずるいな、やっぱり」

「……困らないなら、なに?」


 その先の言葉は、さすがに私でも想像がつくのに、そう聞かずにはいられなかった。ずるいのは私の方かもしれない。

 有門くんはもう一度メガネを直した。


「……もし、本当に困らないなら、付き合ってほしい」


 わ、わー、ちょっと待って。

 自分でも顔が真っ赤になっているのがわかるくらい、熱い。

 何も言えなくなってしまった私に何を思ったのか、有門くんは少し冷静になったらしい。


「どこに? とか言うなよ、さすがにツッコミづらい」

「言わないよ、そんなこと……」


 おかげで私も、少し落ち着いた。


「ダメならダメではっきり教えてほしいから、遅くとも返事はくれ」


 事務連絡のようにそう言ったくせに、固まった私に向けて、有門くんは優しい笑みを浮かべた。


「いくらでも待つから。……じゃあ、また学校で」


 そう言って、有門くんは背を向けた。

 最寄り駅に着いたらすぐに別れるのはいつものことなのに、今はそれが寂しい。

 急に、そんな気持ちが込み上げてきて、気がついたら引き留めていた。


「待って」


 思っていたよりも大きな声が出て、有門くんが驚いたように振り向く。メガネの奥の目が、私を映して揺れた。

 瞬間、今まで有門くんに感じていた気持ちに、名前がついた気がした。


「待って、わかったかも。今」

「え……」

「わかった、かも。あの、ありがとう、待って、これが……」


 あふれる想いと言葉がぐちゃぐちゃになって、まとまらない。見上げた有門くんの顔は、期待と不安がいっしょくたになったような表情だった。


「……これが、そうなの」


 ああ、私の意気地なし。

 赤い顔で、有門くんがたじろぐ。


「お、俺に聞くなよ」

「なんでよ、有門くんにしか聞けないよこんな恥ずかしいこと」

「だからそういうことを言うなって」


 お互いに言い合って、息をつく。

 途端に空気が緩んで、おかしくなって笑い出した。

 今度は私が、返す番だ。


「有門くん、ありがとう、嬉しい。私も、……好き、です」


 最後の肝心な部分は、やっぱり消え入りそうなほど小さい声になってしまったけど。

 目は悪いけど耳はいい有門くんは、ちゃんと聞き取って嬉しそうに笑った。


 なんでもない一日だったけれど、この想いに名前がついた今日のことを、私はきっと、ずっと大切に思い出すのだろう。







 完

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