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ダンス部の校内公演1



 それから毎日エレベーターを使わせてもらっているけれど、本当におとがめなしだった。まあ初日に使って二階についたとき、すぐ職員室に行って許可を取ったのだけど、二つ返事でOKだったのだ。

 私の怪我が初見な友達や知り合いからは、驚かれて心配される。まあ私も、友達が松葉杖をついていたら同じような反応をするに違いない。


 放課後の部活動は毎回見学している。朝練は見たり見なかったり。そんなこんなで一週間くらいたった。おおむね順調に慣れてきたけど、どうしても気になることがある。

 消せないもやもやを抱えたまま、今日も放課後を迎えた。日に日に部活へ行く足取りが重くなっている。このままではいけないと思いつつ、後回しにしてしまっていたつけは、思わぬところで回ってきた。


 着替えや準備のために琴音が出て行ったのを見計ってか、まだ教室に残っていた私に、森本が話しかけてきた。


「なあ、淡島のその怪我って琴音が関係してんの? やっぱ」


 小声で問われたそれに、思わず口調がきつくなる。


「違うよ。琴音がそう言ったの?」

「……まあ」


 困ったように肯定した森本は、いつもの明るい表情を曇らせていた。

 胸がふさがるような思いにどうしようもなくなって、声が震える。


「琴音のせいじゃないって、言ったのに」


 森本は私の席の前の椅子に座って、言葉を選びながら話し出した。


「……なんかさ、昨日たまたま帰りが一緒になったんだよ。そんで最近お前ら変だから」


 森本と琴音は小学校から同じだから、家も近所だという。いわゆる幼馴染というやつかと琴音に聞いたら、腐れ縁だと顔をしかめていた。

 お調子者感は否めないし、ちょっとどうかと思う言動もある森本だけど、琴音のことを真剣に心配しているのが伝わってきて、私の気持ちも少し落ち着いてくる。


「たしかに、琴音がベースやってくれてる技でやっちゃったけど、本当に琴音のせいじゃない。私の不注意」


 私が話すのをいつになく静かに聞いた森本は、真剣な顔で頷いた。


「淡島がそこまで言うんなら、そうなんだな」

「うん。……でも、琴音にそう思わせちゃってるのは私のせいかも」


 みんなが練習しているところを見ながら、時々アドバイスしたり直した方がいいところを指摘したり、そうして見学しているけれど、たまにどうしようもなく、気分がふさいでしまう。どうして私は今、こんなふうに座っているしかできないんだろうと思ってしまう。

 それが、琴音には伝わってしまっているのかもしれない。

 でも本当に、怪我は琴音のせいではない。それだけは確かなのに。

 上手く説明できたかはわからないけど、そんなことをぽつぽつと森本に伝える。


「そこらへんはよくわからんけど、とりあえず琴音に伝えていい? 俺が言っても聞く耳持たないだろうけど」


 自信なさそうに森本がそう言うので、少し驚いた。琴音はなんだかんだ、森本を信頼しているように見えるのに。本人にはあまり伝わっていないらしい。


「そんなことないと思うよ」

「そうかあ? あいつ、俺のことたまにゴミを見るような目で見てくるよ」


 それは事実だった。


「それは森本が誰でもいいから付き合いたいとか大声で言ってるからだよ」

「本心だ!」

「そういうとこだよ」


 やっぱりどうしようもない奴かもしれない。「彼女欲しい」が口癖だし。

 ちなみに、私は基本的によほど親しくない限り敬称を付ける派なのだけど、森本には直々にくん付けをやめてくれと頼まれて呼び捨てにしている。理由は、くん付けで呼ばれるのがなんか気持ち悪いかららしい。

 親友の趣味がわからなくて複雑な心境だけど、とりあえずほんの少しだけアシストすることにする。真面目に心配しているのは十分に伝わって来たので、そのお礼だ。


「森本、そういう軽い言動を改めて、近くにいる人をよく見つめなおしたら、きっと彼女ができる……かもしれない」

「え、なにそのお告げみたいなの……淡島、神なの?」

「そうだよ」


 大真面目に頷く。


「まじか、知らなかった……。ていうか待って、近くにいる人? 今近くにいるのって……あっ、淡島、まさかお前俺のこと……!」

「はあ……」

「ため息でか……ごめんってまじで……」

「私、もう行くね」


 感謝の気持ちが秒で吹き飛んでしまった。



 

 森本と別れて、チア部の練習場所へ向かう。今日は中庭だ。

 さっきの森本との会話もあって、ここ最近ずっと気になっている琴音のことをぐるぐると考えてしまう。責任を感じてしまっている彼女に、私はどう接するのが正解なのだろう。

 ぎこちなく笑う琴音の顔を見たくなくて、怖くて、足が止まってしまった。もう中庭はすぐそこなのに。

 気がついたら、今来た道を戻ってしまっていた。


 六月も半ばを過ぎて、じめっとした暑さがやってきている。それでも一階の日当たりの悪い廊下は少しだけ過ごしやすくて、中庭からは柱があって見えない一角で立ち止まる。壁に背中を預けると、ひんやりして固い。

 どうしよう。

 ずっと行かなかったら、心配するよね。でも行ったら行ったで、琴音はどう思うんだろう。怪我して座って見てる私がいない方が、練習に集中できるんじゃないかな。

 いつになくネガティブな思考に、うつむく。

 ちょっと遅れる、って連絡しようかな。無駄な時間稼ぎをしようとする自分が情けないけど、とりあえずスマホを取り出す。


 画面を見て、びっくりした。有門くんからメッセージが来ている。

 無理を承知で頼みがあるんだけど、という文面から始まるそれ。


『淡島、明日ちょっと部活抜けられたりする? ダンス部の校内公演の音響、手伝ってほしい』


 ……どういうことだろう、これ。


『見学しかできないって言ってたから、ってのも最低な理由なんだけど』

『音響って言っても難しいことじゃなくて、ほぼ座っててくれればいいっていうか』

『淡島さえよければチア部の部長さんと相談してみてほしいんだけど』


 文面を見る限り、結構必死な感じがする。でも、ますますよくわからない。

 送信されたのは十分くらい前だった。


『それ、私いらなくない? チア部のときは有門くん一人でやってたよね?』


 とりあえず、疑問をぶつけてみる。

 すぐに既読がついた。


『いる。超いる。今回は俺一人じゃ無理』


 超いるのか……。

 なんか困ってるみたいだし、話くらいは聞いてあげよう。

 謎に上から目線になった私は、ぽちぽちとスマホを操作してメッセージを送る。すぐに返ってきた文面をちらりと見て、歩き出した。






「お邪魔します」


 春ぶりに入った放送室は、相変わらず機械の匂いがした。


「悪い、わざわざ」


 申し訳なさそうに眉根を寄せる有門くんに、首を横に振る。


「直で事情聞いた方が早そうだったから」

「助かる」

「まだ引き受けられるかわかんないけどね」


 私の言葉に有門くんは頷いて、メガネを直しながら伺うように言った。


「えっと、部活、今日は大丈夫なのか」

「ちょっと遅れるって連絡したから。行っても見学だし」


 軽く言ったつもりだったけど、投げやりに聞こえたかもしれない。有門くんはほんのわずかに眉を寄せたが、気を取り直したように説明に入った。


「ダンス部の校内公演は、男子が音響やるには地獄だ」


 物騒な入りだ。ちょっと面食らってしまう。


「なんで?」


 有門くんは真面目な顔で続けた。


「曲ごとに袖で衣装を着替えるらしい。音響機器は袖に置くしかない」

「あら」

「今までダンス部の音響は女子しかやらない決まりになってたけど、俺の代は男子しかいないし俺以外は幽霊だし。覗き魔の汚名を着せられる……」


 なるほど、それで女子が必要だったんだ。

 でもそれなら、私より先に適任がいる気がする。


「た、田川先輩とか、一年生の女子とかは?」


 当然、先に当たったのだろう。有門くんは軽く頷いた。


「先輩たちはもう引退してるし、歯医者の予約入れちゃったらしい。後輩女子一人入ったけど、四つ兼部してて明日は試合があるらしい」

「四つ……」

「やばいよな。忙しいのが好きらしい」


 とんでもないバイタリティだ。


「そんで、俺に女子の友達はいない」


 なぜか胸を張っている有門くん。


「ということで、淡島。助けてくれ」

「が、合点承知」


 なかば勢いに押された形にはなったけれど、そういうことなら手伝うにやぶさかではない。戸惑いつつも頷いた私に、有門くんはほっと嬉しそうに笑った。


「助かる、ありがとう」


 さて、引き受けたものの、具体的に私は何をすればいいんだろう。


「どうすればいいの?」

「基本ダンス部の校内公演は、ステージ上でポジションに着いた状態で曲を流し始めるから、ステージを見てる必要があるんだけど……余った衝立で俺は完全に包囲される。ステージからの合図も見られないから、淡島が合図を見て俺に指示してほしい」

「なるほど。それなら私でもできそう」

「出番休みで控えてるダンス部員に合図してもらえばいいかと思ってたんだけど、着替えで忙しくて無理なんだと。いやほんと、ダンス部のイケイケ女子たちの「え、男子じゃん」みたいな目線がきつくて」

「ちょっと被害妄想じゃない?」

「否めないけど仕方ないだろ、そもそも今回頼める相手が淡島くらいしか浮かばない程度には女子と関わりないんだから」

「私くらいって、なにげに失礼だと思うんだけど……」

「いや、そういう意味じゃなくて、怪我してるのに手伝わせるのか的な意味だぞ」

「ふん?」


 有門くんは少し慌てている。ちょっと引っかかるけれど、追求するのはやめにした。


「でも有門くん、女子の友達いないの意外。私と話すのとか全然普通じゃん。田川先輩ともすごく仲良さそうだし」


 全然、対女子のコミュニケーションに問題があるようには思えない。

 あー、と言って、有門くんは少し考え込む。


「先輩は女子っていうか……上司みたいな……」


 一瞬の沈黙。


「今うまいこと言ったと思ってる?」

「そう思われるかもって言ってから思った」


 顔をしかめてそう言った後、有門くんは私の方を見てメガネをくいと直す。


「淡島もさ、最初があれ、お互い仕事みたいな感じだっただろ? だからかな」

「……ビジネスライクな関係だったんだ……」

「語弊しかない」

「でもそういうことでしょ?」

「……まあ、最初は」

「やっぱり」


 今は? と聞いてみたくなったけど、やめた。そもそもなんでそんなことが気になってしまうんだろう。

 迷い込みそうな思考を振り払うように、明日の細かい予定を聞くと、私は席を立った。


「じゃあ、明日ね」

「おう。マジでありがとう」

「いいえ」


 軽く手を振って、放送室を出る。チア部の練習場所に向かう足取りは、さっきよりも軽かった。怪我をする前よりは、まだ少し重いけれど。



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