部活紹介3
部長の宣言通り、今日のチア部の活動はいつもより30分も早く終わった。きびきびと片づけをして、軽く事務連絡をしたら解散になる。
更衣室で着替えた後、そのまま一緒に帰るのが常なのだけど、私はちょっと気になっていることがあった。
「真白ー、帰んないの?」
「ちょっと……ごめん、先帰ってて! また明日!」
校門とは逆方向に駆け出す私に、琴音は少し首を傾げて、手を振ってくれた。
「じゃ、また明日ね」
走りながら、放送部からもらったリハのタイムスケジュールを取り出す。あと5分くらいでリハが終わる予定になっているのを見て、私は体育館に急いだ。
部活紹介の一番最後の部活は、実は放送部だ。
リハが終わる直前の体育館に滑り込むと、田川先輩がマイクの前で大演説をかましていた。
「兼部大歓迎! 放送部に入って行事運営・音響を手伝ってください! 裏からわが校の部活動を牛耳りましょう! もちろん、朗読やラジオドラマなどなど、放送部の大会関係の活動にご興味ある方はその心の赴くままに! 放送部に入りましょう! 放送室でお待ちしております!」
マイクに乗って美声が響き渡っている。田川先輩、放送室で話したときこんな声だったかな……?
勧誘文句も興味を惹かれる。私は単純だし、うっかり放送部に入りたくなってしまいそうだ。
田川先輩の演説が終わり、放送部の黒いパーカーを着た人たちがパラパラと拍手をする。
舞台脇のスピーカーから、部活紹介が終了したことを知らせるアナウンスが入った。一年生はクラス順に退場してください、と繰り返す静かな声は、どうやら有門くんの声だ。
ぬるっと片付けが始まったらしく、黒いパーカーの人々がそれぞれマイクを外したりコードを巻き取ったりし始めた。
こうしてみると、放送部の人数はそれほど少なくないらしい。
勝手に田川先輩と有門くんだけしかいないようなイメージだった。
どうしよう、と思いつつ、田川先輩に駆け寄って声をかける。
「あれ、淡島ちゃん? どうしたの、忘れ物?」
「あの、実は……編集してもらったりご迷惑おかけしたので、片付けのお手伝いを、と思ったんですけど……結構人がいて、私いらなかったですね?」
「えっ! 手伝い?! そんな気にしなくていいよ、見ての通り行事のときだけ湧き出てくる兼部勢ことゾンビ部員がいるから」
「ゾンビ……」
「幽霊ならぬ、ね。でもせっかく来てくれたし、今回結構いろいろ使ったから……そうだ、有門のとこ手伝ってあげて?」
田川先輩が示す先では、有門くんがてきぱき指示を出しつつ何やら機械をいじっている。
「じゃあ、そうします」
「うん、よろしく」
小走りに近づいていくと、こちらに気づいた有門くんがメガネの奥の目を見開いた。
「え、淡島? 忘れ物?」
田川先輩と反応が同じで、少し面白い。
手伝いに来た旨を告げると、彼はますますびっくりしたみたいだった。
「ありがとう、じゃあその辺のコード、まだつながったままのやつも多いから、全部一本ずつになるように外してくれる?」
「はい」
有門くんがいじっている機械の傍に、コードが積まれている。確かに連結されたまま集められているらしく、ちょっと絡まったりもしていた。
「あ、巻いたりはしなくていいから」
「そうなの?」
「うん、巻き方があるけど、今それ教えてる暇ないっていうか……あ、ちょっとそこ、まだマイク外さないで」
私に向かって話しながら、ステージ横のマイクを外そうとしていた放送部員に声をかけている。
「よし、もう切ったから外していいよ」
「はーい」
それから数分もたたないうちに、あらかた片付いたようだった。
私、やっぱりあんまり来た意味なかったかも。
カゴや箱にコードやマイクを詰めて、ぞろぞろと放送室まで歩く。有門くんは重そうな機械を抱えて最後尾を歩いていた。
「あの、かえって邪魔だったかな」
「ん? いや、そんなことないけど。淡島って、なんか気い遣いだな」
放送室に戻って機材をすべて仕舞い終わると、そのまま流れ解散になった。放送部のみなさんは特に一緒に帰るというわけでもないらしく、思い思いに散っていく。
田川先輩と有門くんは最後まで残っていて、このまま下校放送をするみたいだった。
最後にもう一度お礼を言おうともたついていたら、帰るタイミングを逃してしまった。
「淡島ちゃん、なんか流したい曲ある? 手伝ってくれたしなんでも好きなのかけちゃうよ」
田川先輩がスマホにさせそうなサイズのコードを揺らして、こちらに振り返る。
「え、いいんですか?」
「いいよいいよ、結構下校放送はみんな好き勝手してるから。誰も見てないようなマイナーな深夜アニメの挿入歌とか」
「それは先輩だけっすよ……」
うんざりしたようにいいながら、有門くんはマイクの前に座る。
嬉しくなって、私はいそいそと田川先輩のもとへ行く。
「じゃあ、これなんですけど……流せます?」
「おっけ、これね」
田川先輩が私のスマホにコードを差して、機械のつまみをゆっくり上げた。
流れ出したのは、私が最近はまっている女性歌手の曲だ。ちょっとレトロなメロディーと綺麗な声が素敵で、よく聴いている。
下校放送は、20秒くらい曲を流した後、曲のボリュームを少し下げて下校を促すアナウンスをする。アナウンスが終わるとまた曲のボリュームを上げて、一曲丸々終わるまで流したら終了らしい。
静かな声でアナウンスを終えてマイクをオフにした有門くんは、どこか嬉しそうに私の方を振り返った。
「淡島、シティポップとか聴くんだ」
「あ、なんか聞いたことある。最近ちょっとリバイバル的に流行ってるジャンルだよね」
「あんまり詳しくないのでジャンルはそこまで意識してないんですけど、最近ちょっとはまってます」
「いいよなー、俺もこの歌手最近きてる」
「そうなの?! いいよね!」
同志を見つけて盛り上がる私たちに、田川先輩がにやっとして言った。
「じゃ、私予備校あるからお先に帰るね。有門、鍵よろしくー」
「はい、お疲れさまです」
「え、あ、お疲れさまでした!」
「淡島ちゃんも、手伝いありがと!」
田川先輩はさっそうと帰っていった。
「あの人、職員室嫌いなんだよ」
有門くんがぼそっと言うので笑ってしまう。
「そうなの?」
「うん。鍵の近くに座ってる学年主任のことが苦手らしい」
そんなことを話しながら、私たちは放送室を出た。施錠して職員室へ鍵を返すと、げた箱へ向かう。
靴を履き替えながら聞いてみる。
「有門くんって、電車通学?」
「うん。淡島も?」
「うん。どっち方面?」
「上り」
「じゃあ一緒だ」
なんとなくそのまま一緒に帰りながら、有門くんはちょっと迷ったように私を見て、とうとう言った。
「ずっと言おうと思ってたんだけど……」
「なに?」
「なんか、去年の部活紹介とか文化祭とかで知ってたはずなんだけどさ、チアって結構ハードなんだな」
ちょっとジト目で見てみる。
「……今までちゃんと見てなかったんだね」
「……うん」
素直だな……。
「なんか想像してたのと違ったっていうか」
「あのね、チアダンスとチアリーディングは別物だからね」
「そうみたいですね……ていうか淡島すげーな」
有門くんが感心したように言うので、ちょっと面食らう。
「え?」
「あんなに跳んだり跳ねたり飛ばされたりして、めっちゃ笑顔なのすごくない? かっこよかった」
確かに私はスタンツをよくやるから、持ち上げられたり飛ばされたりしがちだ。
「そ、そうかな」
ごまかすようにそう言ったけれど、どんどん嬉しくなってきて、私はとうとう笑った。
「へへ、ありがとう」
有門くんが少し固まって、メガネの奥の目を瞬いた。
「……今笑った?」
「え、うん」
「淡島、チアの時じゃなくても笑うんだな」
「そりゃ人間だからね」
「……いや、チアの時と全然笑い方違うじゃん、なんかあのときは全力笑顔って感じだった。あれほんとに淡島か?」
ナチュラルに失礼だ、この人。
「そうですけど……まあチア部仲間にもオンオフの切り替え激しすぎってよく言われる」
「うん」
「ほら、いつもあんなに全力で表情筋動かしてたら疲れちゃうでしょ」
「そっすね……」
持論を展開してみたけど、あんまり納得していないみたいだ。まあいいけど。
駅までの道をのんびり歩きながら、有門くんはまたもやちょっと失礼なことを言いだした。
「そういえばもう一個、淡島、普段の声小さくね?」
「そうかな」
「チアの時の声どっから出てんの」
「お腹から……」
正直に答えると、有門くんはふーっと息を吐いた。
「そうだろうなあ」
「ほら、いつも大きな声出してたら疲れちゃうでしょ」
「そっすね」
相槌がだいぶ適当だ。
話を変えよう。
「有門くんは、どうして放送部に入ったの?」
「……なに、急に」
「気になって」
有門くんは、考え込むように片手でメガネを直した。
「うーん……音響機器に興味あったから? そんな深い理由はないけど」
「そうなんだ」
「あと、仮入部のときに放送室の雰囲気が気に入ったっていうか」
「へえ」
真剣に相槌を打っているつもりなのに、有門くんはジトっとした目で見てきた。
「聞いといて興味なさすぎね?」
「え、そんなことないよ」
「どうだか……」
そうこうしているうちに駅に着く。人の波を抜けながら改札を通って、ホームへあがるとちょうど電車がきた。
帰宅ラッシュの時間帯で、そこそこ混んでいる。あとからどんどん乗ってくる人に押されて、背の低い私は簡単に押しつぶされそうだ。
「淡島、大丈夫?」
小声で有門くんが聞いてくれた。答えようと顔を上げると、思いのほか近くて慌ててうつむく。
それが頷いたように見えたのか、有門くんはその後特に何も聞いてこなかった。
前に抱えているリュックが無かったら、ほぼ密着してしまうくらい近い。
きまずい……し、結構恥ずかしい。
それになんだか、視線を感じる。頭に。
「あの……頭になんかついてる?」
「……あー……ごめん、じろじろ見て」
「……」
答えになっていないのでじっと待ってみると、観念したように息をついて、有門くんは白状した。
「いや……ピンの数すごいなって」
「なんだ、ピンかあ」
ゴミでもついてたらどうしようと思ってたけど、拍子抜けだ。
「これ何本使ってんの?」
有門くんの質問に、今朝のことを思い返しながら指を折ってみる。けど、途中でめんどくさくなってあきらめた。
「……たくさん」
頭上から、ちょっと噴き出すような声がする。
「自分の頭なのに覚えてないんだ」
「日によってもまとまり具合が違うし……」
「ふーん」
会話が途切れる。
そもそも電車内だし、その後は黙って揺られていた。
落とした視線の先、リュックの縫い目を意味なく眺めていたら、やがて私の降りる駅が近づいてくる。
「私、次降りる」
「え、マジ? 俺も次」
「へ」
まさかの最寄りが一緒だった。わりとベッドタウン的な駅だからそれなりに降りる人も多いけれど、なかなかにミラクルだと思う。
二人して変な顔をしながら電車を降りる。
ホームから降りるエスカレーターに乗ると、有門くんが口を開いた。
「淡島って中学どこだったの?」
「あ、私高校からこの辺に越してきたから、中学はこの辺じゃないよ」
「なるほど」
さすがに駅を出てからは、反対方向だった。
どちらともなくお礼を言いあって、別れる。
「じゃあ、今日はありがとう、有門くん」
「こちらこそ。帰り、気をつけてな」
そう言って、有門くんは背を向けて帰っていった。
少しだけその背を見送って、私も家の方向へと歩き出す。なんだか今日は濃い一日だった。