10の義理チョコと、たったひとつの
本編主人公真白の親友、琴音のお話です。
一日早いですが、ハッピーバレンタイン!
去年最もイライラした時期が、今年もまたやって来た。
バレンタインである。
「もうすぐバレンタインだね~」
昼休み、スマホでバレンタインレシピを検索しながらしまりのない顔でそんなことを言ったのは、クラスでも部活でも一番仲がいい友達、真白だ。
数か月前に人生初彼氏ができた真白は、わかりやすく浮かれている。よく見なければわからなかった表情の変化も、最近ではすぐにご機嫌だとわかるくらいになったのだから、相当だ。
「手作りするの?」
「うん。何がいいかな……」
どうしよう。真白が彼氏に手作りチョコを渡すのは決定事項だとして、友チョコを忘れられたら不貞腐れる自信がある。
去年、私のバレンタインから本命チョコは消えた。友チョコをわいわい交換し合って終わり。それはそれで楽しいけど。
「琴音は? ほんとにあげないの? 絶対泣いて喜ぶと思うけど……」
「だからあげないの。どうせ私からじゃなくたっていいんだから」
「そうかなあ……森本、琴音のことけっこう気にしてるんじゃないかな」
「あわよくば手近なとこで、ってことでしょどうせ」
「わあ……」
自分でも、素直じゃないし可愛くないし、意地を張っている自覚はある。
でも、そうじゃなきゃ困るのだ。認めるのすら嫌なこの恋心が、失恋で終わるのなんて惨めすぎる。
「今までもあげてないの? もしかして、幼馴染から義理チョコすらもずっともらえない反動で彼女欲しい星人になっちゃったとか」
真白の中のあいつの評価が、すっかり彼女欲しい星人で固定されているのが笑える。けど笑えない。高校からの知り合いからみたら、そういうキャラで通ってしまうのだ。
「……中二までは、あげてた」
中一のバレンタインまでは、あいつに対して恋愛的に意識したことなんてなかったから、父親にあげるのと同じ、家族にあげる感覚で毎年渡していた。小さなころから習慣になっていたのもあった。
中二のバレンタインのときに渡したチョコは、現時点で私の人生最初で最後の本命チョコだった。もちろん、本命だったのは私しか知らない。
「中二まで?」
「中三のときは受験でそれどころじゃなくて渡してない。去年は知っての通り」
「ああ……」
真白が気の毒そうな声をあげる。
中三のときはバレンタインそのものがなかったようなものだったからノーカンとして、去年の私のチョコの行方をよく知っている真白は、言葉を探すように視線を落とした。
去年、用意はしていたのだ。一応。恥ずかしげもなくチョコが欲しい、彼女が欲しいと騒いでいるあいつにイライラしたり複雑な気持ちになったりしながら、渡さないという選択肢は選べないでいた。
でも、チョコを恵んでくださいと事前に触れ回っていたからか、クラスの女子からお情けの義理チョコを結構な数もらっているあいつを見て、なかなか渡せなかった。
そしてしまいには、私のところにわざわざやってきて、喜んで自慢したのだ。
今までは私と母親からしかもらえなかったけど、今年は違う! と。
ああ、ほんとになんで、こんなやつのこと。
毎年、私がチョコをあげると喜んでいた。中二の時、素知らぬふりで本命を渡したときも、母親とお前だけだよ、なんて言っていたのに。
私からじゃなくたって、いいんだ。
用意していたチョコは、スクールバッグの奥底に押し込んで、持って帰って自分で食べてしまった。美味しかったのが、余計に悔しかった。
翌日、あいつが何か言いたげにこちらを見ていたのには気づいたけれど、知らんぷりをした。
「ねえ、そういえばさ、前はあんな感じじゃなかったってよく言ってるけど、どんなんだったの? 全然想像つかない」
ちょっと考えて、的確な表現を探す。
「恋愛なにそれおいしいの? みたいな……」
「えええ、あの森本が?」
「そんなことより遊ぼうぜ! みたいな」
たぶん、興味がなかったのだろう。目の前の友達、外遊び、ゲーム、それらに夢中で、他のことに気が回らない、そんな感じだった。わりと真面目なところもあって、勉強は結構できる方。まあそうじゃなきゃ、私と同じこの高校に合格できなかっただろうけど。
「それがいつからあんな感じに……?」
心底不思議そうな真白に、少し笑ってしまう。
「中学卒業間近に、突然。高校入ったら絶対彼女つくる! って言いだして」
というよりも、高校生になったら自然と彼女ができるものだと思っていた節がある。私がたまに貸していた少女漫画に影響されている説が濃厚だ。
誰もかれもが恋愛して恋人を作っているわけではないとは早々に気づいたようだけど、だからか余計に彼女が欲しくなってしまったらしい。
別に中学の時だって、付き合っている同級生は結構いた。興味がなかったからかほとんど知らなかったそうだ。
その頃のあいつの様子を思い返していると、少し腹が立ってきた。
考え込むようにしていた真白が、教室の窓側の席で突っ伏して寝ているあいつを見て、言う。
「……そういえば、森本、今年は静かじゃない?」
私もつられてそちらを見た。いつもなら友達と話しているかスマホをいじっているけれど、そういえば朝から静かだ。
「去年はこのくらいの時期からチョコくれって騒いでなかったっけ」
「……たしかに」
同意すると、真白は気の毒そうに眉を下げる。
「気づいてしまったのかな、義理をたくさんもらっても彼女はできないしお返しが大変なだけだって」
意外と辛辣だ。
「それとも、あれかな。本当に欲しい一つがもらえなくちゃ意味がないと思ったのかもね」
「……え、なにそれ」
意味ありげにこちらを見てくる真白に、心臓がどきりとはねる。
私の言葉には返事をせずに、真白は続けた。
「ね、直接聞いてみたらいいんじゃない? チョコ欲しい? って」
本当は渡したかったでしょ? 去年も、今年も。
言葉にされなかったけれど、真白が言いたいことは伝わって来た。
矛盾ばかりのままならない気持ちを抱えて、思わずうつむく。
言わないし、言えないけど。
チョコレート、渡すくらいなら、いいかな。
「……聞いてみる」
小さくつぶやいた私に、真白はにっこりと笑ってくれた。
「お、琴音」
学校の最寄り駅前でバス待ちの列に並んでいたら、部活の面々と別れたあいつが走り寄って来た。
「……康太。おつかれ」
「おー。バスで一緒になるの、久しぶりだな」
「最近、雨降ってなかったからね」
私たちの家があるあたりは、頑張れば自転車通学できる距離だ。私はバス通学を選択したけれど、康太は自転車。悪天候でもない限り、一緒に通学することはほぼない。
今朝は雨がひどかった。すっかり晴れた空を見上げ、康太がぼやく。
「雪だったら、積もらなきゃチャリで行けるんだけど」
「路面が凍ってたら雨より危ないと思う」
「先月それですっころんだ」
「やっぱり……気をつけてよね」
「おう」
森本康太は、いわゆる幼馴染だ。家がお向かいさんで、幼稚園に入る前から親同士が友だち。公立だった中学まではまあ普通だけど、高校まで一緒とはいよいよ腐れ縁である。
志望校が一緒だとわかったとき、私はすごく嬉しかったけど。お調子者なのは前からだったが、高校に入ってこんな風に変貌を遂げるとわかっていたら、あの頃の私にぬか喜びだよと教えてあげたい。
「琴音、最近またなんか悩んでるだろ」
「……そんなことないけど」
「そうかあ? 早めに吐き出さないとパンクするぞ」
私が何か話したいことがあるとき、康太はすぐにこういうことを言ってくる。黙っているときの表情でわかるんだそうだ。大体わかる、と言ったときの得意気な顔を思い出すと、むかついてきた。肝心な気持ちはわからないくせに。
何か言い返してやろうと思ったけど、バスが来たのであきらめた。この時間、バスは座れないくらいには混んでいる。
康太曰く、私は要領が悪くしょい込むわりに、それを言い出せなくていつのまにか沈んでいるタイプ、らしい。
自分でも、そういう部分は少なからずあると思っている。
周りからしっかりしていると言われる私のことを、そんな風に認識しているのは、たぶん、康太だけだ。真白だって、もうちょっとましだと思っているだろう。
ちょっとしたことでたくさん悩むし、うじうじすることだって多い。決断力だってないのに、無理やり決めて後悔する。
そういう思いを打ち明けても、一緒に悩んで、共感して、ときには笑い飛ばして。一度も馬鹿にしないで聞いてくれた。友達には女子同士だからこそ言えないような悩みも、なんでも相談できた。
だからこそ、好きだなんて言えない。きっと私たちは近すぎる。
二人きりでいる時間に、いつだってほんの少しときめいているだなんて、絶対に知らないだろう。考えてみたこともないかもしれない。
そう思うと、余計に知られたくなくなる。このままでいたい。いつまで、このままでいられるのかな。
思わずため息をつきそうになって、ぐっと飲み込んだ。
家の近くのバス停で降りる。ここから家まではすぐだ。歩き出さない私を、康太が怪訝な顔で振り返った。
「どうした?」
女子の中では背の高い私と、五センチくらいしか変わらない背丈。近い目線が、こういうときはいつも怖くなる。いよいよ見透かされてしまうんじゃないかって。
「一応確認なんだけど。チョコ、いる?」
私のこと、どう思ってる? 本当に聞きたいことを覆い隠して、今のところ誤魔化しは見破られていない。
康太は目を丸くした。
「……え、くれんの?」
「どうせ友チョコとお父さんに作るから、数の確認」
驚かれたことにむっとしたのは、さすがに伝わったらしい。康太は焦ったように言葉をついだ。
「もう、琴音からはもらえないんだと思ってた」
まるで、苦い思い出を振り返るかのような顔をする。
どうして、そんな顔をするんだろう。私の表情で疑問を読み取ったらしい康太は、すねるようにそっぽを向いた。
「欲しいって言ったのに、くれなかったじゃん。去年」
「いっぱいもらってたでしょ」
「そうだけど! 嬉しかったしありがたかったけど、あれ全部憐みとお情けのお恵みチョコだからな! 俺だってそれくらいわかってんだよ!」
そこまで言って、ふーっと息を吐いた康太は、いつになく真面目な顔で続けた。
「でも、お前は違うじゃん。いつもありがとうって、これからもよろしくって、そう言ってくれてた」
だめだ。顔が緩みそう。
どうしてこんなことだけで、こんなに嬉しくなっちゃうんだろう。
「じゃあなに、あんたは、私からのチョコが欲しいの?」
どこまでも可愛くない聞き方だったのに、康太は勢いよく頷いた。
「ください!」
本当に、どうしようもない。
「……仕方ないから、あげる」
ひねくれた私の言葉に、康太は嬉しそうに笑った。
今はまだ、素直になれないけれど。
チョコを渡すときには、勇気を出して聞いてみようかな。
彼女、欲しい? って。
甘いハートの力を借りて、そろそろ一歩、踏み出してみたくなった。
願わくば、この先も。隣にいられますように。