鈍感男子と奮闘女子
「はあぁぁぁ…」
なんでこんなことになったのだろう。
今自分の隣には同じクラスの古賀結菜がいる。
古賀結菜は学校では皆から女神と呼ばれるほど周りからは高嶺の花の様な存在である。
容姿端麗で誰にでも分け隔てなく接し学力も学年でトップで考査では必ず上位にくい込んでくる。
そんな完璧の具現化みたいな存在の隣にいる自分は誰なのかと言うと、
加藤颯馬。高校二年生、すべての面で平均かそれ以上という
簡単に言えばモブだ。どこか秀でている部分があるかと聞かれれば答えられないだろう。
クラスでも基本的には1人で過ごしているし、学校の特別な組織に所属してるわけでもない。
ここまで述べたら分かると思うが、自分と古賀は正反対の人種である。
ではなぜ、古賀が自分の隣にいるのかと言うと……
「新学期ということで、学級の組織決めをしようと思います!!」
担任の先生が朝の眠気を吹き飛ばすほどの声量で言った。
クラスの中ではざわつきが起こるが、自分は特に何も思わない。
友達同士で同じ委員になったり、楽な委員を選んでクラスメイトと争うなどは
全くの無縁だ。
去年もだったが、自分は余った委員に所属しその仕事をちゃんとこなすだけなので全くもって興味が湧かない。
窓際の席というのもあり外を眺めていると、もうそろそろ決まりそうな雰囲気だった。
幸いにも余っていたのは、図書委員と楽そうなものだったのでその役割に就くのは別に不満は無かった。
自分の役職が決まったで、また外を眺めていたら、
「図書委員、やっていいですか?」
と聞こえてきた。一緒にやる人に興味はないが顔を覚えるぐらいはしておこうと思い、
声の方向を見ると、そこには古賀結菜の姿があった。
どうやら自分と同じで最後まで役に就かなかったらしい。
先生が喜んで黒板に記入をしていたが、黒板を見た感じ終わりらしいので、余った時間で親睦会をやろうと
提案をしてきた。
みんなが席を移動し始め、椅子の音が静まってきた時、古賀は自分の目の前に現れた。
古賀の台詞の時から薄々感じていたが、やはり視線が痛い。
そりゃそうだろう。学校の女神と言われるような存在がこんな見るからに近寄り難いオーラを醸し出しているやつと一緒にいるのだ。
一部の男子は殺気を帯びた視線を向けてきたり、夢かと勘違いし自分の頬をつねる者までいた。
大変なことになったなぁと思っていたら、
「加藤くんだよね?1年間よろしくね!」と少し活気づいた感じの声で話しかけてきた。
初めて近くで見たが、これは皆が惹かれるわけだ、と感じた。
自分も控えめに「よろしく」と放ったが、妬みだと思わしき視線がこちらに向けられる。
その後も様々な視線が向けられたが何とか耐えしのぎ、一限目終了のチャイムが鳴った。
「やっと終わった...」と溜息を吐くと、クラスの男子からの視線が集中する。
言わんとしてることは大体想像がつくが自分が悪い訳では無いので気にしないことにした。
そして迎えた放課後。この学校は始業式の日にテストがあり、部活も行うし図書館なども開く。
そう、図書館も開くのである。不幸な事に初日から当番になった自分は図書館に向かった。
図書館の戸を開き、図書委員と司書が使うカウンターに向かうとそこには古賀がいた。
どうやら図書当番はクラスごとの交代であるらしい。
この学校は進学校ということもあり、生徒たちの学力も高くそれに呼応するかのように
様々な機能が豊富である。例えば、校内にコンビニエンスストアがあったり、校舎が2棟あり
生徒教室がある本棟とPCルームや調理実習を行う教室がある別棟に別れていたりする。
そして、図書館の名の通りここも校内ではなく学校の敷地に別の建物として建ててある。
真面目な人達が多いから放課後には本を借りに来たり、勉強する人が多いと思っていたが
ここには自分と古賀の2人しかいない。そう、誰も来ないのだ。
年頃な男子高校生ならこのような場面は非常に興奮ものだろう。なにせ学校の女神様と2人きりなのだから。
だが自分はそのようなことは全くもって興味がない。
親睦を深めようと話しかけたりなどしない。ただ座って本を読んでいるだけだ。
心の中で「案外楽な委員だな」と思っていると、
「誰も来ませんね。」と隣から声がしてきた。一瞬驚いてしまった。
まさか古賀の方から話しかけてくるとは考えもしなかった。すぐ心を落ち着かせ「そうだな」
と素っ気なく返すと「加藤くん」と肩をポンポンと軽く叩き、少し甘い声で古賀が呼んでくる。
なんだと思い古賀の方を見ると、ついさっきまで読んでいた本を閉じ真っ直ぐ瞳を見つめていた。
いくらそういうことに無頓着とはいえ自分も男だ。こんな美少女に見つめられては心臓が跳ねる。
少し顔を赤らめて顔を逸らし頬杖をつくと、「2人きりですね…」と甘く遅い口調で言い放った。
突然の台詞に頬杖をついていた手が暑く感じる。見えてはいないが多分今の自分の顔は
苺や林檎のそれに近いほど赤色に染まっているだろう。
それほどに甘い口調と台詞の破壊力が強かったのだろう。
だがそんな自分の事は他所に
「私たち実は顔見知りなんですよね。」
という言葉が聞こえた。その瞬間思考が停止した。
いつどこで会ったんだ…や なんで自分覚えてないんだ!や 俺の事を弄んでいるのか!
など色々な考えが脳をよぎった結果停止した。
だがここは頑張るべきだと謎の感情に感じ、「へー、ど、どこであったのかなぁ?」
と言った。頑張ったのだ。自分でもよくできたと思う。だがそれは失敗だったのかもしれない。
古賀が悲しげな表情で下に俯き、か細く「やはり覚えてないんですね...」
と言った。どうやら古賀は覚えてないのが衝撃的だったらしい。
その様子を見て罪悪感から、否定する動きをし
「興味がないとかじゃないからね!ほんとに覚えてないんだ…」
多分この興味がない事を否定する感情はこの数分で生まれたのだろう。
だが、まずは古賀の機嫌を治すところからだ。
いやな事にこの台詞はスラリと口から漏れていた。
「よければ教えて欲しいな。俺古賀と仲良くなりたいし。思い出したら仲良くなれるかも。」
なにを考えてこんな事を言ったのだろう。
よくよく考えれば、嫌な方での面識かもしれないのに浮かれたことを言ってしまった。
1人で反省していると。呆気にとられたような顔をしていた。が、その後目を輝かせて
「本当ですか?!私も加藤さんと仲良くなりたかったんです!」
さっきまでの暗い雰囲気はどこへやらと感じるぐらい、喜んでいた。
とりあえずこの場は凌げたがふと疑問に思う。
「なんで俺なんだ?」だけどこの言葉は胸に閉まっておいた。
本人なりの理由があるのだろうし。この流れだと向こうから聞けそうだからだ。
「私が加藤さんと会ったのは小5の時でした。あの時は今より大分はしゃいでましたね。思い出すと少し恥ずかしいです」
そんなことを聞いて古賀の事を少し見たが今の様子からはとても想像できない。
今の古賀は真面目という言葉がとても似合う人間だ。
「私と加藤さんは家が近くて地域の活動の時とかは結構会っていましたね。で、夏に地域で肝試しをやろうっていう話が出てやることになったんです。少し恥ずかしいですが私は怖いのとかは苦手で当初の予定だとお母さんと行く予定だったんですが、お母さんが他のお母さんの仕事を頼まれて同学年の人達と回っておいでと言われたんです。最初はついていけたんですけど、みんな好奇心が旺盛で私はいつの間にかはぐれてしまいました。子供ですから電話も持ってないし結構進んだところではぐれて助けを呼んでも誰も来てくれませんでした。あの時はほんとに怖くて泣いてたんです。
だけどそこに加藤さんがきたんです。泣いてる私の事を心配してくれて助けを呼んだって聞きました。」
熱心に語ってくれていたが、やはり思い出せない。
だが話の流れ的に俺は昔古賀と幼馴染だったらしい。
「その後、小5の冬頃に加藤くんが親の事情で引っ越したんです。結構前のことだから覚えてないですかね?」
やはり思い出せないが、多分それは中学生活のせいだろう。
自分で言うのもなんだが自分の中学生活はかなり濃い内容だったから、そのせいだと思う。
だけどこの熱心ぶりを見る限り間違いではないだろう。
「夏の時のことから、加藤さんは私の中でヒーローでした。いつかわたしも加藤さんのような人になりたいとも思いました。だけど加藤さんが引っ越した後、すごく寂しかったんです。そのときはなんでか分かりませんでした。多分自分の中での光となる存在が遠い存在になったからだと思います。でもいつか加藤さんみたいな人になった時に恥ずかしくないように私、勉強とか頑張ったんですよ?」
思い出せない自分が恥ずかしい。こんなにも自分のことを褒めたたえ考えてくれる人が目の前にいるのに。
「この学校に来ようと思ったのも加藤さんのおかげです。真面目に勉強して、人のことを安心させれるような職に就きたいと思ったんです。だから今の私がいるのは加藤さんの存在あってなんです。」
これ以上聞くと自分のことを責めまくるだろう。
それは避けたかった為か古賀の話を遮ろうとしたが、
「だから今、加藤さんに会えてこうやってお喋りしてるの凄く幸せです。」
そういうと、古賀が顔を赤らめて
「あっ!も、もう、時間なので、失礼します!は、話せて、嬉しかったです」
そうして、古賀は荷物を持ちそそくさと図書館を立ち去った。
古賀がいなくなったあと、俺は固まっていた。
どうやら抱えきれなくて思考が停止したらしい。
「これから、1年アイツといるのか〜……」
と一言呟くと、真っ赤に染まっているであろう顔を手で覆い
その温度を確認した。