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それもまた夢

作者: 貴嶋 司

 それは、とてもひどく懐かしい景色をみた。

錆が目立ち、きしむ音を鳴らしながら動く門。

ふるぼけた校舎の先に見えるのはまばらに草の生えた校庭。


 私もかつてはここに通った懐かしい学校だ。

門をくぐってすぐにある植木は夏の日差しでグングンと伸びたせいか剪定が追いつかないのか、伸び放題であったが。昔は用務員さんがいて綺麗に整えているのを不思議そうに眺めていた事があったっけ。


 そのまま足を進めてみても、見えるもの何もかもが懐かしかった。

校舎へと続く通路の脇には教室ごとに与えられた花壇だ。

皆で朝顔を育てていたのであろう鉢の跡。

陽射し避けに作られたのであろうゴーヤのグリーンカーテンは青々として生命力の強さを物語っていた。

ゆっくりと懐かしむように歩いては思い出す記憶の数々。

まるで昔に戻ったのように思えた時、私の目に入ったのは夕暮れ間近の校庭で、ポツンと体育座りをする少年。

校庭にいる少年以外の子は銘銘に遊んでいる。彼だけは一人、少し離れた所でそれを見ていた。


 ポーンっと高く飛ぶ白と黒のボールに群がる少年たち。

ブランコを順番を待ちながら、そこに咲く白い花を摘んだり四つ葉を探したりする少女たち。

彼は自分から近づく事もなく、遊ぼうと動くでもなく、ただ校庭の様子を見つめていた。


 しばらく眺めているとやがて風がやみ、日が陰り、子供たちはランドセルを背負って一人、二人と帰っていくのだ。

はしゃいだ声が通学路から聞こえる。


『今日のご飯何かな』

『あ、宿題やんなきゃだった』

『別にいいじゃん、食べてからやれば』

『やんないとお母さんがさー』

『怒られる前にやらないと…』

『今日のテレビが……』


 そんな声もだんだんと聞こえなくなって、校庭にいた子供たちもまばらになる。

それでもなお彼は一人、校庭の端で見つめていた。

なにを待っているのか、なにをそこまで執着させるのか分からないまでに。

誰にも声をかけず、誰からも声をかけられず、ただ座っている。


 やがて空が朱く染められてくる頃、彼は突然立ち上がった。

そして無造作に置かれていたランドセルと持つと、駆け足で一点に向かって走ったのだ。

きちんと止められていないランドセルの(かぶせ)が勢いよく跳ねる。

そんなことはおかまいなしに彼は一心不乱に走った。


 彼の視線の先に何が待っているのか。

逆光の中、目を細めて彼が走るのを見る。

やがてそれが私のところまで来ると

『父さん!一緒に帰ろう!」と息を整えずに私に向かって笑って言った。

おもわず迎えようと両手を広げた時、心地よい風が一瞬吹き抜けた。

少年は嬉しそうに飛び込む、私を通り抜けて。

実感のなさに驚いて後ろを振り返れば、嬉しそうに父親であろう手を小さな手をギュッと握る彼がいた。


 大きな背中を眺めてから、私は自分の掌を見つめてはひどく寂しく感じた。

なぜだろう、決して彼は私の子供ではないけれど、なぜだか胸が締め付けられるように思えた。

そしてそのまま、胸が苦しくて苦しくて、足に力が入らなくなり私は意識を手放しながら倒れてゆくのを悟った。




「……さん、父さんっ!」



 なんだかうるさい声がした。誰かに呼ばれて、私の目は光でも見るように眩しい世界をとらえた。

周りの機械音もうるさかった、私が目を動かせば横で男が泣いている。

なにか言っているようにも思えたが、私にはもう理解できなかった。


「あれは、夢だったのか……」とぼやく横で、先ほど校庭で私を待っていた少年が青年となって私の手を強く握りしめていた。

ここは校庭ではなく、ただ白い部屋の中で私の手を握りしめて、さっきの笑顔ではなく、ただ男は泣いていた。



「まあ夢でもいいか」と独りごちて私は笑った。

男が叫ぶ声がなんだか遠くに聞こえる。

そして吐く息と共に白く曇るものとあわせて、私の世界は白く深くかすんでいった。



今度は寂しくなかった。薄れゆく意識の中で私はそう思うとゆっくりと目蓋を閉じたのだった。

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