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本日三話目の投稿です。ご注意ください。



 空は薄く紗が掛かったように巻層雲で覆われていた。

透間亭にやって来て、空に目線を良くやるようになった。ここでは空が大きい。見ごたえがある。

店の前の通りを箒で掃く。建物をぐるりと囲む草花は順調に育っている。犬たちはもちろん、やって来る客たちにも荒らされることはなかった。


「休憩しようか」

「はい。あの、ゴールデンウィークのシフトのことなんですが」

 授業がないから朝から晩まで働くことができる。なんなら、泊まりでも良い。

「香織ちゃんさえ良ければ、ひとりで開け締めしない?」

 犬たちがいるから心強いでしょう、と言われるも、結構散々な目に遭っている。

「そうですねえ」

 それなのに、務め続けているのは時給が良いというのもある。それともうひとつ。


「俺も講義が休みだから、配達をしようと思うんだ」

「配達ですか?」

「うん、別の世界へ」

 こことは違う世界へ。

「わあ、ラノベ!」

「だね」

 しかし、現実に起こるファンタジー要素満載なでき事は、全くヘビーだし、盛り上がりもそうない。戦闘がないことは有り難いが、とにかく精神が疲弊する。


「どう? いけそう? 無理なら店を閉めておくけれど」

 へらりと笑って小首を傾げる東山は今日も相変わらず緩い表情がミスマッチの男前ぶりだ。口を閉じて真面目な顔をすれば、玄人はだしならぬ芸能人はだしである。しかも、頭が良く、就職活動も楽々こなせるだろう大学に通っているという。

 なので、近くにいるのなら、ミスマッチな緩さ加減がちょうど良いのかもしれない。なんでも兼ね備えていると、息が詰まる。神々しすぎて直視できない。

「やります!」

 高時給で長時間勤務すれば、稼ぐことができるだろう。


「じゃあ、ファンタジーな世界を見てみようか」

 途端に不安になる。

 いや、もう、既にお腹いっぱいです。

 しり込みする香織の背中を、東山が良い笑顔で押す。

 いつもの緩さはどこへ行った。実は結構なサドっ気があるのではなかろうか。

自分でやると言ったのだから、と観念して後をついていった。


東山は一旦外に出て犬たちを呼んだ。

「犬たちも行くんですか?」

「ううん。扉を繋げるのに、力を貸して貰うんだ」

 なんのことやらと首を傾げる香織に、見た方が早いと言って店の奥に促される。入口から書架の林を挟んだ逆側に上がり框があり、靴を脱いで廊下を進むと、普段、入らぬように言われている障子にたどり着く。

言われなくても開けようと思わない。

なぜなら、鴨居に注連縄が掛けられているからだ。柱の木目すら、なにかしらの意味を持っていそうではないか。

「ここですか?」

 腰が引けるのに、東山がにやつく。絶対に面白がられている。

「うん。とうとう、香織ちゃんもこの部屋を見ることになるんだね」

「そういう芝居っ気はいらないんで」

「あ、そう?」


 東山が勿体付けることなく、注連縄で遮ってある障子を躊躇なく開ける。途端に、重苦しい気分になる。空気が重荷になってのしかかってくる。重力が増したかのようだ。

 香織は努めて深呼吸するように心がける。


障子の向こうには板の間があった。目を凝らすと、四隅の空間がぼやけている。

「なにこれ?」

 思わず声を上げる。こんなところで蜃気楼が起こるとは思えない。

「やっぱり見えるのかー。ほら、こないだの本と同じ」

「呑み込まれるんですか⁈」

 開いた本、そこに小鬼を追いかけて下半身だけを出す弥吉、という光景を思い出す。

「正確には他の世界へ通じているんだ」

 つまり、ここを通って行くということだ。


「帰って来られるんですか?」

 本当に別世界へ行くんだなあと思いつつ、不安になるのは帰り道のことだ。店に通う細い薄暗い道も、歩いているとまるで異界とを行き来する気分になって来る。よくよく考えてみれば、実際そうなのだ。今さら思い知らされて愕然とする。

「ちゃんと手順を踏んだらね」

 暗に、香織は通らないように釘を刺している。


「間違えたら?」

「良くて違う世界に行っちゃう」

「悪くて?」

 食い下がって尋ねると、にっこり笑う。うさんくさい。

「体の一部分ずつ別の世界へ行くこともあれば、どこかで迷子になることもある」

 なんてことだ。

「ま、まだ迷子の方がましですね」

「いや? 迷子になったら気が狂うよ。怪異の中には価値観が乖離しすぎているのもいるから、自我を保てなくなる。完全に外界からの刺激をシャットアウトしてひたすら助けを待つしかない。そもそも、位置が分からなかったら助けに行きようもないからね」

 先日、店にやって来たお姫様を想起する。不気味な考え方をし、全く話しが通じなかった。

 喉の奥で音にならない悲鳴が上がる。


 と、その時、温かく柔らかいものが近くに寄ってきた。

「わん!」

「お鈴さん?」

 鈴が香織の足の甲に犬足を乗せた。

なにこれ、可愛い。

 思わずしゃがみ込んで抱き着くか撫でるかしようとした時、視界の端に妙なものが映り込んでそっと少しずつそちらを見やる。無遠慮にばっと振り向けば、腰を抜かす光景があるような気がした。

 しかし、そんな気遣いを吹き飛ばす現実が待っていた。


 空間が歪んでいる。

 陽炎のようにぼやけているのではなく、部屋の中央が、大きな螺子の先のように螺旋を描いてきゅっとすぼまっている。あるべきところにある色や輪郭を巻き込んでねじれている。じっと見ていたら酔いそうだ。


「ま、まさか、お鈴さんがこれを見せてくれたの?」

「わん!」

「す、すごいね、なんて力の持ち主なの!」

自分がなんでもできるだけではない。見えない人間に見えるようにさせる。とんでもないことだ。

思わずしゃがみ込んで鈴の長毛をわしわしと撫でた。


「うん、そっちに感心する? 香織ちゃんって本当、大物だよね。でも、嫌いじゃない」

「馬鹿にしているのだけは分かります」

 東山の言葉の最後の部分が妙に照れる。特に意味がないのだろうことは分かるので唇を尖らせてごまかす。見上げると、案外感心しているのは本気らしい。


「ここを通るんだよ」

 香織の方を向きながら、後ろの捩れを、握った手の親指で指し示す。映画のワンシーンのように様になっている。ジャンルはファンタジーだ。

「え、無理。こんなの入ったら自分の身体も曲がっちゃう」

「そう? でも、うちに来るお客さんたちは大体こういう扉を通ってきているんだよ」

「そうなんですか?」

 今まで店に訪れた客たちを思い返す。

 確かに、別世界の生物たちだと言われれば頷ける。

 東山は陳列棚に並んだ物品の効能をひととおり教えた後、異世界へと旅立った。




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