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本日五話目の投稿です。ご注意ください。

 


 犬たちが客を連れてくることもある。案内役を買って出ているのだろうか。

 その日の客は樹と幽霊みたいに足元がふわりと霞んでいる者たちがやって来た。樹は移動し、幽霊みたいなのは浮いている。客は滅多に来ないが、来るときはかち合うこともあるらしい。

 店先に犬たちが勢ぞろいして客たちを取り囲んでいる。鈴は両前脚を立て尻を地面に就いた「お座り」をし、弥吉は樹にまとわりつき、佐助は幽霊の周辺をぐるぐる回り、きなこは一定距離を置いて警戒している。


「いらっしゃいませ」

 とにかく、客商売は挨拶が基本だ。

「香織ちゃん、動じないね」

「慣れるしかないです。お金のために!」

 客たちが犬に気を取られているのを良いことに、本音を漏らす。


 樹は人面樹で枝に無数に生った果実に面相がある。細長い葉をしとねにした丸い顔にはちゃんと耳もある。禿頭だ。糸目、すらりとした鼻筋、真一文字口やへの字口。どれもくぼみによるものだと言えなくはないが、顔に見えるくぼみが全ての果実につくなどおかしい。それらは表情豊かで、怒った顔や憂い顔、にやけ顔と様々だった。


 狩猟本能を刺激されるらしい弥吉がその果実を落とそうというのか、根元でジャンプを繰り返した後、幹に体当たりする。人面樹が怯える。困って梢を持ち上げ、なんども繰り返すうちに花がふつ、ふつ、と落ちる。椿の花のようだ。まさしく人の首が落ちるかのようだ。

 弥吉の方が強いのか。


 どうしようと周囲を見渡すと、もうひとりの客、幽霊のような者は小刻みに振動している。長い髪はちりちりとさざなみを作っている。驚いたことに、衣服も、袖から出た手首もだ。幽霊が着るような着物はしわが寄っているのではない。中身が動いている。たっぷりとした袂から出る細い手首も波打っている。足はなく、煙のようにどこからか立ち上っている。


 つき纏っていた佐助がついに触れて振動の感触を楽しんでいる。

 マッサージ器じゃないんだから。

 香織は気づいた。

 佐助が低い鳴き声を長く出している。

 あれだ。

「扇風機に向けて声を出すやつ」

「ぶっ」

 うっかり口から出てしまい、東山が噴き出す。

 鈴ときなこは、てんやわんやを観察している。


 と、人面樹が大きく枝をしならせ、弥吉を追い払おうとした。だが、身軽に跳躍し、逆に低い位置に降りてきた枝、そこに実った果実にこれ幸いと弥吉が食らい付こうとする。

「弥吉、食べちゃ駄目!」

 危ないよ、お腹を壊すよ、とは心の中にとどめた。


「わうん?」

 弥吉は人面果実よりも香織の言葉を採った。果実に食らいつくことなく、香織を振り返る。

「こっちへおいで」

 手を差し伸べると、とっとっと歩き出すも振り返って名残惜し気に果実を見上げる。一様に安堵の表情を浮かべていた果実の人相はざあ、と怯えに取って代わる。不気味だ。


「もう! どんだけ無鉄砲なのよ! お客さんに迷惑をかけるし、弥吉もどうなるか分からないんだからね!」

 後ろ髪引かれる弥吉に向けた言葉の後半に不安が混じる。弥吉はぴゃっと飛び上がって香織のもとに駆け寄り、脚に首をこすりつけ長く繰り返し鳴く。

「こうしてやる!」

 しゃがみこんで弥吉の首元をわしゃわしゃと掻きまわす。やられた方は尾を激しく振る。

「くふん」

 鈴がしょうことないという風情で鼻息を漏らす。

 きなこは戸惑って香織と弥吉を見比べている。


「佐助、こっちへおいで」

 こちらは香織の呼びかけに知らん顔だ。

「全然聞いてくれない! かくなる上は!」

 鈴と弥吉に向き直る。

「お鈴さん、弥吉、お願い!」

「「わん!」」

 鈴と弥吉の鳴き声が重なる。あ、なんか大丈夫そう。

「わふん!」

「わおーん!」

 二匹に呼ばれてはたまらない。

 佐助はしぶしぶと幽霊もどきから離れてこちらへやって来る。


 後日、弥吉はなにかあって駆け出す前に、「わうん?」と鳴き声を発しながら香織を見るようになった。まるで「心配する?」とでも言いそうな表情だ。片眉を上げて「どう? 心配するなら加減するよ、控えるよ」と言わんばかりだ。可愛いけれど、なんだかわしわし撫でたくなる小憎らしさがある。


 さて、寸でのところで難を逃れた人面樹と幽霊もどきは香織に対して非常に腰を低く接した。感謝の念を抱いているのだろう、多分。手早く用件を済ませようといわんばかりで欲しいもの、通りに面した窓の向こうに陳列している商品を指し示す。

 怪異に手を貸してやった報酬は金銭だけではない。彼らの技能の詰まった物品や情報なのだそうだ。

「古式ゆかしき物々交換だねえ」

 そうして手に入れた物が陳列棚に並ぶのだという。


 人面樹は巻物を、幽霊もどきは四角く包んだ袱紗を差し出した。

 客たちを見送った後、犬たちは外を駆け回り、香織と東山は店内に戻る。

「随分、張り込んでくれたな。よっぽど香織ちゃんを評価したんだねえ」

 東山がほくほくとしながら、新しい商品が窓越しから良く見えるように位置を調整する。


「香織ちゃん、犬たちの手綱を取れるようになったね」

 この場合はリードかなと自分の言葉に疑問を呈する。

「そうですか? 全然そんなことないですよ」

「だって、弥吉が突っ走らないで自分から「待て」をするんだよ?」

「そんなに自由気ままなんですか?」

「犬遣いでもなければ、言う事なんて聞かないよ」

「じゃあ、なんで聞いてくれるんだろう?」

「そりゃあ、号泣するくらい心配してくれたらね。表面上の大丈夫?じゃなかったもの」

 先だってのことを思い出したのか微妙に噴き出しそうである。


「心配したという言葉を連呼していた記憶はあります。だから、「心配」を覚えたんですかねえ」

 内心赤面するも、表面上は平静を装ってはたきを手に取る。店では前時代的なものを使って掃除する。自動掃除機なんて使ったら、上に変な物が乗りそうではないか。だったら、箒の方が良い。咄嗟に払いのけることができる。

「刷り込まれたって? あはは」

「役得というか、あんなにがっつり抱き着けたのは怪我の功名ですね」

 声を上げて笑われ、他人事だと思ってと恨めしい気持ちになりつつ、わざと呑気そうなことを言ってみる。

「犬たち、触られたがらないからね」

「お鈴さんのブラッシングをできるようになりたいなあ」

 あのふわふわの長毛にブラシをかける。想像するだけで身悶えしそうだ。





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