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7 残念な元婚約者

 ふっと空気が落ち着いた時、ノッスタン公爵が遠慮がちにディナシェリアに声をかけた。


「ディナシェリア嬢。こんなことになったのに不躾なお願いかもしれませんが……」


「なんでしょうか?」


 ディナシェリアはお願いの予想が全くつかずにいた。まずは聞かずば対応もできない。幸い、父親も一緒に聞いているのだ。無理なことは言われないだろうし、困った時には無理に返事をする必要もないだろうと思われた。


「我が家との関係を悪く思わないでいただき、これからも時にはザクダイトに指導していただきたいのです」


 ディナシェリアは意外な申し出に、小首を傾げた。『これからも』と言われても、ビルマルカスにも指導をしたことはない。


「申し訳ありません。おっしゃる意味がわかりませんわ」


 ノッスタン公爵は頷いた。


「そうでしたか。貴方にとって教養は、ひけらかしたり、自慢したりするものではないのですね。本当に素晴らしい方だ」


 ノッスタン公爵の手放しの褒め言葉にディナシェリアは戸惑った。父親ネトビルア公爵は特に反応している様子がないので、困った話ではないのだろう。


「ビルマルカスは私に時々鋭い助言をすることがあったのです。しかしそれは、ディナシェリア嬢からの助言であったことが最近わかったのです」


「え?」


 ディナシェリアにとって、話の内容がさらにわからないものとなった。


「作物の育成の話であったり、天候不順の話であったり、流行りのスタイルであったり……。

私はビルマルカスの言葉と信じ、公爵家の未来を託すに相応しいと思っていました。

しかし、半年ほど前、ザクダイトの勉強を見たビルマルカスが『このような勉強をするより、社交を学べ。もっと女を知れ』と言ったのです。

その勉強とは、天候学と地学の照らし合わせをザクダイトが独自で行っているものでした。

ザクダイトの素質に驚きましたが、それを必要ないものと判断したビルマルカスにも驚かされました」


 ノッスタン公爵がため息をついた。

 確かに誰に教わるでもなく、天候と地質からヒントを得ようとするザクダイトの才能は素晴らしい。だが、それを思いつくことはなくともその説明を受ければ、素晴らしいものだと普通は納得するだろう。それを必要ないと言うなどあり得ない。


「そして、今までのことをさり気なくビルマルカスに聞いてみたのです。すると、自分の意見ではなく、貴女の『戯言』だと言ったのですよ。これまでの鋭い意見を『戯言』だと思って話していたことにも驚愕でしたがね」


 ノッスタン公爵は悲しそうな苦笑いであった。ディナシェリアも苦笑いに付き合った。

 確かにビルマルカスと何度かそういう話になった。だが、『小賢しい』とか『くだらない』と一蹴された記憶しかない。まさか『くだらない話』として、ノッスタン公爵に話しているとは思いもしなかった。


「再教育を試みたものの、ずる賢くなっておって再教育どころではなくなっておりました。だからこそ、ディナシェリア嬢、貴女に我が家へ嫁に来てもらいたかったのです。

騙していたようで、今更ながら申し訳ない」


 ノッスタン公爵は目を伏せて侘びた。


「いえ、ノッスタン公爵夫妻様に望んでいただけていたことを嬉しく思いますわ」


 ディナシェリアは『やはり』と思うところがたくさんあった。始めは一緒に頑張ろうとしていたことも思い出した。勉強に何度お誘いしても断られ『お前がやればいいだろっ!』と言われていたことも思い出した。


『そうだわ。わたくしにも歩み寄ろうと努力したことがあったわ』


 ディナシェリアはビルマルカスに気持ちがなくとも、歩み寄る努力はした自分の過去に安堵した。


「ええ。私も妻も貴女を迎えることを楽しみにしていたのです。あ、すみません。

とにかく、そういうことで、ザクダイトが困った時などは是非相談にのってやってほしいのです」


「妹の幸せに繋がることですし、わたくしでよろしければこれからザクダイト様と仲良くなりたいですわ」


「ありがとうございます!」


 ノッスタン公爵が笑顔になった。 


「ビルマルカスの優秀さが張りぼてだとしたら尚更だな。三年後の裁定はしっかりとせねば、没落するのはノッスタン公爵家ではなく、ランチーリー男爵家だぞ」


 ヨーゼンバルはノッスタン公爵に釘を刺した。ノッスタン公爵とランチーリー男爵は頭を下げた。二家がビルマルカスとキャリソーナをどのように教育していくかとまでは口を出すことではないと、ディナシェリアも判断した。ヨーゼンバルも釘は刺すが実質的には傍観であろう。


 それから早々に解散することとなった。

 ランチーリー男爵は、ビルマルカスとキャリソーナを先に行かせているので青い顔をしたままの夫人とともに帰っていった。

 ノッスタン公爵は、ランチーリー男爵と明日にでも執事を向かわせると約束していたので、当面の教育係だろう。ランチーリー男爵は教育のできるメイドもお願いしていたようだった。ビルマルカスは状況把握はできていたように見えたが、キャリソーナはそれもできていないと思われる。メイド探しは難航するかもしれない。


 ノッスタン公爵が帰る際には、ザクダイトとマリーエマンスは手を握り合ったままで、近々お茶の約束をしていた。


 なぜかディナシェリアの母親であるネトビルア公爵夫人とヨーゼンバルが明日の王宮でのお茶会を約束しており、ディナシェリアも参加させられることになっていた。


 ディナシェリアは諦めのため息をついた。ヨーゼンバルはそれを見てにっこりと微笑んだ。


〰️ 


 翌日の王宮でのお茶会は、到着するや王妃陛下がネトビルア公爵夫人を抱きしめた。


「久しぶりね。今日は朗報が聞けそうで嬉しいわ」


 王妃陛下はネトビルア公爵夫人を抱きしめながら、ディナシェリアにウィンクした。

 王妃陛下の背中では、ヨーゼンバルが影の全くないキラキラと輝く笑顔で立っている。


「母上。ではシェリーをお借りしますよ」


 ヨーゼンバルは王妃殿下の返事も聞かず、ディナシェリアの手を取り自分の腕に乗せた。ディナシェリアは母親に視線を送るが、母親と王妃陛下の二人からウィンクされてしまった。


 薔薇の咲き誇るよく手入れされた小道を二人で歩く。


「シェリー。君が僕との婚姻を嫌がる理由は何?」


 ヨーゼンバルはディナシェリアを見ず、小道を見つめながら歩いていく。ディナシェリアはドキリとした。


「笑われるので言いません」


 ディナシェリアはヨーゼンバルに乗せられた手をギュッと握りそっぽを向く。ヨーゼンバルのエスコートなのだ。そっぽを向いても転ぶことはないだろう。ヨーゼンバルはそれほど完璧な紳士なのだ。


「僕が嫌い?」


 ヨーゼンバルはプライベートでは『僕』を使う。下を向いたままゆっくりと進める歩は自信なげだ。


『年上なのに可愛らしい人』


 ディナシェリアは眩しそうにヨーゼンバルの横顔を見た。


 そして、ユーモアがあるのに、頼れる人。優しいのに、厳しい人。努力家なのに、それを外には見せない人。悲しみを乗り越え、さらにお優しくなられた人。


『こんな人に好意を抱かない者などあるわけがないわ』


 ディナシェリアは心でため息をつく。ヨーゼンバルへの親愛はもう止められないだろう。誤魔化せないと確信した。


「わたくし、本当にビルマルカス様と婚姻するつもりでおりましたのよ」


「うん」


「『領民のために婚姻する』ことがわたくしにとって楽ですの」


 ヨーゼンバルがディナシェリアを見た。言っている意味がわからないようだ。

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