5 新たな繋がり
「ああ、面白かった。ビルマルカス。わかったろう? その子を公爵夫人にと考えた時点で、アウトだよ。公爵家を潰すつもりだったと考えると国家の繁栄を願わない反逆罪にもできちゃうかもね」
ビルマルカスは俯いたまま動かなくなった。厳しい追い打ちを嬉しそうに掛けているヨーゼンバルを、ディナシェリアは目を細めて止めた。ヨーゼンバルも小さく頷いた。
「でもね、ビルマルカス。君にはお礼を言いたいと思っているんだよ」
ビルマルカスは頭を上げ目をしばたかせてヨーゼンバルを見た。目には涙が貯まっていたようで、一筋の涙が伝う。それをハンカチでお行儀よく拭った。
そんなビルマルカスにヨーゼンバルは本物の笑顔を見せた。
「ディナシェリアを自由にしてくれたからね。これで私は堂々とプロポーズできる」
ヨーゼンバルがディナシェリアの方を向いた。ビルマルカスは今度は違う意味で固まった。
「殿下がディナにプロポーズ? ですか??」
ビルマルカスはわけがわからないと眉を寄せる。
「ああ、そうだよ。私も前婚約者の喪はすでに明けているからね。そろそろ周りも煩くなってきた」
ヨーゼンバルはディナシェリアの横顔を見つめたままだ。
ヨーゼンバルは西国シャリアンド王国の王女と婚約していた。しかし、ヨーゼンバルが十八歳になる年、その王女は流行病で儚くなってしまったのだ。『三年は喪に服する』と宣言したヨーゼンバルだが、それからすでに四年ほど経つ。
「あっ! もう君の婚約者ではないんだから、愛称呼びは止めてくれ」
「は、はあ?」
ビルマルカスは暫し考えてハッとした。
「と、いうことは、ディナ……。ディナシェリア嬢は浮気を……」
ビルマルカスのこの一言に屋敷は冷え切った。もちろんヨーゼンバルも。
ヨーゼンバルが容赦のない凍りそうな視線をビルマルカスに向けた。ビルマルカスは足をソファに上げて小さくなった。
「ディナシェリアがそんな女のわけがないだろう? 確かに私は君が不貞を働いていると聞いて、一年前からディナシェリアを何度か口説いてはいるよ。だけど、ディナシェリアは君を信じると言って頷いてはくれなかった。
元々はね、ネトビルア公爵夫人とともに従兄弟である私を慰めに来てくれていたことがキッカケさ」
婚約者を失ったヨーゼンバルは本当に抜け殻のようだったのだ。それを心配したディナシェリアの母親は、頻繁に王宮へ通い無理矢理ヨーゼンバルをお茶へ誘ったのだ。その際、ディナシェリアも母親に付き添った。
ディナシェリアの母親は、国王陛下の妹であるので元王女だ。現王妃陛下は嫁いで来たばかりの頃、義妹を何かと頼った。ディナシェリアの母親が降嫁した後も、身内のお茶会を王宮でよく開いていた。なので、ヨーゼンバルとディナシェリアは幼い頃から交流があった。
「王家の力で君たちを別れさせてもよかったんだが、それではディナシェリアの気持ちを受け取ることは一生できないからね。私はずっと我慢してきたし、君たちの結婚を見届けてから、結婚を考えようと思っていたんだ」
ビルマルカスはカタカタと震えながらも、カクカクと首を上下に揺らした。
「ディナシェリアの不貞を疑うような発言は許さないよ」
ビルマルカスはもう十分なほど首を上下にカクカクさせていた。
そこへ再び執務室に続く扉からノック音がした。
「どうぞ」
ヨーゼンバルが答える。入ってきたのは、ノッスタン公爵とネトビルア公爵、ランチーリー男爵、さらには、ビルマルカスの弟ザクダイトと、ディナシェリアの妹マリーエマンスも入ってきた。
「座ってくれ」
ヨーゼンバルの言葉で、メイドがキビキビと動く。一人がけのソファが一つ用意され、ヨーゼンバルの隣の一人がけソファにはネトビルア公爵が、ディナシェリアの隣に並べられた二つの一人がけソファにはノッスタン公爵とランチーリー男爵が座った。ザクダイトとマリーエマンスはヨーゼンバルとディナシェリアの後ろに椅子が用意されそちらに座った。
その様子をキャリソーナはキョロキョロと見回している。隣の椅子に座ったランチーリー男爵に小突かれて小さくなった。
ビルマルカスは足は下に戻したが、口は開けたままだった。
「整ったのか?」
「はい。万事滞りなく」
ヨーゼンバルの質問にネトビルア公爵が答え、ノッスタン公爵とランチーリー男爵も頭を下げた。
「公爵家二家の良好な関係が続くことはこれからの国としても喜ばしいことだ」
ヨーゼンバルは堂々として威厳があり、口調も冷静で、ふざけたところはなく、為政者たる貫禄に溢れていた。
ディナシェリアはびっくりはしたが顔には出さない。だが、キャリソーナは手を胸の前で組み目をキラキラさせていた。
「はい。これからも忠誠を誓い、子々孫々まで、支えさせていただきたく存じます」
ネトビルア公爵とノッスタン公爵が再び礼をする。
「ああ、頼んだよ」
ヨーゼンバルはネトビルア公爵にそう答えると後ろを向いた。
「君たちには二家の繋がりの象徴となってもらうのだが、私は二人の評判を聞いているので、良縁だと思っているよ。婚約おめでとう」
ザクダイトとマリーエマンスは一度見つめ合ってから、ヨーゼンバルと目を合わせた。
「はいっ! ありがとうございます!」
ザクダイトの元気な返事にマリーエマンスは幼さの残る可愛らしい笑顔で頷いた。
ザクダイトは現在十三歳。マリーエマンスは現在十四歳だ。年上女房になるが気にするほどの年の差ではない。
ヨーゼンバルはマリーエマンスの優秀さを母親の王妃陛下から聞き及んでいたし、ザクダイトは高位貴族子息の通う貴族学園で第三王子とクラスメイトなのでその優秀さも聞いていた。
「ど、どうしてザクダイトが?」
状況を理解しきれていないビルマルカスは震えながら父親であるノッスタン公爵に聞いた。
「殿下のお言葉を聞いていなかったのか? 二家の硬い繋がりは必要なのだ。ザクダイトもマリーエマンス嬢も理解している。
ザクダイトはこれから跡継ぎとしての勉強が増えるが、元々勉強は好きそうだからな。その点は大丈夫だろう。
社交的な部分はマリーエマンス嬢が支え、指導してフォローもしてくれるに相違ない。
ノッスタン公爵家としても安心だ」
ビルマルカスはすでに顔色はない。
「えー!! ビルったら公爵様にならないのぉ? それならビルと結婚なんてしないわ」
『バッチン!!』
ランチーリー男爵が立ち上がってキャリソーナの頬を打った。
「まだ、これ以上恥をかかせる気かっ! 母さんは隣室で倒れているんだぞっ!
それにすでに婚姻は成立している。ビルマルカス殿と離縁する気持ちならすぐに家から追い出す!
お前を王都に連れてくるべきではなかった。まさかマナーもできていないのにパーティーへ参加しているとは思ってもいなかった」
ディナシェリアが先程心配したことは的中だったようだ。倒れた音はランチーリー男爵夫人だったのだ。
キャリソーナは、叩かれた頬を押さえ涙をためて父親ランチーリー男爵を睨んでいた。
キャリソーナは仮面舞踏会へ足繁く通い、ビルマルカスと出会った。仮面舞踏会なら、少しくらいマナーができない方が、いや、マナーや良心、羞恥心がない方がモテたりする不思議な空間になるのだ。ビルマルカスと知り合う前のキャリソーナはそれはそれは遊びまくっていた。初日に父親ほどの年のパトロンを見つけ、二回目の仮面舞踏会では艶やかに変身していた。
それをピタリと止めてビルマルカスと付き合ったのだから、本気で公爵夫人の座を狙っていたのだろう。ただし、美容や容姿にばかり気を使い、知識を得る必要性については考えていなかったようだ。
ご意見ご感想などをいただけますと嬉しいです。
また、評価の★をポチリとしていただけますと、幸せです!