4 救いの手?
ヨーゼンバルは、顔を青くしているだけのビルマルカスが詳しいことはわかっていないと判断し説明を始めた。
「ノッスタン公爵領とネトビルア公爵領は隣同士で、大きな山を共有している。その山は宝の山だよね」
その山からはサファイアが採れるとわかったのは十年ほど前だ。しかし、山の中まで境界線を引くことはできない。なので、五年ほど前、姻戚関係になり共同事業としようということになったのだ。ディナシェリアとビルマルカスの婚約がまさにそれである。
「さらにそれらの作業効率や商売効率のため、二つの領地や王都を結ぶ街道を整備しているのも共同事業だ。そして、加工や販売ルートも共同事業にしている。
あの山に眠る資産はそれだけではないだろう。昔からの林業も共同事業にしようとしているじゃないか?」
ビルマルカスはあ然としている。ディナシェリアはその様子に呆れた。あれほど、何度も政略結婚なのだと言ってきた。今日も問題が生じることを確認した。それなのにその反応だ。
ビルマルカスは優秀だと信じていたが、どうやら気のせいだったようだ。
ディナシェリアは自分自身にため息をついた。
「それらについては安心していいよ」
ビルマルカスはあからさまにホッと肩を落とした。
「でもねぇ。『貴族の義務』を蔑ろにし放棄するような者に『貴族の報奨』を享受させるわけにはいかないよねぇ」
ヨーゼンバルは今日初めて冷たい視線を直接ビルマルカスにぶつけた。ビルマルカスは肩を揺らして仰け反った。
「どういうことでしょうか? 私は義務を怠ったことはありません」
ビルマルカスは明らかに青くなっていた。
「は? ディナシェリアに何と言って婚約破棄をしたんだい? 『貴族の義務より愛だ』と言ったよね? これこそ大きな義務拒否だろう?
今、ディナシェリアとの婚約の意味を話したばかりじゃないか。君の行為はそれらを無効にしてしまったかもしれないんだよ。それは大きな義務拒否だよ」
「で、ですがっ! 問題ないと殿下は仰ったではありませんかっ!」
ビルマルカスの自分で解決しようとするではなく他人の言葉に解決の糸を求める姿に、ディナシェリアはどんどんビルマルカスへの評価を下げていった。
『わたくしはビルマルカス様の何を見てきたのかしら?』
ディナシェリアはビルマルカスの評価とともに自分への評価も下げる。
「それは君が解決したわけではないよ。ノッスタン公爵とネトビルア公爵が話し合って新たな解決方法を見つけただけだよ」
ヨーゼンバルはチラリと執務室に続く扉に視線を送る。ビルマルカスはその視線で父親であるノッスタン公爵もいるのだと理解しブルッと震えた。
「新たな解決方法?」
ビルマルカスの声は震えていた。
「それは後でね。
とにかく、貴族の義務を拒否するような者を王家として信頼はできないよ。王侯貴族社会としてこの国は成り立ち、私はこれからその頂点に立つんだ。
わかるよね?」
ヨーゼンバルの威圧的な『わかるよね?』に頷けない者などここにはいない。ビルマルカスは顔を青から白に変えていた。
「もし、婚約破棄の理由が『ディナシェリアより優秀な女性との婚姻のため』だったなら、立場は違っていたかもねぇ」
ヨーゼンバルの呟きのような言葉に、ビルマルカスは縋ろうとした。父親も聞いているだろうと思われるのだ。妻となったキャリソーナをアピールしない手はない。
「そ、それでしたら、キャリソーナでも問題ないということですねっ!!」
『『『『はあ???』』』』
屋敷中から声が聞こえてきそうだった。
「ハァハッハッハ! ビルマルカス。君って冗談がうまかったんだねぇ。そこの非常識女のどこがディナシェリアより優秀なんだい? 先程、君は彼女の非常識さに慌てていたじゃないか」
「ひっひどいっ!」
キャリソーナが両手で顔を覆って膝に突っ伏した。そのように感情の起伏を出すのも淑女としては非常識だということさえわかっていないようだ。特に今は王子殿下の御前だ。
慌てすぎているビルマルカスもそんなことにさえ気が付かず必死になっていた。
「キャリはやればできますっ!」
ビルマルカスはキャリソーナの背を擦りながら、ヨーゼンバルに言い切った。あまりに必死なビルマルカスの顔に、ヨーゼンバルはディナシェリアの顔を見て口角を上げた。
『あっ! イタズラをなさるお顔だわっ!』
ディナシェリアはヨーゼンバルの心の機微を読みゾッとした。
「そうかな? じゃあ、今から私の質問三問のうち、一つでも正解を答えられたら便宜をはかってあげるよ」
「「本当に(ですか)?」」
キャリソーナも顔を上げた。
ヨーゼンバルは引きつりながらも笑顔を見せた。
「キャリ。がんばれっ!」
「うんっ! 私達の幸せのために頑張るわ」
『今から頑張ってどうなるというのでしょう? 知識は一朝一夕でどうなるものでもありませんし……』
ディナシェリアは、手を取り合い未来を夢見る二人を冷たく見ていた。ヨーゼンバルは笑い声を殺し肩を揺らしていた。ディナシェリアはヨーゼンバルを少し睨む。ヨーゼンバルはごめんというように手を額の前に出した。
「殿下っ! 何でもどうぞっ!」
キャリソーナはとても強気だった。ディナシェリアはどんな難しい質問をするつもりなのだろうととても心配になった。
「では、第一問。我が国と隣接している国の名前は何でしょうか?」
『『『『はあ???』』』』
屋敷中の誰もが思った。とても難しい問題を予想していたディナシェリアの心の中も『はあ??』である。
この国カッタノル王国は三方を海に囲まれていて、隣接しているのは西国のシャリアンド王国だけなのだ。さらには、キャリソーナのランチーリー男爵領はカッタノル王国の最西領の一つであり、まさに国境門の一つを任されている領地である。
『ヨーゼンバル殿下は何を言いながらもビルマルカス様に手心を加えて差し上げるつもりなのだわ。
イタズラをするお顔などと思ってしまって失礼なことをしてしまったわ』
ディナシェリアだけでなく、応接室の様子を窺っている者全員がそう解釈した。
「意地悪な質問ですねっ! 隣国のことなんて、知ってる人、いるんですか?」
キャリソーナはディナシェリアたちの想像の上を行った。応接室だけでなく屋敷中が静まり返った。
一人だけそれを楽しんでいる人がいた。
「わーはっはっはっ! やはり予想通りだったねぇ。すごいなぁ」
ヨーゼンバルの笑いにキャリソーナは本当に褒められていると思っているらしく、ニコニコしていた。ビルマルカスは項垂れていてその様子が目に入っていないようだ。
「じゃあ、二問目はカッタノル王国のことにするね。我が国カッタノル王国での主要作物はなんでしょうか?」
「ビル。『しゅよう』って何?」
ビルマルカスは泣きそうな顔でキャリソーナを見た。それでもキャリソーナに一生懸命説明した。
「なぁんだっ! 簡単じゃないっ! お芋でしょう。キャベツでしょう。あと、人参もあるわね」
キャリソーナは、結局『主要』を理解できなかった。
カッタノル王国では国旗に描かれているほど小麦栽培が盛んであり、パンだけでなく麺も作っていた。
ヨーゼンバルは肩を揺らして笑っている。先程までのからかい笑いとは違うようだ。
ビルマルカスは頭を抱えていた。
「では、最後の問題だよ。頑張ってね!
第三問! 我が国カッタノル王国の国王陛下の誕生日はいつでしょう?」
『『『『はあ???』』』』
再び、屋敷中から声が聞こえてきそうだった。
現国王は在位20年になる。この20年間、国王陛下のお誕生日は国をあげてのお祭りだ。お祭りのできない小さな村には国から野菜や肉が届けられるほど、国をあげて祝っている。
祝日の名前も『生誕の祝日』という。
子供でも知っているはずだ。十八歳であるディナシェリアたちにとっては、生まれた時からある祝日なのだ。
「えーー!! 会ったこともない人のお誕生日なんて知るわけないじゃないですかぁ!!」
キャリソーナは頬を膨らませてプンプンと怒り出した。ビルマルカスは口を開けてキャリソーナを見ている。ディナシェリアもさすがにビルマルカスに同情した。
ヨーゼンバルはもう笑うのを我慢せずに大笑いしている。
「そうだよねぇ。知らないおっさんの誕生日だもんねぇ。
ねぇ、ビルマルカス。彼女が何だっけ?」
ビルマルカスはもう『キャリソーナは優秀です』とは答えられなかった。
ご意見ご感想などをいただけますと嬉しいです。
また、評価の★をポチリとしていただけますと、幸せです!