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1 惚気話の先に

「ですから、ディナシェリア様。ビルマルカス様を解放してあげてください」


 オレンジ色の瞳から大粒の涙を流し両手で可愛らしい顔を覆って俯くと、黄緑色の髪がサラリと動いた。黄色のワンピースは簡素であるが仕立ての良さがわかるものだ。


『この御髪はご自身でお手入れなさっているにしてはお上手なのでしょうねぇ。わたくしの場合は、この艶を保つためにメイドたちが頑張ってくれているのですものね。

ワンピースもステキだわ。これはビルマルカス様のご愛用のお店のものね。

あら? あの刺繍ステキ。今度お店で見てみましょう。

ナーダと一緒に行けば楽しくなりそうね』


 ディナシェリアはソファテーブルの反対に座る女性を心の中で観察したり褒めたりしていた。そして、今朝も朝からディナシェリアのプラチナブロンドの髪の手入れを頑張ってくれたメイドたちの顔を思い浮かべる。ナーダはディナシェリアの専属メイドだ。


 ディナシェリアはここまで二時間ほど、その女性とビルマルカスがどれだけ愛し合っているかをコンコンと聞かされていて、呆れを通り越して聞いていないというところまで達していたのだ。


 ディナシェリアが話をあまり聞いていないことに気が付かないその女性は、泣いていたはずなのにもう涙は止まったようでディナシェリアに捲し立てた。


「いくら公爵家だからって貴族の義務で結婚するなんてっ! ビルマルカス様がお可哀相だとは思われないのですか?」


 『貴族の義務』という言葉に、ディナシェリアは美しい曲線を描いている眉がピクリと動きそうになった。公爵令嬢の矜持として動かしたりはしない。

 そして、冷たそうに見えるように紫水晶の大きな瞳をことさら薄くした。


「キャリソーナ様は貴族の義務に疑問をお持ちですの?」


 ディナシェリアがキャリソーナと呼んだ黄緑色の髪の女性の隣には、赤茶のブロンズの髪と漆黒の瞳の美丈夫が座っている。


「そうです! 義務での結婚は幸せになれません! 愛し合わない生涯はなんて不幸なの………」


 今度は涙を流しながらもディナシェリアと目を合わせ続けるキャリソーナだった。


『義務で婚姻することと、幸せになることと、愛し合わないことは別物でしょうに……』


 キャリソーナの暑苦しい視線にうんざりしながら、キャリソーナの隣に座るビルマルカスに視線を移す。

 ビルマルカスは髪は伸ばして後ろで黄緑色の紐で一つ括りにしている。キャリソーナの色であると強調するような太めの紐である。ディナシェリアに声を荒げているキャリソーナを眩しそうに見ていた。自分のために戦っている女が愛おしいのだろう。

 ディナシェリアはビルマルカスのキャリソーナへの暑苦しい視線もうんざりしていた。


 ディナシェリアが二時間も話を聞いていたのは、二人が夢中になって話していることに口を挟まなかっただけで、ディナシェリアにとってはすでにどうでもいいことであった。


『でも、やっと口を挟むチャンスをいただけましたわ。話をとっとと終わらせたいですわね』


 ディナシェリアはビルマルカスの気持ちを確認して終わらせることにした。


「ビルマルカス様もそのお考えでよろしいのですわね?」


 その美丈夫ビルマルカスは、ゆっくりとディナシェリアに方を向いた。その目は優しさなど欠片もなく、厳しい目をディナシェリアに向けてキャリソーナの手をギュッと握りしめた。


「ああ、そうだよ。義務としての婚姻より愛のある婚姻を望んでいる」


 二人は互いに見つめ合いながら惚気話をしてきたので、ディナシェリアがどれだけ呆れているか、いや、この家に今いる全員が二人にどれだけ嫌悪感を抱いているかを気がついていない。


 そもそも、ここはカッタノル王国の王都にあり、ディナシェリアが暮らしているネトビルア公爵家の邸内の応接室である。

 今日はディナシェリアとビルマルカス・ノッスタン公爵令息の婚約者としてのお茶会の日であった。

 ビルマルカスはそこへ恋人であるらしいキャリソーナ・ランチーリー男爵令嬢を伴ってやってきたのだ。


 もう一度言う。


 ビルマルカスはディナシェリアの婚約者であり、ここはディナシェリアの家である。


 ビルマルカスとキャリソーナの来訪直後、できすぎる家令ジャンドは眉一つ動かさず応接室へと二人を通した。そして、温室に用意されていたおもてなしはとっとと片付けさせ、応接室には一切のおもてなしをしていない。

 おもてなしはしないが監視はするので、壁際にはジャンドとメイド長アリナが顔色を変えずにずっと立っている。腸は煮えくり返っていることだろう。


『わたくしがお茶をいただきたいのですが……。それも、ジャンドとアリナの顔を見たら言えませんわねぇ』


 ディナシェリアは壁に立つ二人をチラリと見た。二人はディナシェリアに『わかっております』と言うような笑顔を見せた。


『あぁ、これはもうお父様にご連絡が行っているわね』


 ディナシェリアは普段は閉まっている廊下への扉が少し開いており、外にいる執事たちにも話が聞け、父親であるネトビルア公爵と妹を溺愛するディナシェリアの兄に逐一連絡が行くようになっているのだとわかっている。


「わかりましたわ。それでは、家族にもそのように話をしておきますわ。書類の用意もいたしますので、明日の同じお時間にいらしてくださいませ」


「「え?」」


 ディナシェリアのあまりのアッサリとした態度に、ビルマルカスとキャリソーナは驚いていた。


「ジャンド。お二人はお帰りになるわ」


「かしこまりました」


 家令のジャンドが返事をしたと同時に、ネトビルア公爵家の私兵四人が応接室に入ってきて二人に何も言わせぬまま邸から追い出した。私兵たちも聞き耳を立て怒り心頭であったのだろう。ディナシェリアから見ても少しだけ乱暴に見えた。


 メイド長アリナは香り高い紅茶とフルーツが宝石のように散りばめられた美しくおいしそうなお菓子たちをディナシェリアの前に並べた。


「せっかくだから後でみんなも食べてね」


「ありがとうございます」


 ディナシェリアの笑顔にアリナも笑顔でお辞儀をする。ビルマルカスが来るという予定の日は、いつもより多めにお菓子を作ってくれていることをディナシェリアは知っていた。なぜなら、ディナシェリアは時々であるが、ビルマルカスとのお茶会の後に馬鹿食いをすることがあるからだ。

 今日は馬鹿食いしてもいいのだが、なぜか心の中には気持ちのいいそよ風が吹いていて、馬鹿食いの必要はなさそうだった。


「わたくし、婚約を破棄するようにと言われたはずですのに、ね……」


 そよ風の理由に自分で結論づけ、ディナシェリアは小さく笑った。そしてアリナにお強請りをした。


「これから先、わたくしがお勉強に疲れたら……その時は……」


「かしこまってございます」


 アリナは満面の笑みで答えた。

 ディナシェリアはホッとため息をついて紅茶をいただいた。


〰️ 



 翌日、二人は本当に来た。


 ディナシェリアは三階の自室の窓から馬車寄せの様子を見ていた。ビルマルカスが馬車を初めに降りキャリソーナをエスコートして馬車から降ろす。


『一晩では反省も後悔もいたしませんわね。もう少しヒントをあげた方がよかったかもしれませんわ。

はぁ……。ことの次第の覚悟がしっかりとお有りになればよろしいですけれど……』


 キャリソーナは今日はドレスであった。

 昨日、ディナシェリアは当然のようにドレスであったので、それに対する対抗意識と今日の気合の表れなのだろう。そんな戦闘態勢バッチリな様子もディナシェリアを辟易とさせる。


「いかがいたしますか? 旦那様にお任せしてもいいのではないでしょうか?」


 ディナシェリアの専属メイドのナーダが心配そうに声をかけた。自室なので辟易とした気持ちが顔に出てしまっていたようだ。


「ナーダ。ありがとう。でも、わたくしがお話を進めて差し上げることがせめてもの情けよ。お父様だとその場で激怒なされてしまうかもしれないわ。

それに、話の内容によっては、お父様は忙しくなってしまわれるでしょう」


「そうでございますね」


 ディナシェリアはナーダに付き添われ応接室に向かった。

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