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第一章⑷予期せぬ出会い、そして初恋。

 「お話会」がはじまる五分前、保護者席は、半分ほど埋まっていた。僕は最後列の端に席を構えていた。柵状におかれたクッションの中には、沢山の子供達がいる。子供達は、自分達より明らかに大きい「一人」に「どこから来たの?」「ママと来てるの?」と興味津々だ。保護者席からもくすくすと笑い声が聞こえる。子供達に大人気の「一人」は、保護者席に聞こえないように、何とか子供達を引きはがそうと何か言ってるみたいだけど、そんなことで離れてくれる子供達ではなかった。そうこうしているうちに、絵本を抱えた彼女がやってきた。体育館に入り、子供にまみれた裕を見た時、彼女は声に出せない驚きを必死に隠していた。そして、最後列の僕と目が合うと、納得したような、いたずらっ子のような顔で笑い、何食わぬ顔であいさつをした。


「みんな、こんにちは。たくさんのお友達に会えて、お姉さんたちも嬉しいです。」

僕が彼女の笑顔の意味を考えている時、

「今日はすごく大きなお友達も来てくれているみたいね。」

と、彼女は裕を見た。当然、会場からは笑いが起こり、裕はさらに注目を集めた。

「すいません。」

裕は照れながら立ち上がり、保護者席へ向かおうとした。僕はもう、笑いを堪えるので必死だった。すると、また彼女が裕に向かって話した。

「大丈夫だよ。お話を始めるから、他のお友達と座って一緒に聞いてくれるかな?」

裕の顔は、見たことないくらい赤かった。もう駄目だ、と笑いをこらえきれなくなった時、彼女と目が合った。いや、合ってしまった。

「ここで聞いてもらっていてもいいですよね?」

わざわざ保護者席の最後列の僕と目を合わしながらこう言った彼女の瞳は、僕がこれまで出会った誰よりも、「いたずらっ子」の目をしていた。

「あ、はい。」

思わぬカウンターを食らった僕は、「佐野柚稀」という女性によって、一瞬のうちに裕と二人で「おはなしの会」の主役にされてしまった。


 しかし、実際読み聞かせが始まると、裕にしがみついていた子供達の心は完全に彼女に向いていた。僕らを笑っていた保護者も、彼女の広げる世界に引き込まれているのが最後列からだとよくわかる。裕に至っては、この上なく幸せそうな顔をしている。そして僕の目線に気が付くと、とても誇らしそうに口角を上げた。なんだか恥ずかしくなって、彼女の方に顎をしゃくると、小さくうなずいて視線を彼女に戻した。

「うんとこしょ、どっこいしょ。まだまだカブは抜けません。」

洋風な絵で描かれた『大きなカブ』を器用に片手で持ちながら、もう片方の手を使って絵本と同じ動きをしている彼女を見ていると、初めて彼女に会った時に聞こえた音が、もう一度聞こえた。今度は、最初よりも大きく、長く、早く。そして、裕を見るとその音は次第に聞こえなくなった。そして、音の代わりに、何かが心を壊そうとしている気がした。それは、決して壊してはならないものだと、僕は本能で感じていた。


 「おはなしの会」が終わると、裕は再び子供達にもみくちゃにされていた。僕はそんな裕を保護者席の自分の席で見ていた。

「私、少し君のこと誤解してたみたい。」

振り返ると、そこには絵本を置いた彼女が立っていた。彼女は、初めて会った時には結んでいた髪をおろし、軽く巻いてカチューシャをしていた。なんとなく、前に幼く見えたのは髪型のせいだったのかもと思った。今日の彼女は、きちんと一つ上に見える。

「お久しぶりです。柚さん。」

「やだ!やめてよ!敬語なんて。」

「そう言われても、僕は裕みたいに彼氏でもないし。」

自分で言っておいて、「彼氏でもないし」という当たり前の言葉に、また心が何かに壊されそうになった気がした。

「うーん。でも、私達は友達よ?友達なら敬語は使わないでしょう?」

「はぁ。」

何を言っても変わらなさそうなま直ぐな瞳を向けられた僕は、何も言い返せなくなって、「じゃあ」と「タメ口」で話す事を受け入れた。

「誤解って?」

彼女は、「タメ口」で話した僕に嬉しそうに微笑み、それからまた、「いたずらっ子」の目になって口を開いた。

「もっと冷たい人だと思ってた。」

「よく言われるよ。」

初対面の人が僕に抱く印象としては、もう言われ慣れているはずの「冷たい」を彼女の口から聞く事は、なんだか妙に息苦しかった。でも、そう言った彼女の瞳は、言葉とは裏腹に優しく、温かかった。

「そうなの?」

全く悪意のないその目を見て、僕は気が付いた。

「あ、いや。『思ってた』とは言われないかな。『冷たそう』とはよく言われる。」

僕は、自分が相手に与える印象にさほど興味はない。だから、例え「冷たい人」と思われようと、その印象を変える努力なんてしてこなかった。努力しないんだから「その印象」が変わらないのは当然のことだ。でも、彼女の中の印象は変わったらしい。


「それじゃあ、全然違うわね。少なくとも今、私は君のこと『冷たそう』なんて思ってないもの。」

温かい瞳で僕を見る彼女は、「微笑む」と表すには豪快に、けれどそれ以外上手く表せる言葉はない顔を僕に向けた。それはあまりにも温かく、美しかった。そして、僕は自分の中から聞こえてくる音の正体に気が付いてしまった。


それは、初恋の音だった。

大きなカブの絵本は、作者が小さい時に読み聞かせしてもらっていた本です(笑)

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